唐突! 妖怪たちのクリスマス談義

 雪羽がこっそり飾ったミニツリーに関しては、その存在は萩尾丸たち上司に容認される事となった。流石に萩尾丸や紅藤のデスクにもミニツリーを飾るなどと言う事をしでかした訳ではない。それでも飾っておいて問題は無いか、雪羽はわざわざ萩尾丸に尋ねたらしかった。

 そうした事柄まで子供のように素直に尋ねていたという雪羽の姿に、源吾郎は少しだけ驚いてもいた。ミニツリーは小さいし彼の事だから、何食わぬ顔で飾っていても良いかと思うのでは……と源吾郎は考えていたのだ。


「良いよそれくらい。君らみたいな若い子にしてみれば、クリスマスも一大イベントの一つになるみたいだからねぇ」


 萩尾丸の言はおよそこのような物だった。こちらを見てニヤニヤしている部分も含めて彼らしい言い草だと源吾郎は思った。

 日本に在住する妖怪であるからと言って、日本の慣習のみに捉えられている訳ではないのは当然の話だ。ハロウィンだのクリスマスだのと言った欧米由来の文化もまた、妖怪たちは一応受け入れてはいる。ただ、世代によって温度差が違う訳なのだが。

 妖怪たちの間でも、人間同様「若い」「年寄り」と言った概念があるのは言うまでもない。但し、人間とは想像もつかない年数の単位でもって仕切られているのだが。何せ首都と聞いて何処を連想するかによって、若いのか大人なのか判断する妖怪さえいるのだから。その基準で行けば、以降に生まれた妖怪たちはことごとく若者に振り分けられてしまうのだ。


「今年はクリスマスが土日に重なるみたいだから、島崎君たちもわざわざ有給を消費しなくても良さそうだね。ふふふ、特に雷園寺君は三國君の所に戻るから、家族水入らずでクリスマスを過ごせるだろうし。良いクリスマスの過ごし方じゃないか」


 さも愉快そうな萩尾丸の言葉に源吾郎はぼんやりと頷く。クリスマスが男女のくっつく一大デートイベントと化しているのはあくまでも日本の風潮に過ぎず、欧米ではむしろ家族で過ごす事が多い。高校生か中学生だった頃に、そんな話を聞いたのを源吾郎は思い出していた。

 なお源吾郎の場合、クリスマスは家族からプレゼントをもらうだとか、平日ならば部活の面々でちょっとしたクリスマス会を開くだとか、そんな風にクリスマスを過ごしてきた。部活の仲間には女子も多くいたが、仲間意識が強かったために却って互いに恋愛感情が絡む事は絶無だった。

 まぁ色事とかは雷園寺の方が豊富だろうな……若干の諦観と羨望の念を抱えながら、源吾郎はちらと雪羽を見やった。萩尾丸の言葉に思う所があったらしく、雪羽は気恥ずかしそうな笑みを静かに浮かべている。

 そんな雪羽の気持ちを知ってか知らずか、萩尾丸は言い添えた。


「二人はそれぞれクリスマスを過ごしてくれると思っているけれど、くれぐれも羽目を外さないように気を付けたまえ。人間たちもそうかもしれないが、妖怪たちも結構年末年始に摘発されたり捕縛されちゃう子が出てきちゃうから。まぁクリスマスとか忘年会で気が大きくなってやらかしたり、お酒の席でのトラブルだったりするみたいなんだけどね」


 とはいえ、二人ともお酒絡みのトラブルは大丈夫だろうね。萩尾丸の言葉に源吾郎は思わず首をひねった。源吾郎が酒のトラブルを誘発しない事は解りきっている。そもそも未成年だから飲酒は出来ないし、源吾郎自身も飲酒などするつもりもない。ところが雪羽は違う。妖怪も未成年の飲酒が規制されているのかどうかは解らない。だが、雪羽が酒の席でやらかした事は源吾郎も知っている。ウェイトレス・宮坂京子として働いていた源吾郎に絡んだ挙句、幹部たち揃い踏みのグラスタワー事件を引き起こした元凶は雪羽そのひとなのだから。と言うかその事件で、酒絡みのトラブルがあったために、雪羽は保護者から引き離され、萩尾丸の許で再教育を受けている訳であるし。

 その事を知っているはずの萩尾丸が大丈夫と言い切るのは何故だろうか。それが源吾郎には謎だった。もっとも、当事者である雪羽もまた不思議そうな表情を浮かべている。


「雷園寺君。君も護身用に紅藤様が手ずからお作りになった護符を身に着けているでしょ? あれにはちょっとした細工を施してあって、君はお酒を摂取できないようにしてあるんだよ」

「そうなんですか!」


 雪羽は驚愕のあまり目を丸くしていた。身に着けている護符の、お酒を飲めないようにしているという細工については、雪羽は今の今まで知らなかったらしい。源吾郎も初めて知った事柄である。と言うよりも、萩尾丸は屋敷に雪羽を住まわせるにあたり、妖術で所持しているお酒を見つけ出せないようにしているとも言っていなかっただろうか。

 それにしても用意周到な所は紅藤や萩尾丸らしい気がする。妙に納得していると、にこやかな笑みをたたえながら萩尾丸は言い足した。


「何、そんなに難しいからくりじゃあないんだ。雷園寺君が飲もうとしたお酒は、そのままお酢になるってだけだからね。中間物質を口にしないようにその辺は調整して下さっているから安心したまえ」

「そんな、お酢なんて苦手ですよ……」


 雪羽は注射を嫌がる猫のような表情で小刻みに首を振っていた。護符の作成に携わったのは紅藤であろうが、飲酒防止の機構を考えたのは萩尾丸に違いないな、多分これも雷園寺に対する懲罰の一種なのかもしれないが、色々と的確で恐ろしいからくりではないか。そんな考えが源吾郎の脳裏に浮かんでは消えたのだった。

 獣妖怪は酸っぱいのは苦手だもんねぇ。他人事のように萩尾丸は言うと、やや厚手のパンフレットを源吾郎たちに差し出した。クリスマスケーキのカタログだった。カタログなのにページ数がかさむのは、妖怪向けのケーキだからなのだろう。


「ほら、口直しにこのカタログでもご覧。工場棟に食堂が入っているでしょ。そこに料理を仕入れている工場がケーキを割安で販売してくれているんだ。

 妖怪向けの料理だから、二人とも安心して食べれるはずだから、気に入ったのがあれば注文すると良いよ」


 妖怪向けの料理。何も知らない人間がその言葉を聞けば身構える者もいるだろう。しかし実際には味や脂肪分が薄めになっているだけであったり、チョコレートや柑橘類、或いはレーズンなどの危険な食材を使わずに仕立てているという意味に過ぎない。やたらと血生臭いとか、人肉が入っているなどと言うありがちなホラー漫画のような代物ではないのでその辺りは安心である。

 さてカタログを受け取った源吾郎と雪羽は、二人で仲良くカタログを見る事となった。雪羽は猫用のケーキはちらと見るだけで、特に関心を寄せている風ではなかった。


「おや雷園寺君。猫用のケーキはそんなに興味ないの?」

「うーん。確かに俺や時雨たちは猫っぽい姿かもしれないけどさ、猫じゃなくて雷獣なんだよ。身体の作りとか食べ物の好みとかは猫とは違うんだよ。俺たちは甘いものは好きだけど、猫はそもそも甘みは感じないらしいし」

「あ、確かに……」

 

 真顔で淡々と告げる雪羽を見て、源吾郎は静かに納得してもいた。猫が甘みを感じないという話も、源吾郎は一応知っていた。それに雪羽の本来の姿は猫に似た所もあるが、爪の構造や食べ物の嗜好などの仔細な部分は確かに異なっている。雪羽は実は生魚や完全に火が通っていない肉類は苦手だった。これは獲物や食料に雷撃を加える習性のある雷獣の特徴の一つでもあるらしい。そんな雷獣の中でも雪羽は特に生モノが苦手らしいのだが、それは育ってきた環境によるところもあるようだ。

 そんな事を思っていると、雪羽はやにわに笑みを見せた。


「それにさ、猫用だったら猫缶とかの方が美味しいんだよ。ホームセンターとかでも手頃な値段で売ってるしさ。うん、あれはお酒のお供に丁度良かったぜ」

「言うてそこでお酒の話になるんかよ。雷園寺君らしいな全く!」

「ま、まぁ最近じゃなくて昔の話だから、な。先輩まで堅物みたいな話をしなくて良いでしょうに」


 源吾郎が思わずツッコミを入れると、雪羽はそう言ってから朗らかに笑った。カタログを渡した所で萩尾丸も立ち去っていたので、源吾郎たちは気兼ねせず笑い合えたのだ。

 今日の雪羽はいつもより陽気だった。それはきっと、午後から叔父の三國がこの研究センターに挨拶に来るからなのだろう。笑いながら源吾郎はそう思っていた。

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