閑話:年末妖怪物語

松ぼっくりは師走の報せ

 グラスタワー事件の巻き添えを喰らって以降、下半期は何かと事件や騒動に巻き込まれる日々が続いていた。源吾郎がそんな風に思えるのは、平和な日常という物が戻ってきているからだった。

 妖狐襲撃事件も色々あったものの丸く収まった。八頭怪が何かやらかさないか未だ警戒中であるが、少なくとも彼や他のトンチキな妖怪連中が源吾郎たちを襲い掛かってくる事も特にない。

 普段通りの日常は平和で、それこそが良い物だと源吾郎は思っていた。たとえ懐っこさを通り越してやや図々しくなったホップに、尻尾の毛をダイナミックに毟り取られたとしても。

 だからこそ、職場のオフィスに生じた小さな変化は、源吾郎にとって鮮明な驚きをもたらしてくれたのだ。


「おっ……」


 自分のデスクに向かった源吾郎は、今までなかったものがそこにあるのを発見したのだ。それは小さなクリスマスツリーだった。高さは十センチ足らずであり、濃い緑色に着色した松ぼっくりをツリーに見立てた物だった。飾りとして赤色や青色、或いは橙色や黄色いビーズがくっつけられてもあった。先端には星型の飾りも付けられていたし、根本もペットボトルの蓋を模様付きのマスキングテープでデコレーションした物となっており、中々に気合が入っていた。

 ツリーのミニチュアは、昨晩までデスクには無かった代物である。であれば何者かがこれを源吾郎のデスクに置いたのは明らかだ。よく見れば、右隣の雪羽のデスクにも、似たようなツリーが鎮座していた。主たる飾りのビーズの配色は異なっていたけれど。


「おはようございまーす、先輩」

「ら、雷園寺君か」


 ミニチュアツリーの存在に釘付けになっていた源吾郎の斜め後ろから雪羽はやって来た。既に白衣を着こんでおり、源吾郎よりも少し前に出社している事は明らかだった。萩尾丸は出社が早い事もあり、同居している雪羽も出社が早かった。

 雪羽は源吾郎とミニチュアツリーに視線を向け、にっこりと微笑んだ。含みの無い、全くもって子供らしい無邪気な笑顔である。


「先輩。飾っておいたミニツリーに気付いてくれたんですね。へへへ、どうです出来栄えは」

「やっぱりあのツリーを作って置いたのは君だったのか」


 トンチンカンな返しになってしまっただろうか。そう思いはしたが杞憂だった。雪羽は雷獣らしく細かい事を気にしない節も見受けられる。機嫌がいい時は一層その傾向が強かった。

 雪羽は笑顔のまま頷き、ミニツリーの作り主である事を認めた。


「もう十二月ですし、ちょっとクリスマスっぽい物でも用意しようと思いましてね……ちっちゃいんで場所も取らないですし、ちゃーんとクリスマスっぽさも出てますでしょ」

「ナイスだな雷園寺君。可愛いし綺麗だしクリスマスっぽいぜ」


 喜んでくれて良かった。笑みを深める雪羽から視線を外し、今一度ミニツリーをしげしげと眺めた。先程まではツリーの出現に気を取られてしまい、そのディティールまで観察していなかったのだ。

 じっくりと観察した源吾郎は思わず感嘆の息を漏らした。大した出来栄えだったからだ。ビーズの配置も同系色の色が一か所に偏らないように気を配っているようだ。また、ビーズは木工用の接着剤で固定しているのだろうが、その接着剤が必要以上にはみ出しているという事さえない。

 そしてツリーの頂点を飾る星であるが、これは驚くべき事に市販のビーズやスパンコールの類ではなかった。アルミホイルか金属色の色紙かは定かではないが、ともかくそうした物を星型に切りだして作ったものであるらしかった。星の直径は五ミリ足らずであるにもかかわらず、である。


「これ全部雷園寺君が作ったのか。凄いなぁ。手先が器用だって事は知ってたけど、まさかここまでとは……」

「言うて飾りのビーズは市販のやつだけどね。流石にそこまでは作れないからさ」

「そらそうやろ」


 源吾郎のツッコミに雪羽は笑い、源吾郎自身もつられて笑っていた。ビーズを作る発言には若干面食らってしまったが、考えてみれば手先の器用さを誇る彼らしい発言でもある。この手芸細工のみならず、手先の器用さを雪羽は仕事でも地味に発揮していたからだ。元より雪羽の字は綺麗だし、整理整頓や書類の扱いも上手だった。パンチ穴の開ける場所がズレる事も無いし、ホッチキスで綴じる時もそうだった。

 雷獣は空間を把握する能力に長けているらしいから、転じて整理整頓が上手と言うのもうなずける。しかしこうした細々とした作業を得意とするのは、種族の特性ではなく雪羽個人の気質ではないかと源吾郎は思ってもいた。


「でも先輩。島崎先輩の力を借りたらビーズとかガラス玉のお洒落なやつも作れるかなって思うんですよ。狐火とか使えばイケそうじゃないですか」

「……そりゃあまぁ俺の狐火ならガラスだって柔らかくなるだろうけどさ。ただ出力の問題があるんだよね。まだ何というか、ちっちゃくてそこそこ火力がある状態を維持するのが難しいんだよ。それなら素直にガスバーナーで炙った方が良さそうな気もするし」


 ガスバーナーはもちろん研究センターには常備されている。大学の研究室でも、火種を付けるのはマッチなどでは無くてチャッカマンなのよ、といつか鳥園寺さんは言っていた。もっとも、ビーズ造りなどでガスバーナーを使うのは良くないだろうが。


「ともかくありがとうな雷園寺君。俺、こういう可愛いの好きだからさ。それにもう十二月だし、クリスマスの季節だもんなぁ」

「先輩に喜んでくれて何よりだぜ」


 雪羽はそう言うと、にやりと改めて笑みを作った。先程まで笑っていた雪羽であるが、それまでの笑みとは異なっていた。何処となく含みのある笑みだったのだ。


「やっぱりさ、先輩も若いですしクリスマスは楽しみなんでしょ? 女の子たちだってクリスマスには色めき立ちますし……」

「やっぱり雷園寺君は雷園寺君やな。平常運転ぶりが確認できて安心したよ」

「言うて先輩だってクリスマスはテンション上がってたんじゃないんですかぁ?」

「そりゃあテンションは上がるだろうさ。イベントとかある訳だし、子供の頃はプレゼントとかが貰えたからそれが嬉しかったな」


 ついつい子供の頃の話まで持ち出してしまい、源吾郎は軽く後悔していた。先輩ってば子供っぽいですね~、と雪羽に言われるのではないかと思ったのである。雪羽の見た目は十代半ば程であり、実際精神年齢もそれくらいであるらしい。しかし実年齢で考えれば源吾郎の倍以上の年月を生きている。のみならず源吾郎の長兄よりも年上だった。

 立場的には源吾郎が先輩で多少兄ぶっても問題は無い。だが実際には雪羽の方が年長者ではあるのだ。紅藤たちは気にしていないのだが、源吾郎にしてみればその辺りが地味に引っかかる部分でもあった。雪羽も多分気にしているからこそ、時折年長者ムーブを源吾郎にかますのかもしれない。

 そんな風に多少身構えていた源吾郎であったが、雪羽は源吾郎を子供っぽいと評する事は無かった。むしろ毒気の抜けたような表情で源吾郎を見つめ返しているだけだった。


「そうだよな……子供ってやっぱりクリスマスプレゼントは喜ぶよな。俺もちっちゃい時は嬉しかったし、弟妹達も喜んでくれたらって思ってるんだ」


 聞けば雪羽は、お年玉のみならずクリスマスプレゼントも弟妹達に用意しようと画策しているらしい。クリスマスプレゼントに関しては、値の張るものはちょっと厳しいので、それこそミニツリーとかになるかもしれないそうだが。

 やっぱり雷園寺は兄なんだな。源吾郎は半ば驚き、半ば納得した気分で雪羽を見つめ返していた。年長の兄が弟妹達にお小遣いやお年玉等々を用意する事は源吾郎も良く知っている。兄たち(特に長兄)がそうだったからだ。雪羽は弟妹達への情に深い所がある事も解っていた。

 しかし雪羽の弟妹はたくさんいるし、その上弟妹達の歳もかなり近い。それでも弟妹達に何かしてあげようとする雪羽の姿を前に、源吾郎は感慨にふけっていた。やっぱり兄はそういう物なのだな、と。

 源吾郎には弟妹はおらず、従って兄と言う立場になった事は無い。それでも兄の性や習性は良く知っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る