幼獣うごめく会合の裏
十一月初旬。とうとう雷園寺家と雉鶏精一派との話し合いの日が来てしまった。雷園寺家の次期当主は誰になるのか。今回の事件の功労者である雪羽の、雷園寺家での処遇について。これらが会合の内容そのものだった。
会場は雷園寺家本家である事もまた言うまでもない。雪羽の身柄は叔父共々雉鶏精一派に属しているが、雉鶏精一派は雷園寺家から見たら外部勢力に過ぎないのだから。
雉鶏精一派サイドでの出席者はそこそこ多かった。第二幹部・第四幹部・第六幹部・第八幹部の四つの勢力の中から出席者がいる位なのだから。当事者である雷園寺雪羽の出席は言うまでもない。彼の保護者として三國が、教育係として萩尾丸も今回の会合のメンバーに入っている。灰高の部下もちゃっかりメンバーの中に入っていたし、そもそも萩尾丸も三國もそれぞれ信用できる側近を伴っている訳でもある。
そして、雷園寺雪羽には九尾の子孫が憑いている。その事を示すためだけに、源吾郎も出席者に含まれていた。地位的には新入社員の若妖怪であるにも関わらず。
雪羽は言うまでもなく緊張していた。雷園寺家は雪羽の生家に違いないが、もうかれこれ三十年も足を踏み入れていない。三國の方針で彼らと連絡を取った事すらない。だから雷園寺家は、雪羽にとって既によその家と言っても同然の場所だった。
しかもそこで、雷園寺家の次期当主についての重大な会合が開かれる。緊張するなという方が無理だった。孤軍奮闘するのではなく、身内や仲間――三國たちや教育係の萩尾丸、そして源吾郎だ――が傍に居る。それでも緊張しないかどうかとは別問題だった。
※
「先輩、先輩はきつねを頼まなかったんですか? 妖狐なのに」
「あれだぜ雷園寺君。妖狐が油揚げを好きって言うのはステロタイプだからな。出されたら食べるってレベルだからな、俺の油揚げへの執着は。むしろ唐揚げとか、マウスの天ぷらとかの方が俺は好きだけど。雷園寺君だってさ、雷獣の好物がトウモロコシだからってずぅっとトウモロコシばっかり食べてるわけじゃあなかろうに」
「いや、トウモロコシは俺的にいつでもイケるけど。プチプチ食べるのも癖になるし。言うてマウスの天ぷらも妖狐の好物なんでしょ?」
「あはは、まぁ違いないか」
午前十一時半過ぎ。雷園寺家に訪問する前に立ち寄った妖怪向けの定食屋にて、雪羽と源吾郎は互いに注文した料理を見て二人で面白がっていた。雪羽はきつねうどんを注文し、源吾郎は肉うどんだったのだ。妖狐の好物と言ったら油揚げ、というイメージとは異なるであろう源吾郎のうどんのチョイスが雪羽に妙に面白く感じられたのだ。とはいえ、冷静に考えれば肉うどんというのも妖狐の好物になるのかもしれない。妖狐は狐と同じく肉食性の強い雑食であるのだから。妖狐の好物として有名なマウスの天ぷらは、源吾郎もまた大好物の一つらしい。もっとも、マウス肉は比較的高価なので、買うにしろ作るにしろ週に何回も口にできるものでは無いようだが。
ちなみに雪羽が甘いもの好きであるのは事実だ。もちろん肉類も育ち盛りの雪羽は好きであるが、今日は何となくきつねうどんの気分だった。抜けた牙も生えてきた事だし、多少熱い物も普段通り口にする事が出来るようになっていた。
「島崎君も雷園寺君も、結構可愛らしい物をランチで選んだね。まぁ金額的な意味だけど」
雪羽たちとは対岸に位置する場所に腰かけていた萩尾丸がさも面白そうに声をかけてきた。雪羽と源吾郎をそれぞれ仔猫と仔狐だと思っている彼は、折に触れて彼らの可愛らしさを見つけ出そうと躍起になっている。それもある意味天狗の性なのかもしれないが、そう割り切れるほど雪羽もオトナになり切れていなかった。
というかこの定食屋自体がリーズナブルな価格帯であろうし、そんな事を言っている萩尾丸は最も安価であろう素うどんを頼んでいる訳なのだが。刻みネギの盛り合わせを追加注文しているが――妖怪向けの定食屋なので、料理にはネギ類は混入していないのだ――、まさかそれを贅沢と言い張る事は無かろう。
何と言ったら良いのだろうか。雪羽はちらと源吾郎に視線を向けた。彼は空腹に耐えきれないと言わんばかりの様子でうどんを食べ始めている。萩尾丸の発言には思う所はあるが、雪羽も源吾郎に倣う事にした。
きつねうどんの上に鎮座する油揚げは、舌に絡まるような甘みと出しの風味が混ざり合い、何とも美味だった。
洋服を汚さないように気を付けるんだよ。何処からか雪羽たちに注意の声がかかる。雷園寺家での大切な会合という事で、雪羽も源吾郎もきちんとスーツを着用していたのだ。源吾郎に至っては新品の一張羅らしく、むしろ服に着せられていると言った趣さえあるくらいだった。
※
「それにしても先輩、まさかこんな事になるなんてねぇ」
「うん。俺らが子供扱いされてる事はうっすら知ってたけどさ」
雷園寺家の屋敷の一室で身を寄せる雪羽たちは、今置かれている状況に驚き、思わずぼやいてしまった。
会合が始まって二十分も経たぬうちに、雪羽たちは子供らが待機する控室にそれとなく誘導されてしまったのだ。最初はもちろん雪羽も出席していた。雷園寺家の次期当主になりうる存在として紹介されていたし、この度時雨を救出した事も伝えられた。
だが話が込み入った物になる手前でこの仕打ちである。腹は立たなかったが複雑な気分である事には違いない。
控室にいる子供妖怪の数は二十名ばかりだった。面識があるかどうかすら解らないが、雪羽の親戚にあたる子供らであろう事だけは解った。雷園寺家サイドとして、本家はもとより分家の面々も集まっていたのだから。何らかの理由で子供も連れてきて、やはり会合への出席は難しいという事でここに集められたのだろう。
子供ら同士では面識があるのだろう。小さなグループを作って遊んだり、用意されている菓子を手に取ったりとまぁまぁ自由に振舞っている。
しかしそれでも雪羽に近付く子はいなかった。視線を感じるものの、源吾郎共々遠巻きにされているような感じだ。雪羽の置かれている状況、雪羽自身の強さ、そしてツレである源吾郎の存在。そうした物によって、親族たちは様子を窺っているだけに留まっているのだろう。集まっている親族たちは見る限り一尾ばかり。一方で雪羽は三尾だし、源吾郎に至っては四尾を具えている。弱い妖怪ほど相対する妖怪の強さに敏感だ。萩尾丸がそう言っていたのを雪羽は密かに思った。今はまさに、その言葉ががっちりと当てはまる状況ではないか。
半ば晒し者となっている雪羽の傍らに控えるのは源吾郎だけだった。雪羽の強さを真正面から受けて怯まない、稀有な若妖怪。雪羽に立派な妖怪が憑いているという事を示すためだけに連行された彼は、しかし雪羽以上に落ち着いていた。
「何というか次期当主の話も色々込み入ってそうだもん。それに雉鶏精一派の方だってきちんと判断できる大人とか、雷園寺君の保護者も出席している訳だから、難しい話はそっちでやって欲しいって事だろうね。
雷園寺君、何も次期当主云々の話は雷園寺君と君の弟さんだけで出来る話じゃないんだぜ。大人たちを前にして、雷園寺君が冷静に話し合えるかって言われたら難しいと思うよ。そりゃあ、俺だって同じだけど」
「……それにしても先輩、めっちゃ落ち着いてますやん」
雪羽は思わず嘆息していた。そんな彼を見て、源吾郎はさも得意げな笑みを浮かべたのだ。
「ははは、俺が何年末っ子業をやってたと思うのさ。子供扱いされるのには慣れてるんだぜ俺はさ。というか、兄上たちなんかまだ俺の事は仔狐だって思ってるだろうし。こちとらもう就職したって言うのにさ」
やっぱり先輩は末っ子だな。流石に口には出さないものの、雪羽はそう思わざるを得なかった。苛烈な野望を抱く半面、未熟者扱い・子供扱いを異様なほど自然に受け入れてしまう側面が源吾郎にはあった。恐らくはこれまでの境遇に起因するものなのだろう。年長の、しかも保護者並みに面倒見のいい兄などがいたのだろうから。
「まぁ、ここに集まってる雷獣たちも、親族たちの顔合わせみたいな事をしないといけないって事で大人たちに連れてこられたのかもね。顔合わせが、血縁とか
「そりゃそうだ」
血縁やコネの類の重要さは、雪羽も源吾郎もよく心得ていた。むしろ貴族妖怪に連なる物として、平素からそれを利用している立場でさえある。雪羽は元々第八幹部の重臣として思うがままに振舞っていたし、源吾郎は玉藻御前の末裔だったからこそ、半妖ながらも紅藤の直弟子の座に収まったのだから。
そうしたコネやコネがもたらす利益を他の妖怪たちも使うであろう事は明らかな話だ。雪羽の周囲には彼の血筋や能力に惹かれてオトモダチが集まって来ていたし、玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちもごまんといる。自称・玉藻御前の末裔たちの会合に源吾郎も招待されたそうだ。律義な源吾郎はこの申し出に少しの間逡巡し、しかし結局参加する事になったという。
そんな事を考えていると、源吾郎が雪羽を軽くつついていた。
「とりあえず俺たちも俺たちで大人しく会合が終わるまでここで待つしかないよ。まぁその……俺も雷園寺君もカチッとしたスーツ姿だから滅茶苦茶浮いちゃってるけどさ」
「俺らが浮いてるのはそれ以外の要素もあると思うけど。まぁ別に良いか」
雪羽がぼやいた直後、源吾郎が何かに気付いたのか小さく声を上げた。その視線は雪羽を外れ、控室の隅の方に向けられている。
「それよか雷園寺君。折角だし弟さんに会いに行けば? あの隅っこの、狸の子と一緒にいる子たちって、時雨君と深雪ちゃんじゃないの」
源吾郎が指し示した方を見やり、雪羽は短く頷いた。彼の言う通り、時雨と深雪の姿がそこにはあった。雷園寺家の次期当主とその妹。この部屋の中では最高位の地位を誇るはずの雷獣の兄妹は、しかし敢えて部屋の隅に陣取っていたのだ。まさか他の子に追いやられた訳ではあるまい。状況から察するに、自分から進んであの場所に落ち着いたという感じだった。
そして源吾郎の指摘通り、彼らの傍には化け狸が一人侍っている。松子ではない。時雨と同年代と思しき少年だった。付き人だった松子の処遇は、庭掃除への異動という事で決着がついた。もっとも、彼女もカウンセリングや精神的な療養が必要だったために、そもそも仕事どころでは無かったそうだが。
「そうだな。ちょっと時雨たちの所に行ってみるわ」
「俺もご一緒させていただくよ」
雷獣の決断は稲妻のごとく素早い物だ。時雨の周りに余計な親族たちがいないから近寄ってみよう。雪羽はそのように思い、思った時には既に動き始めていたのだ。あの時は時雨の父母の横槍が入り、兄弟の交流は中断されてしまった。しかし今回はそのような事は起こりえない。何せ時雨の父母は今まさに会合に出席している最中なのだから。
意気揚々と歩を進めた雪羽だったが、歩み始めたまさにその時、誰かが雪羽の方を叩いてきたのだ。
誰が……いや源吾郎の仕業か。訝りながら振り返った雪羽の背後には、いつの間にか雷獣の少年少女が三人――少年が二人で少女が一人だ――控えていた。肩を叩いたのは鵺めいた風貌の少年だった。重たげな黒髪と赤褐色の瞳、そして鱗に覆われ爬虫類めいた様相を見せる足許や一尾が特徴的である。
異母弟である時雨の許に向かう事も忘れ、雪羽は少年たちを凝視していた。長らく三國の許で暮らしていた雪羽は、雷園寺家の親族たちの顔をほとんど覚えていない。しかし、今彼の許に集まっている少年たちは例外だ。彼らは雪羽の弟妹、それも同じ父母から生まれた弟妹なのだから。
「久しぶりだね雪羽兄さん。こんなに早く会えるなんて嬉しいよ」
鵺めいた風貌の実弟、
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