百鬼夜行はオフィスの中で

 雷園寺時雨拉致事件解決から二日後。雉鶏精一派本部の会議室に大妖怪たちが集まっていた。八頭衆と呼ばれる幹部クラスの妖怪たちの大部分とその重臣・側近に相当する妖怪である。更にそれらのメンバーに加え、頭目である胡琉安も出席者の一人だった。

 この度の議題のメインはあくまでも雷園寺時雨一行救出作戦の顛末と反省会である。しかしそれらの内容を語るにあたり、どうしても胡琉安――雉鶏精一派のトップであり胡喜媚の孫である――に耳に入れて貰いたい事柄があったのだ。欲を言えば、その上で彼の意見も欲しい所である。だからこそ、救出作戦に直接関係の無い幹部たちも共に居並んでいる訳でもある。

 そうした事もあって、会議室の内部は張りつめた空気で充満していた。八頭衆はいずれも大妖怪揃いである。その上曲者揃いでもあり、互いに友好的とも言い難い。議題の重さも相まって、こうした空気になるのは致し方なかろう。 


「――皆様、これでお揃いでしょうか」


 各々の指定席に腰を下ろす妖怪たちを確認し、今回の進行役が皆に声をかける。進行役は萩尾丸の隣席に控える豆狸の女性だ。狸というとひょうきんなイメージが先行するかもしれない。しかし彼女、今宮紅葉の実力と妖力は大妖怪に準じる。狸ゆえに戦闘自体は不得手らしいのだが、それでも若手の大天狗や鬼をあしらう事くらいは苦も無くやってのける。それにやはり術の行使や他の妖怪をまとめる統率力は目を瞠る物だった。

 彼女の襟元に縫い留められたバッジの中に描かれているのは、金色と五色の絢爛な姿の巨大な鳥。萩尾丸の部下の中でも最高位の『金翅鳥こんじちょう』に属する女傑、それも萩尾丸が最も信頼を置く部下でもあった。

 そしてこの度、雷園寺時雨の救出作戦に彼女も尽力したのは言うまでもない。


「本日は、第八幹部の三國様が欠席しております。そのため、私どもが代理で出席する所存でございます」


 一番下座で声を上げたのは、風生獣の春嵐だった。三國が今回の会議に出席できないのは萩尾丸はとうに解っていた。事件解決からわずか二日、甥である雪羽が目を覚ましてからまだ一日しか経っていないのだ。入院中の雪羽を妻と共に見舞いに行っているのかもしれないし、集まった親族たちと親族会議があるのかもしれない。

 それらの事があるからこそ、第八幹部の代わりとして春嵐が出席しているのだから。但し、彼は一人ではなく妖怪娘を一人ともなっていた。テンかイタチの妖怪だろう。もしかしたらはぐれ管狐かもしれない。春嵐も若い妖怪になるが、彼女はもっと若そうだ。それこそ萩尾丸が若妖怪として雇い入れるような年齢だろう。


「あの、彼女は私の補佐として連れてきました。書記を兼ねて貰うだけなんですけどね。前々から次世代の若手を育成しなければと思っていたのですが、これまで中々着手できなかったので……」

「そういう事ならば別に構いませんわ。大丈夫です、安心して会議に出席して下さい」


 若手の育成という言葉に喰い付いたのは案の定紅藤だった。萩尾丸はというと真面目に語る春嵐におかしさと一抹の哀愁を感じてもいた。トップである三國が若い妖怪であるがゆえに、春嵐はより若い妖怪たちを次世代として育成しなくてはと気負っているのだろう。何せあの組織の中では春嵐や三國、月華などはの妖怪になるのだから。百五十年生きた程度のに過ぎない彼らが。

 また、今まで春嵐が若手妖怪の育成に手が回らなかった理由についても想像は付く。好き放題ヤンチャし放題の雪羽に手を焼いていたのだ。その雪羽は今萩尾丸が預かって再教育を施している。今まで浪費していたエネルギーを、他の妖怪の育成に回す事が出来るという訳だ。

 若妖怪の少女をちらと見やる。大妖怪たちが居並ぶ席上において多少緊張しているようには見える。しかし春嵐がわざわざ選抜して連れてきているのだ。だからきっと、彼女も才覚のある妖怪なのだろう。萩尾丸は静かにそう思った。



「――先程ですが、雷園寺家一行が無事に本家に到着したという連絡が入りました」


 灰高の連れてきた部下の報告で、一瞬だが空気が緩むのを感じた。救出作戦は時雨たちが無事に帰還した事で本当の意味で終了した事になる。そう言う意味で妖怪たちが安堵した。

 プロジェクターには幼獣の兄妹の画像が映し出されていた。時雨と深雪の兄妹である。両名とも人型と本来の姿の両方の画像が並んでいる。どちらの姿にせよ、時雨たち兄妹が幼い子供である事には変わりない。


「救出対象だった時雨君も深雪ちゃんも特に目立った外傷はありませんでした。昨日は精密検査も含めて入院していた訳ですが、二人とも特に異常は無かったため、退院できた次第です。もっとも――時雨君に関しましては、部分的な記憶障害と刃物やイタチに対する恐怖症を併発している訳ですが」

「子供があんな事件に巻き込まれた訳ですし、やはり心に傷を負ってしまうのは仕方ないですよね」

「可哀想な事ではありますが……そこは雷園寺家の方々にケアしていただく他ないでしょう」

「深雪さんの方はさておき、時雨さんは呪詛を、それも致死性のものを仕込まれていたんですよね? それでも特に異常が無かったなんて凄いですね」

「雷園寺雪羽殿が彼を死の淵から救ったんですよ。雷園寺家次期当主への執着ではなく、弟妹への情愛のなせる業です」


 時雨の容体について報告がなされると、妖怪たちはてんでに思った事を口にする。幹部クラスの妖怪たちが集まるとよく見られる光景だった。

 萩尾丸は黙って彼らの言葉に耳を傾けていた。脳裏には時雨の姿が浮かぶ。とりわけ鮮明だったのは、病室で雪羽と再会したときの姿だ。無邪気に甘える時雨とそれを受け止める雪羽。彼らの姿はまさしく仲睦まじい兄弟のそれだった。

 正直なところ、萩尾丸は複雑な心境だった。結果的に時雨と深雪が無事と言っていい状態になった事は無論喜ばしい事だ。だが、その結果に至るまでの事を思うと忸怩たる思いがこみ上げてならない。仕込みが行われる前に時雨たちを救出する計画だった。だがその計画は大いに狂い、そしてこの度の結果となったのである。

 八頭怪が……彼に与していた者がいた事。それこそが番狂わせの大きな要因だった。八頭怪とその眷属ならば致し方ないという者もいるかもしれない。しかしそれでは済まさない妖怪も八頭衆の中には存在するだろう。他ならぬ萩尾丸自身がそうだったからだ。


「雷園寺君が力を発揮して時雨君を救ったのは僥倖と言えるでしょう。ですが、そもそもそうせざるを得ない状況をもたらしたのは私どもの見通しの甘さによるものでもあります」


 萩尾丸の言葉には悔恨の念が籠っていた。それだけではなく、若干の恐怖だとか、他の幹部たち――特に灰高である――の様子を探るような思いや考えも入り混じっていた。

 会議室は先程までとは一転し、重々しい空気に包まれる。そう思っているのは萩尾丸だけかもしれないが。

 そんな中で一人の妖怪がゆるりと動いた。第一幹部の峰白は、口許にだけ笑みを作って萩尾丸を見据えていた。そうしてそのまま口を開いたのだ。


「萩尾丸。あなたの見通しの甘さとやらが引き起こした出来事について教えてくれるかしら?」

「はい。そちらに関しましてはレジュメを用意しておりまして――」


 自分も資料を手許に控えつつ、救出作戦の反省点について説明した。報告書と銘打っているものの、急ごしらえのお粗末な代物だった。あくまでも今回の会議のために用意した物であり、もちろん内容を精査してきちんと作り直すつもりでもある。

 今回の救出作戦において萩尾丸が犯したミスは二点である。まずは八頭怪の眷属が拉致に関与していた事を見落としてしまった事。そして、役者として用意した雷園寺雪羽を御する事が出来なかった事だ。

 誰も彼も真剣な面持ちで萩尾丸のミスに耳を傾けていた。萩尾丸自身も真剣だった。何故あんな事になってしまったのか。考えているうちにふとある考えが首をもたげる。獅子身中の虫。内通者が情報を改竄していたのではないか。

 だが、疑心暗鬼の考えを打ち破ったのはまたも峰白の言葉だった。


「八頭怪が関与していた事が解らなかったから、敵の情報を実際より楽観的に見積もってしまったのよねぇ……実際に情報を集めていたのは誰?」

「私です」

「私も両勢力の監視を行っていました」


 峰白の問いに、真琴と灰高はほぼ同時に即答した。灰高はあの時の会議で諜報員になって協力してくれていた。情報処理班に当たる真琴に関しては、青松丸の方から情報収集を要請していたらしい。

 峰白は二人とその側近などを眺めている。他の妖怪も二人に視線を向けている。

 そんな中、真琴と灰高は順に情報収集の方法やそれの弱点について説明した。峰白は適宜相槌を打ち、二人の情報収集のやり方が正当な物だった事を認めた。八頭怪やその眷属の介入で真偽があやふやになったのも致し方なし、と。


「……中には私を疑っている方もいらっしゃるかもしれませんね」


 内通者云々の疑惑について言及したのは灰高その妖だった。峰白や紅藤の視線をも受けつつも、彼の表情や口調は堂々としており揺るがない。自棄になって口にしたという気配は一切無かった。


「ですがよくお考えください。私は外部勢力と雉鶏精一派との均衡を保つ役割も担っているんですよ。その私どもが、どうして一大勢力である雷園寺家と対立するような行動をするでしょうか? 私どもももちろん、双方の被害が最小限になるように事件を収束させるのが目的でした。だからこそ情報を収集し、計画の立案に力添えしたのですよ。

 偽の情報を与えたとしても、雷園寺家の次期当主を危険にさらすだけで私どもにはメリットはありません。むしろ雷園寺家を敵に回す事になるでしょうから」

「そうよね。灰高はずぅっと外部勢力との調整を担っていたものね」


 峰白の言葉に萩尾丸も頷かざるを得なかった。萩尾丸もまた、雉鶏精一派に長い間所属している。だから灰高がどのような経緯で雉鶏精一派に参入したのか、どういったスタンスで動いているのかは萩尾丸もよく知っていた。

 それ故に、彼の今の言葉が嘘ではない事、信用するに値すると見做すほかないと判断したのだ。


「それで次は、雷園寺君を制御できなかった件になるわね。そっちの担当は……萩尾丸だったかしら」

「いかにも私です」


 峰白の視線を受け、萩尾丸は短い言葉で応じた。峰白は萩尾丸の顔を値踏みするように眺めまわしてから笑みを浮かべた。


「そうだったわよね萩尾丸。雷園寺君の事は、生誕祭直後から引き取ってあんたが面倒を見ていたもんね。それで、今回あの子を制御下に置く事が出来ず、負傷させてしまったのね」


 その通りです。一旦頷いてから萩尾丸は言葉を続けた。


「もちろんこちらでも制御できているつもりでした。興奮を鎮めるための符も渡しておきましたし、雷園寺君が時雨君を救出した直後も、結界を破るまでに時間がかかるから無理をしないようにと伝えました。どちらも無駄になってしまったんですがね」


 言いながら萩尾丸はため息をついた。雪羽には念話の一種で連絡を取っており、立ち向かわずに逃げろと一応命じてはいた。しかし雪羽はその命令には従わなかった。というよりも、萩尾丸がそうした連絡を投げかけている事に気付いていなかったのだ。興奮していたがために聞き逃したと思われる。或いは感覚器の遮断や調整を行う雷獣の機構が作用していたが故の失態でもあった。


「焦っていた事もあるでしょうけれど、文字通り天狗になっていたように私には思えるわ。萩尾丸。もしかしたらあんたは雷園寺君が自分の言うとおりに動いてくれると信じ切っていたんじゃあないの?」

「その事は……否定できません」


 峰白の問いかけに萩尾丸は頷いた。雪羽の再教育を請け負ってはや二ヶ月。ヤンチャな暴れん坊ながらも源吾郎などの影響で丸くなり、御しやすくなったと萩尾丸は思い込んでいたのだ。雷獣はその名の通り特に獣性を残す妖怪であるというのに。

 実を言えば、雪羽の再教育や日々の世話に萩尾丸はそれほど手を焼いていなかった。ヤンチャであると言われていた事は知っている。しかしかつて三國を再教育した事のある萩尾丸にしてみれば、雪羽は元気のいい仔猫みたいなものだった。引き取った雪羽はあの頃の三國よりも幼いものの、三國よりもお行儀が良くて賢かった。持て余し気味のエネルギーを仕事や戦闘訓練で上手く発散出来ていた、貴族妖怪の子息としての覚悟を抱いているのだと萩尾丸は勝手に納得してもいたのだ。

 その結果があの体たらくだった訳なのだが。


「――強い妖怪って言うのは本当になものね」


 峰白は事もなげに言ってのける。強いだけの妖怪を辟易するきらいが彼女にはあった。突然変異的に妖怪として生れ落ち、幼い頃は後ろ盾のない雑魚妖怪として生き延びてきた過去が峰白にはある。それ故に強者へ向ける視線は手厳しい。


「雷園寺君もあの歳であの強さだから、自分が闘えばどうにかなるって思ったんでしょうね。退き際を見極めて逃げるべき時は逃げる判断をしなければ長生きできないのにね。まぁ、雷獣って強い連中はそんなのばっかりだけど。

 そして萩尾丸。あんたも強者の意識にいつの間にかシフトしたみたいね。自分は強いから、相手がきちんという事を聞く。無意識とはいえそう言う風に思っていたんじゃないの?」


 峰白の鋭い指摘に返す言葉も無かった。お姉様。若干切迫した紅藤の声が投げかけられる。


「安全教育に関しましては、今一度私どもの方で行います。今回は緊急での会議という事もありますし、対策書や報告書も後日萩尾丸に提出させます」

「まぁ、雷園寺君の監督は紅藤の管轄でしょ。私は単に強さに縋っている所が見え隠れしたからちょっと口を挟んだだけだしね」

「ご指導ありがとうございました、峰白のお姉様」


 口を閉ざした峰白に紅藤が一礼する。それから、彼女は萩尾丸に視線を向けて口を開いた。


「萩尾丸。そろそろの話をなさったらいかが?」


 胡張安。胡喜媚の息子だった妖怪の名を、ごくごく自然な調子で紅藤は口に出したのだ。紅藤がマイペースで大雑把な性格の持ち主である事は萩尾丸も把握している。しかしだからと言って急に胡張安の名を引っ張り出すのはいささか性急であろう。何せ今まで雷園寺時雨の救出作戦について話していたのだから。

 もちろん周囲の妖怪たちは戸惑ってあれやこれやと話し合っている。胡張安を知る者と知らぬ者がこの会議室に混在していた。知っている者は驚きに顔を火照らせており、知らぬ者は無邪気に疑問を口にしている。

 彼らの戸惑いや驚きも無理からぬ話だ。だが、今回の救出作戦に胡張安が絡んだであろう事も事実なのだから致し方ない。

 急に話を振りますね。若干落ち着きを取り戻した萩尾丸がぼやく。紅藤はけろりとした表情で言い添えた。


「でもこの話に一番絡んでいるのは萩尾丸でしょ。それに、あなたの家にいるシロウさんが八頭怪の眷属だった鳥妖怪を喰い殺したからこそ、結界を破る事が出来たんですから」

「確かに九十九シロウがあの場で結界を操っていた鳥妖怪を斃して結界を破ったのは事実です。ですが、それは僕の功績だと言い張るつもりはありません」


 一言一句聞き取れるように萩尾丸はおのれの主張を口にした。九十九シロウという猫又が八頭怪に与する夜鷹を喰い殺し、強固な結界を破った。これは確かに事実である。それ故に手遅れになる事無く雷獣たちを保護できた事も事実である。

 しかし、それらの事柄をおのれの手柄にするつもりは萩尾丸には無かった。猫又のシロウは救出作戦のメンバーではなく、およそだったからだ。

 元よりシロウは萩尾丸の屋敷に居候しているだけである。萩尾丸の正式な部下でも使い魔でもない。しかもあるじを持たずに自由に生きる気質の強い猫又であるから、従わせようと思った事も特に無かった。シロウ自身も子孫にあたる地域猫を護るという彼なりの仕事を請け負っていたし。


「彼は単に僕の屋敷をねぐらの一つにしている猫又に過ぎません。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、彼は居候に過ぎず、そもそも僕の部下ですらないのです。従って彼があの場に現れたのも彼自身の意志であり、僕の指示や指揮で動いた訳でもありません。全くの偶然なのです」


 一段落したところで萩尾丸は呼吸を整え、それから今一度口を開いた。


「それから、胡張安様のお話に移りましょうか。先程猫又のシロウが夜鷹に奇襲を加えて結界を破ったという話を紅藤様からお聞きしたと思いますが、彼にからこそ、あの奇襲は成功した物なのです。何せ我々でも破壊できぬ結界が張り巡らされていたんですからね。猫又であるシロウが潜り込む余地は無かったのです」

「その……胡張安、様が協力したというお話ですが、一体どういう事でしょうか」


 下座の方で疑問の声が上がる。質問を投げかけたのは春嵐の隣に座る妖怪娘だった。大妖怪たちが集まる中で緊張しているのだろう。十月だというのに額には汗が浮かんでいた。

 彼女を一瞥し、萩尾丸は言葉を続ける。


「胡張安様の母親は雉鶏精一派の初代頭目である胡喜媚様である事は皆様もご存じかと思われます。あのお方にはを具えていたと言われております。そしてその能力は、実の息子だった胡張安様にも受け継がれていたようなのです。

 胡張安様は恐らく、し、それにより結界にほころびをもたらしたのだと僕は考えております。シロウはそのほころびの中に潜り込み、そうして敵を仕留めたのでしょう。胡張安様も八頭怪の実の甥にあたりますからね。八頭怪の使う術や、それを無効化する術を知っていてもおかしくは無いでしょう」

 

 ダメ押しとばかりに、萩尾丸は紅葉に命じて物的証拠を見せつけた。物的証拠とは現場に落ちていた数枚の鳥の羽である。後衛部隊として派遣された源吾郎が拾ったものだ。山鳥がどうと言われていた事が気にかかっていたのだと彼は証言していた。


「こちらの羽毛ですが、調査した所、胡張安様のものに相違ないという事でした。こうした証拠のために、胡張安様があの夜我々に関与したと判断しております。もっとも、その真意については不明ですが」


 胡張安は何のためにシロウに力を貸したのだろう。どよめきを聞きながら萩尾丸自身も静かに思っていた。胡喜媚の息子でありながら雉鶏精一派に嫌気がさして逃げ出した妖怪。それこそが胡張安である。だからこそ紅藤は息子として胡琉安を造り出し、頭目に据えたのだ。無論胡張安もその事は承知している。むしろ雉鶏精一派には干渉して欲しくないと公言していたくらいだ。全ては二百年前の事なのだが。

 胡張安様が味方になってくれるのではないか。どよめきの中でそのような声が上がるのを萩尾丸は聞いた。事はそう簡単な物では無かろう。萩尾丸は反射的にそう思った。何せ二百年にわたりこちらに尻尾を掴ませずに細々と活動していた妖怪なのだから。無論、萩尾丸も唐突な胡張安の動きは気になってはいるのだが。

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