その焔 心の闘志に火をともす ※戦闘描写あり
源吾郎と雪羽は互いの様子をうかがいながら、会場に足を踏み入れた。紅藤や萩尾丸は来客対応で多忙だったが、青松丸あたりから訓練の状況を聞いていたのだろう。前よりも会場である円陣が広がっている事に源吾郎は目ざとく気付いた。
源吾郎も雪羽も飛び道具を使うのだから、やはり広い方が何かと役に立つ。もっとも、雪羽は新しい技を用意していた訳でもなく、単なる雷撃の術を黙々と練習していただけだが。
号令と共にまず動いたのは雪羽だった。今回も彼は獣の姿ではなく普段通り人間の少年の姿である。ゆったりと手が動き、それと共に雷撃が生成される。銀色の矢に見える雷撃が源吾郎に向かって走るのは言うまでもない。
源吾郎は無言で迎撃した。一尾を横薙ぎに振るうと火焔が広がり、雪羽の雷撃を呑み込んだのだ。最初の戦闘では、源吾郎の狐火の弾丸を雪羽が相殺した。今度はその逆の事が行われたのだ。
「ははは、これは単なる小手調べだよ」
雪羽はそんな事を言って軽く笑う。ずっと戦闘訓練を重ねてきて気付いた事だが、雪羽はどうも遊んでいるような気配を見せる事が多いのだ。それは真剣に闘っている源吾郎とは違っていた。それこそが強者の余裕という物だろうか。だがそれは致命的なものである事に雪羽は気付いているのか。
源吾郎もまた笑った。笑いながら狐火を放ったのだ。ずっと焔の形にする練習を続けてきた源吾郎である。最初は黄色がかった焔であったが、今雪羽を呑み込まんと渦巻く焔は蒼白い焔だ。火力も温度も前よりは上回っていた。直にぶつかれば致命傷判定は出るはずである。雪羽からの反撃を受ける前に相手に致命傷相当のダメージを与える事。それこそが源吾郎が勝利する方法だった。
もっともこの技も大規模であるから、十数秒くらいしかもたない。しかし高火力の攻撃であるから十数秒もあれば決着はつくはずだ。
とはいえ実の所、雪羽の様子は源吾郎には見えなかった。攻撃手段である焔によって、ある意味視界を遮られているからだ。今回も源吾郎の焔は大きなものだった。それは彼の自信と威信を示しているかのように。
その蒼白い焔は、時々小さな爆発を起こしたり揺らいだりしていた。盛んだ、と思う位で特に気にも留めなかった。烈しい術であるから出力の関係で揺らぐことは多少あるだろう、と思ったくらいだった。
一陣の風が吹き抜ける。焔によって空気が暖められているために生温い。そして僅かに焦げ臭い匂いを孕んでいた。
「――!」
その数瞬後、源吾郎のすぐ傍で風船の割れるような鋭い音が響く。苅藻の許で購入した、自動防御型の結界が発動した音だ。厳密には発動して結界術が破られた音であろう。
源吾郎は繰り出していた焔をそのままに頭上を振り仰いだ。
一杯食わされた。源吾郎は密かに歯噛みした。きっと雪羽は狐火が放たれた瞬間に飛び上がり、焔の影響がない上空から雷撃を放ったに違いない。
何処だ、何処にいる? 源吾郎は青空を眺めながら雪羽の姿を探した。それらしい姿は中々見つからなかった。
それでも源吾郎は雪羽の存在をどうにか発見した。と言っても、その時には既に雪羽は源吾郎めがけて躍りかかっている最中であったが。読み通り上空から機会をうかがっていたようだ。
黒い粉をまき散らしながら落下する雪羽は、いつの間にか大きな獣の姿に変化していた。雷撃を放つ気配はないが、両の前足は細かく放電し黄金色に輝いている。猫のような鋭い爪の先から放電は生じていた。獣の爪には血管が通っている。その事は雷獣も同じである。しかし血管の隣にもう一つ空洞の管があり、そこから放電が行われているのだ。
雷獣の霊妙な身体の仕組みはさておき。源吾郎はとっさに尻尾で雪羽と自分から距離を置く事にした。雷撃仕込みの雪羽の雷獣パンチが尻尾に伝わる。ダメージは少ない。源吾郎は尻尾の表面にも結界を張る事が出来るからだ。
そのままの勢いでもって尻尾から火焔を放ち、飛びのいて更に距離を取った。尻尾の火焔という曲芸じみた技は雪羽には当たらなかった。しかし向こうも火焔を警戒して距離を取ってくれたのでまぁ良かろう。
「……その姿で闘うのかい、雷園寺君」
空中で器用に身をひねって着地する雪羽を見て、源吾郎は思わず声を漏らす。雪羽は回避する間に完全に変化を解いていた。威圧的な巨大な獣の姿ではなく、猫とハクビシンの合いの子のような、小ぶりな獣の姿を見せていた。これが雪羽の本来の姿である事は源吾郎も知っていた。一度生誕祭の折で見ていたからだ。
戦闘訓練の際に、この本来の姿を見せるのは初めての事だった。
「ヴヴ、ヴミャアァァァ……!」
源吾郎の問いに応じるは、言葉ではなく獣の咆哮だった。顔つきだけではなく啼き声まで猫のそれにそっくりである。若干だみ声で、獰猛さに満ち満ちていたが。
別に雪羽の理性が飛んだわけではあるまい。妖怪というのは鳥獣の本性を持ち合わせるが基本的に優れた理性と知性の持ち主でもあるのだから。
従ってあの咆哮は源吾郎に対する威嚇に過ぎないのだろう。
「勝負は勝負だもんな。その姿に戻ろうと容赦はしないよ!」
源吾郎は言いながら今一度火焔を振るった。先程の巨大な火焔ではないが、それでも細長い燃える剣を連想させる代物だ。雪羽はしかし恐れげもなくそれを回避しただけである。
※
源吾郎と雪羽の闘いは妙に長引いていた。長引いていると感じるのは、雪羽が決定打である雷撃を放ってこないためである。今までと違う事だ。雪羽は余裕ぶっている節があるが、ご自慢の雷撃は惜しげなく使うタイプである。そしてその雷撃が源吾郎を仕留める一撃になっているのだ。
しかし逆に、源吾郎もまた雪羽を仕留められずにいた。もちろん雪羽が雷撃を使わないという異変には気付いている。だからこそ弾丸状の狐火や帯状の火焔でもって仕留めようとするのだが、難なく回避されてしまうのだ。
動く雪羽の存在を見て照準を定める事は困難を極めた。スピードに特化した雷獣の素早さはやはり伊達ではない。ましてや雪羽は走り回るだけではなく飛び上がる事も出来るのだから。動体視力もとんでもなく高く、フェイントを仕掛けた所でひらひらとかわされるだけだった。
追尾式の狐火も使ってみたが、こちらも全く無意味だった。追い詰められているように狐火から逃げたかと思いきや、やにわに方向転換して源吾郎めがけて突っ込み、源吾郎とあわや衝突寸前という所で上空に飛び上がってみせたのだから。一つ間違えれば源吾郎がおのれの術で自爆する所だったのだ。
「この、大人しくやられないか」
源吾郎は言いながら小さな弾丸状の狐火を放る。理由はさておき、雪羽も雷撃を放てない程消耗しているらしい。だからという事で狐火で攻撃を仕掛けていた。だがそのほとんどは回避されたり弾かれたりして決定打にはならなかった。
現に、雪羽に向かって放たれた狐火も、二発は回避され残りの一発は右前足で弾かれた。前足の先がうっすらと灰色に霞む。ダメージを受けたという護符からのシグナルだった。致命傷からは程遠いのは言うまでもない。
「雷撃を使えないからって、俺が大人しく仕留められるとでも?」
雪羽は源吾郎の苛立ち交じりの言葉にかすかに笑う。獣そのものの顔なのだが、それが笑みなのだと源吾郎にははっきりと解った。
「そう言う先輩こそ、あの狐火をもう一度使ってみては? あ、でも今もチマチマとでもずっとぶっ放しているからもう余力が残っていないとか?」
「…………」
源吾郎はもう一度狐火を放つ。それから目を瞠った。この狐火は雪羽の放った雷撃によって打ち消されたのだ。呆然とする源吾郎を見ながら、雪羽はまた笑った。
「まぁ、こっちはそろそろ雷撃も使えるようになったけどね!」
言い放つなり雪羽は数発の雷撃を生成し、源吾郎の許に放った。どういう原理かは定かではないが、雷撃の軌道は放射線状にまず外側に逸れて動き、それから斜めに源吾郎に向かっていく。位置からして急所を狙っているのは明らかだ。
「ぐっ、うぅっ……」
源吾郎は尻尾を展開して雷撃から本体を護った。いきんだために妙な声が出てしまったが、特に衝撃は無い。尻尾を護る結界の強度が、雷撃の力よりも上回っていたらしい。
しかしその次の瞬間にはっきりとした衝撃が源吾郎のみぞおちに走った。護符が緩衝材を果たしていたが、それでも一瞬息が詰まったのだ。護符の護りなしにマトモに喰らっていたら、それだけで昏倒していたかもしれない。
視界を下にずらす。白くて小さな獣が源吾郎のみぞおちに頭突きをかましていたのだ。しかもご丁寧に放電しており、白銀の毛皮は小さな稲妻で覆われている。
みぞおちという急所への攻撃。しかも放電のおまけつきである。
源吾郎は今回も負けたのだった。
雪羽は身体を動かすと、源吾郎から少し距離を置いて着地した。小さな獣の姿はむくむくと巨大化し、半獣の姿を経てから見慣れた少年の姿に戻っていた。
※
「はぁー、暑かったぜ。もうすっかり秋だって言うのに。ビールが恋しくなるなぁ。チューハイでも良いけど」
「ビールとかチューハイが恋しいって、その姿で言ったらあかんやろ」
訓練後。さも暑そうにぼやく雪羽に対し、源吾郎はツッコミを入れていた。彼が暑がっているのは事実であり、現に日頃ならフワッとした銀髪も汗で濡れて額や頭にへばりついている。見かねた紅藤から、この後シャワー室でシャワーを浴びるように勧められたくらいだ。
源吾郎のツッコミに対し、雪羽は明るい笑みを見せていた。
「ああそっか。人間社会では子供はお酒は飲んだら駄目だって言われてるもんなぁ。別に俺は人間様のルールに従わなくて良いんだけど……あ、でも萩尾丸さんからはお酒は飲んだら駄目って言われてるし」
「そらそうやろ」
萩尾丸からの言いつけを口にした雪羽はバツの悪そうな表情を浮かべていた。源吾郎はそれにもツッコミを入れてやった。割と投げやりな口調になってしまったけれど。
つれない態度の源吾郎の顔を雪羽は覗き込む。イタズラを思いついた子供のような無邪気な笑みが浮かんでいた。
「先輩。先輩の事だからあのご自慢の狐火で向かってくる事は予測してたんだ。その対策をしていたのは言うまでもない事さ」
雪羽はそう言うと、訓練着の間をまさぐり、何かを指でつまみ上げる。得意げに源吾郎に見せつけるそれは、何処からどう見ても黒く焦げた燃えカスだった。
「一応焔よけの護符を五、六枚用意していたんだけど、全部燃えちゃったんすよ。えへへ、そういう意味では先輩の火力はとんでもなかったよ。護符がすぐに使い物にならなくなったから、どうにか雷撃で防いでいたんだ」
「それで、頃合いを見て飛び上がったんだな」
得意げに頷く雪羽を見ながら、源吾郎も静かに納得していた。雪羽がすぐに雷撃を使えなかったのも、源吾郎の焔を防ぐために雷撃を使い続けていたからだったのだ、と。
「実を言うと、今回はもしかしたらギリギリ危なかったかなと思ってたんだよね。今までと違って、遊び感覚でやってたら負けるなぁと思ってさ」
「……そこまで雷園寺君の事を追い詰めてたのか」
源吾郎は強く驚き、それで呟いていた。とはいえ驚きを筆頭に色々な感情が強すぎて、声は却って平板になったが。
確かに言われてみれば、今回はいつもの戦闘とは違っていた。今までは源吾郎が早々に策を失い一方的にやられていたが……今回は多少は拮抗できたともいえる。
雪羽は頷き、源吾郎を見やる。翠眼がきらめき強い光を放っているようだった。
「妙な言い方だけど、先輩の強さが解って俺は嬉しいよ。今までは何か物足りないというか歯ごたえが無かったからさ……えへへ。次からは俺も本気を出せるかも」
やっぱり雷園寺はバトルジャンキーじゃないか。というかこっちは散々苦労したのにあれでもまだ本気じゃなかったのか……雪羽の笑みに対し源吾郎は笑い返すも、愛想笑いというにも引きつったいびつなものに過ぎなかった。
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