術者は護符の仕様を見抜く
それにしても。ため息のように緩く言葉を吐き出しつつ、苅藻は源吾郎を見やった。
「理由はともあれ源吾郎が積極的に妖怪とタイマン勝負をやりたいって言うとは成長したもんだねぇ。確かに源吾郎は負けず嫌いだけど、誰かを蹴落としたり踏みつけにしたり出来ない甘さ……いや優しさを持ち合わせているように思ってたからさ。
やっぱり、雉仙女様の所での修行の成果かな?」
苅藻の言葉に源吾郎は喉を鳴らした。苅藻の言葉は源吾郎の性質を的確に言い当てていた。負けず嫌いであるのは言うまでもない。だが負けず嫌いという性質を持つにもかかわらず、平和主義というか平和ボケした気質も持ち合わせているのも事実だった。それが源吾郎本来の気質なのか喧嘩の無い家庭環境によるものなのかは解らない。
実際戦闘訓練で雪羽を打ち負かしたいというのも、おのれの強さを相手に知らしめる事が出来ればそれでいいと思っているくらいだ。過剰に暴力を振るったり、ひどく傷つけたりする事は源吾郎も望んではいない。
とはいえそう言う本音を口にするのは何となく恥ずかしかった。無論優しさや他人を傷つけない心構えが美徳と見做される事は知っている。しかし、おのれの野望と照らし合わせた時に、甘い考えの持ち主だと思われるのではないかと考えていたのだ。
源吾郎はだから、全く別の事を口にしたのだ。
「タイマン勝負で術を使って闘うけど、別に傷ついたり傷つけたりするって言う感じの物騒な奴じゃないんだよ。紅藤様の計らいで、安全性の高い勝負になってるんだ」
言いながら、源吾郎は片足を上げて靴下を少しずらした。足首にミサンガよろしく巻いている護符を叔父に見せたのだ。
「この護符が俺の身を護ってくれるんだ。どんな妖怪の攻撃もすべて防ぎきるってわけじゃあないらしいんだけど、俺や雷園寺が放つ程度の攻撃なら難なく防御できる仕組みなんだ。もちろん、雷園寺も同じやつを付けてるよ。向こうは手首に巻いてるけど」
「良い護符を付けてるじゃないか」
苅藻はさも感心したかのように一言そう呟いた。源吾郎に足を降ろすように告げると思案顔で言い添える。
「かなり上等なものだって事はちらと見ただけでも解るよ。なるほどな、その護符が護ってくれると解っているから、源吾郎も安心してタイマン勝負ができるって事なんだな」
そうなんだ! 源吾郎はやや食い気味に応じた。
「しかも戦闘訓練の時は当たった時に衝撃が伝わるような仕組みになってて、攻撃をかわし切れずに受けたって解るようになってるんだ。実際に攻撃を受けたって体でどれだけダメージを受けてるかってのを紅藤様たちが計算して、ダメージの多い方とか先に致命傷までのダメージを受けた方が負けるって言う感じかな。
衝撃とかルールとかドッジボールに似てるって俺は思ってるんだけど」
感心したように話を聞く苅藻を覗き込みながら源吾郎は言い添えた。
「叔父上、ドッジボールは知ってるよね?」
「もちろん知ってるよ。小学生とか中学生が休み時間とかに遊ぶアレだろ?」
「そうそうそのドッジボールだよ。前に雷園寺と話してたら、ドッジボールをやった事が無いって言ってたから……」
「あの子は同年代の友達もほとんどいないみたいだったからさ。取り巻き連中がいるにはいたが、そう言った連中と大人しくドッジボールに興じると思うかい?」
苅藻は何故か物憂げな表情を浮かべている。源吾郎はそれを眺めながら小さく頷いた。雪羽の私生活について、源吾郎は踏み込んだ事まで知っている訳ではない。しかし苅藻の言う通り同年代の子供妖怪と無邪気に遊び呆けた日々とは縁遠かった事は何となく気付いていた。雪羽は叔父の意向により職場に赴いていたようであるし、何より源吾郎の学校生活について強い関心を示していたのだから。
「ドッジボールはさておき、雉仙女様も萩尾丸さんも色々と考えてらっしゃるみたいだね。何のかんの言っても雉仙女様は研究者気質だからね。色々と細工を考えるのが楽しいんだろうね。
まぁともあれ良かったじゃないか。普通の訓練だったら妖力の出力を気にして闘わないといけないだろうけど、相手が傷つかないと解ったら気兼ねなく力をぶっ放せるってところだろうし」
苅藻の言葉に源吾郎は薄く笑った。変化術は精緻を極める半面、狐火や結界術などの戦闘向けの術の行使は結構雑だったりする。攻撃術として妖力を使うのに慣れていないから調節が難しいのだ。但し源吾郎の場合はそもそも妖力の保有量が多いから、雑な出力でも中々の威力を有する攻撃になるという側面もある。
そろそろ雷獣の肉体的な弱点について語ろうか。その言葉は源吾郎が待ちわびていた物でもあった。両目を輝かせ、苅藻の挙動を聞き逃すまいと源吾郎は密かに決意していた。
「戦闘訓練に直接役立つかどうかは解らんが参考になると思うんだ。
まず雷獣は熱に……熱さに弱いのが特徴だな。雷獣が陸生妖怪でありながら飛行能力があるのは知ってるだろ? その力でもって、雷雲が発生する部分まで飛び上がる事が出来るんだ。雷雲とか雲がある所は上空数キロから十数キロになるから、地上よりも相当気温が低いんだ。そう言う場所に滞留できる雷獣だから、寒さには滅法強い。というよりも熱を逃がしにくい身体の仕組みになってるんだろうな。しかし耐寒性に特化している訳だから、どうしても熱さには弱いんだよ。南極のペンギンと同じさ」
「言われてみれば雷園寺は暑がりかもですね」
源吾郎は雪羽の行動を密かに思い返していた。仕事の際も、冷房の風が良く当たる所にちゃっかり移動していたり、水筒には氷を詰めており、それを時々かじったりと思い当たる節が結構ある。何より雪羽という名前自体が寒さとかに関係しているではないか。雪と入っている訳だし。
そんな事を思っていると苅藻は言葉を続けた。
「だからまぁ、ベタだが狐火で炙るというのも効果的かもしれないな。もちろん護符の護りがあるから雷園寺君が焼ける事は無かろうが、それでも一時的に彼の周囲の温度を上げる事は出来るだろう。熱くなればへばるだろうし」
狐火で炙れば護符に護られていようとも周囲の温度が上がる。この解説に源吾郎は首を傾げた。引っかかる点を感じたのだ。
「叔父上、護符が護ってくれているのならばへばるほど温度は上がらないのでは?」
「よく聞け源吾郎。護符は確かに攻撃から身を護ってくれる代物だ。しかし護符の持ち主に向かってくるあらゆるものを弾いている訳じゃあないんだよ」
「…………?」
訳知り顔で苅藻は問いに応じたが、源吾郎の心中にはますます疑問が膨らむばかりである。
「例えば護符はカマイタチの風を使った攻撃は持ち主には通さない。しかしそれと同じような理屈でその辺にある普通の空気も通さないとどうなる? 護符の持ち主は酸欠で倒れてしまうぞ。
簡単に言えば、持ち主に無害な物質は弾かないようになってるんだよ。口で言っても実感しづらいだろうから、実際に試してみようか」
苅藻はそう言うと周囲を見渡し、それから源吾郎からすっと離れていった。いったいどういう事であろう。その場に立ち尽くして様子を見ていると、苅藻は小さな洗い場に背を向けているのが見えた。
ややあってから戻ってきた苅藻は、水を入れた霧吹きを手にしている。
「ちょっと暑いし霧吹きをかけてみようと思う。源吾郎、手を出してくれないか」
促されるままに源吾郎は右手を差し出した。苅藻が霧吹きをかけると、源吾郎の手ははっきりと水気を感じた。水がかかるとひんやりとしていた。
「ほらな。この水は水道水だから、護符で護られているはずなのにちゃんと当たってるだろう」
「確かに。しかもちょっとひんやりするし」
「ひんやりするという事は、温度の変化も伝わるという何よりの証拠だな。もちろん伝わる温度の上下限も設定されているのかもしれないけれど。
だが源吾郎の話したルールを考えれば、雷園寺君を狐火で炙る術を発動した所で源吾郎が勝つ可能性もあるって事だな。高火力の狐火で炙られればそれこそ致命傷になる訳だし」
「それは俺もそう思うよ」
狐火の威力について言及された時に、源吾郎は得意げに頷いた。
「炙ったり燃やしたりする感じの狐火はあんまり使った事はないけど、狐火の威力については俺も十分知ってるよ。普段は弾丸みたいにして放出するけど、コンクリートの塊とか一瞬で粉みじんになるもん。萩尾丸さんによると対戦車ライフルの弾丸より強いって」
「そりゃあかなり強いなぁ。ぶっちゃけそれ一発でも雷園寺君に当たったら、部位が何処であれ致命傷判定になるんじゃないのかね」
弾丸状の狐火も中々の威力である事は言うまでもない。護符なしでぶつかれば雪羽とて無事では済まないだろうしそれこそ致命傷になる可能性も十分にある。
もっとも、雪羽はそのとんでもない威力の狐火弾丸を自前の雷撃で相殺する事が出来るのだが。場合によっては雷撃で軌道を逸らし、撃ち返す事だってできる位だ。源吾郎の術の威力も相当なものであるが、迎え撃つ雪羽の実力と力量も文字通り化け物並みであるという事だ。
「雷獣って実は他の獣妖怪に較べて打撃や切り傷みたいな外傷にちょっと弱いからね……空を飛ぶために骨が軽量化されている所もあるし、何より高速で飛び回っている時に攻撃を受けるとダメージが大きくなるって感じなんだよ。とはいえ、再生能力も高いからそんなに大した事にはならないんだけどね。雷獣の操る電流には、細胞を活性化させる力もあるんだ。妖力は消耗するだろうけど傷を癒す事は出来るんだろうね」
「聞けば聞くほど、雷獣って妖狐とか人間とは違うんだなぁ」
「そりゃあそうさ。別種の生き物だから」
源吾郎は感嘆するも、苅藻は特別な事ではないと言わんばかりの口調で言い放つだけだった。しかしそんな彼も、何かを思い出したのか軽く声を上げた。
「雷獣とはちょっと違うけれど、大陸の雷神は動物の血とか汚物をかけられると一時的に神通力を失って落ちてしまうらしいんだ。雷獣は自身を雷様だと称している所もあるから、もしかしたらイケるかもよ」
「いやいやそれは流石にマズいと思うよ、叔父上」
いたずらっぽく笑う苅藻に対し、源吾郎は困ったように眉を寄せるだけだった。
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