叔父が語るは雷獣話――強さと弱さは裏表なり
「そろそろ雷獣の種族としての弱点について話そうか」
三國の物語について思いを馳せていると、苅藻がそんな事を言った。言うべき事を今の今まで忘れていて、ようやく思い出したと言わんばかりの口調だった。
「すまんね源吾郎。ほらさ、歳を取るとどうにも話が長くなってしまうんだよ。何だかんだあったけど三國君とは色々と交流があるし、雷園寺君の事もちと気になっていたからね。だけど今の源吾郎には直接関係のない話も多かったから戸惑っただろ?」
「ううん。別にそんな事ないよ叔父上」
表向きかもしれないが、苅藻は長話になった事を気にしているそぶりを見せていた。しかし源吾郎の先の発言は本心からのものである。確かにまだ雷獣である雪羽を打ち負かすための糸口になる話には触れていない。しかし雪羽の保護者である三國の話は興味深かった。どのような過去を辿り、どのような考えを抱くに至ったかが解ったような気がしてならなかった。
苅藻自体が話し上手というのも起因しているだろう。
「確かに雷獣は身体能力も優れ、高い戦闘能力を保有しているように思えるよね。しかし彼らとて弱点が無いわけじゃあないんだよ。
まず雷獣たちの多くは直情的・直感的な個体が多いんだ。別に頭が悪いとか、そう言う事を言いたいわけじゃないんだ。深く考えるのは確かに苦手な連中が多いが、その分直感的に本質を見抜く能力が高いからね。まぁ何というか、空気を読むのが巧い脳筋タイプだと思ってくれれば良い。
ついでに言えば、戦闘能力が高い雷獣、雷獣らしい雷獣ほど脳筋度合いが高いんだよ」
「それってやっぱり、雷獣の脳の仕組みが関係しているの?」
雷獣が脳筋。その言葉を聞いた源吾郎の脳裏には、かつて萩尾丸から聞いた解説が浮かんだ。雷獣は鋭い五感と共に電流の動きを読む第六感を具えている。時に彼らは電流を詳しく読むために、視覚や聴覚を一時的にシャットダウンする切替能力を脳内に持つという。しかしこの能力は負荷が大きく、雷獣は深く思考を巡らせるのが苦手な種族になっていった、という話である。
さて源吾郎がそのような事を思い出して問いかけると、苅藻は驚き感心したようなそぶりを見せた。
「おお、雷獣の脳の仕組みまで知ってるとは勉強熱心だねぇ……まぁ確かにそんな感じだと思ってくれれば問題ないよ。優れた能力は、ノーリスクで得られるものじゃあないって事なんだろうね。
まぁともあれ、優れた感覚機能を得るために脳筋になってしまった訳だけど、これこそが雷獣の最大の弱点になるね。雷獣同士で集まっているだけならば、強いやつが強くて権力があれば良いって事で話は決まる訳だが、他の妖怪たちと渡り合うにはそれではどうにも分が悪いんだ。
正直なところ、強い個体ほどそうした性質を持つがゆえに、雷獣が妖怪たちの支配者として君臨するのは難しいんだ」
苅藻の言葉に源吾郎は目を瞠った。つい先程まで、苅藻は雷獣の生理的な特徴について語っていたはずだった。それが唐突に雷獣の妖怪社会での地位についての話になっていたのだ。話が飛躍していると思うほかなかった。
「少し考えてごらんよ源吾郎。支配者として、或いは巨大な勢力を持つ妖怪の種族は何だと思う? 我々妖狐を筆頭に、化け狸・天狗・鬼・河童などが出てくるんじゃないかな。だけどそうした支配階級の妖怪たちの中に――雷獣は入れないんだ」
気付けば苅藻は微笑んでいた。悪狐の孫らしい酷薄な笑顔に源吾郎はたじろいでいた。
「確かに雷獣の武力をもってしても、天狗や鬼に敵わないのは仕方あるまい。天狗なんてのは上位の個体は神通力をも保有するし、純粋な武力は鬼の方が勝るからなぁ。
しかし源吾郎。武力面では雷獣は平均的な妖狐や化け狸よりも概ね勝っているんだぜ。しかし雷獣の繁栄度合いは、妖狐や化け狸のそれには及ばないだろう?」
妖怪たるもの、支配者として君臨するには知性が必要なのだ。苅藻のその言葉は、源吾郎も予測していたものだった。妖怪として強くなるために大切な物として、ずっと紅藤たちからも言われていたからだ。
「別に雷獣が愚かだというつもりはないよ。ただ彼ら単体では支配者として君臨し続けるのは難しいという事さ。だから大妖怪クラスの雷獣であっても、他の種族の大妖怪と協力してその地位を護っているような物なんだ。それどころか、より高い地位にある妖狐や天狗らの保護下でその権勢を振るえるくらいだからね。
簡単に言えば、コンビニの雇われ店長みたいなものって事さ」
コンビニの雇われ店長。その例えは非常に解りやすかった。だが源吾郎はそう思うのがやっとだった。雷獣の弱点について苅藻は語ったに過ぎないのだろうが、とても残酷な話だと源吾郎は思っていた。朗らかな三國や明るく活発な雪羽の姿を思い浮かべると、胸のあたりが絞られるような気分になってしまう。
「――雷園寺君が当主の座を目指す雷園寺家とやらも、天狗や妖狐たちの助けを借りつつ名門妖怪としての威厳を保っているんじゃないかな」
源吾郎の心中を見透かしたかのように苅藻が言い添える。残酷な現実が語られる事への衝撃はもう訪れなかった。その代わり源吾郎は腑に落ちた気分でもあった。雉鶏精一派の幹部たち、特に灰高や萩尾丸は雪羽の夢を積極的に応援していた。あの時も雪羽を通じてパイプが云々と言っていた。それは雷園寺家そのものだけではなく、その背後にいる天狗集団の事も示していたのかもしれない。
「その事って、三國さんは――」
「三國君は当然知ってるよ」
全て言い切る前に、苅藻は源吾郎の問いに応じた。
「むしろ雷獣の限界を知っていたからこそ、躍起になって反体制派の活動に勤しんでいたのかもしれないね。自分が功績を造れば世間の通説が間違っていると証明できるんだからさ。まぁ結局のところ、三國君も紆余曲折あって組織勤めになったんだけどね。
とはいえ三國君はまだ仲間に恵まれていた方さ。春嵐君みたいに忠実で損得抜きに寄り添ってくれる相手がいなければ、雉鶏精一派に加わる前に内部分裂してしまっていたか、変な妖怪組織との抗争で早死にしていたかのどちらかだったかもしれない訳だし」
そこまで言うと、苅藻はにわかに真剣な表情を作った。
「そしてこうした雷獣の限界について、三國君は雷園寺君にも教えていると思うよ。いの一番に教えないといけない事だろうからね。何しろ雷園寺君は凡百の雷獣ではなく、支配者を目指しているんだからさ。そう言う事は知っておかないといけない事だと思うんだ。雷園寺家の当主に返り咲くとしても、三國君の後継者として雉鶏精一派の幹部になるとしても」
そう言ってから、苅藻は少しの間目を細めた。
「まぁとはいえ、聞けば雷園寺君も修行中らしいもんね。いきなり三國君から引き離されて大変な思いをしているだろうけど、いつか何処かであの子も修行とか勉強とかはしないといけないだろうからね。
とはいえ環境的には良かったんじゃないかな? 大天狗である萩尾丸さんに面倒を見て貰って、職場では妖狐である源吾郎と顔合わせ手合わせできるんだからさ。支配階級になる雷獣が付き合わざるを得ない妖怪たちと接触する勉強になっているという訳さ」
雪羽の身を案じているかのような苅藻の物言いを聞いているうちに、源吾郎は三國の事を考えていた。雪羽は前に三國が源吾郎を密かに気にかけており、好意的に思っているという事を伝えてくれた。実の叔父を前に、似たような事が繰り広げられているのだ。
叔父というものは他人の甥が気になるという習性があるのかもしれない。甥を持たない源吾郎はそんな事をふと思っていた。
「源吾郎の事だ。戦闘訓練の勝負の面ではピリピリしているだろうけれど、それ以外の所では雷園寺君とも結構仲が良いんじゃないかい?」
「まだ何も言ってないのに、なんでそこまで解るのさ?」
半ば決めつけめいた苅藻の言葉に、源吾郎は疑問の声を上げた。源吾郎はまだ雪羽を友達と見做している訳ではない。しかし比較的良好な関係性を構築出来ているともいえる。少なくとも互いに警戒しあっていた初期や、変態だのドスケベだのと言い合っていた時期とは違う関係性ではある。
しかしだからと言って仲が良いと言われるのは居心地が悪い。ましてや苅藻は源吾郎と雪羽のやり取りを見ていないのだから。
苅藻はと言うと、そんな源吾郎の心境などお構いなしと言った様子で笑っていた。
「何でって、そりゃあ俺はお前の叔父なんだぜ。姉さんたちほど長い間一緒にいた訳じゃあないけど、それでもお前がどういう風に考えているかくらいは想像は付くんだからさ」
確かに言われてみればその通りかもしれない。源吾郎は反駁せず静かに叔父の言葉を噛み締めた。
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