弱み知る それこそ強さの秘密なり

「まずは島崎君の持つマズい所から説明しようか」


 すました表情で萩尾丸は告げる。源吾郎はそれを見て胸がぎゅっとすぼまるのを感じた。とはいえ、彼が何か言うのを止める術など無いのだが。


「島崎君。君は確かに妖力は段違いに多いよね。だけど、なまじ妖力が多すぎるからゴリ押しで勝負を進めようとする傾向があるように思えるんだ。そうでなければ、力の温存を度外視して初回からあれだけぶっ放したりしないでしょ?」

「…………」


 萩尾丸の冷静な言葉を聞きつつ源吾郎は目を泳がせた。萩尾丸の指摘はまさに図星だった。本当に、純粋に「ぶっ放していれば雪羽に当たるだろう」と思っていたのだ。しかしそれを口にすれば、煽り好きな萩尾丸が何か言いだしかねない。そう思って沈黙を貫いたのだ。

 恐らくは、萩尾丸には源吾郎の考えなど手に取るように解るのだろうけれど。


「最初の数発、いや初回の迎撃を見た時に別の手段を使っていたら、今回の戦闘訓練も違った展開を見せていたんじゃあないかな。島崎君。妖狐の強みは操る術の威力ではなくて様々な術を行使できる手数の多さと、それらを適切に扱える知性の深さなのだよ。そもそも、君が憧れてやまぬ玉藻御前とて、得意分野は頭脳戦だったらしいんだからさ」


 妖狐は身体の構造上武力を使った闘いは苦手なのだ。妖狐は他の妖怪――獣妖怪に較べて身体能力はどうしても劣るのだ。真顔で言ってのけた萩尾丸のその言葉に、源吾郎は面食らった。おのれの本性である妖狐が他の種族より劣っているという言葉がショックだったのか、純血の妖狐の身体能力の高さに半妖であるおのれが感嘆していた事を思い出した為なのか、源吾郎にもよく解らなかった。

 萩尾丸には、源吾郎の心の乱れはお見通しであるらしい。深い色の瞳で源吾郎を見下ろし、うっすらと笑みを浮かべた。


「何。妖狐が肉体的に貧弱であるとしても、別に妖狐そのものが劣った存在ではないのだよ。

 なんだ。力に縋る事が難しいからこそ、妖狐は知性や妖術という別の強みを持ったという事なんだよ。まぁもちろん、頑張って妖力を蓄えて妖怪として強くなれば、元々の貧弱さや脆弱さをカバーできるのだけどね」

「やっぱり妖力があればどうにでもなるんじゃないですか」


 おのれの意見を、源吾郎はやや威勢よく言い放っていた。妖力で弱みはカバーできる。その言葉に源吾郎は喜んでいたのだ。但し、若干の怒りも籠ってはいたが。

 。萩尾丸はあからさまにため息をついた。


「妖力があればどうにでもなるという考えこそが、下積みの無さを表しているとも言えるかな。だけどそれも致し方ない事だろうねぇ。君は元々からして他の妖狐らよりも多い妖力を宿してしまったのだから。なまじ力がある分、深く考えずとも相手を制する事が出来ると思っちゃうんだろうねぇ……実に面白い話だよ。妖怪としての頼みの綱である妖力が、妖怪として闘う戦略を潰す足枷になっているんだからさ。

――その事が解っていたから、島崎君のご家族は余計に君を人間として育てようとしたのかもね。知ってるかい島崎君? 若いうちに妖力を得た大妖怪の方が、実は死亡率が高いんだよ。それは力を過信して調子に乗って、最終的に怒りを買って殺されるって事さ」

「う…………」


 萩尾丸の情け容赦ない分析に対し、源吾郎は短く呻くほかなかった。源吾郎が驚いている様子をしばし観察した後、萩尾丸は涼しい顔で言葉を続けた。


「あら凹んじゃったかな島崎君。だけどね、君の方が雷園寺君より妖力の保有量が多いのは紛れもない事実だよ。ふふふ、良かったじゃないか。君の方が勝っている部分もあってさ」


 妖力の保有量を引き合いに出してくれたのだが、素直に喜べなかった。何せ今しがた、妖力が多いだけで戦略が無ければ無能と言われた所なのだから。

 それに萩尾丸の言葉も、これからまだ更に続きそうであるし。


「それじゃあ、今度は雷獣の特性について話そうか。妖狐と雷獣はそもそも別種の妖怪だし、暮らし方も大分かけ離れている。それはだね、特性や強みも違うという事なんだよ。

 雷獣の特性は大きく二つ。速さと持久力を兼ね備えた肉体と、特殊な感覚器官の使い方なんだ」

「感覚、器官……」


 源吾郎は萩尾丸の口にした特性のうち、二つ目の内容が気になった。持久力や素早さに長けているのは解る。狐火を迎撃するために雷撃の術を発動し続けていたにもかかわらず、バテている気配はないのだから。しかもその後彼は宙を舞い、悠々とした態度で雷撃を撃ちまくっていた。


「確かに雷獣の五感は優れているよ。その名の通り、雷雲の近くまで飛び上がり、空を縦横無尽に飛び回るんだからね。聴力はもとより、獣妖怪としては視力も良い方なんじゃないかな。

 しかし雷獣は文字通り第六感を具えている。電流の動きによって、対象物や遮蔽物の有無を確認する事が出来るんだ」

「そんな……あっ! そう言えばあの時……」


 雷獣にある第六感の話を聞いた源吾郎は驚いて目を丸くしたが、ややあってからある光景を思い出した。鍛錬の折に、雪羽が目隠しした状態で的の中央を撃ち抜いた光景である。

 あの時源吾郎は、曲芸じみた技を持っているのかと思って驚いていた。しかし、電流で動きを視ているのであれば、あれは雷獣にとってはと言える。

 また、今回の戦闘訓練にて苦し紛れに放った煙幕が役に立たなかったのも合点がいった。

 まだ驚く所じゃないよ。萩尾丸は源吾郎を見下ろす。半ば面白がっているような物言いだった。


「電流で物を視るなんて、密林にいる電気ウナギだってできるんだからさ。いや、ウーパールーパーとかだって電流を視れるよ。

 雷獣が他のそうした動物たちと違うのは、脳内で任意に感覚器官のオンオフを切り替える事が出来るという点なんだ。より正確に電流の動きを視ようとしたとき、脳内でスイッチを動かして視覚と聴覚をシャットダウンできるんだ。

……恐らくは、雷鳴が轟く中で発達した雷獣独自のメカニズムだろうね。何せ彼らは視力も聴力も優れているんだ。そんなときに間近で雷撃を見てしまえば、失明や難聴の危険があるからね……」

「雷獣の能力、凄すぎですやん……」


 源吾郎は思わず驚きの声を漏らしていた。電流で物を視る能力の方が、目で物を視る視力よりも優れているように思えたためだ。目で物を見ている場合、覆われていたり隠されていたりすればそれ以上見る事は出来ない。しかし、電流ならばそう言った問題からも解き放たれているのではなかろうか。

 驚き微かに震える源吾郎を見ながら、萩尾丸は静かに笑った。何処か物憂げな笑みでもあった。


「まぁ確かに雷獣特有の能力だし、優れているようにも思えるよね。しかし、感覚切換システムもメリットばかりでもないんだ。もしかしたら気付いているかもしれないけれど、感覚切換システムはメカニズムでもあるんだよね。雷のある環境に適応するために、雷獣は脳の発達を一部犠牲にしたんだ。雷獣たちは、他の妖怪たちに較べて深く考える事が苦手なんだ。感情を表に出しやすく、衝動的でありながらも直観力に優れる。これらの特性は彼らの脳の仕組みにあるんだよね」

「…………」


 源吾郎は何とも言えない気分で萩尾丸を見ていた。萩尾丸の言う雷獣の性格は、雪羽や三國の行いを見ていると思い当たる所だらけだったのだ。特に雪羽が顕著だろう。喜んでいたと思ったら寂しそうにしている時もあるし、その落差がやや大きい。また、源吾郎に絡む時も、源吾郎が平静な時かちょっとテンションが上がって浮かれている時にしか絡んでこないし。


「あ、でも島崎君。どうか雷獣が知能が低くてアホな種族であると思わないで欲しいんだ。そう言う特性があれど、雷獣には優れた所もあるし、衝動的なところは年を取ればそれなりに落ち着くしね。中には、切換のシステムが未発達な代わりに思慮深い個体が生まれる事もあるみたいなんだ」


 そうなんですね……源吾郎はそう言うのがやっとだった。中々に難しい話ではあるが、どうにかして理解しようと意気込んでいるのは事実である。

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