第8話 残党
次の日、アキラはいつもどおりに出勤していた。
(一晩寝たらだいぶ落ち着いたな)
何が何やらほとんど分からず、ただうろたえるしかなかった昨日の午後。しかし、そのわだかまりが今は嘘のように消えていた。そういう点でアキラは切り替えが早かった。いつまでもうじうじと考えこむより、すぐさま行動を起こして答えを掴む、それがアキラのやり方だった。
仕事場に出るとすでにハリルがいた。
「おはようございます。ハリルさん」
「ああ」
ハリルは普段とちがってなんとなくそっけない感じだった。
(なんだ?)
昨日のことをとやかく聞かれるのを警戒しているのかも、そう思ったアキラは、とりあえず黙って自分の仕事の準備にとりかかった。
始業時間が近づくにつれて他の作業員たちがどやどやとやってきた。
「おはよう、ハリルさん」
「ああ、おはようさん、ボブ」
「へへ、昨晩ちょいと飲み過ぎちまって」
「なんだって? しょうがないなー、じゃ午前中は事務所の掃除でもして酔いをさますんだ」
「へへ、すんません。恩に着ります」
そこにはアキラが普段目にするハリルがいて、他の作業員とのやりとりに特段の変化は見られなかった。
しかし、アキラに対する態度はこれまでと違い、妙によそよそしいものだった。
昼休みになって、アキラがたまらず健診のことを詳しく聞きたいと思ってハリルのそばに座ろうとすると、ハリルはあらからさまに席を移動するのだった。
(なんだよ、一体?)
ハリルを介する仕事の段取りや指示はこれまでどおりに行われていて、特にこれと言った問題が生じているわけではない。しかし仕事以外のこととなるとどういうわけかハリルは、ちょっとした世間話をするときですらアキラを避けるようになっていた。
そうして、アキラが健診を受けてからおよそ一週間ほどたつ頃になると、アキラとハリルは互いにほとんどろくに目も合わせないようになってしまった。
(まったく、わけがわかんねえ。俺が何かしたっていうのか? それならそうと言ってくれればいいのに。聞きだそうにも無視されるんじゃどうすりやいいんだ? くそっ!)
そんなことをぶつぶつと考えながらアキラは、いつものように瓦礫をせっせと積み込んでいた。
(ん?)
アキラがゴミの中から大きめの瓦礫の一つを持ち上げたとき、その下に人の手のようなものが見えた。
(? なんだ?)
よくみると、埃で薄汚れた手袋をはめたような手がゴミの中から突き出ていた。5本の指のそれぞれが皆、微妙な角度で曲がっていて、まるで凝り固まったみたいにそのままの形を保っていた。
(なんだマネキンか)
たまにだが、瓦礫のなかにマネキン人形が紛れこんでいることがある。ブティックなどの入った建物を解体した場合、瓦礫のなかに、いいかげんな業者に任せてしまうと、瓦礫と一緒にして捨ててしまうのだ。
(めんどうだが、これは別にしないとな)
アキラは埋もれたマネキンを引きだそうと、瓦礫から飛び出しているその手を握手するようして掴んだ。
(あれっ? なんか柔らかい)
そう思った瞬間、マネキンの手がアキラの右手をぐっと握りかえしてきた。
「う、うわあ!」
アキラが叫んだ瞬間、マネキンの手の握力はさらに強くなり、アキラの右手にぎりぎりとその指を食い込ませてきた。
「マネキンじゃないのか!?」
謎の手を引きはがそうと、アキラは左手で謎の手の親指をつかんだとき、瓦礫の中からもう片方の腕が突如とびだしてアキラの右腕を掴んだ。
「うわあああああ! だ、だれかぁ!」
アキラはその場から一刻も早く逃げ出したい一心で、上体を起こそうと両脚で踏ん張った。
ガ、ガララララ!
すると腕の主は、瓦礫の中からなかばアキラによって強引に引きづり出される格好となり、その姿を露わにした。
「キョ、キョキョキョ」
瓦礫の中から現れたそれは、明らかに人間ではなかった。ひょろっとしたその身体は、全身が灰色掛かっており、大きな2つの黒い瞳を絶えずギョロギョロさせていた。
「な、な、なんなんだあれは? か、怪人か!?」
アキラは腰がぬけてその場にへたりこみ、まさにパニックになる寸前だった。落ち着くなどという言葉はおろかその概念さえも完全にかき消されていた。
怪人は、絶えずあたりを見回しながら、アキラのまわりをうろうろしていた。アキラはへたりこんだままで、落ち着きのないその怪人の挙動にいちいち怯えていた。
(お、俺は一体どうなるんだ?)
心臓の鼓動がバクバクと勢いを増していて、アキラは過呼吸になりつつあった。
(く、苦しい)
しかしそのときアキラの内なる声が響いた。
(呼吸を整えろ、まずは息を吐き出せ)
その声はアキラの心にべたりと張り付いた。アキラは、自身のもつすべての意識を腹部に向けるようにして、すがるような思いでとにかく息を吐いた。そしてもうこれ以上吐き出すものがないというほど姿勢をくの字に曲げた後、今度は上体を起こしてできるだけ大きく深くゆっくりと息を吸い込んだ。
吸い込んだ空気は一時の安堵を身体に与えたのち、すぐに巡り濁って滞留するが、アキラは、その濁気を全身からかき集めるようにして再び全力で吐き出した。
そうして深呼吸を繰り返すうちに、荒れ急いでいた心臓の鼓動が、次第に落ち着きを取り戻していった。
アキラはとにかく自分を落ち着かせようした。もしパニックにでも陥れば状況はさらに悪化することを直感的に理解していたのである。
(落ち着け、落ち着けよ、周りだ、周りをよく見ろ)
怪人から決して目を離すことなく、アキラは頭をフルに回転させていた。どれほどの間合いで、そしてどういう形であの怪人がアキラに襲いかかってくるのか、考えつくかぎりの状況を想定をしていた。今の身体の状態では、動けるようになるまでまだもう少し時間がかかりそうだった。
(とにかく、今できることをするんだ。えーと、俺のバックパックはと、あっ、あそこか)
アキラの今いる場所から10メートルくらい離れたコンテナの上にバックパックは置いてあった。ただそこは、怪人の目につきやすい場所だった。
(バックバックの中には通信ポッドがある。そいつの緊急アラームを作動させれば)
本部との連絡が随時取れるようにと、作業者の全員に通信ポッドが貸与されていた。それは作業中の事故など、なんらかの緊急事態が発生したときに備えて、ボタン一つで緊急事態を知らせるアラートを本部に送信することができるようになっていた。
(今はまだ あいつのことはとんどわからない。敵か味方か、敵だとしたらそのスピードとパワー、そしてスキルは? 下手に逃げて捕まりでもしたら・・・だから今は助けを呼ぶことに専念する。このことを一刻も早く誰かに知らせるんだ)
怪人の動きに気をつけながら、アキラは両腕を使って少しづつバックパックの方に身体を移動させていた。
そうして怪人に注意を向けるうちに、その詳細が徐々に見え始めた。怪人はなぜか全身傷だらけで、肩や胸のプロテクターらしきものもかなり破損していた。しかし、腰のバックルに象られた「エックス」のマークだけは損傷を免れていてその形を綺麗にとどめていた。
(あれ? あのマークは確か・・・)
そのマークには見覚えがあった。けっして普段目にするようなものではないはずだが、なぜか脳裏にしっかりと記憶されていた。
(思い出した! あれはヒーローたちが戦っている敵のエンブレムだ。そうか、あいつはモブキャラだ)
モブキャラ、それはボスキャラよりもその力や存在感が格段におちるザコ兵士。そのモブキャラがなぜこんなところにいるのか分からなかったが、怪人が埋もれていた辺りの瓦礫をみて、なんとなく想像することができた。
(おろらくあいつは、ヒーローかボスキャラが放った熱光線(ビーム)系統の技の爆発に巻き込まれたんだ)
かなりの高温に晒されて溶けたような瓦礫が、怪人の出現した辺りに散乱していた。
(よーし、そういうことなら)
アキラは怪人に気づかれないようにゆっくりと中腰にかまえた。怪人の正体が判明したことが、アキラの身体の回復を促し、完全とは言えないまでも、まともに走れるようになるくらいは回復していた。
(モブキャラは基本、ボスキャラの指示がなければ何もできない。そして大抵は単独では行動せずに他のモブキャラたちと一緒に行動する。ということは、あいつは今、自分のボスか、もしくは仲間を探しているにちがいない)
あちこち動き回る怪人の様子はまるで、はぐれてしまった親を探す迷子の子供のようで、不安定で不規則な動作を何度も繰り返していた。
(あいつらの敵はあくまでもヒーローだ。ボスの命令がないかぎり、俺のような一般市民に攻撃をしかけるようなことはしないはず。それなら、奴の隙をつけばきっと逃げられる)
アキラはバックパックを取りに行くのやめて、今いる場所からもっとも近い「詰め所」に行くことにした。そこは、アキラが全力で突っ走れば5、6分でたどり着ける距離にあって、作業員たちが小休止でよくたばこを吸いにくる場所でもあった。
(詰め所に行けば誰かいるだろう。よーし、あいつが次に俺から目を放した瞬間にダッシュだ!)
アキラは怪人の動きを皿のようにして見つめながら、しゃがんだままでクラウチングスタートを切るような姿勢をとった。
キョ、キョキョキョ
怪人は、相変わらず辺りをキョロキョロしながら動き回っていたが、行動範囲をだんだんと広げていた。そのため、怪人が瓦礫の物陰に隠れて見えなくなる瞬間が多くなった。
キョー、キョキョ
大きな石柱の瓦礫の横を怪人が通り過ぎようとしたとき、その姿が見えなくなった。
今だ!
アキラはすぐさま地面を蹴って、詰め所に向かって走りだした。
(うおおお!)
瓦礫の山の間を縫うように走りながら、ときおり振り返って怪人が追ってこないか確認した。後方に怪人の姿はなかった。
(よしっ、なんとか逃げ切れそうだ)
そう思って前を向いた瞬間、
ドン!
アキラは何かにぶつかって後ろの方に倒れた。
「キ、キキキキ」
「なっ!?」
アキラの目の前に怪人が立っていた。
(馬鹿な、先回りされたっていうのか?)
混乱するアキラだったが、さっきまで見ていた怪人とはあきらかに動きが少なく、その動き方もどこか雰囲気が違うことに気づいた。
(こいつ、なんか変だ・・・あれ? 片腕がない)
その怪人の左腕の尺骨から下の部分がなかった。
(もしかして別の奴? くそっ、もう一人いたのか)
不用意に計画を変更したことをアキラは悔やんだ。初めに遭遇した怪人が、こっちの方に気づいて後方から追ってくるのが見えたからだ。
キョキョキョ
キキ、キキ、キキキキ
二人の怪人は互いに呼応するように奇声をあげ始めた。どうやら仲間を呼び集めているようだった。
(まさか、もっといるのっていうのか? まずい、まずいぞ)
自分は攻撃対象ではないと頭で分かっていても、異形の者たちが自分のもとに近づいてくることそのものが、アキラにとって十分すぎるほどの恐怖だった。
(どうする、どうする、どうする)
そうこうしているうちに、最初の怪人がアキラたちに追いついてしまった。アキラは二人の怪人に挟み撃ちにされる格好となり、怪人たちはアキラを眼下においたままその周りをうろうろしていた。
(こいつら、俺をどうしようっていうんだ)
よく見ると怪人たちは、薄笑いの表情を浮かべていた。腹の底をえぐるようない不快な何かが、アキラの背筋に冷たいものを走らせた。
(こ、殺される)
そう思ったとたん、アキラの身体が震え始めた。
しかしこのとき、アキラの意表をつくことがその身に起きていた。その震えは、恐怖による萎縮というよりはむしろ、全身の細胞が一斉に奮い立つという感じだったのである。もちろんその感覚はアキラにとっては初めてのことであった。
「アキラァ!」
突然、アキラを呼ぶ叫び声が響いた。アキラはハッと我に帰って声の聞こえた方向をさがすと、アキラのいる場所からもっとも近い瓦礫の山の中腹あたりに人影を見つけた。
そこにいたのはハリルだった。聞き覚えのある声も手伝って、その人影が彼であることはすぐに分かった。
「ハ、ハリルさん!」
ハリルがいつのまに来たのかわからなかったが、その姿を見た瞬間、アキラは涙がこぼれそうになった。
「そいつらは俺がなんとかする! ここから早く逃げろ! 」
そう言うやいなやハリルは、アキラと怪人たちとの間にギュンっと割って入ってきた。
(は、速い!?)
ダン、タタタン!
ハリルは二人の怪人を相手に、パンチとキックによる連続攻撃を繰り出した。
(す、すごい)
その素早い動きは、いつものハリルの動作からはとても想像できないものだった。
ダダダン!
片腕のない怪人が、ハリルのパンチを顔面に受けてふっとび、瓦礫の中から突き出していた壁に激突した。
キューンンン・・・
怪人の眼光が消失し、壁にもたれながら腰がゆっくりと沈み落ちてそのまま二度と動かなかった。
キキキ、キー!
しかしもう一方の怪人は、これにひるむことなくハリルに攻撃をしかけてきた。ハリルは、ここにきてその動きが鈍くなり始めていた。二人の怪人を相手にした戦いは、ハリルが予想した以上に激しい体力の消耗を強いられていた。
ガン、ガン、ガキン!
怪人のパンチがハリルをとらえ始め、ハリルは防戦一方になりつつあった。
「ああ、ハリルさん!」
「!? アキラ、まだいたのか! 早く逃げろと言っただろ!」
「で、でも、あっ、あぶない!」
ハリルがアキラの方にほんの少しだけ眼をそらした瞬間、怪人の右足がハリルの脇腹に入った。うずくまるような格好となったハリルに、怪人が容赦ない攻撃を加えた。
「うああああ!」
ハリルのガードが下がったところに、怪人のパンチがハリルの顔面をとらえた。
バキイ!
苦痛の表情を浮かべながら、ハリルの片膝が地面に落ちた。と同時に、ハリルの腕や足から妙な物体が飛び出してきた。それは、ソフトボールくらいの大きさの真っ白な球体だった。
「くそっ、もうギグボールが・・・」
ハリルのつぶやきが何を意味するのかアキラは分からなかったが、ハリルがかなり追いつめられた状況にあることは確かだった。ハリルはすでに肩で息をしており、尋常でない汗が顔から吹き出していた。
「こうなったら、もうやるしかない!」
ハリルを助けるため、アキラは躊躇することなく走り戻った。
「バカ、やめろアキラ! そいつには勝てない!」
やってみなけりゃ分からない。そう自分に言い聞かせながら、アキラは怪人の前に立った。
キキキ?
再びのアキラの登場に首を傾げた怪人だったが、何かを悟ったのか、すぐに薄笑いの表情を浮かべた。
(こいつ、俺のことを笑っているのか)
アキラに格闘技の経験はなく、取っ組み合いの喧嘩すらもほとんどしたことがなかった。モブキャラだからという、相手をなめたような考えは、ハリルとの戦いを見ていてすでに捨てている。まともにやって勝てる相手ではない。それが分かっていながらなぜ戦おうとするのか、アキラは自分自身でも分からなかった。
「アキラァ! 逃げろ!」
ハリルが突然立ち上がってアキラの後ろから飛び出し、怪人のみぞおちにタックルをして、そのまま両腕を怪人の胴部にまわして力の限り締め付けた。最後の力を振り絞って、ハリルはなんとか怪人の動きを止めようとしていた。
「ハリルさん! あっ!」
怪人は両手を前で組んで大きく振りかぶると、組んだ両手をハリルの背中におもいきり振り下ろした。
「ぐあっ!」
ハリルの背中を突き抜けるような鈍い音が、ハリルの叫び声にかき消された。痛みに顔を歪めながら、ハリルは力尽きたように地面に崩れ落ちた。
「ハリルさん!」
怪人は地面にうずくまるハリルの頭に右足をのせて、ぐりぐりと踏みつけた。
キキキキキーキキ! キッ♪ キッ♪ キッ♪ ギャッ!
怪人は突如、その後ろに吹っ飛ばされた。
キ、キキ!?
怪人は何が起きたのか理解できず、まだ激痛の残る頭をおさえてハリルの方を向いた瞬間、
ドン!
アキラの右拳が怪人の脇腹に入った。怪人は、腹部をおさえながらうずくまり、痛みにあおられたその表情にあせりの色を滲ませた。
アキラは、さきほどのハリルと怪人との戦いをよく見ていた。そのときの怪人の動きやスピードそして癖までもが、アキラの頭の中に細かく整然とインプットされていたのである。その正確さは、アキラ自身も驚くほどであった。
キー、キキキキィィィィ!!
怪人は、いっそう声高の、怨とした奇声をあげると、立ち上がってアキラに向かって猛ダッシュしてきた。なりふりかまわずラッシュをしかけようというのである。
「フンッ」
アキラは、次々と繰り出される怪人のパンチとキックをことごとくかわした。動きがよく見えていて、攻撃のパターンが手に取るように分かった。
ガガン! ガン!
今のアキラにとって、怪人のパンチにあわせてカウンターを決めるのは簡単だった。その拳が何度かまともに怪人の顔面をとらえ、怪人はそのたびに地面に転がった。
しかし怪人は、アキラの攻撃が効いているようなそぶりをみせつつも、なぜかすぐに立ち上がって再び攻撃を仕掛けてきた。
(どういうことだ? 普通の人間ならもうとっくにのびているはずだろ)
怪人には勝てないと言っていたハリルの言葉が、ようやく飲み込めるようになった。次第に重くなる疲労の蓄積が、体力の限界が近いことをアキラに告げていた。
(くそっ、やばい)
優にかわしていたはずの怪人の攻撃が、アキラをじょじょにとらえ始めていた。ラッシュのスピードが増してきて、いつのまにかアキラはガード一辺倒になっていた。
アキラはじりじりと後退を余儀なくされ、その背後に瓦礫の山が迫っていた。その瓦礫の山は、二人目の怪人が出現した場所に近いところにあった。
(だめだ、このままじゃやられる!)
何かないのか? 奴を倒す方法は? アキラは必死に考えをめぐらせていたが、瓦礫の山が、すでにアキラのすぐ後ろにせまっていた。もはや逃げることさえできなくなっていた。
(くそおっ、もう後がない。ん? あれは・・・)
アキラを追いつめた、勝ったという確信を誇示するようなシンプルな笑みが、怪人の顔面に張り付いてた。
キエー!!
怪人はこれが最後の一撃とでもいわんばかりに、アキラにむかって突進してきた。
「こうなりゃもう、いちかばちかだ!」
アキラは、後ろの瓦礫の山の斜面から突き出ていた円錐形の物体をつかむと、その鋭利な矛先を怪人の方に向けておもいきり突き出した。
ズガン!
怪人の動きが止まった。アキラが突き出した円錐形の物体は、怪人の脇腹を貫通していた。
ウギィイ!
怪人は白目をむいて地面に倒れ、うずくまるようして身体をびくびくと痙攣させていた。
アキラが突き出したそれは、ヒーローが使ったと思われる武器の破片だった。その武器を使用しているヒーローのことを、アキラはたまたまテレビで見て知っていた。
怪人はもう立ち上がれそうにはなかった。身体のびくつきが、次第に弱くなっていることがみてとれた。その様子をみたアキラは、急に腰がぬけたようになり、地面に座り込んだ。
「ハア、ハア、ハア、そ、そうだ、ハリルさんだ、ハリルさんを助けないと、えっ?」
ハリルの方を見ようとして振り向いたとき、何かがアキラの視界を遮った。思わず見上げると、黒づくめの人物がすぐそばに立っていた。
(誰だ? 新手か? いや・・・女?)
黒のタイトスーツで身を固めたその人物は、線の細い長身の黒人女性だった。その女性は、倒れている怪人に近づいてその様子を見た後、アキラの方に振り向いた。
「お前が倒したのか?」
見ず知らずの女性に「お前」呼ばわりされることに少しだけ抵抗を覚えたが、疲れ切っていたアキラは素直にコクリとうなずいた。
ギョギョ、ギョ
瀕死の状態にある怪人が突如大きく目を見開き、何かをつぶやき始めた。それは、戦うという気力を示すものではなく、なにかを必死に懇願しているような感じだった。
「ゴミめ」
そう言い放った女性は、右手に軽く力を入れて握り拳をつくり、怪人に向けてその握った拳をぱっと広げた。
ボボンッ!
「なっ!?」
怪人の上半身が跡形もなく吹き飛んでいた。残った腰のあたりから、緑色の液体がどくどくと吹き出ていた。
(こ、こいつ、今何をした?)
ふらつきながらも、アキラはなんとか立ち上がって身構えた。
「ふっ、心配しなくていい。私は味方だ」
「味方?」
女性はすっと目を閉じて、そのままじっと立っていた。何かに意識を集中させているようだった。
「・・・この辺りにはもういないようだな」
女性は目を開けると、再びアキラの前に立った。
「お前、ケガは?」
「いや、大丈夫です。たいしたことはありません。それよりハリルさんを」
「体力を消耗しただけで、ほぼ無傷か・・・」
女性は、ハリルのことなどほとんど気にかけていないようだった。
「頼むよ、俺のことはいいから、あそこに倒れているハリルさんを助けてくれ」
女性はちらりとハリルの方をみたあと、軽いため息をついた。
その様子を見ていたアキラは刹那の怒りを覚えた。
(さっきからなんなんだこいつは? 味方なら早く助けてくれりゃいいのに)
「おい」
「えっ?」
女性の声に反応したその瞬間、女性の右拳がアキラの脇腹を深くえぐった。
「ぐふっ」
ビキビキときしむ肋骨の強烈な痛みが、アキラの意識を根こそぎ奪おうとしていた。そのとき、女性のつぶやくような声が響いてきた。
「感謝しろ。この後のお前の処分を軽くしておいてやる」
アキラは意識を失い、その場に倒れた。
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