第6話 コンペ

 アキラは、受け付けで健康診断を受けにきたことを言うと、2階の医務室に行くように案内された。エレベータに乗ろうとしたが、低層階行きのエレベーターが混みあっていたため階段を使うことにした。


 近くにいた警備員にたずねると、階段は非常階段しかなく、エントランスフロアの南端にある扉から入れるとのことだった。


(ここだな)


 アキラが扉のノブに手をかけて回そうとしたとき、丁度扉が開いて若い女性がでてきた。そして女性のすぐ後を追いかけるようにして若い男性がでてきた。若い男性のほうは、入社式でジョーたちの世話係りだったあの男性社員だった。


(あっ、こいつ)


 しかし、その男性社員はアキラのことなど全く忘れているようで、大量の書類を両手で支えながら、足早にジョーの前を通りすぎようとした。


 そのとき、一番上にあった書類の一枚がヒラリとアキラの足もとにこぼれ落ちた。


「あの、落としましたよ」


 アキラに声をかけられた男性は、足をとめてアキラの方に振り向いた。そして、その姿を見るや否や露骨に怪訝な表情を浮かべた。


 アキラは落ちた書類を拾い上げて男性に渡そうとした。


「いいです、それ。あなたにあげますんで、適当に処分してください」


「は?」


 先に出てきた女性が、男性社員が自分の後ろにいないことに気が付いた。


「クロエ君、どうしたの? 早く来なさい!」


「あっ、チーフ、すぐに行きます」


「何をぐずぐずしてるのよ」


「すみません。変なローディに止められて」


「時間がないわ。早くそれを会場に運ばないと」


「はい」


 女性とクロエはエントランスを出て、近くに停車していたロボットタクシーに飛び乗るようにして行ってしまった。

 

(なんだよ変なローディって。せっかく拾ってやったのに。相変わらずムカつくやつだな)


 クロエの方はアキラのことを全く忘れているようだった。アキラは拾った書類に目をやった。


(ストーリー予測コンペティション?)


 それはADCが毎年主催するコンペに関するチラシで、今年の出題内容が記載されていた。


(なになに、”次の事象の5分後に主人公の身に起こることを詳細に述べよ”だって?)


 その内容の大筋を言えば、悪の組織の罠にはまった主人公が、思いがけず仲間を裏切ることとなって信頼を失い、自暴自棄になって家飲みで飲んだくれるという設定になっていた。そのチラシには、主人公を取り巻く状況の他に、年齢、性別、性格、特技、必殺技、人間関係なども記されていた。


(こんなもん、俺に分かるかよ)


 自分には全く関係ないと思ったアキラは、近くにゴミ箱がないか探したが見あたらなかったので、とりあえずズボンのポケットにそのチラシを無造作に突っ込んだ。


(えーと、そんなことより医務室に急がないと)


 アキラは、非常階段を急いで駆け上がっていった。

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