200%夢の話

絶坊主

第1話


15年ほど前、あるボクシングジムの会長から久しぶりの電話。


「絶坊主、ちょっと頼みがあるんだ・・・」


その会長に私は大きな恩義があった。だから、自分にできる事だったら何でも引き受けようと思った。


もちろん犯罪行為を除いて。


「リングドクターがな・・・」


数日後に迫ったジムの興行のリングドクターが調整がつかず、困っているとのことだった。


「絶坊主、やってくれないか・・・?」


リングドクターがいないという事は興行が打てないということだ。会長の困りようをみると、何とかしてあげたかった。しかし、先程、書いたように犯罪行為を除いての話だった。


モチロン私は医者ではナイ。


単なるカイロプラクティックの治療院をやっているだけの人間。


これは・・・かぎりなく黒に近いグレーだった。・・・いや、黒だろう、漆黒の。


「・・・・わ、わかりました。」


私は断りきれず引き受けることになった。白衣や備品は用意してくれるとのことだった。


「アンタ、大丈夫・・・?」


妻は不安そうに電話を切った私に言った。当日は妻と二人で行くことになった。前日計量と試合当日と二日間。




乗り切れるだろうか・・・・?




前日計量の前の晩。


自分の試合の前日の不安とは違う、何か大変な事をやらかしてしまうんじゃないかという経験した事のない緊張感につつまれた。


そして前日計量の日。妻と二人でジムに行った。


「おー、絶坊主!スマンの~!」


会長は白衣と聴診器、水銀式の血圧計など備品を用意して待っていた。


それと驚いたことに名刺も用意されていた。


名刺にはこう書かれていた。




“絶坊主整形外科クリニック”




住所は私の家。モチロンそんな病院などナイ。


「会長、これは・・・」


「あー、ちょっとコミッショナーの人に挨拶せないかんからな。」


「え、だ、大丈夫ですか・・・?」


「大丈夫、大丈夫!形だけやから!」


私は改めて、とんでもない事をしてるんじゃないかと恐怖を感じた。


前日計量の会場であるホテルに着いた。ロビーには試合に出場する選手、ジムの関係者で溢れていた。会長と妻と私の3人は、選手たちの間を通り抜け計量会場に入っていった。


会場に入るとコミッショナーの人間が数人いた。


「〇〇さん、今回のリングドクターの絶坊主先生です。」


私はコミッショナーの人間を見たことがあった。


数年前、私が7年振りにリングに上がった時にいた方だった。


むこうも、もしかしたら私に見覚えがあるかもしれないと思い、ヒョットコほどではないけどバレたらまずいと顔を少し変える努力をした。


「あーこれはこれは先生!ヨロシクお願いします!」


関西ボクシング協会事務局長と無事に名刺交換も終わり、いよいよ前日計量が始まった。




この後、坂道を転がり落ちます・・・





「じゃあ、選手入ってー!」


コミッショナーの先程、名刺交換した関西事務局長の掛け声で計量が始まった。


先に体重を測定し、それから妻が体温計を渡して、体温計が終わった選手からドクターによる検診が始まった。


ま、ドクター言うて私ですけどね。(笑)


自分は今まで受ける方の立場だったのでわからなかったんだけれど、選手一人一人の今までの試合のデータを書いた紙があった。それぞれの試合欄に、体温、血圧、あとは忘れたけど項目がいくつかあった。


その欄には、ほとんど“NP”と記入され続けていた。


(NP?何だろう?ナチュラル・パーソンっていう意味かな?つまり、異常ナシっていう意味かな?じゃあ、普通じゃなかったら・・・BP。バッドパーソン?悪い人?犯罪者か?なんか違うな。)


おそらく合っていないであろう結論と、とりとめのない雑事を考えながら私は同じように“NP”と記入しようと思った。


そして、一人目の選手がやってきた。


「お願いします・・・」


調子が悪く減量がキツかったのか、顔色も肌ツヤも悪かった。一目で“NP”じゃなさそうだった。


しかし、そんな人の事を心配していられない重大な事に気がついた。


水銀式の血圧計は見たことはあったが、使ったことがなく数値の見方もわからなかった。


何故、予行演習しなかったんだ、バカ!


改めて、自分の間抜けさを恨んだ。でも、もう立ち止まることは出来ない。


例えるなら、50キロの重いリュックを背負い、45度・・・いや、60度くらいの坂をかけ降りるような感覚だった。


血圧計の腕に巻くヤツを巻き、シュポシュポするヤツで水銀計を上げていった。




シュポシュポシュポシュポ・・・




腕の部分か゛パンパンになり、その限界の数値を書いた。


ここまではなんとなくわかったんだけれど、プシューって空気を抜いて下がっていく水銀のどこら辺の数値を見たらいいのかまったくわからなかった。


私は過去のデータを参考にして、数字を+-5くらいにして書いた。そして脚気を調べる膝の下を叩く用具で膝の下辺りを叩く。あと、聴診器で胸の辺りを3ヶ所ほど医者っぽくやってみた。


その内の1か所は勿論、心臓に。




ドクドクドク・・・・




俺のドクドクの方が凄いですけどね!なんてツッコミを入れる余裕は・・・ない。


血圧を記入する、なんと呼ぶかわからない器具で膝の下辺りを叩く、聴診器を医者っぽくあてる、“NP”と記入する。




これら一連の動作を繰り返していた私。




思いのほか忙しい。


すると妻が私の耳元で囁いた。













「あんた!耳!耳!」














「え?何?俺、やる事いっぱいあんねん!」


私はテンパって、苛立ちながら妻の耳元に囁いた。


「だから、耳!耳!」


あまりにも妻が言うものだから、耳を触ろうとした瞬間。
















なんと、聴診器の耳あてをせずに胸に押しあてていた。
















気が遠くなりそうだった。


最初は耳にはまっていたであろう聴診器。しかし、いろんな動作をする過程で邪魔になったのだろうか、はずしていた。


だから、何人目からかわからないが、数人はただ金属を胸に押し当ててるだけという状態。選手、ジムの関係者も「え?コイツ、大丈夫?」と思ったことだろう。


私のテンパリ度は急加速した。


かけ降りてる坂の角度が60度から90度・・・いや、なんだったらそのままバンジーーーーーー!って感じだろうか。




もう表現おかしなるわ。(笑)




尋常じゃないくらい汗だくになり、なんとか全員やり終えた。本当に、生きた心地がしなかった。


前日計量も無事ではなかったけれど終わった。


その日の夜は、本チャンの試合の事を考えたら不安でほぼ一睡もできなかった。




そして、迎えた試合当日。




そこでも、私をテンパらす出来事が舌なめずりをして待ち構えていた。
















試合は昼の1時半開始。


会場に入る前に、初めて用意されていた白衣をスーツの上に着た。


白衣を着るのは実は2度目だった。


小学生の頃、学芸会で『みこみなし病院』という手術している患者の腹から、バケツや本などありえない物を出すというしょ~もない劇で院長役をした時以来だ。


妻も同じように白衣を着た。


看護婦姿の妻を見る。

















ん?ちょっと、なんか、エエな・・・今夜は・・・



















いかん、いかん、こんな時にコスプレ気分を味わっている場合ではない。


会場に入って会長から座る席に案内された。昨日、名刺交換した事務局長の隣だった。


「あ~これは、これは、先生!お願い致します!」


おそらく腹から思ってないだろう挨拶をされて、私の心拍数も上がってきた。


椅子に座り試合開始までの間、その人からイロイロ話しかけられた。


「先生はいつ、ボクシングやられてたんですか?」


会長が昨日、偉いさんに紹介する時、「この絶坊主先生も、昔、プロだったんですよ!」と、変に本当の事を話していたのを思い出した。


「え、あ、いや、じゅ、19歳の頃です・・・」


「あ、そうですか。お医者さんになられたのは・・・」


心の準備が出来ていなかった私はシドロモドロになった。つじつまを合わせるのが大変だった。


もしかしたら、昨日の私の手際を見て疑っていたのかもしれない。それもなんとかやりすごし、いよいよ試合が始まった。


私が危惧していたのは、試合中、選手がカットしてドクターがレフリーに呼ばれ、リングサイドに立つ場面だった。そうなった場合、傷を見ても完全に私のさじ加減で「ん~いける!」という判断になってしまう。


なんとか選手みんな、血をなるべく流すことなく、判定、もしくは早めのレフリーストップで終わらないかな・・・なんて勝手な事を思っていた。


幸い、どの試合もカットすることなく判定が多かった。私の出番もほとんどなかった。


ところが、終盤の試合でとうとうKOがあった。その試合は一発良いのが入って、そのままカウントアウトされた。


KOされた選手はふらつきながら、トレーナーに支えられ控え室に戻っていった。コミッショナーの関係者から、選手の控え室に行って診察をお願いしますと言われた。


控え室に行き、KOされた選手に見よう見まねでペンライトを目に近づけて、っぽくやってみた。


「吐き気とか異変を感じたら、病院で診察してもらってね。」


医者じゃなく、誰でも言える普通のアドバイスを言って控え室を後にしようとした。


「あれ~!絶坊主さんじゃないっすか~!」


見ると、たちの悪いボクサーのMくんが缶ビール片手に近づいてきた。Mくんとは、私が最後の試合をしたジムで少しだけ一緒だった。


Mくんは、試合中に野次などを飛ばしたりして会場のスタッフによく注意されたりしていた。


(ヤバイな・・・)


少し酔っぱらっているみたいで声が大きい。控え室にいたジムの関係者たちの視線が突き刺さる。


私はMくんの肩を抱き、会場の隅っこに連れていった。


「Mくん、バレたらマジでヤバイから頼むで!」


私は語気を強めてMくんに言った。


「は、は、はい。」


Mくんも私のあまりの気迫に圧倒されたのか、わかってくれたみたいだ。私もバレたらマズいので必死だった。


結局、私の願い通りKO試合は1試合だけですんだ。


私が危惧していたリングサイドに立つ場面もなかった。


なんとか、無事に終わった・・・。


やっぱり、こんな事は選手の安全の事を考えたら絶対にやるべきではナイ!と強く思った。


と、ここでいろんな意味で目が覚めた。(笑)




以上、200%夢の話。

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200%夢の話 絶坊主 @zetubouzu

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