第6話 結果


「ダオ、起きて、ねえ、ダオ」


 優しい声がした。柔らかなシトラスの香りが鼻をくすぐった。


(ん、んん……はっ)


 気が付くと、辺りは真っ暗だった。目を開けているはずなのに何も見えなかった。ただ視野の中央には、〔Morph H mode〕のアイコンが鮮明に浮かび上がっていた。


(Hモード? 元に戻ったのか? あれ?)


 ダオはその胸の中に誰かを抱きながら横になっているようだった。腕と胸、そして太股のあたりまで、自分の素肌が誰かの肌と密着している感覚があった。


「だ、誰!?」


 ダオがそれを言ったとたん、その者は驚いたように顔を上げた。


「誰って? どうしたのダオ?」


「その声は、江藤さん?」


 ダオのことを下の名前で呼ぶ江藤に、ダオは強い違和感を覚えた。


(僕は今、江藤さんと一緒にいる……えっ?)


 衣服を着ている感覚がなく、そう思ったとたん、江藤の身体の線がにわかに具体化された。江藤の柔らかな上半身が、ダオの上半身とやさしく触れ合っていた。


「ちょっと待って、もしかして僕らって今、裸?」


「そうよ、だから何?」


「そ、そんな、江藤さん!?」


 一体何が起きたのか。ダオは状況を全く飲み込むことができなかった。さっきまでアーマードロイドらと戦いを繰り広げていたダオは、いつの間にか人間の形態に戻っていた。


 そして今、ダオはクラスメートの江藤と裸で抱き合っていた。


「江藤さん、ここは?」


「食品会社の地下倉庫よ。避難所よりもこっちの方が安全だって、あなたが連れて来てくれたんじゃない」


「えっ、僕が?」


 ダオは、急いでニューカインドの行動履歴の動画を追った。


(あいつ、避難所が混んでいたから機転を利かせたのか)


 そして動画を見ているうちに、二人が裸でいる理由が分かった。この場所に避難している間、ダオのニューカインドは、ダオには到底信じられない行動を取っていた。


 ここに来た二人は、倉庫の隅に備え付けられていた非常用バックを見つけると、中から毛布を取り出して身を隠すように一緒にくるまった。そのとき、ニューカインドのダオが、江藤に向かってこう言った。


「江藤さん、もしかしたら僕らはここで死ぬことになるかもしれない。だから言っておきたい」


 ニューカインドのダオは、その視線を江藤の瞳に優しく重ねた。


「僕は君を愛している。心から」


 突然の告白に、江藤は初め目を丸くしたが、かまわず自分を見つめつづけるニューカインドのダオを前に、次第にその瞳の潤いが増してゆき、とうとうニューカインドのダオの首に両手を回した。


「私もよ。東条君」


 そのまま二人は愛し合った。その後の全てを今のダオにはとても見ることができなかった。


(あいつ、一体何を考えているんだ?)


 ダオが絶句していると、江藤が心配そうに話しかけてきた。


「ダオ、どうしたの? まさか、後悔してるんじゃ?」


 後悔という言葉で、ダオは我に帰った。


「違う、江藤さん、そんなんじゃない、そんなんじゃ……」


「東条君、いいえ、ダオ、そう呼ばせて。私ね、今まで生きてきて、こんなに幸せなことはなかった。あなたのその純真な、とても大きな愛に包まれて、私、私、……」


 江藤はそのまま言葉をつまらせてしまった。どうしたら良いのかダオには全く分からなかった。そのとき、ダオの視野にメッセージが表示された。


「半径100km以内に脅威は存在しません」


(そうだ、こうしている場合じゃない。あのアーマードロイドたちは?)


 その問い掛けに、アーマードロイドたちの残骸を映した映像が、ダオの視野の中に次々と展開された。


(奴ら、全て破壊されたのか? でも一体どうやって?)


 ダオは、なんとか手探りで自分のズボンを探し当てると、そのポケットから携帯電話を取り出し、できるだけ江藤の方には向けないようにしてライト機能を使った。江藤の服もダオのズボンのすぐそばにあった。


「江藤さん、とにかく服を着て、ここを出よう。もう心配はないみたいだ」


「どうしてそんなことが分かるの?」


「どうしてって、その、説明し難いんだけど、とにかくもう大丈夫なんだ」


 訝し気な表情を浮かべながら、とりあえず江藤は服を着た。


「さあ行こう」


 ダオは、江藤の手を握ると、二人で出口に向かった。


「あそこだ!」


 形態電話のライトに照らされた先に扉が見えた。ダオと江藤が走ってその扉に近づくと、携帯電話のライトが突然消えた。


「なんだ?」


 携帯電話の画面は真っ黒となり、それ以降電源も入らなくなった。


(と、とにかく外へ)


 ダオは渾身の力を出して、重い扉を開けた。


「なっ!?」


 ダオと江藤が見たマハナシティの光景は、それまで見たものと全く違うものだった。瓦礫の山が立ち並んでおり、子供たちは泣き叫び、大人たちは皆、呆然と立ちすくんでいた。彼らの足元には、血を流して全く動かない人たちが何人も転がっていた。


「こ、これは?」


「核爆発による電磁パルス攻撃を実行。これにより21機のアーマードロイドを全て撃破。尚、現在までの死者数は13万5456人、負傷者数は53万8567人」


 そのメッセージと共に、ある映像がダオの視野に映し出された。それは、変身したダオの左手が隣国の所有する核兵器を一つだけ掴み寄せると、それを素早くミサイルの形態に変造して発射し、上空で爆発させたという内容だった。


「ぼ、僕が、僕がこれをやったのか? ち、違う、う、嘘だ! 嘘だー!!」


 絶叫しながら、ダオはその場に崩れ落ちた。江藤はそのダオの姿を見てうろたえるばかりだった。


 その出来事は、人類に対する、ダオの闘いの始まりだった。

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d semicolon K助 @kkjmd

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