第5話 急襲

 AI兵器は現在、ほとんどの紛争地域で使用されており、世界各国がAI兵器の開発にしのぎを削っている。それはもはや軍事兵器の主流となりつつあり、保有するAI兵器の性能が、国家間の軍事バランスに大きな影響を与えている。


 AI兵器の進化はめざましく、今では最新のプロセッサが実装されたものであれば、たった数機で大型空母とも互角に渡り合うことができる。


 こうしたAI兵器の危険性については、幾度となく様々な場面で議論され、規制の取り決めも行われきたが、ほとんど機能することはなかった。一国でも開発をつづけるのなら、他の国々もそれに追随せざるを得ないという現実的な問題が、AI兵器の開発を国際社会に黙認させてきたのである。


 結局、歴史上のどの時代でもそうであったように、強大な力を持つ者が世界を統べるというその呪われた足かせを、人類はどうしてもはずすことができない。


 こうした状況の中、紛争や戦争が勃発した際、何らかのアクシデントでコントロールを失った一部のAI兵器が、マハナシティのような非戦闘地域に迷い込んでくるときがあった。


 AI兵器の到来を知らせる警報が発せられると、市民は速やかに安全な場所へ避難しなくてはならない。このとき、市民が所有する携帯端末や街頭の電子掲示板などに最寄りの避難所がアラームメッセージと共に表示される。


「えーと、ここから一番近い避難場所は、桜橋にある第17シェルタだ!」


 ダオが携帯で確認すると、江藤がすぐにうなずいた。


「よし、行こう!」


 しかし、近くに石井の姿がなかった。辺りを探すと、石井はマックのテラス席に座ってゆうゆうとハンバーガーを食べていた。


「石井、何をしてる? 早くこっちに来い!」


「俺は行かねえよ。どうせ大したことないし。今までもそうだったじゃん。せいぜい一機か二機のバカなロボットが来るだけだ。警察の公安ロボットがすぐに対処するって」


「石井、違う! 今回は二十機以上でやってくるみたいだ! 早く逃げるんだ!」


「は? なんでお前にそんなことが分かるんだよ。あそこのスクリーンを見てみろよ、来るのは一機だけだとよ」


 アーケードの入口に掲げられた大型スクリーンには、一機のドローン型ロボットが接近していることが表示されていた。


(ドローン型? でも僕の警告メッセージには……)


 ゴゴゴゴゴゴ!


 突然、地鳴りと共に地面が大きく揺れ、道路のアスファルトがメキメキと裂け始めた。複数の黒いアーマードロイドが、次々と地面から這い出るように姿を現した。


「きゃああああ!」


 人々の悲鳴がそこかしこに響いた。逃げ惑う人々の群れが、ダオと江藤を飲み込み、江藤がその場に倒された。


「江藤さん!」


「私は平気よ。それより見て、あれを、石井君が!」


 振り向くと、一体のアーマードロイドが左手で石井の首をつかみ、その巨体を軽々と持ち上げていた。


「い、石井!」


 ダオが叫ぶと、アーマードロイドは少しだけ首をかしげるような動作をして、その右手を石井の頭に乗せた。


「こ、このばか、放せ、や、やめろー!」


 石井が暴れながらわめきちらすと、そのアーマードロイドは、石井の頭をそのまま握りつぶした。


 グシャッという鈍い音と共に、真っ赤な血が周囲に飛び散った。


「きゃああああ!」


「う、うわあああ!」


 辺りは大パニックになった。全てを見ていたダオと江藤は、恐ろしさのあまり声さえ上げられず、二人でその場にうずくまってしまった。


 ザシャン、ザシャン、ザシャン……ドスン!


 石井の頭を握りつぶしたそのアーマードロイドは、身長が少なくとも二メートルはある大型のアーマードロイドだった。それは、ダオと江藤の前にやってきて、まだビクビクッと動く石井の体を彼らの前に投げ捨てた。石井の顔が半分無くなっており、おびただしい量の血液が頭から噴き出していた。


 ダオは、恐怖で身体をほとんど動かせなかった。しかしそれでも江藤をかばうようにしながらアーマードロイドの方に顔を上げると、そのアーマードロイドが一瞬笑ったように見えた。


(こいつ、僕たちを嘲笑っているのか?)


 ファン、ファン、ファン、ファン、ファン


 けたたましいサイレンの音と共に国家警察の公安ロボットがやって来た。それらは四足歩行型のAIロボットで、大した武装はしていないものの、バック転なども軽々とこなす機動性に優れるロボットだった。


 四機の公安ロボットが、ダオの前にいるアーマードロイドをすばやく取り囲むと、一斉に飛び掛かった。


 しかし、黒いアーマードロイドのパワーとスピードは、公安ロボットのそれを遥かに凌ぐものであった。そのアーマードロイドは、まるでいたぶるように、公安ロボットたちの四本の脚のすべてを力でもぎとり、胴体を膝でまっぷたつにしてしまった。


「公安ロボットでも歯が立たない? ヤバい、逃げなきゃ、江藤さん、立って、立つんだ!」


 ダオは震える江藤の身体を引き上げてなんとか立たせようとした。しかし、ダオ自身も身体がいうことを聞かず、焦りばかりが先行した。


 ダンッ!


 さっきのアーマードロイドが、ダオたちの前に立ちはだかった。


(だ、だめだ、こ、殺される!)


 そう思ったとき、ダオの視野に再びメッセージが表示され、略同時にその意味が脳に入力された。


「心配はいりません。前方のアーマードロイドは脅威ではありません。速やかにVモードに移行してください」


(なんだとVモード?)


 もはやためらう余裕はなかった。ダオは、あのアイコンに意識を乗せた。


(くそっ、ままよ!)


 ヴゥゥゥゥン


 あの振動が再びダオの全身を駆け巡った。そのとき、黒いアーマードロイドの動きが突如停止した。


(う、うう、な、なんだ?)


 そこは暗く、かなり狭い場所だった。何かの僅かな電子光だけが見え、その光が、黒くウネウネとしたものを照らしていた。よく見るとそれらは、ダオの部屋で見たあの黒い身体を構成していた正三角形と正六角形の小片だった。


(どこなんだここは? せ、せまい)


 すると、ダオの視野にメッセージが表示された。


「AWD社製アーマードロイドMTX3の内部です。形態を戻して速やかに脱出してください」


(アーマードロイドの内部だと?)


 自分がなぜそんな場所に居るのか全く理解できないダオだったが、その窮屈さに耐えられず、反射的に全身に力を込めた。すると、まるで液体のような不定形な形が、元の人型へと変わっていった。


 メキ、メキ、メキキ、バキャア!


 ダオは、黒いアーマードロイドの背中をぶち破って外に出た。アーマードロイドはその場に崩れ落ちた。


「う、うわあ! ロボットの中から何か変な奴ができたぞ!」


 ダオの登場はさらなる混乱を招いた。ダオが辺りを見渡すと、あのもう一人のダオ(ニューカインド)が江藤のそばに居た。ニューカインドは、変身したダオに向かって小さくうなずくと、半ば強引に江藤を背中に背負って避難所の方に向かって走った。


(あいつ、俺がやろうとしたことを)


 人混みに紛れて二人の姿が見えなくなったとき、五体の黒いアーマードロイドがダオの周りを取り囲んだ。アーマードロイドたちはときおり首を傾げるような仕草をしながら、ダオを見ていた。


(くっ、囲まれた。どうする?)


 だがダオは冷静だった。間近かで石井が殺されるところを見ていたにも関わらず、なぜか恐怖というものをほとんど感じなかった。


「アーマードロイドのオペレーティングシステムへのハッキング完了」


 実のところダオは、変身した直後からすでにアーマードロイドのOSに自らが侵入していることを知っていた。それは動物で言うところの本能に近い行為で、脅威を常に意識している今のダオにとって無意識に容認されたものだった。


 ダオは、それらのアーマードロイドに関するあらゆる情報、例えばスピード、パワー、CPUの種類と性能、製造番号などを瞬時に取得しつつ、それらに対抗できる方法をすでに何万通りもシミュレートしていた。それは、人間の脳がもつ計算能力など遥かに凌ぐものであった。


(よし、システムダウンだ)


 結局、アーマードロイドを制御するシステムAIそのものを停止させることが、最も安全かつ効果的な対抗手段だった。


 5体のアーマードロイドは、その両目から鋭く発せられていた赤い光を失い、その動きを停止した。


「4機のアーマードロイドが接近中。全機到着まで10.5秒」


 すぐに別のアーマードロイドが近づいていた。ダオはそれらの位置を確認した。


(来たな。僕を検知したようだ。奴らをできるだけ避難所から引き離さないと)


「オペレーティングシステムの変更あり。相対脅威指数1.5」


(システムが変更された?)


「アーマードロイドに新たなシステムAIとしてRockyがインストールされました。ハッキング完了まで約1分」


 ハッキングが完了しないとアーマードロイドの動きを封じることができない。つまり、ダオはそれまでアーマードロイドたちの攻撃に耐えなければならない。


 ザン、ザザザン!


 四機のアーマードロイドがダオの前に現れた。


(ど、どうする?)


 現形態のダオが出せるスピードとパワーは、アーマードロイドのそれらとほぼ互角だった。


(一対一ならなんとかなりそうだけど、複数相手となると……武器が必要か?)


 剣や銃など、武器として使用できそうな装備がないかどうか確認すると、右腕の形状を変えることで、それを武器として使用できることがわかった。検索してみると、右腕による種々の武器が、その性能と共に表示された。


 しかしそうしている間にアーマードロイドたちが攻撃を開始した。さきほど取得した情報から、それらのアーマードロイドが銃や刀等の武器を装備していない、所謂肉弾戦専用のアーマードロイドであることはダオには分かっていた。つまり、その攻撃方法はパンチやキックなどになるが、人間とは異なるトリッキーな動きが多く、しかも、ビルの壁面や街路樹なども利用しながら、さまざまな角度から素早い動きで波状攻撃を仕掛けてきた。


(くそっ、奴らの動きが読めない。やっぱりだめだ)


 そもそも戦闘経験が全くないダオが、急に武器など使いこなせるはずはなかった。もし不用意に使えば、周囲の人々に怪我を負わせたり、最悪の場合はその命を奪うことにもなりかねなかった。


(要は、ハッキングができるまでの時間を稼げればいいんだ。他に何か無いか?)


 ダオはふと、左腕のことが気になった。


「無限の左:あらゆるものを引き寄せることが可能」


(無限の、左?)


 あらゆるものを引き寄せる左。その意味をダオはすぐに理解した。


(つまり、こういうことか?)


 ダオは、その左手を近くのビルの最上階に向けた。


 その瞬間、ダオの左腕がギュンッと細くなり、ダオはそのビルの最上階に居た。


(やっぱり)


 ダオは瞬間移動していた。


(よしっ、これで奴らをかく乱して時間をかせぐ)


 ダオは、アーマードロイドを引き寄せながら、移動する空間座標を次々と定めて瞬間移動を繰り返した。


「Rockyへのハッキング完了」


 その表示とともに、四機のアーマードロイドの動きが停止した。


「なんなんだこの左腕、す、すごい」


 その左腕の威力による刹那の安堵が、ダオの注意力を鈍らせていた。


ダダン!


 突如、ダオの背中に激痛が走った。地面に倒れたダオのそばに、一体の白いアーマードロイドが立っていた。


 ダオはすぐさま瞬間移動してその場から離れた。


「11機のアーマードロイドが急速接近中。新たなシステムAIのWatsonがインストールされました。相対脅威指数は5.5。ハッキング完了まで約5分」


(11機? 来襲したアーマードロイドは21機のはず、この白いアーマードロイドは?)

 ダオの問いかけに以下のメッセージが返された。


「未確認物体です。解析完了までおよそ7分」


(七分も!?)


 11機の黒いアーマードロイドが到着すると、白いアーマードロイドがすっとその身を物陰に隠した。


 その行為が何を意味するかは分からなかったが、ダオはとにかく瞬間移動を繰り返すしかなかった。しかし、今度のWatsonは、ダオが瞬間移動する経路を正確に読むことができた。


(くそっ、もっと計算速度を上げるんだ)


 ダオは、これ以上ないぐらいに意識を集中して、移動経路のパターン数を千倍以上に高めた。


「Watsonへのハッキング完了」


 ダオは、予想よりも二分以上も早くハッキングを完了させ、黒いアーマードロイドの動きを封じた。


(はあ、はあ、はあ、どうだ?)


 疲れきったダオの前に、あの白いアーマードロイドが再び現れた。


(何だ!?)


「AWD社の試作アーマードロイド。システムAIは……不明」


(不明?)


 白いアーマードロイドが右手を高々と挙げた。すると、停止していた21機の黒いアーマードロイドが再び動きだした。


「不明のシステムAIが新たにインストールされました。ハッキングに時間を要します。相対脅威指数は9.5。危険です! この場からすぐに離脱してください」


 白いアーマードロイドの周りには、黒いアーマードロイドだけじゃなく、警察の公安ロボットや種々のドローン、さらには街中を走る自動車や、空を飛んでいたヘリコプターや航空機までもが続々と集まりだしていた。


(あの白いアーマードロイド、もしかしてあらゆるメカを操れるのか?)


 ダオはアラームメッセージのとおり、その場から遠くに行こうとした。しかし、その様子を察した白いアーマードロイドが避難所の方を指さした。


(あいつ、僕が逃げれば、あそこにいる人々を攻撃するっていうのか?)


 白いアーマードロイドの右手が、ダオに向けられた。黒いアーマードロイドを含む何十機というロボットたちがダオに向かって一斉に突進してきた。


 ダオは、再び意識を集中させて瞬間移動による逃避を繰り返していたが、ことごとくの経路を読まれて先回りされ、容赦のない攻撃を受け続けた。


(もう……だめだ……)


 ダオがあきらめかけたそのとき、視野に「Auto」の文字が浮かびあがった。極度の消耗を強いられたダオの意識は、その文字に触れるような感覚だけを残して、完全に消失した。


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