第4話 夏期講習
何がなんだか分からないまま、ダオは、しばらくその場に立ちすくんでいた。
(こんな姿、もし誰かに見られたら……)
瞠目する混乱から来る、得体の知れない不安がダオを襲った。ほとんど自分を失いかけていたダオだったが、視野の中に浮かぶ見覚えのある一つのアイコンが、かろうじて彼をつなぎ止めた。それは、お馴染みのブラウザのアイコンだった。
(ネット?)
意識をそのアイコンにもっていくと、ダオがよく使用している検索エンジンの画面が表示された。
まさかと思いながらも、ダオは単語をいくつか思い浮かべてみた。すると、思い浮かべた順序でそれらの単語が検索バーに表示された。
そして、検索開始を思ったとたんに、いつもどおりの検索がなされ、単語に関係する様々なサイトが挙がってきた。さらに思いつくままいろいろな検索ワードを並べていくと、そのスピードは一気に加速した。調べようとしたことがすべて知識となって、これまで経験したことのないものすごい速さと正確さで、どんどん自分の中に取り込まれていった。
(うおお! な、なんだこの感覚!?)
様々な情報と知識が、「見る」そして「読む」という時間の経過を要する通常の態様ではなく、同時進行的と言うか、あるいは多方向・多元的とでも言うべき様式で、ダオの中に瞬時に整理・蓄積されていくのが分かった。
(こ、これは……知りたいことが一瞬で頭に入ってくる)
ダオは、果てしなく広がる知識の海の中に投げ出されて、泳ぐでも潜るでもなく、波の動きに合わせてひたすら漂う、悦とした昂揚感に似たものに取り付かれた。
(すごい、これ、なんか嘘みたいだ)
わずかだが冷静さを取り戻したダオは、その視野がより広く明瞭なものに変わっていくのを感じた。
改めてよく見ると、視野の中には、さっきの総人口や、制限時間を示すものだけでなく、体重や身長など、おそらく今のダオの身体状態を示すと思われる数値なども表示されていた。
(ん?)
ダオは、先ほどのアイコンを見た。
〔Morph・V・mode〕
(V? さっきまでは確かHだったはず)
ダオは、そのアイコンに意識を乗せてみた。
ヴゥゥゥゥン
さっきと同じ感覚が体の中を走りぬけ、しかし今度は漆黒の左腕が急激に細くなったと思った瞬間、視野の中に母親の微笑む顔が映し出された。
「あっ!?」
ダオは、持っていた箸と茶碗を置いた。
「どうしたのダオ? 急に声なんか上げて」
母親が目を少しだけ大きくして、ちょっと首を傾げた。
「か、母さん、俺……」
ダオは何が起きたのか分からなった。しかし、思わず内側に広げていた両手の平の白さに気付くと、すぐさま庭に面する窓ガラスの方を見た。そこには、普段のダオの姿があった。
(も、元に、戻ってる)
ダオはくるりと周りを見回した。
(あいつが居ない……消えた?)
「ちょっとダオ、何なのよ?」
母親は、いぶかしそうな表情を浮かべるだけで、特に何かに驚くような様子を見せなかった。
「え? あ……いや、なんでもないよ。母さん」
ダオは、箸と茶碗を持ち直した。
「そう、それならいいんだけど。今、お茶を入れるわね」
「あ、うん」
黒い異形の者となっていたダオは、さっきまで確かに二階の自分の部屋に居た。しかし、今居る場所は、一階のリビングだった。ダオはテーブルの席に座り、母親の用意した朝食が目の前に並べられていた。
(ここは間違いなく僕の家のリビングだ。しかも、この席はさっきまであいつが座っていた場所だ。これは一体?)
混乱する頭で、それでもダオは状況をなんとか整理しようとした。
(つまり俺は、あいつと入れ替わったのか? しかも、母さんの目の前で)
ダオは再び先ほどのアイコンを見た。
〔Morph・H・mode〕
(また、Hに……これってもしかして……)
ダオは、「Morph」という文字の意味が気になった。すると、視野の中にネットのブラウザを示すアイコンが現れ、英和辞書のサイトにつながり、その意味がさっきと同じように瞬時に頭の中に入力された。
(変形、変化、変身……変身!?)
変身という単語が、今のダオの状況に一番合っているように思えた。
(つまり、このアイコンは、俺の身体の形態を切り替えるもの。だとしたらHというのはもしかして……humanの頭文字か? じゃあ、Vは……)
そのとき、バルキリー・システムというさっきの用語のことが頭の中に浮んだ。
(ValkyrieのVか?)
ダオは、しばらくそのままテーブルの上をじっと見つめていた。
「ダオ、どうしたの? 急に黙りこくって」
さきほどまでと違うダオの様子にある種の不満を抱きながら、母親がお茶を持ってきた。
「ごちそうさま」
「え? ちょっとダオ、まだほとんど食べていないじゃない」
「ごめん、今朝はもういいんだ」
そう言うと、ダオは席を立って自分の部屋に戻ろうとした。
「ダオ、これから夏期講習に行くんでしょ? しっかり食べなきゃ体がもたないわよ」
「え? いや、今日は行かないよ」
「行かない? 何を言ってるの? 自分から行くって言ったんじゃないの。もうお金は振り込んであるんだから、そんなもったいないことしないでちょうだい」
「ああ、分かった。行くよ、行けばいいんだろ!」
「何よその言い方、今朝は妙に機嫌がいいなと思っていたのに、突然ぷりぷりしちゃって、まったくもう」
朝から自分の身に起きていることで頭が一杯で、夏期講習のことなどすっかり忘れていたダオだったが、とりあえず母親の言う事に従うことにした。勉強などとても手に着くような心境ではなかったが、とりあえずは、いつもの生活のリズムを取り戻さなければと思っていた。
(とにかく、このアイコンを意識しなければいいんだ。変身さえしなければ、表面上はこれまでと同じはずだ)
ダオは自室に戻って、でかける準備をした。しかし、服を着てスタンドミラーに映る自分の姿を見ると、急に不安が掻き立てられるようだった。
(病院にでも行った方がいいのか? いいや、だめだ)
あの漆黒の体を見たときに自分の受けた衝撃が、普通の人間に受け入れられるなどとは到底思えなかった。
「行ってきます」
何か後ろめたいものを引きずるようにして、ダオは自分の家を出た。
夏期講習が行われる場所は、いつも通っている塾ではなく、都心に近い場所にある当塾の本部で、私鉄と地下鉄を乗り継いでいかなければならない。
目的地に最寄りの地下鉄の駅に到着して、出口の階段を上り終えると、正面に二十階建ての高層ビルが見えた。そのビルの十五階に、ダオが普段通っている塾の本部があり、模試のときなどに何度が訪れたことがあった。
(ギリギリだ。急がないと)
オリエンテーションと講師の紹介が十時半から予定されていた。ダオは、エントランスから入ると、急いでエレベータホールを探した。見ると、四機あるエレベータのうちの一つの扉が開いて、人々が乗り込んでいるのが見えた。
(あれだな)
上階行きのエレベータであることを確認すると、ダオは開いているドアに向かって駆け込んだ。
「あっ、すみません」
勢い余って前方に居る人の背中にダオの肩が当たってしまった。ダオはすぐさま身を小さくして謝罪した。
「あっ、東条君」
ダオが謝ったその人は、江藤かおりだった。
「江藤、さん?」
「おはよう」
「あ、おはよう」
ダオは軽く頭を下げて、そのまま下を向いていた。思いもよらない場所で江藤に会ったダオは、エレベータ内が混雑していることもあったが、彼女にどう話しかければいいのか分からなかった。
(あっ、そうだ15階だ)
各階のボタンを確認すると、15階のボタンはすでに点灯していた。周りには、江藤の他にも学生らしき人たちが数人乗っていた。
チーン!
エレベータが十五階に到着したとき、ダオはまっさきにエレベータを降ろされた。江藤にあいさつしてから降りようと思ったが、すぐ前に居た体格の良い青年に押されるようにして外に出されてしまった。
「やっぱり東条君もここの講習を受けに来たのね」
聞き覚えのある透き通った声が、後ろの方から聞こえてきた。振り向くとそこに江藤がいた。
「あれ? 江藤さんも?」
「ええ、そうよ」
「そ、そうか。へえ」
「へえって。私だって来年は受験生だし、進路のこともそれなりにちゃんと考えているんですからね」
「あっ、ごめん、そんなつもりは」
「ふふふ、それより急ごうよ。席がなくなっちゃう!」
江藤は、臆面もなくダオの右手をそっと掴むと、そのまま教室の前まで引っ張っていった。二人が教室の入口の前に来ると、江藤がダオを押し込んで、彼女はその後から入った。
教室の席は、教壇の真ん前の二席しか空いておらず、二人は仕方なくその席に並んで座った。
今日という日がこれまでの日常の延長ならば、ダオは、思春期のさなかにある青少年らしく、彼女に対して抱く純粋な想いを享受し、その喜びを味わうことができたかもしれない。しかし、今のダオは、今朝突如降りかかった災難とも言える問題に絶えずつきまとわれていて、そうした余裕をほとんどもつことができなかった。
オリエンテーションは1時間ほどで終了し、次いで講師たちによる自己紹介が行われていった。若い男性の講師が多く、何かにつけて、一番前に座る江藤にちょっかいを出す場面があった。ダオは、実は学校でもそうした場面をこれまで何度も見せられていて、またかと辟易していたが、学校の場合と違うのは、講師からいじられるたびに江藤がダオに向かって微笑んでくるので、ダオも笑顔で返すしかなかったことであった。
(はあ、江藤さんは美人だからな。いろいろ大変だよな。それにしても彼女、どれだけ男に好かれてるんだろ?)
そう思ったとたん、ダオの視野の右側に、男性の顔写真が次々と映し出された。その写真の中には、ダオ自身と、ダオの知っているクラスメートも何人か含まれていて、ダオ以外の男性に関する情報が瞬時にダオの記憶にインプットされた。
「なっ!?」
思わずダオは声を上げてしまった。教壇に立っていた講師が一瞬だけ驚くような表情をみせてダオを睨んだが、すぐに話をつづけた。
(まじかよ、これ。この画像の男性の全てが、江藤さんに好意を寄せているってこと? まさか、そんなプライベートな情報まで検索できるっていうのか?)
写真の男性の数は、257人と表示されていた。勿論アイドルでもなく一般女性に過ぎない江藤が、それほど多くの男性に好かれているとは初めは考えにくかったが、少なくともそれらの写真の中に含まれるダオの知り合いに関していえば、確かに思い当たるものがあった。
そのときふと、ダオの視野の左隅の方に、静かに明滅する数字があった。その数字に意識をもっていくと、「東条ダオに敵意をもつ者の数」という意味が浮かんだ。
(僕に敵意をもつ者だって?)
その数は、なんらかのタイミングで確実に増えていた。
(どういうことだ?)
そのとき、講師に何かの質問をされた江藤が、ダオの方に顔を向けた。その瞬間、さっきの数字が一気に倍増した。
(あっ、そういうことか)
どうやらその数字は、教室内にいる男子生徒と男性講師に関係するものらしかった。江藤がダオに向かって微笑むたびに数字が増加していった。
(江藤さんが僕の方ばかり見るから、この教室にいる人たち、僕のことを彼女の彼氏かなんかだと勘違いしてるんだ。学校でなら、江藤さんの笑顔を受け取る今の僕の役割は、クラスメートの高月美和とかが担当していることで、だから彼女の笑みは僕には何の意味もない)
ダオは、講師たちの話を聞くふりをしながら、そんなことを考えていた。後ろの方から何かピリピリするような空気を感じつつ、とにかく早く終わってくれと何度も思い願った。
「……というわけで、以上で講師の自己紹介を終わります。この後、皆さんには各自で昼食を取っていただいて、一時より国語の授業を始めさせて頂きます。それではここでいったん解散します」
最後の講師が言い終わるまえに、教室に居た生徒たちはすでにどやどやと席を立っていた。
「東条君、お昼どうする? 一緒に食べに行かない?」
「えっ?」
学校での態度とどこか違う様子を見せる江藤に、ダオは少しだけ戸惑い、そんなことをすれば自分に敵意を抱く人間がますます増えるだけだと思った。だが、そもそも何の根拠もないその数字を理由に断るというわけにはいかなかった。
「ああ、うん、行こうか」
ダオは、江藤と一緒に教室を出た。
「私、ハンバーガー食べたいな。東条君は?」
「え? ああ、僕はなんでも」
「そう、確か、近くにマックがあったよ。そこに行こうよ」
ダオは、江藤が今、自分のそばにいることがにわかに信じがたくなった。それは、ダオが、決して叶う事のないものと思いながらもずっと望んでいたことだった。
(例えば江藤さんの好きな男性は誰かとか……そう思えば簡単にわかっちゃうのかな)
そんな考えが一瞬だけよぎったが、結果を見るのが怖くてダオにはとてもできそうになかった。
ビルの外に出ると、強い日差しがいきない二人を照り付けた。真夏らしい真っ青な空が高く広がっていた。
教室を出でからも江藤はなぜかずっと微笑んでいた。やっぱりいつもと何か違う。ダオは、奇妙な感覚に囚われながら彼女の隣を歩いていた。
マックは、ビルの前の大通りをはさんですぐの所にあった。店に入ると、お昼どきだけあって、中はけっこうな込み具合だった。
「あっ、あそこの二人掛けの席がちょうど空いてる。東条君、悪いけど、先に座って待っていてくれない。注文は私がしておくから」
「いいよ、そんな。江藤さんが行きなよ。注文は僕がやるよ」
「だめよ、私が誘ったんだから。ね、早く」
どこか嬉しそうな口調で話をする江藤に、ダオは意外なほど素直に促されてしまった。結局、ダオは、ダブルチーズバーガーとアイスコーヒーを江藤にお願いして彼女にお金を渡し、席の方に向かった。
数分後に江藤が二人分のハンバーガーと飲み物を乗せたトレイをもってやってきた。
「はいこれ、お釣り」
「ありがとう」
おつりをもらうときに、白いブラウスの袖口から江藤のわきの下が見えて、ダオは思わず視線をそらした。
「どうしたの? 東条君」
「い、いやなんでもないよ。江藤さんは何にしたの?」
「フィレオフィッシュ。私、好きなの」
「ふーん」
ハンバーガーの包みを開ける江藤を見ながら、ダオはアイスコーヒーを一口飲んだ。
「よお! 江藤、お前も講習受けに来たんだな」
ダオの後ろから突然声がした。声の主は、学校で同じクラスの石井昭だった。どうやら彼も夏期講習を受けるため、同じ教室にいたようだった。
「あっ、石井君だ」
江藤が小さく手を挙げた。
「おっす、ここ、一緒にいいか?」
ダオが返事をする前に、石井は、持っていたフライドポテトとビッグマックをテーブルの上に無造作に置くと、カウンター席にあった椅子を豪快に持ち上げてダオ達が座る席にもってきて座った。
「お前ら、二人で来たのか?」
石井は江藤の方を向いて話かけていた。だが江藤はちょっと間を置いてダオの方を見たので、仕方なくダオが答えた。
「違うよ。行きしなのエレベータでたまたま一緒になったんだ」
「そうかそうか。たぶん、そうじゃないかとは思ってたけどよ。でも以外だよな、江藤が塾の講習受けるなんてよ。お前ぐらいの実力なら、はっきり言って必要ないだろ」
「そんなことないよ。それを言うなら東条君はどうなるのよ」
「ははは! こいつは単なる勉強お宅だよ。なっ、そうだろ東条!」
ダオはぶすっとして横を向いて言った。
「ああ、そうだよ。悪かったな。でも石井、お前はどうなんだ? お前が塾に通うなんてどういう風の吹き回しだよ。部活、忙しいんだろ?」
石井は、学校の柔道部に所属しており、二年生で唯一のレギュラーメンバーに選ばれていた。
「まあな、でも夏休みの部活は夕方からなんだ。今年から学校の方針でそうなったらしい。なんか知らねえが、クソ暑いからなー近頃の夏はよ。そんで昼間は時間が空いてて、せっかくだし俺もどこか涼しいところで勉強でもしようかと思ってな」
「ふーん」
ほんとか? その疑問を抱いたとたん、ダオの視野の中に次々とウインドウが展開された。それらはどうやら石井に関するものだった。
(なんだ?)
各ウインドウには日付と時間がふってあり、もっとも最近のものから順に並んでいた。
最初のウインドウを見ると、本屋の漫画コーナーで立ち読みをする石井の姿があった。しかし石井の視線の先には、レジで支払いをする江藤の姿があった。
そのウインドウを選択すると動画が始まった。江藤が本屋を出ると、石井もその後を追っていった。そして、江藤が、さきほどのビルの前で立ち止まり、掲示板に貼られている夏期講習のポスターをじっとみた後、そばに置いてあったチラシをいくつか持って帰っていった。石井も後から夏期講習のポスターを見てチラシをもっていった。
(なんだこの動画、一体だれがどうやって撮ったんだ? まさかこれって実際にあったことなのか? なんだかよく分からないけど、仮にこの動画のとおりだとすれば、なるほど、石井の奴め、そういうことか。江藤さんがあの講習に参加するのを偶然知って、それで自分も申し込んだんだな)
先ほど検索した江藤に好意を寄せる男性の中に、石井の名前も挙がっていたことをダオは思い出した。
もちろん、視野に勝手に表示される何の根拠もない情報を基にそう判断していることを、ダオ自身も分かっているが、石井が江藤さんを目当てに夏期講習を受けていることが妙に腑に落ちた。おそらく、午後の授業は、江藤さんの隣に石井が座って、午前中に受け持っていたダオの役割を今度は石井が果たすことになるのだろうとダオは思った。
(ん?)
ダオは、石井に関する関心をすでに無くしていたのだが、動画のウインドウは消えなかった。
(なんだろ? 知りたいことが分かれば、そういう情報はすぐに消えたのに。全部見ろってことか?)
仕方なくダオは、他のウインドウも開けてみた。
(あれっ?)
そのウインドウはさっきみた動画の一週間前のもので、そこには、帰宅途中と思われる江藤の後ろ姿が映っており、彼女の後をなぜか身を隠すような感じで坊主頭の石井が歩いていた。
(もしかして石井の奴、江藤さんの後を付けているのか?)
ダオは、さらに前の別の動画を見てみた。
(あっ、この女性は確か、C組の石倉美穂さんだ。石井の奴、彼女の後も付けているのか、一体何を……あっ!)
その動画には、人気のない場所で、石倉美穂に襲い掛かってレイプする石井の姿が映っていた。
(ば、ばかな!)
その動画の日付を見ると、今年のゴールデンウイークの末日に当たる日であった。
(そう言えば、石倉さん、五月の半ばくらいから突然学校に来なくなったんだ。どこか別の学校に転校したって聞いていたけど)
ダオは、石倉美穂について調べてみた。するとさっきと同じように複数のウインドウが表示された。ダオは、ゴールデンウイーク後の日付けのあるウインドウを全て開き、それらを同時に一気に視聴した。
それらの動画には、レイプされた後の石倉美穂の苦しむ様子が克明に記録されており、自殺を図ろうしたシーンも含まれていた。石倉は悩んだ末に両親に打ち明けたが、両親は事件が明るみになるのを恐れて警察には届けず、結局、家族で引っ越しすることを決めたのだった。
(そ、そんな!)
ダオはただ茫然とその動画を見ていた。
「東条君、東条君てば、どうしたの急に?」
江藤がダオの変化に気付いた。
「なんだよー、トウジョ~、どうしたんだよ?」
石井はいかにも面倒臭さそうに言った。
「東条君、なんか顔色が悪いよ。どうしたの?」
ダオは、江藤が心配するのを見て我に帰った。
「あっ、いや、なんでもない。なんでもないんだ」
なんとか落ちつこうとして、ダオはゆっくりと深呼吸をした。
(まてよ、これらの動画の内容が全て本当だとしたら、石井の奴、今度は江藤さんを狙っているってことか?)
その問いに対して、今度は六畳くらいの広さの部屋の映像が映し出された。そこにはベッドに上に寝転がってナニにふける石井の姿があり、しかもそのベッドの上には、おびただしい数の女性の写真が散らばっていた。写真の女性の中には、石倉や江藤も含まれていた。
(こいつ、やはりそうなのか? どうする? 江藤さんに言うべきか、いや証拠は何もない……いや待て、本当に無いのか?)
証拠の有無に関する問い掛けに対して、メッセージらしきものがいくつか表示された。それらは、防犯カメラの記録映像に関する情報で、事件のあったその日、石井と石倉が一緒に居たことを証明する映像が、まだいくつかの防犯カメラのメモリーに残されていることを示すものだった。
(証拠はありそうだけど、すぐに手に入るものじゃなさそうだ。どうする? 一体どうすれば)
ポーン!
そのとき、変な音がダオの頭の中に響いた。次いで、ダオの視野に赤字のメッセージが表示された。
「21機のアーマードロイド(人型AI兵器)が急速接近中、警戒せよ」
するとその数十秒後、ダオとその周囲に人々が持っていた携帯のアラームが一斉に鳴り響いた。それは、街全体に流れる避難警報を知らせるものだった。
ウーーーーーーーーウ、ウーーーーーーウ、ウーーーーーーウ
「大変だ、またか!」
「東条君、早く逃げよう!」
「ああ! おい、石井も行くぞ!」
「そう慌てるなって、お前らビビりすぎなんだよ」
「バカ! 早くしろ!」
ダオと江藤、そして石井の三人は、急いでお店を出ようとする他のお客たちに紛れて外に出た。大通りはすでに大混乱で、街中の人々が、我先にと地下シェルターの入口へと急いでいた。その警報は、AI兵器の来襲を知らせるものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます