第13話 夢見る手帳3
俺の首筋に噛み付いたメアさんは、意外なほどそっと犬歯を立てて、そこから出た血を少しずつ舐めとっている。俺はといえば、自分の考えに没頭していた。
吸血鬼。吸血鬼とはなんだろう?
この街の迷宮に吸血鬼という魔物はいない。アンデットという魔物は、生態がよく分かっていない存在である。
そもそも魔物は理性を持たない。知性という意味では、罠にかけたり、狡賢く用心深い魔物もいるが、意志の疎通が出来た前例はない。
空想上では色んな創作物で出てくる吸血鬼が、実在するならぜひとも見てみたい。吸血鬼は仲間を増やせるんだろうか?どうやって?前世だと、ウィルス感染みたいなネタもあった。
いつの間にかメアさんは、噛みちぎらんばかりに傷を広げ、夢中になって血にしゃぶりついている。
俺は優しくメアさんの頭を撫でた。
失血は、「創成」で血液を作れば補えるし、傷は「復元」ですぐに戻せる。メアさんの身体能力でどうにか出来るほど弱くもない。
それよりも、事の解明の方がよっぽど重要だ。
不思議なものだ。「解析」によると、メアさんが摂取した血液は、口腔内で魔法によって、ただの栄養分、糖質や蛋白質に変えられている。
身体は「獣化」に近い魔法で強靭に変化し、身体強化もしているようだが、獣人のそれよりも非力である。
メアさんの唾液に、未知の細菌の類は存在せず、俺の身体に干渉してくる魔法もない。この世界の吸血鬼は、仲間を増やせないんだろうか?
そして雨ながら、今は昼間である。
だから、俺は改めて考える。
これは本当に、吸血鬼なんだろうか?
代謝も人より低めだが人間として正常、眷属も作れない、血も吸わないデイウォーカー。
メアさんの身体は、強化されこそすれ、人間の肉体の範疇である。
そのヒントを得るべく、もう一つの魔法の発生元に集中する。それはメアさんの鞄に入った、一冊の手帳だった。
(これは……面白いな)
そこには二つの魔法があった。
一つは手帳からくる、メアさんに干渉している魔法。もう一つは、銀色のペンから手帳に干渉している魔法である。
そして、後者の魔法のせいで、手帳の魔法が「解析」出来ない。こんな魔法があるのか。
ペンの魔法を「解析」しようと意識を向けた瞬間、ペンから急激に敵意が高まる。即座にメアさんの腰を抱き寄せて、鞄を蹴り飛ばした。
「!!!!」
閃光とともに、鞄が爆発を起こす。
だが、爆音は無かった。俺の「隔壁」が鞄を閉じ込め、衝撃を遮ったからだ。
恐ろしいことに、現状最硬の物理耐性の壁を五枚も抜いた。
それは、こちらの失敗もある。閉鎖空間での爆発は、衝撃を逃す場所がないために、空気の圧縮により生じるプラズマが、高熱のエネルギーを多く発する。
つまり、外からくる衝撃を、隔壁で防ぐより、中からの衝撃を隔壁で防ぐほうが、はるかに巨大な力が必要になるのだ。
熱耐性をつければ、もう少し抑えられただろうか。
まさか爆発するとは思わなかったし、あんなに小さなもので信じられないほどの破壊力だった。
それは想定外で、準備不足だった感はある。
だが、衝撃を外へ逃していれば大惨事になったはずだ。
見込みの甘さを安全マージンでカバー出来て、今回は幸運だった。
「メアさん、大丈夫ですか?」
手帳からの魔法が無くなったせいか、メアさんは気絶しているようだった。
ぐったりとしたメアさんを担いで図書館に行く。館員用の控え室で、メアさんが起きるのを待った。
「あの手帳の日記を読んでから、ずっと意識がぼんやりしてて……。いつの間にか眠っていたり、日記の内容が何度も夢で出て来て、そこでは私とアーカム君で日記が再現されてて……。終いには、自分が日記を読んでいるのか、夢を見ているのか、現実にいるのかよくわからなくなっていたの」
正気に戻ったメアさんは、だいぶ混乱していたが、ぽつぽつと今までのことを話した。
意識がはっきりしてくると、一つ一つのエピソードを、現実かどうか確認していった。
どうやら、手帳の日記とやらには、女の吸血鬼と少年の従者の仲睦まじい物語が書かれていたらしい。
最初は単に共感していただけだったが、夢うつつで物語を囁かれ、いつの間にか吸血鬼を自分と思うようになった。
吸血鬼のように変化する魔法も、夢で見るうちなんとなく使い方が分かったと言う。
判断力を失わせた状態で、何度も偽りの記憶を追体験させて、認識を誤らせるのは、洗脳といえる。
恐ろしいが、それ自体は魔法でなくても出来る。薬や環境を整えて、映像や言葉で洗脳することは、魔法のない前世でもあったことだ。
つまり、洗脳魔法というべき、精神へ直接に干渉して、認識を丸ごと入れ替えるような魔法は、存在する可能性が低いようだ。あればそれを使えばいいのだから。
聞いた限り、メアさんに魔法として行使されたのは、酩酊、睡眠、幻覚と推測する。
それによって自分を吸血鬼と思い込ませ、自ら魔法を使わせて、自分自身を吸血鬼のようなものへと変化させたのだろうと思われた。つまり、自分へ干渉する魔法を使ったのは、自分自身なのだから、効果もあったのだろう。
恐らくそれが手帳からメアさんにかけられていた魔法だ。そして、ペンはその魔法を隠蔽、守護していたのだろう。
手段は分かったが、目的が見えない。元々手帳は図書館の本棚にあったという。誰がとってもおかしくない場所だ。
犯人が気になるが、手帳が跡形もなく消えてしまったので、これ以上追うのは残念ながら無理である。
ちなみに余談だが、メアさんは夢と現実を確認したとき、談話室であったことが現実だと知り、両手で顔を覆って、後ろに倒れそうなほど反り返って悶絶していた。
真っ赤な顔でいい訳しながら「内緒ね?誰にも言わないでね?」って言うメアさんはとても可愛かった。
「またいつでもいいですよ」って言うと、目を逸らしながら「お願いするかも」と小さな声で答えてくれた。
帰り道、手を繋いでメアさんの話を聞きながら、歩いた。メアさんとお父さんの関係、メアさんの夢、将来のこと。
メアさんは少しすっきりした顔をしていた。やっぱり元々、いろんなことを悩んでいたらしい。
雨はもう上がっていて、夏を思わせるような夕焼けが、赤く空を染めていた。
「…………これは、俺へのメッセージだろうか」
メアさんを送ったあと、掌の上にある紙を眺める。
あの時、他は跡形もなく吹き飛んで爆発した場所に、手帳の切れ端だけがぽつんと残っていた。間違いなく、この言葉を伝えるために、わざと残されたものだ。
その紙片には、「迷宮で待っている」と書かれていた。
とある迷宮街の転生者 ghostwhisper @ghostghost
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