第10話 クラスメイト



 街路樹には新緑が芽吹き、道端の小さな春の花が、暖かい春風に吹き散らかされていく。

 小さな花びらが舞って、新しい門出を迎える人を祝福しているかのようだ。



 どうも、アーカム(八才)です。ぴかぴかの!三年生です!




 入学式がつつがなく終わると、一年の教室に向かう大多数の同期生と別れ、担任に連れられて三年生の教室に向かう。


「飛び級で三年に編入したアーカム君です。小さいぶん、実技なんかでついていけないこともあるでしょう。みんな困っていたら助けてあげるように」



 担任のフランシカ先生がそう言うと、馬鹿にしたような笑い声があがる。



「あれ〜。ガリ勉くんは運動苦手か〜。やっぱ一年生の教室に行ったほうがいーんじゃねーのー?」


 声を上げたのは、教室の後ろの方で腕組みしながら、椅子を反らせて見下している赤毛の男の子だった。周りの数人の男子とゲラゲラ笑っている。

 見たことのない子たちだ。隣町の子かな?その体勢疲れない?



 そこで俺は、目にいっぱいの涙を溜めて、両手で上着の裾を握り、唇を噛んで何も言わずにゆっくりと俯いた。



 その瞬間、教室の空気がガラリと変わる。



「ひえっ」


 思わず声を出したのは、うちと同じ町内の男子だ。


 彼らはよく知っている。


 俺がどういう子供なのかを。敵に回したら、どうなるかを。



 凍りつくような殺気をはなっているのは、この教室の大半の女子だ。


 その筆頭は我らがアイドル、シーパスちゃん(十才)である。

 シーパスちゃんは己の素質と、自らの努力と、俺の魔改造で、強く、美しく、ついでにしっかりとエッチになって、スクールカーストの上位に踊り出た。


 ライバルのアンジェラちゃんとも、河川敷で殴りあった後和解し、今ではマブダチと呼べる仲だそうだ(…………女の子が親友になるエピソードってこれで良かったっけ?)


 とにかく、ここにいるのは、俺がどんな恩恵をもたらすか分かっている女子と、かかわれば碌な目にあわないことを知っていて、無関係を貫く同じ町内の男子と、よく分からずに年下の子分を増やしたくてマウンティングをしている男子である。


 声を上げた赤毛の男の子と、その取り巻きは戸惑っていた。

 こういう場合、教室の空気は、無関心か、緩やかな同調になると想像していた。それがいきなり、震え上がるような敵意を、見知った同級生から投げつけられたのである。

 まるで日常から、突然異世界に放り込まれたようだった。いつも知っている同級生が、全然知らないなにかに見えてくる。


「な……なんだよ…………」



「アーカム君の涙が、床に落ちたらそれが開戦の合図だからな。オマエ、アシタノタイヨウガオガメルトオモウナヨ?」


 低い。低いよシーパスちゃん。その声どっから出してるの?地獄と繋がってない?


 シーパスちゃんが、獣化の深度を上げて拳をゴキリと鳴らす。

 あれ?シーパスちゃんの加護って羊だったよね?世紀末覇者乗ってきてない?


 赤毛の男の子たちが青褪めるなか、満足した俺は、服の袖でゴシゴシと目を擦ると、精一杯健気な笑顔を作って挨拶した。


「アーカムです。よろしくお願いします!」



 面白かったので今日はこの辺で許すよ赤毛くん!次は頑張れ!期待してるぞ!




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「おい、あいつがいないうちに机に落書きして、中に入れてる教科書めちゃくちゃにすんぞ」


「教科書一冊も入ってないよ。それどころか何にも無い」


「なんだこれ!何にも書けないよ!机がインクをはじいてる!」


「ナイフで傷も付けられない。どうなってるんだ?」


「そもそも動かすことも出来ない」


「痛ってえ!蹴っ飛ばしてもびくともしねえ!」



 それは物理耐性つけた「隔壁」だね。ベヒモス乗っても壊れないよ。


 それから、教科書もノートも筆記用具も要らないから持ってないよ。「記録」の魔法で事足りるからね。授業中だけ「創成」で作り出したノートに、書いているフリをしてるだけだよ。



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「体操服ボロボロにして隠そうぜ」


「まず体操服が見つからない」


「というか荷物一つないんだが」


「どういうことなんだ!」


「さっき実技で着替えてたよな」


「いつの間にか、な。更衣室には来なかったぞ」


「いいからとにかく探せ!」


 体操服も「創成」出来るからなあ。着替えも「擬装」で一瞬だし。「擬装」は身体を変化させる魔法だが、当然服も変化させられる。むしろ、生体部位より布の方が構造が単純なので楽まである。



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「階段の上から植木鉢落として水ぶっかけてやる」


「バケツ重いよ」


「植木鉢のほうが重いぜ」


「うるせえ!文句ばっか言うな!来たぞ!」


「あれ?」


「どうなってるんだ?」


「何やってる!とっととぶっかけろ!」


「いや、かけようとしたら中身が無くなった」


「俺は持ってたはずの植木鉢までない」


「どういうことだよおおおお!」



「分解」って便利だよね。


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「下駄箱の靴隠すぞ」


「もう無駄だと思う」


「そろそろ諦めたら?」


「下駄箱が……開かねえ!このっ!くそっ痛てえ!」


「前にも見た光景」


「懲りないよね」


「お前ぇらああああああ!」


 ベヒモス倒せるようになってから来てね。



――――


「ちょっと顔貸せよ」


 若干疲れた顔の赤毛の男の子、マークくん。直接絡むのは、シーパスちゃんの殺気(物理)が飛ぶので控えていたはずだが、しおらしく声を掛けてきた。

 ちらりとシーパスちゃんを見ると、こくりと小さく頷く。あっちには話が通っているらしい。


「いいよ」


 大人しく付いていくと、校舎裏の人気のない場所で、取り巻きも待っていた。

 マークくんは取り巻きのところまで行くと、みんなでゆっくりと地べたに座った。きっちりとした正座である。


「この度は、身の程知らずにもアーカム様に失礼を働き、申し訳ございません」


 そう言うと、揃って地面に額を擦り付けるように土下座する。


「まさかあのフィアーネ様の弟君とは露知らず……」


 つまりそういうことだった。


 うちの姉は、四年生にして、スクールカーストの上位どころか頂点に君臨しているらしく、それに気付いたマークくんは震え上がったそうだ。成長期なのに白髪が生え、ストレスで脱毛症になったらしい。


 俺としては、脳筋の腕っ節だけでカーストってのし上がれるんだっけ?と思ったが、意外に姉は政治力もあったらしく、その外見と面倒見のよさと腕っ節で、先輩の信頼も厚く、後輩にカリスマ扱いされているという。世の中って不思議。


「どうか…………どうか…………」


 くっ……あんなのの権力に膝を屈するなんて、メンタル弱過ぎじゃないか?もっと頑張れるよマークくん!

 ここで折れたら、今までやってきたことが無駄になるじゃないか!

 泣くんじゃない!泣いていいのは自分の意志を貫き通したときだけだぞ!

 頑張れる!もうちょっと頑張れる!

 もっと工夫を凝らそう!頭を使うんだ!よく考えれば、斬新なアイデアが湧いてくるはず!



「お前は年上相手に、何させてんの」


 両拳を握ってぶんぶん振りながら、心の中でマークくんを励ましていると、いつのまにか背中のほうに、ひんやりとした冷気が漂っていた。


 振り向いてはいけない。例え何も悪いことをしてないとしても。

 理不尽というのは、そういうものなのだ。





 後日談。

 こっそり隠れて見ていたシーパスちゃんたちに、事情を説明して貰い誤解は解けるも、「悪口が聞こえた」と一発殴られ、マークくんたちには、「こいつは面白がってからかっていただけだ。うちの弟がすまん」と、頭を下げていた。よく分かってらっしゃる。


 マークくんは舎弟になりそうな勢いだったが、それを見て「お前も苦労してるな」と同情してくれた。マークくんにもお姉さんがいるらしい。あの後も何度か話をしたけれど、同じ苦労を知る同士、それなりに仲良くなった。

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