第8話 アーカム君暴走2
一年半が過ぎた。
幸いにも、あの時の冒険者達には、遭遇することはなかった。
商業区画である「東街」は広く、住宅区は奥まった北東方面にある。
東南方向には港と倉庫街で、区画の西半分は大きな商館が立ち並んでいる。
「西街」との境には大通りがあり、それに直行するように何本も大通りが通っている。
流通は港に向かって造られており、人流もそれに倣う。西街から東街に来る冒険者は、商店街か港に行くのが普通だ。
住宅区にいれば、偶然遭遇する可能性は少ない。
都内をしらみ潰しに捜索されていれば、住宅区に来るかもしれなかったが、幸運にもそれらしい動きはなかった。
この辺りは地元の人間ばかりで、不審者は目立つ。
俺が心配するほど警戒されてなかったかもしれない。自意識過剰だったか?恥ずかしいな。
魔力の隠蔽はうまくいっていない。むしろ出力する魔力が増えたため、魔力の使い道に困っている。
試行錯誤の過程で、魔力の操作は上達した。
生み出した魔力は、体内にあるうちは所有権が自分にある。体外へ出てしまうと、所有権がなくなって拡散する。
魔力は、まるで素粒子のニュートリノのように、物質を透過する、不思議なものだ。そして、身体から離れるほど拡散する速度が遅くなる。物質とは干渉しない魔力だが、魔力同士はその濃度を一定に保つよう、お互いに影響し合っているようだ。
俺は体内にある魔力をなるべく体内に押しとどめることが出来るようになった。お陰で、魔法に使える魔力量はさらに増えている。
膨大な魔力を放出しているせいで、拡散しても俺のまわりの魔力濃度はかなり濃い。それは俺にとって、魔力感知で拾える情報が多くなるということでもある。気配察知エリアの拡張は80メートルと伸び悩んでいるが、魔力感知エリアは300メートル程に拡張している。
「ん!ん!」
一方、気配の隠蔽は、一つの魔法を作った。
「隔壁(ブロック)」という魔法だ。これは立方体の結界のような薄い壁を、自分の周りに発生させる。
この結界は何重にもなっており、一枚一枚に外との遮音、吸臭、透過、断熱などの五感を通さない魔法が張られている。
外から見ても、反対側から透過した光で中に入っているものは見えない。
この魔法は完璧ではない。
その空間の中から返ってくるはずの気配が途切れているので、気配がないことが僅かな違和感になるからだ。
ただし、一般人であれば隣にいてもわからないほど僅かなので、高位の斥候系の冒険者であれば、気づくかもしれないという程度ではある。実験を繰り返して、完成度を上げていくつもりだ。
日に日に鋭くなる姉の勘から逃れるために、非常に役立っている。
…………なんか後ろ暗いことを隠すために魔法を悪用してるような気もするが、深く考えないようにしよう。
「ん!ん!ん!」
本日、「隔壁」の中に招待したのは、お馴染みお隣のシーパスちゃん。「隔壁」の性能確認にお招きした。もちろん、シーパスちゃんにも、利益があるようにしなければならない。お互いに利益がなければ、協力関係というのは成り立たないのだ。
九才になったシーパスちゃんは、俺の女友達の中で一番口が固く、好奇心が強くてなんでも協力してくれる女の子だ。
最近は、お母さん譲りの妖艶な色気を、少しずつ身に付けつつある、末恐ろしい娘だ。ちなみにお母さんは、町内会で若手の会員を惑わし続けている有名人である。
最近のシーパスちゃんのお悩みを聞いたところ、身体の「ある部分」の発育が、クラスの隣の席のアンジェラちゃんに負けているのが悔しいらしい。
女子のマウンティング合戦に、スクールカーストの闇を瞳にちらつかせながら語る、シーパスちゃんは中々に迫力があった。
そしてシーパスちゃんは思い出す。困ったときには頼りになる(そして弱みを握っている)、弟分が近所にいることを。
「助けて、カムえも〜〜ん(幻聴)」
任せろ、シーパスちゃん!
君が困っているなら、俺は力の及ぶ限り、助けになるよ!
俺は懇切丁寧に早口で説明した。今度の施術は、患部にたっぷりと刺激を与えて活性化させる必要があり、よくマッサージする必要があると。
効果は少しずつであり、満足いく結果が得られるまでは、根気よく何度も施術する必要があると。
服の上からでも十分に効果があるが、直に触った方が効果は高いと。
え?肉体の改変魔法は簡単に出来るだろうって?
ま、まあ出来るか出来ないかで言うと、出来ないことはないけど、急に膨らんだら不自然だし、苦労することで達成感も味わえるじゃないか。
それにあんまり簡単に出来るってわかっちゃったら、依頼者が殺到してしまう。
この近所だけ発育のよろしい女子が不自然に増えたら、またあらぬ噂が増えてしまう。
それはまた、機密の漏洩の危険が増すのだ。
「ん!ん!ん!ん!んんんーっ!」
よって、この施術の参加者はシーパスちゃんの厳正な審査を通った、歴戦の勇者たちだけであり、情報漏洩の可能性は万に一つもなかった。
今度こそ、完全犯罪である!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
よしよしえらいねシーパスちゃん。休憩が終わったらあと二セット、頑張ろうか!
ドゴンッ!!!!
背筋の凍るような殺気を、背中に感じた瞬間、大きな音を立てて「隔壁」に穴が開いた。そこからゆらりと中に入って来たのは、我が最愛の姉である。
…………なんでバレたんだろ……。
冷たい姉の眼を見て、説明するのに口を開こうとした刹那、視界いっぱいに右の拳が広がっていた。
――――
身体強化を常時発動しているのに、不思議なことに姉の拳は避けられない。無意識のうちに、これを避けたらもっと酷い目にあうと身体が学んでいるのだろうか。
強くなりたい。
誰も悲しまなくなるように。主に自分が痛い思いをしないように。(真顔)
隔壁がバレた理由をそれとなく聞くと、「なんか邪悪な気配がした」とか、「勘」とか根拠のないことを言われたので、すごく困った。おかしいな。何が漏れているんだろう。煩悩って実体があるものだったのかな。壁で遮断出来ないのかな。
あと、強度も足りないよね。ベヒモスが踏んでも壊れないようにしないと。
それから、こちらの気配察知が効きづらくなるのも問題だ。内外の情報を遮断してしまうので、普段よりも察知するのが遅くなってしまう。
ただ、魔力感知があるので、あんな直近まで近づかれるはずはないのだが……。我が姉ながら、恐ろしい手並みである。「地図」ちゃんと仕事しろ。え?見てないお前が悪いって?……検知アラームでもつけようかな。
正座で長い間ありがたいお言葉をたくさん頂いたあと、いつものように、姉にも施術を行なって、無事、承認を頂いた。
流石に身内にむけての施術には配慮している。直ではなく、腕の付け根の動脈周りや首、肩のリンパをマッサージしながら、魔法を行使する。
姉にセクハラとか、罪悪感で俺にウィンが無いからね。
この「施術」は、月に一回ほど、ある一人の男子の犠牲を払いながら(何故かバレる)、この界隈に「ある部分」が魅力的な、評判のいいお姉さんを数多く生み出すという、輝かしい実績を残した。
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