第6話 ギルド
ようやく新しいアバターを手に入れたので、「小黒豹」に擬装して、久しぶりに西街へで出掛けた。
ダン君に会って近況を聞いたけれど、例の問題が片付いたお陰で、特に深刻な問題は起きていないようだった。素性を聞きにくる人間も、ある時期からぱったりといなくなっているという。
「ボス、今日は授業で身体強化の魔法を習いましたよ!やっぱりちゃんと教わると、我流よりスムーズに魔力が流れるようになって、また強くなれたみたいス!」
ダン君は嬉しそうにそう話す。ダン君はよそ者には荒っぽいが、身内には気前がよく、上下関係をよく弁えている。実力主義の典型的な冒険者の性格だ。
ちなみに、教育という形で正式に魔法が教えられるのは、初等科の最後の一年(十五才)と、高等科(十六才~十八才)で、学年が一つ上がったダン君は、授業で魔法を習い始めたそうだ。
授業としては遅いと思うかもしれないが、精神の不安定な成長期を超えてからというのは納得できる理由だ。子供の感情に任せて魔法を使われれば、事件が絶えなくなる。
それでも十八才の成人前に教わるのは、迷宮があるせいである。
この世界の資源はほどんど迷宮産である。鉱物も植物も動物も、迷宮から冒険者が収集する。
街の外の山や森や草原の陸地は、その六割が「守護者」と呼ばれる魔物が守っている領域になっているそうだ。
人類はその「守護領域」の外側にある土地で、迷宮の周りに街を作り、迷宮から資源を収集して暮らしている。
街に住む俺たちが、正式に冒険者として登録できるのは、最低でも初等科を出てからになる。
例外は南街の向こう、都壁の外にある難民街の住人だ。彼らは正式にはこの国の国民ではなく、様々な理由で難民街で暮らしているが、当然ながら国民が提供されている恩恵は受けられない。そして公共事業として、彼らは迷宮の低層階で、荷運びとして労働力を提供している。冒険者の引率は必要だが、難民の子供は十二才から迷宮に入れるのだ。
彼らは荷運びを通じて迷宮の仕事を学んでいく。
運が良ければ先達から魔法と戦い方を学んで、冒険者になる。冒険者になれれば、街民として南街に住むこともできる。
実力と運と意思があれば、のし上がっていく道は用意されている。
「来週には、第二迷宮で実習っス。今週中にギルドで冒険者登録しないといけないス」
ダン君がテンションを落として言う。
登録には、街民証明書や学籍証書などの必要な書類を揃える必要がある。
冒険者はちゃんとした社会的信用のある職業なので、申請はそれなりに面倒くさい。ダン君は事務手続きが苦手なようだ。
こうした書類申請も実習のうちとして、自分でやることになっているという。
俺は年齢制限で迷宮に入れない。
迷宮は人の素の肉体では、立ち向かえない魔物が跋扈する別世界だ。そこでは未知の魔物が固有の魔法を行使し、冒険者が試行錯誤した魔法で立ち向かっているだろう。
生死の境で繰り出される魔法は、街中で見かける魔法よりも、より複雑で、工夫が凝らされていて、面白いに違いない。
迷宮に入りたい。
なんだかうずうずして我慢できなくなった俺は、ダン君たちと別れた後、迷宮を見に行くことにした。
――――
トラン都第二迷宮。
低層三層、中層三層が発見されていて、さらに未踏破の深層があるという。
低層三層は広大な野外フィールド型の迷宮で、月に一回地形が変わる。この日は「喰の日」と呼ばれ、スライムやゴブリンが大量発生し、迷宮の外から持ち込まれたものは彼らによって消滅する。
「喰の日」の前日は、街中から集められた粗大ゴミが持ち込まれ、迷宮に還元されるそうだ。だから冒険者は、月に二日迷宮に入れなくなる。
俺は、迷宮の近くにある見晴らしのいい時計台に登って、そこから賑やかな迷宮の入り口を眺めた。
迷宮の出入り口は巨大な門だ。
その周りは大きな駅のような作りで、出口の前には幾つもレールが敷かれ、鉄の車輪のついた荷台がそこに何台も止まっている。迷宮の出口からはひっきりなしに、荷運びのポーターたちが出入りしていて、迷宮からの収集物を荷台まで運んでいる。
収集物は鉱物、植物、動物など、幾つかの種類に分けられて荷台に載せられ、行先の違うレールに導かれて、どんどんと運び去られる。
荷台や出口の周りには、それを選別したり、書類に収集物の記録をしているギルド員が歩き回っていた。
入り口側は、徒歩で迷宮に入る冒険者と、その横を大きな荷台を曳いたビークルが、たくさんの冒険者とポーターを乗せて入っていく。
どんどんと送り込まれるビークルの元を辿ると、停留所があり、その後ろには大きな建物が立っていて、冒険者が出てきていた。
「入り口ではダン君たちに聞いた通り、ドックタグの確認しかしてないな……」
冒険者登録すると、特殊な合金のドックタグを配布される。
それをギルド員が持っている音叉に当てると、本物は特殊な共鳴音を出すので、偽物のドックタグで入場するのは難しいそうだ。また、ドックタグの名前で入出場記録も取られている。
不正に入場する人間をチェックする仕組みだそうだが、他人のなりすましは防げないと思う。
それを不思議に思っていたけれど、あとで聞いた話によれば、一年の更新手続きで本人確認するし、そもそも出口で収集物はチェックされるので、誰かになりすまして入ったとしても、大量に何かを持ち出せる訳ではない。
なので、あまり問題とされないそうだった。
俺は時計台を降りて、冒険者が出てくる建物に向かう。
大きく解放された入り口を入ると、板張りのロビーは冒険者で溢れかえっていた。
正面には壁いっぱいの地図ボードに小さな紙がたくさん貼ってある。
地図は今月の低層の地図で、小さな紙に需要の高い収集品目が書かれ、それが地図の採取ができる場所に貼られている。
右手には木製の衝立で仕切られたたくさんの受付があって、案内板によると、二階が登録受付で、右手の受付ではポーターの雇用依頼や定期移動便の利用申請など、公共サービスの受付が並んでいるようだ。
俺は地図を眺めるふりをして、すれ違う冒険者のドックタグを「解析」していた。何十個かのドックタグを調べて合金の組成を「記録」する。
特に魔法的な仕組みは見当たらず、合金の組成さえ再現できれば、問題なく複製できそうだ。後はバレにくい名義をどうするか悩む。
頬傷の男のドックタグを調べておけばよかったと後悔した。あー、あの時の生き残りを捕まえてこっそりコピーしようか?見つけるのも面倒だしなあ。
「おい坊主、ちょっとこっちに来い」
悪だくみに気を取られて悩んでいると、いかつい顔のおっさん冒険者が顰め面で話しかけてきた。二の腕はムキムキで俺の腰回りより太く、二メートルを超える身の丈なのに、身のこなしに隙がない。背中には大きな大剣を背負っている。
一番驚いたのは、魔力器官から発する魔力が、今まで会った誰よりも大きかったことだ。
手招きに従ってロビーの隅に移動すると、男は言い聞かせるように話し始めた。
「いいか、あんなところで魔法を使ってたら、スリだなんだと難癖付けられるぞ。恰好から物乞いには見えんから、注意だけにしとくが……。今度から気をつけろ」
その言葉で自分の失敗に気が付いた。
今まで周りの大人を含めて、あまり魔法の発動に敏感な人がいなかったので失念していたが、迷宮に集まる冒険者の中には、俺が敵わないような能力を持つ、強者もいる可能性があるのだ。怪しい行動をして、彼らと敵対するのは避けるべきだった。ちょっと浮かれていたのかもしれない。
自分の迂闊さに黙り込んでいると、男の脇からひょいと顔を出すものがいた。
「ほらぁ、やっぱりあんたの顔が怖いからビビってるよ。」
「うるせえなあ」
男の影から出てきたのは軽装備の獣人の女性だった。反りのある小剣を二つ腰に差し、逆立った赤い髪の毛から獣の耳がちらちらと覗いている。ボリュームのある胸は革鎧に覆われているが、ぴったりしたインナーは短く、ヘソが出ている。にこにこと愛想のいい笑顔が印象的で、赤い大きな尻尾がふりふりと視線を奪う。
「すいません不用意でした。物珍しくって、つい……。教えてくれてありがとうございます。魔法って使うとわかるんですね」
素直に謝ると、おっさんは気まずそうに頬を掻く。
「お、おお、まあな。俺は魔眼持ちだから、魔力の動きで魔法が発動してるか見えるからな。他にも嗅覚や聴覚で察する奴もいる。冒険者がいるところであんまり不用意に魔法を使うのはやめた方がいいぞ」
「自衛のために、気配を察知する感覚を強化してるんですが……それもあんまり良くないですか?」
「体内で使う魔法はまあ大丈夫だ。獣化も身体強化も一応魔法だしな」
「そうなんですか……ごめんなさい。今度から気をつけます」
丁寧にお辞儀をして、出口に向き直る。別れ際におっさんは、手を振りながら言った。
「おう。気をつけろよ。そのうち迷宮で会うだろうが、なんか困ったことがあったら言え。俺はグラキスだ」
「はい。宜しくお願いします」
背中にかいた冷や汗に気付かれないか心配しながら、俺はその場を離れた。
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「あの子もあんたも、ずいぶん緊張してたみたいだけど、どうしたのよ?」
赤毛の女は笑顔を消して、訝しげにグラキスに聞く。グラキスはしばらく考え込んで、答えることはなかった。
「ラーフ、どうしたでござる?」
そこに近づいてきたのは和装の麗人だ。頭の後ろで一つに結んだ黒い長髪をゆらゆらと揺らしながら歩いてくる。不思議なのは、髪は揺れているのに、身体は滑るように、頭の位置が変わらない、独特な歩き方をしていることだ。
二本に差した刀にはさりげなく左手が添えられ、上は鎧下、下は袴である。
彼女もグラキスの小隊(パーティ)の一員であった。
「聞いてよサキネ。グラキスのやつ、子供に絡んで虐めてたんだよ」
「いじめてねえ」
「大人気ないでござるな」
「だからいじめてねえ」
二人はグラキスを揶揄う。三人は長いこと小隊を組んでいるので、その辺りの呼吸はよくわかっている。
「身なりから、最初はやんごとない身分の子息とも思ったんだがな……。どうやら違うようだ」
赤毛の女、ラーフがことの顛末をサキネに説明していると、グラキスがぼそりと呟いた。
「獣人の子に見えたけど……まあ確かに雰囲気はあったよね。それに、あたしの胸じゃなく真っ先に武器と獣化の種類に興味を示してた」
冒険者にとって、相手の戦力を探るのは職業病だ。子供ながら、すでに隙のない思考を持っていることに、ラーフは好感を抱いたようだ。
「獣人じゃねえ」
その言葉に、グラキスは真面目な口調できっぱりと返した。
「なら、なんなのさ?」
「…………正直言ってわからん。迷宮の深層から出てきたって言われても信じそうだ。身体から出る魔力の量が、人間じゃなかった」
それを聞いた二人は、目を見開いて顔を見合わせた。
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