第5話 アーカム君暴走



 西街の件はあれから特に何もなく、三か月ほど経って、俺は六才になった。



 あの小黒豹のアバターは、素性を探られているようだった。まあそれは想定していたので、しばらく西街には行っていない。おそらく、探しているのはフォーランだろう。

 南街は出入りのチェックが厳しく、潜り込むのが難しそうなので、今のところ探検するのは保留だ。



 俺は新しいアバターを手に入れるため、東街でのんびりと過ごしている。




 自分の家には小さな中庭があり、今日は近所の女の子数人と、ままごと遊びをする態で集まっていた。


「アーカム!」


 大きな声に振り向くと、フィアーネ姉さんが仁王立ちで睨んでいる。


「あれ、フィー姉、今日は早いですね」


 俺は内心の動揺をおし隠して、平静を装った。何故なら、俺の膝の上には、お隣の家の羊の獣人であるシーパスちゃん(七才)が乗っていて、上気したとても悩ましい顔をしているからだ。


 姉は俺を指さし、眉を吊り上げて詰め寄った。


「そんなことより、それはどういうつもり?お姉ちゃんアーカムが女の子を侍らせて楽しんでる悪い男になってるって噂聞いて、恥ずかしかったんだからね!」


 それは誤解である。真の目的は新しいアバター用の生体情報を入手することだし、撫でくりまわしているのは彼女たちへの対価のためだ。


 獣人は獣化を常にかけているため、外から身体への干渉が通り難い。それを魔力量でごり押しして活性化をかけてやると、爪や髪の毛や肌がつやつやになるのだ。

 これが彼女たちには大好評で、それを対価に、思う存分触らせて貰っている。


 セクハラ?そんなことはない。


 お土産に賄賂(クッキー)も持たせているし、複数人の立ち合い(共犯者)によって、同意のない行為は防がれている。



 よって誰もが得しかない完全犯罪が成立するはずだった。



「う、うぅん……。あっ、ぁ」



 シーパスちゃんが悩ましい声を上げて身を捩る。俺が施す「活性化」は、大量の魔力を流すせいか、酩酊したような多幸感を感じるらしい。要するに「なんかふわふわして気持ちいい」そうだ。

 このメリットによって関係者のリピート率が上がり、守秘性も保たれているはず、だった。



 だが、この場面でこの絵面は、言い訳しようのない現行犯である。



 見られてしまった事実は覆せない。しかしながら、ここで狼狽えれば、後ろめたいと白状するようなものだ。ここは堂々と、悪いことは何もしていないという態度で臨むべきだと考える。


 俺は冷静にシーパスちゃんを膝から下ろすと、姉に向き直った。



「フィー姉、それは誤解だよ。彼女たちは協力者であり、厳しい採点者でもある。僕は美容についてすごく興味があるんだ。将来その方面の職につけないかとも考えている(嘘)。彼女たちには僕の実験的な施術に付き合ってもらっていて、厳正なる評価をしてくれるんだ」


 俺がキリッとした目をして、早口でそう捲し立てると、無表情な姉に無言で顔面を殴られた。




 その後、集まりは解散、彼女たちとはにこやかに手を振って別れる。


 彼女たちにとって、このイベントは娯楽のようなものだ。事前に何をするかは丁寧に説明しているし、ちゃんと同意を取りながら施術している。恋愛感情など持ち込んでないし、割り切って付き合ってもらっているのだ。彼女たちにとって俺は、何か面白いものを持ち込んでくれるおもちゃのような存在だった。


 フィアーネ姉さんは試しに施術を受け(さすがに同じ体勢は憚られたので、ベッドで寝て貰って施術した)、めでたくその効果を体験した。

 顔を真っ赤にしながら、「こういうことは不特定多数にやっちゃだめ」と最後に釘を刺されたが、定期的に自分で実験していいという条件で、この秘密は闇に葬られた。やったぜ。



 後日談。実はあの後も協力者に、希望されればこっそりと施術を続けている。彼女たちの献身には感謝しているし、それだけに望みというのであれば応えてあげたいからだ。


 ただし情報統制には、これまで以上に厳しくするようにはなった。




 つまりバレなければそこに事実は存在しないのだ。



――――




 様々な獣人の生体情報を手に入れたおかげで、「擬装」の魔法は随分と使い勝手が良くなった。


 生体情報として、獣人特有の獣耳や尻尾だけでなく、汎人族としての身体部位の情報を手に入れた。協力してくれた女の子の中には、十二才のお姉さんもいたので、これで年上の体格のアバターも作成できるようになった。


 そしてパーツを組み合わせることで、全く存在しない人物としてアバターを作れるようになった。獣顔だけでなく、人顔もそうやって架空の顔を作成した。


 サンプルが一人だけだと、どうしてもその人そっくりになってしまう。

 サロンさんの場合は、年齢が大分離れていることもあって問題なかったが、西街の時のようにトラブルが起きれば、オリジナルの本人に迷惑をかけてしまう。それ故に、たくさんのサンプルを集めることが必要だった。

 サンプルを増やせた事で、肌や髪の色なども自由に変えられるようになった。



 この頃になると、「記録」出来る自分の全身の生体情報の数は、三つになっていた。一つは「原形(オリジナル)(6才)」として、もう一つは小黒豹のアバターを「小黒豹」(見かけ十才)として、全身の情報を「記録(セーブ)」した。

 全身のベースとなる生体情報は二つだが、身体シュミレーターで外見を細かくいじることで、「擬装」の魔法で変えられる外見は、理論上ほぼ無制限に広がる。


 今のところ、サンプルのある獣人種と汎人種の組み合わせのうちで、六才~十二才程度の体格という制限はつく。また、女子のサンプルばかりなので、どうしても中性的な外見になるのは否めなかった。


 今度西街に行けるようになったら、ダン君とブラウン君から何か理由をつけて、生体情報を取得しようと思う。

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