第4話 末路



 どうしてこうなった。


 俺の目の前には、「オハナシ」希望のあまり素行のよくなさそうな大人の冒険者が取り囲んでいる。

 

 遡ると話が長くなるのだが……。





 あの後、裏路地で向かってくる少年達を倒しまくっていると、全員おとなしくなった。

 ほとんどの子供は、身体強化できなかったし、出来ても拙い練度だったため、無双状態だった。いや大人気ないのは自覚あったけど。

 一番強くて大きいボスのダン君(十四才)によると、初等科(八才~十五才)の学区の境で縄張り争いがあって、お隣同士でぎすぎすとマウンティングの取り合いをしてるらしい。…………何というか、平和だなあと思う。


 短絡的に、「隣のボスもシメて、どっちも傘下にしちゃえば丸く収まるんじゃね?」なんて考えて、隣区のボス、ブラウン君(十五歳)を殴り飛ばし、めでたく両区のボスに就任したのだが、両区には卒業生の冒険者による、いわゆるケツモチ、という互助要員がいたのだ。


 上納金とか言ってたからね、なんかそんな気はしてた。まあトラブルに対して必要然として出来た仕組みだから、それ自体はいいと思ってたんだけど……。

 年々支払う上納金が増えていて、その恩恵があまり出てない上に、その上納金の収集でトラブルが増えていたようなのだ。なので、学生側としてはいろんな不満を言いたくなったみたいなんだけど、そこは向こうも荒事の専門家、拳で黙らせていたらしい。



 ここ西街は冒険者の街だ。


 街の中に迷宮(ダンジョン)が二つあり、その周辺に冒険者の住居と関連の施設が建てられていて、ちょっと荒々しい雰囲気がある。


 迷宮は西の端の方に在り、その近くは高位の冒険者が住んでいて、東にいくに連れて、つまり迷宮から遠ざかるにつれてランクの低い冒険者が住む。


 迷宮は資源の供給元なので、冒険者の社会的地位はそれなりに高いし、人数も多い。


 だけど人数が多いからこそ、下位のランクにはいろんな人がいるみたいだ。その中には悪いことに手を染める人もいて、それこそ暗黒街と呼ばれている南街と繋がっているチンピラみたいな人もいる。




 呼び出しを受けて出向いた、西街の端っこにある古い倉庫には、素行の良くなさそうな冒険者たちが待っていた。


 魔力探知によると、目の前にいる三人と、後ろで扉を閉めた一人。そして木箱の影で、隠れて様子を見ているのが一人。


「まあそういう訳で、上納金の金額が多すぎて、それを集めるために逆にトラブルが起きてるみたいなんです。それじゃ本末転倒なので、上納金は今のニ十分の一にしたいというのがこちらの希望です。もちろん今後起きるトラブルで、割に合わなくなったものは対処して頂かなくて構いません」


 三人のうち、真ん中にいる冒険者は、ぺらぺら喋る獣人の少年に最初面食らっていたが、顔を顰めて凄んできた。右頬にざっくりと傷があり、睨むだけでそれなりの迫力がある。


「急に言われてもなあ……。こちらの都合もあるし、迷惑料を払った上で、おいおい少しずつ減らしていくっていうのなら、聞いてやらんでもないぜ」


 まあ分かっていたけど、交渉する気はないみたい。そして結局要求する額を増やしている。おいおいってのも、何か理由をつけてうやむやにしてしまいそうだ。まあ、こっちが下手に出てるからね、しょうがないよね。


「なら、これ以上この関係は無理ですね。条件の折り合う人を探してみます」


 俺が残したいのは互助をしてくれる仕組みだ。俺がいる間、その仕組みがなくなって、いなくなった時に関係性が途切れて仕組みが無くなってしまうのは良くないと思っているからだ。だけど、他にも冒険者はいる。わざわざ、こいつらと交渉する必要はないのだ。

 そもそも彼らの態度をみて、あまり交渉する気は無かったが。


「へえ……。小さい子供だったら殴れないと思ってんのか?舐めてると……」


 そこで頬傷の男は、嫌らしく笑うと、ナイフを取り出して玩びながら近づいて来た。


「どこから来たか知らんが、子供のボス程度でイキがりやがって。お前の死体を見せしめにしたら、元の奴らもよく言うことを聞きそうだなぁ、ああ?」


 にやにやと嗤う男を見上げる。

 だが、脅しに全く怯えていない、俺の表情を見て、男は戸惑ったように表情を消した。


「一つ聞きたいんですが……向こうで隠れている人は、どなたです?」


 それを聞いた男はぴくりと片眉をあげて雰囲気を変えた。所詮ガキと侮っていた気持ちを切り替えたようだ。


「ほう、私に気付くとは、最近の子供は侮れませんね」


 そう言って出てきたのは、細い目が印象的な黒ずくめのコートの男だった。左手には黒紅色の双頭の狗の印の入った手袋をしている。


「『南街』の人ですか?こんな取るに足らない交渉に立ち合うなんて、暇なんですね」


 南街は暗黒街と呼ばれている魔境だ。本来は南街の外側、都壁の向こうに広がる難民街を管理し、その緩衝区域として作られていた。

 それがいつしか、素性不明の難民を使って非合法な仕事を請け負う、いわゆる闇ギルドが出来た。表向きは何でも屋の人材派遣ギルドで、知らずに働いている人も多いという。


「私はこの倉庫の所有ギルドのものでして。倉庫を貸して欲しいというから、何をするかちょっと興味があっただけですよ」


 あくまで胡散臭い笑顔を絶やさない細目は、肩をすくめてそう答える。ごまかしてはいるが、滲み出る雰囲気は、ここにいる誰とも違う、負のオーラを纏っていた。


「部外者ってことですね。ならそこで見てるだけなら許しますよ」


 あえて挑発した言葉を投げると、細目は動じなかったが、頬傷の男は動いた。

 余所見をしているからと言って油断はしていない。気配察知エリアの中は、空間把握ともいうべき、俺の領域だ。脳内に再現された空間の中では、どんな動きも見逃さない。


 頬傷の男は、ナイフを握ったその手で殴ってきた。怒りに任せたのか、身体強化もせずに膂力だけの拳である。



 魔法を帯びていない肉体は、実は脆い。何故なら、他人の魔法による改変を許してしまうからだ。例外は魔力器官で、そこからは所有者が既に決まっている魔力が出ている。


 魔法は魔力に誰かの思念が乗ることで発動する。


 魔力は所有者が決まっていたり、魔法として行使されていると、その制御を他人が奪うことが出来なかった。


 人は無意識に魔力器官の周り、胴体部位を自分の魔力で満たしている。つまり、胴体の内側にある魔力を使って、他人が肉体を勝手に改変する魔法を行使することは出来ない。


 だが、肉体の末端は別だ。


 俺は頬傷の肉体を「閲覧」し、魔力の通ってない両腕、下半身、頭部を空気に「変換」する。次いで持ち主のいなくなった胴体の魔力も制御下に置いて、自分の魔力も注ぎ込んだら、胴体も消し飛ばした。


「なっ!」

 

 余裕を見せていた細目が、思わず声を上げた。それはそうだろう。目の前で一瞬にして人が消えたのだ。燃えて灰になるでもなく、千切れてバラバラになるでもなく、空気に溶けるように消えた。それは細目にとって、未知の現象だったことは、動揺でわかった。


 一方俺は、特に何も感じずに細目を観察していた。人一人跡形もなく消したが、殺すと脅してきた相手に容赦するつもりはなかったし、元々交渉が拗れれば実力行使は覚悟していたのだ。


 今行使した「分解」は、実はそれほど使い勝手のいい魔法ではない。相手が臨戦体制で身体強化すれば肉体に干渉出来なくなるし、分解に用する魔力量は膨大で、しかも近接する必要がある。


 それでも、不意打ちや初見殺しとしてはかなり効果的だと思う。


 取り囲んだ男たちは、迷っていた。あまりにも不可解に頬傷の男が消えてしまったので、反撃する思考が完全に止まっていた。


 頬傷は何処かに飛ばされてまだ生きてると考えたりするものもいれば、未知のまま迂闊に近づけば、致命的だと考えるものもいた。


 男たちの反応をみて、概ね予想通りの反応を示したことに満足する。ここに来たのは示威行動だったし、その目的は達成出来ただろう。


 南街の関係者がいたのは予想外だったため、デモンストレーションは少し派手になってしまったが、誤差の範囲と思おう。


「敵対するなら容赦しないと言うことは分かったと思います。そもそも、損得で計算すれば、こんな小さな事に拘る必要はないと思いますが?」


 細目の目を見ながらそう言うと、細目は顎に手を当てて考える。


「確かにリターンが小さい案件に拘るのは意味がないでしょうね。そちらの言い分を飲みましょう」


 そこで細目は、にっこりと笑う。


「それよりも貴方に興味が湧いて来ました。ワタクシ、オルトロエージェンシという南街派遣ギルドに所属している会社のもので、フォーランといいます。また近くにお立ち寄りの際には、ぜひお茶でも飲んでいってください」


 細目の男、フォーランは急に恭しい態度を取ると、そう言ってきた。おそらく人材を取り扱う会社の思考で、周りのチンピラと俺のどちらが有用か、天秤にかけたのだろう。


「気が向いたらね」


 そう声を掛けて、俺は倉庫を出た。

 「分解」を見て、明らかに暗殺向きなこの能力が必要な仕事など、興味なかったし、後ろ暗い犯罪に関わる気もない。


 たぶん気が向くことは一生ないだろう。


 最後に倉庫内の全ての人間の魔力器官のパターンを記憶し、「地図」に出るようにする。


 この保険を使うことがないように、俺は祈った。



>>>>



「何処にもいない、だと?」


 冒険者から言われた言葉に、細目の男、フォーランは書類から顔を上げた。


「ああ。あの後依頼の通り、あの獣人の子供の素性を数日探ってみたんだが……あの区画の何処にも住んでいねえ。それらしい家族も皆無だ」


「他に手がかりは……。元々取引していた、学生には聞けなかったんですか?」


「そっちもさっぱりだ。誰も知らんらしい。ある日ふらっとあらわれて、何日か毎に顔を見せてくるだけで、本当の名前も知らんとさ」


「誰かが庇っている可能性は?」


「脅して聞けってか?ごめんだよ。学生相手にトラブル起こしたら、あいつが来るんだぜ?」


 そう言って冒険者は肩をすくめた。


 確かにあの場にいた奴なら尻込みするだろう。

 元々この冒険者崩れのチンピラどもも、小遣い稼ぎにこの件に噛んでいただけだ。自分の身の危険を犯してまで関わるほど、損得勘定に疎いものではなかった。


 フォーランは黙り込む。


「アンタもあんまり強引な手は止めといた方がいいぜ?雇うにしろ、取り込むにしろ、アイツの機嫌を損ねない方がいいだろ?」


 冒険者は、なるべく親身になって言った。これ以上あの獣人にちょっかいを掛けるのはごめんだと思っていたし、フォーランの機嫌を損ねるのも嫌だったからだ。フォーランが心変わりしてくれれば都合がよかった。


 彼は無意識ではあったが、獣人の危険性を深く理解していた。

 迷宮の下の階層に現れる、触れられざるもの。それに似た雰囲気を、獣人から感じていたのだ。


「獣化した子供に見えていたが……そもそもそれが勘違いなのかもな。小人族が獣化すると言う話は聞かないが…………幻影魔法?そんな魔法存在するか?」


 フォーランは諦めきれないのかしばらくぶつぶつと呟いていたが、一度目を瞑ると、冒険者に向き直る。


「この件の調査は、これで仕舞いにしましょう。確かに性急過ぎました。ただ、新しく情報が入ったら知らせて下さい」


 それを聞いて冒険者は内心で安堵のため息をついた。








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