第5話 役所へ -Paper curtain-
“職業について述べるなら、軍人は人気が出すぎ、牧師は怠惰になり、医者は欲得になり、弁護士はあまりに強力だろう”
コルトン
ぼくらは結局、スープを飲み干してから出かけた。ヤマガラの葬儀を見た後なのに、よく飲めたなと自分でも思ってしまう。
「二人とも、匂い袋をあげるわ」
赤い女の人は、麻に紐をつけたものをぶらさげた。
「これがあれば、あぶない動物も寄ってこないから」
ぼくらは匂い袋をポケットに入れて、お礼を言った。甘いようなすっぱいような香りがする。
「さあ、役場へいってらっしゃい。役人は仮面をつけているわ」
ぼくらは赤い家をあとにして、急いで北の森を目指した。森の中には生き物の気配はない。時々、遠くで小鳥の鳴き声が聞こえる。
「ああ、おいしかったね」
ぼくは隣で手をつなぐオトに聞いてみる。
「うん。でも、葬式を見たあとだから、変な気持ちだわ。ヤマガラは、小鳥の王国では大事な存在だったから。それをスープにして食べてしまうなんて」
オトは頭の上の青い鳥を手にのせる。
「そうだね。でも、食べた方が役には立つね」
ぼくは能天気なことを言ってしまう。
虫が顔の前に飛んでいて、時々体にとまってくる。
「ねえ、本当にぼくも名前をもらえるの」
ぼくは急に不安になって聞いた。
「ええ、誰だってもらえるわ。そのかわり、この世界から出られなくなるけれどね」
「なんだって!」
ぼくはびっくりして大声を出した。森中に響くような大声だった。
「そんなのは困るよ。家に帰りたい」
「でも、名前をもらったら、もうこの世界の住人になるのよ」
「いやだよ」
ぼくはずっと首をふって震えてしまった。
「もとの世界へもどって、ダイヤモンドを探さなくちゃいけない」
「ダイヤモンドなんていらないわ。探すのはあなたじゃなくてもいいでしょう」
「そんなことはないよ。ぼくはダイヤモンドを探すのが誰よりもうまいんだ!」
「でも、ダイヤモンドを掘るのがつらいって言っていたじゃないの」
「それはそうだけれど、ぼくの大事な仕事なんだよ」
ぼくはオトの顔をじっと見てしまう。ぼくと同じ顔が困り果てたように悲しい顔をする。
「そう。そうなの。じゃあ、名前はあきらめましょうか」
オトは立ち止まって、ぼくの手を離した。
「うん、それでもぼくはかまわないよ。ぼくは、顔の方が大事なんだ。このおんなじ顔をなおしてもらわないと」
ぼくは自分の顔を手で触ってみた。
その時、ぼくはまた叫び声をあげてしまった。
「ない! ぼくの顔がない!」
ぼくの手は、ツルツルの肌を触るだけだった。ぼくの顔には、鼻も目も、口もなかった。
「どうしてなくなっちゃったの! きみはいったい何をしたの?」
ぼくはオトの顔に手をのばす。ぼくの顔は、取られてしまったようだ。
「わたしはずっと、顔が欲しかったの。みんなが当たり前のように持っているものを、わたしも欲しかった」
オトはぼくの顔でにっこりと微笑む。
「あなたがうっかりさんだから悪いのよ」
「なんだって! 勝手に取らないでくれよ」
ぼくはオトの腕を引っ張ろうとした。
すると、女の子の足とは思えないような勢いで、オトは森の奥に消えてしまった。
「どこへ行くの! 待ってよ。どうしてそんなひどいことをするの」
ぼくは、オトの匂い袋の香りを頼りに追いかける。木々の影にまっ白いワンピースがフワフワと浮かんでいた。
「この顔はわたしのものになったの。だれにも渡さないわ!」
「なんてことを言うんだ! ぼくの顔を返して!」
しばらく追いかけっこをして、いつの間にか、また明るい場所に出た。大きな白いお城のような建物が見えた。
「さあ、あの建物が役場よ。早く名前をもらいましょう」
オトは白い建物に向かって走っていく。
ぼくはそのあとを追った。
いつのまにか匂い袋は落としてしまったようだ。
「それよりも、ぼくの顔を返すのが先だよ」
ぼくは大きな声で怒る。はぐらかされたくない。でも、オトは気にせずに建物へ入っていった。
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