第十九章 限界
いよいよTTT戦が始まる。
「総員に告げる!TTTからログインあり!戦闘機は……五体!!」
「おぉ、なかなか大所帯でやってきやがったなぁ!」
「大胸筋お化け、肩お化け、腹筋お化け、上腕お化け、ここまでは予想通りですね」
「別所!もう一体は何だ!」
「残る一体は……アスリートです!」
「手ごわいのが来たわね。指導力はイマイチでも身体の動きはピカイチだわ」
「学さんしかひとまず相手できないかも……」
「お任せあれ」
「他は予定通り倒せるはずやけど……」
『よし俺たちは腹筋お化けから行くぞ!』
「司令、我々で上腕お化けと肩お化けをまとめて!」
「よっしゃ俺は大胸筋お化け行くぜ!」
「ジョンは持ち場に残って!」
「司令!わかりました!」
俺と和美は腹筋お化けと対峙した。腹筋がやたらと割れているのは見た目がいいかも知れないが、腹筋を割ることを目的としたのか、何か他のことをやった結果として割れているのか、この違いは大きい。どうやらこいつの場合は前者だな。ジョンが言うにはちゃんとした運動で割れた腹筋はもっと膨れ上がって来るらしいが、こいつのはただくびれているだけだからそんなに強くないとのこと。とは言ってもハードなトレーニングを積んでいるだけあって弱いというわけではないな……。
「力!ちょっと!」
『はっ危ない!』
「ちゃんと相手の動きを見て!強くないけど弱いワケちゃうってことは……」
『くっ、俺の戦力と近いってことか!』
「力んでも勝てへん!ちょっと力を抜いて!」
『くそ、俺の名前がここに来てまたしてもややこしさを!』
「力らしく!それぐらい肩の力を抜いて!」
『そっか、いつも通りな!』
「そうそう!その方がうちも動きやすいから!」
『っていうか、この動き方でいいのか?』
「ええのよ!迷ってる暇なんかあらへんで!」
『そうだよな!』
あれだけ練習を積んだとはいえ実戦は二回目。危うくとっ散らかるところだった。和美とペアを組んで闘うっていうのは女性戦闘員を守る為だが、それは表面的な意味合いだな。間違いなく俺は和美に助けられている。冷静さを取り戻す……和美が守るって言ってくれたのはこれか。
しかし腹筋お化けめ、思ったよりしぶといな。筋持久力はあるんだ。しかし確実に衰えてきている。基本的に寝転がって腹筋ばかりしているのもあってそろそろふらついて来ているようにも見えるな。そろそろ一発お見舞いするか。
「力くん、そこは和美とタイミングを合わせて!」
『ジョン!』
「一人では難しいはずだから!」
『共同作業ってやつだな!』
「行くで!」
腹筋お化けの弱点は腰だった。過度に腹筋運動をし過ぎて腰痛を発症していたのだ。何のことはない、タイミングを合わせて腰に一発お見舞いするだけでよかったのだ。下半身が弱点だから下半身を狙うことばかり考えていたが、それはTTT全体としての弱点であって、個々によってもっと弱点らしい弱点があるってことか。こういう洞察力が求められるんだな。一体一体の違い、これが見抜けないなら俺はTTTと何も変わらない……。
「あんた、やっぱり強なったな!次行くで!」
『サンキュー。次は……もう長浜さんのところだろうな』
「せやな、司令とマネージャーのペアは問題ないやろし、石山さんのところも問題ないやろうから」
『ただそれぞれ結構消耗してるな』
『やっぱり相手も鍛えとるからこっちのエネルギー消費もでかなるね。深呼吸で回復しつつ、ちゃんとドリンクも飲んで、長浜さんのサポートに向かうで!』
『ジョン!奴の弱点は!?』
「今のところ全くと言っていいほど見当たらない!学さんと互角、いやそれ以上……」
『こりゃ大変だな……』
「それより二人は司令のサポートに回った方がいい!」
『司令?俺たちの助けなんかなくても……』
「技術的にはね……ただATPが枯渇しかかっている」
『えっとそれは……』
「大きな声では言えないけど、歳だね。実戦から遠ざかっていたのもデカい」
『マジですかぁ……』
「しかも上腕お化けと肩お化けのセットだから大変なんだ!」
『でも、司令にいいところを見せるチャンス!』
「あんたなぁ……」
『変な意味じゃない!出世のチャンス!』
「まぁそれはそうやけど……」
『は!しかし……』
「どうしたん?」
『いや……』
これだけは和美にも言えない。俺と司令だけの秘密だ。
『いや何でもない、サポートに行こう!』
俺たちは司令とマネージャーというそう言えばどう考えても年長者のコンビのサポートに向かった。司令の洞察力もマネージャーの動きも間違いなく一級品。だが、ジョンの言う通りこれはもう限界だろうな。しかし……
「細見くん、志賀さん、助かるわ」
『司令、大丈夫ですか!』
「ちょっとクラっとするわね。少し支えてくれるかしら」
『はい、お任せください!』
「細見!司令にやすやすと触れるでない!」
『いや、これは司令からの指令で……あの、その』
「まぁ今日のところは目を瞑ろう。そうだ、志賀、久しぶりに頼む」
「は、はい!」
マネージャーは以前の公認パートナーである和美と共に上腕お化けと肩お化けとの闘いへと飛んでいった。もう体力の限界だったはずのマネージャーが何故……。
「嫉妬心が彼を突き動かしたのよ」
『嫉妬心!?まさか俺!?』
「そう、あなたが私とこうして近づいていることに嫉妬を覚えたのよ。それが原動力になったってこと」
『まさか司令、この展開を読んで俺たちがこちらのサポートに来るように仕向けたのですか?』
「そうよ。膳場くんと私だけじゃ体力的に厳しいことも容易に想像できたし、彼はこうすれば多分動くだろうなとも読めていたしね。そして何より、あなたたちだけで長浜君のサポートに回るのは難しいだろうから」
『そんなに強敵ですか……』
「ハッキリ言って勝機と呼べる勝機はないわ」
『そんな……』
「他のお化け系の戦闘機と違って、かなり洗練された動きをしている。同じように動けるのは長浜くんだけ。石山君は個人戦闘でかなり消耗しているし、私たち年長者はもう使い物にならない……」
『俺じゃ技術不足ですもんね』
「そうね、それは残念ながら認めざるを得ない。限界ってこと。限界は越えたら取り返しがつかなくなる。もう何もできないわね。これは私たちナショナル軍の計画ミスね。あんな奴が出てくるとは、私もその情報をキャッチできていなかったから。網タイツ作戦は偏りをなくす戦法だから、偏った戦力がある相手には有効。でもあんな風に整った相手にはほぼ効き目がない。もっと圧倒的に力で上回らないといけないのよ」
『俺の力がまだまだ……』
「数か月のナショナル教育プログラムではやはり無理があったようね。あなたにこれ以上の負担は掛けられないわ」
『でも司令!やつの動きを間近でみておきたいんです!』
「怪我をするだけだわ、やめておきなさい。これは命令よ」
「細見!」
『マネージャー!』
「早くそこをどかんか!」
『え、あ、まだ寄り添ってたんですね、司令』
「あまりにも自然な寄り添い方だが、そこは公認パートナーである私の席だ」
「力、あんた調子乗っとったらあかんで」
「いや、これは司令からの指令で」
「ホンマにもう……でもマネージャーありがとうございました」
「うむ、久しぶりの共同戦闘だったが、上手くいったな。助かった」
「細見くんも、ありがとうね。さて、これからどうするか」
『指令!やっぱり俺、まだ闘えるので長浜さんのサポートに!』
「ちょっと!細見くん!」
「力くん!落ち着いて!」
『ジョン、相手はどうなってる?』
「変わらず!弱点はないし、闘いようがない!」
『くそ……』
「命令に従いなさい」
「我々に出来ることは、今はないのだ」
「力、あんたのせいちゃうから」
その後石山さんは大胸筋お化けとの戦闘に勝利したが、みんなの見立て通りアスリートと長浜さんの闘いは平行線。俺たちがその戦闘で役に立てることはもはやなかった。
「くっ、あなた、なかなかやり手ですね」
「君こそ、アスリート出身の方かな?」
「まぁ、それなりにやってましたけどね……」
「どうやら私の方が一枚上手かな?と思うがね。それでもさすがの戦闘力だな。それは認めよう」
「私もあなたのその身のこなしには感服しました。ただあなたの指導力には問題がありそうですね」
「何を言う?私の様な経験豊かなアスリートから指導が受けられるのだ。皆さん喜んでいる」
「本当にそうでしょうかね?私には自分の経験“だけ”に頼った脆弱な指導に見えますが」
「これだけのことを経験しているのだ。“だけ”とは聞き捨てならんな」
「いえ、理論や理屈、原理原則が抜け落ちているのですから、“だけ”です。あなた自身の戦闘力が高いだけです。原理原則は根底にあるべきもの。あなたの根底には経験"だけ”しか流れていないのですよ」
「戦闘力が私より低いからそれが羨ましいのかな?まぁ弱い犬ほど吠えるというから仕方あるまい」
「謙虚さのかけらもない、そんな横柄な態度でまともな指導などできないでしょう。あなたは愚かだ」
「本当に失礼なやつだな。これでも食らえ!」
「!!!!!」
アスリートの一撃を受け止めたのは石山さんだった。
「ふっ、どれだけ戦闘力が高いか知らんが、一発だけなら俺の右に出る奴はいねぇよ!長浜!今の間に後ろに下がれ!」
「しかしこのままでは石山さんの身体が持たない!もうすでに消耗しているではないですか!」
「へっ、ちょっとぐらい壊れたってすぐ直せばいい。それよりお前が壊れる方がチームにとっては損害がでかいからよ」
「しかし!」
「うるせー!今ぐらいは先輩の言うことを聞きやがれ!」
「学!下がって!危ないわ!」
「麗花!くそっ!石山さん!気を付けて!」
「おう!任せろ!」
「しぶとい奴らだ!くそっ、今回はこれぐらいにしておいてやるか」
「それはこっちのセリフだ、馬鹿野郎!」
「まぁ君たちみたいな少数部隊の主義主張など、誰にも届かないだろうからな。こちらとしては放っておいてやっていいぐらいだ。だから今後変に関わってくれるなよ。まったく」
「お前らみたいなのが蔓延ってるから身体を壊す人が増えるんだろうがよ!放っておけるか!」
「怪我は自己責任だろう。トレーニング中に痛いなら痛いと言えばいい」
「馬鹿野郎!てめぇみてぇに身体の感覚が優れてるやつなんてほとんどいねぇよ!感覚が優れてねぇから指導を受けるんだろうが!」
「それならセンスを高めてから来てほしいもんだな」
「てめぇ……どこまでも腐ってやがるな」
「そのセリフ、覚えておこう。どちらが腐っているか、またの機会に相まみえるとしようか。ではな」
アスリートは仮想空間からログアウトした。傷ついたお化け軍団も続々とログアウト。俺たちナショナル軍だけが仮想空間に取り残された。虚無感が空間を支配している。石山さんは先ほどの一撃を食らって右肩を負傷したか。長浜さんは長期戦でボロボロだ。久しぶりの戦闘だった司令も限界。マネージャーも嫉妬のエネルギーで最後の力を振り絞って余力はない。和美は二体のお化け退治でこれまたしばらく動けないだろうな。ジョンもみんなに情報を提供し続けていたから相当エネルギーを使ったはずだ。司令に代わって本部から情報を提供していた別所さんも慣れない仕事だったろう。俺はどうだ?力は残っている。しかし力そのものが弱すぎて、最早何もできなかった。これは俺にとってある種の限界と言える。
俺にとっての初戦、TND教との戦いでは足りなかったピースとして戦闘に貢献できたが、今回の戦闘は……
「これは私の責任だわ」
『司令……』
「ナショナル教育プログラム……やはり時間が足りなかったのよ」
『いや……俺の頭と身体がもっとよければ……』
「そんなことはないわ。それも含めて私たちがしっかり管理しておかねばならなかった。それにあのアスリート……あんなのが出てくるなんて情報、どうしてキャッチできなかったのかしら。諜報員失格ね。そう、今回はそういう意味でも作戦が機能しない戦闘になってしまった。あなたに責任はない。とりあえずもう仮想空間に留まる意味もないわ。ログアウトするわよ」
なんだか懐かしい現実世界。だが仮想空間と同じ虚無感が支配するここで、俺たちはどうすることができるだろうか。
「しみったれた顔ばっかりじゃないか!まったくこの辺は相変わらず成長しとらんな!」
『水口局長!』
「なかなか大変な闘いだったようだから飛んできたのだ。どうせこんなことになっているだろうと思ってな。まぁ我々らしい闘い方だったと言えばそうだが、TTTの台頭は予想以上だったな。お化け軍団はいいとしても、アスリートまで出してくるとは。そもそものフィジカルレベルが高いヤツたちを打ち負かすにはやはりこちらも戦闘力を高めておかねばならんな。それからやはり情報収集。ここの予算が足りていれば、また展開が変わっただろうな。すぐに体制を整える必要があるな」
「しかし局長……しばらく戦闘は難しいかと。総員この状況ですから」
「分かっておるよ、坂本くん。しばしの休養は必要だろう。そうだな。ここはいっそのこと外の世界に触れるとよい。決して外側の鏡が割れないものではないということを、もう少し感じておいた方が良いだろう」
『鏡が……割れる……ですって?』
「そうだ、その鏡を割らんことにはどうしようもないという話もしておっただろう?割れるのだよ、必ずな。次の戦闘はどんな相手なのかは分からん。またTND教やTTTが現れる可能性もあるし、新勢力が現れることだってあるだろう。ただ我々がやるべきことは……これは言わなくとも分かるな。ひとまず坂本くんは今回の戦闘データを取りまとめて明日中には国防本部へ提出を頼む。データ解析に関しては膳場くんもジョンくんも同様に頼む。他の戦闘員はひとまず休みたまえ。それから細見くん」
『はい』
「君は志賀くんとここに行って来なさい。経費として捻出するのは難しい話だから、ここは私のポケットマネーを使ってよろしい。足りなかったら立て替えておいてくれ」
『ここって……』
「行けば分かる。今日は休んで、明日にでも発つとよい。しばしの休養、まぁパートナーとの旅行だと思ってな」
『そんな、俺らだけ……』
「いいのだよ。若いもんの特権だ。いやむしろ若いからこそ行くべきとも言えるな。遠慮せずに行ってこい」
『あ、ありがとうございます』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます