第十八章 その鏡を割って
いよいよ明日に迫ったTTTとの戦闘を控え、最後の作戦会議。さすがに全員揃っているが、相変わらず石山さんは何かサプリを飲んでいるし、長浜さんは髪型のチェック。ジョンはほぼ寝ているし、和美もなんかテキトーな感じ。別所さんは出たり入ったりしていて、マネージャーは真面目なふり。そんな中俺もみんなの観察をしていてツッコミどころのチェック中。こんな空気感で司令はよく話が出来るもんだ。本当にみんな話を聞いているのか?
「細見くん、ちょっとちょっと」
『別所さん、どうしたんですか?会議中ですよ』
「ちょっとトイレ行きたいから受付変わって」
『え、受付って。っていうかトイレは先に済ましてくださいよ』
「ナショナルフィットネスは年中無休。一応今はスタッフ滞在時間になってるから一応誰かその受付に座っておかないといけないのよ」
『だから出たり入ったりしてたんですね。で、なんで俺が受付に?』
「あなたが一番戦闘力が低いからよ。作戦なんて聞いても仕方ないでしょ」
『辛辣!!』
「うるさいわね。とりあえずトイレ、すぐ行ってくるからそこにいておいて」
『はいー』
ナショナルフィットネス……不思議な空間だ。このスタッフルームの扉の内と外ではまるで世界が違う。外では人々が我が国の危機など知らぬ顔、内では戦闘を控えた人々。そして今、物理的に俺はその丁度真ん中あたりにいる。どちらの空気もそこに暫くいれば馴染んでしまう。精神的には今やずっと俺は内側にいる。外の世界が非常識に思えてならないが、外から見れば俺たちの方がよっぽど非常識だろう。仮想空間と人型戦闘機なんて、フィクションも甚だしいわけだし、むしろ信じろと言うことに無理がある。ただこの現実は確かに存在する。そして逆も然り。この扉の外の人間が平和だと思っている現実が確かにある。もしかしたら危機を抱いている人がいるのかも知れないが、それを口にすることは非常識だとされる。俺だってつい最近まで外側の人間で、内側の世界があるなんて考えたこともなかった。最初マネージャーに我が国の危機について話を聞かされた時も半信半疑だったし、今だって正直何が何だかよく分かっていない。内側も外側も、確かに存在はするが存在しない様にそっと心を閉ざすことだってできる。自ら心を閉ざしているとすれば、それは自らの問題。しかし外側の世界は更に外側から無理矢理閉ざされた空間。そして実は外側と言っている側が内側で、内側と言っている側が外側なのだ。俺たちは外側に向けて闘い、内側を守る。扉の外で暮らす内向きの同志を目覚めさせ、そして守る為に。
「ふぅすっきりしたぁ、あ、ありがとうね」
『あ、いえ、大丈夫です。誰も来なかったので』
「本当に?」
『本当です。』
「入館履歴が三件あるけど?」
『はっ!いつの間に!』
「どうせぼさっと考え事でもしてたんじゃない?」
『いや確かに考え事はしていましたがさすがに見落とすことはないかと』
「馬鹿ね。あなたの心がこっちに向いてなかったから見落としたのよ」
『外側……』
「外向いてると思うでしょ?」
『でもそれが内側なのかと』
「そうね。どこを見ても鏡張りなのよ、この扉の外の世界は」
『鏡張りですか……』
「どこを向いても景色が広がることはないのよ。憎い鏡よね」
『その鏡を割って……』
「そう、鏡に映る自分なんて本来の自分じゃないわ」
『そう言えばナショナルフィットネスって鏡があんまりないんですよね』
「鏡ばっかり見てナルシズムに浸る人が増えても困るのよ」
『それってTTTのやつらですよね』
「そうよ、指導中ですら自分の筋肉チェックするんだから。馬鹿やってんじゃないわよ」
『それはいただけませんね』
「鏡を割って、自分の内側と会話をするのよ。そうすることでしか我が国は変わらない」
『っていうか作戦会議!』
「あぁ、まぁいいんじゃない?」
『よくないでしょ!しかも受付でだべりまくりとは!』
「誰も来てないから大丈夫よ」
『こういう態度が口コミに書かれてしまうのでは!』
「まぁ細かいことは気にしないの!」
『出た、別所さんのノリ』
「自分らしくいないと、病気になるわよ!」
『じゃあ俺は多分大丈夫です』
「そうね。戦闘初心者らしく、テキトーにやってきなさい!」
『作戦会議に加われなかったのでそうするしかないんですが……』
「細かいことは気にしない!」
こうして俺は作戦会議に参加することなく、戦闘を迎えようとしていた。たださすがに何も聞かないというのは良くない気がするから……そうだな、和美に話を聞いておこう。公認パートナーとして歩調を合わせる必要もあるしな。
それにしてもこのスタッフルーム、今外から入って見るとやはり不思議な感覚だな。外から入ったというより内から出たという気がする。地下へ進む通路も入っていくというより、新しい世界へ踏み入れて行くと言った感じ。そして仮想現実も、人型戦闘機も、中に入るわけじゃない。開かれた世界へ進むための魂の解放だ。この閉ざされた世界に終止符を打つんだ。我が国の尊厳を取り戻すために。
「そこまで分かっとったら作戦会議のこと、わざわざ話さんでもよさそうやな」
『そんな!教えてくれ!』
「今の力に教えられることなんてない」
『そんな、どうやって闘えと』
「自分らしく、でええんちゃう?」
『別所さんにも言われたような』
「だってそれが現時点での最適解やから」
『そうか、確かに今からどうのこうのじゃないよな』
「せや、今から特別に出来ることなんてない。作戦会議の要約はそういうこっちゃ」
『分かったよ。ただ、俺はちゃんと闘えるんだろうか?』
「そういう不安は誰だって持ってるもんや」
『和美も?』
「せやなぁ自信満々とはお世辞にも言えへん」
『そっか……』
「それは司令もマネージャーも、他の皆も同じはずやで。不安を表に出してへんだけ」
『さすがだよな』
「だから変に気を引き締めようとか、言われた通りにやろうとか、カッコつけようとか、そう言うことは思わんことや。あるがままの姿で闘うこと、それだけや」
『あるがままの姿、本来の身体でか……』
「うちらの魂はあるがままの姿を変えられそうになってる。だからこそ闘うっちゅうわけやから、うちらがあるがままの姿を失ったらあかんのや。それに誇りを失ったらアカン。自己否定、罪悪感、自己嫌悪、そういう感情に蓋をせぇとは言わん。せやけど我が国はそういった感情が誇りに蓋をしとる。過信はあかんよ?でもそこまで塞ぎ込むのもまたちゃうっちゅうわけ」
『内向きの鏡を、その鏡を割って、世界を広げる……』
「無理矢理世界を変えるなんてことはできひんのよ。でも世界の見え方を変えることは出来る。それが世界を変えるっちゅうことや」
『見え方って……概念ってことだよな』
「そう、概念や。平和やと思ってしまえば平和。でもそうやない現実があることを知ればそうやないことが分かる。自分自身の捉え方も同じことちゃうかな。だから本来の身体で、本来の心で、あるがままの自分で、力は力らしく、うちはうちらしく、うちらはうちららしく、そうやって闘えばええんやで」
『そんな話が作戦会議で……』
「まぁこれはうちの解釈。司令がどういう意図で言わはったかは分からんけど、うちはそう思う」
『これは当たり前のことを聞くんだが、明日の戦闘、死者は出しちゃいけないよな』
「せやな。それだけは避けなあかん。例え相手が誰であっても、戦闘機は人を殺す為の凶器やない。概念と愛を伝える為にあるんや。」
『概念と愛な、結局そこに戻ってくるんだよな』
「せや、こういう螺旋状の循環が大事や。TTTにもそれが伝わるといいんやけど……」
『言葉で言っても伝わらないなら……』
「ちょっとは痛い目に遭わす。その為にはこっちも痛い目見るんやけどな」
『それは仕方ないってことか』
「必要な痛みはある。それでこそうちらも成長できるってこと」
『だな。でも……』
「なに?ドキドキするやん」
『いや、あの……俺が守るから』
「なによ!ニヤニヤしてまうわ!もう!」
そして和美は俺にキスをした。それは柔らかくそして温かく、なにかエネルギーが伝わってくるようだった。ただ今日はここまで。明日の戦闘に備えて今日は身体を休めなくてはならないからそういうことは控えるべきだ。まぁちょっとモヤモヤするが、世界はモヤモヤしているもんだし、こういう感情を持ったまま戦闘に向かうのも悪くはないだろう。
それにしても明日の戦闘、合同演習でやってきた通りに、そして自分らしくとは言っても実際始まってみないとよく分からんな。相手は何体の戦闘機をログインさせてくるのか、それによっても変わってくる。TTTはTND教同様に非常に大きな勢力だから倒しても倒してもっていうのもある。俺たちみたいな勢力がどこまでそれに楔を入れる事が出来るか……やはり不安だがやるしかない。
いまひとつ眠れぬ夜が明け、戦闘当日。いつも通り和食を食べ栄養補給も完了。館内放送が鳴り響き俺たち戦闘員は総本部へ呼び出される。和美は階段で、他のメンバーはシュートを使う。全員が左へ偏らずに真ん中のルートを通る。ここまでは順調。
「いよいよ闘いの時ね。今回総本部からの指令は別所さん、あなたに一時的な権限を委任するわ。よろしくね。ジョンは後方から相手の情報収集を、そのひとつ前で私と膳場くんのペア、ちょうど中間に細見くんと志賀さんのペア、石山くんと長浜くんはいつも通り前線。というのが基本陣形だけど、臨機応変に立ち回ること。特に細見くんの揺れ動きが戦闘の鍵を握るわ」
『戦闘初心者が戦闘の鍵を握るとは……』
「ったく、とんだバクチだぜ、でも頼りにしてっからよ!」
『石山さん!』
「細見さん、あなたならひとまず何とかなるでしょう。いつも通り動いてください」
「長浜さん!」
「ちゃんと上から見ておいてあげるから!ダメだったらすぐにログアウトさせちゃうんだから!」
『別所さん……ログアウトって、そうならないようにします』
「まぁ細見が上手く立ち回れなかった時は私がなんとかする。安心していろ」
『マネージャー!こういう時はマジで頼りにしてます』
「力くんには優先的に情報を伝えるようにするから、無線繋いでおいてね」
『ジョン!助かる!』
「うちもついてるから大丈夫や!」
『和美……ありがとう!』
「さぁいいわね全員戦闘機に搭乗!」
『って……ここははしごだったな……相変わらずな世界線だ』
「あ、細見くん……」
『司令……はっ胸元が!』
「あなたにはこれぐらいの刺激が必要よ」
『司令ー、気持ちは分かりますけどうちのパートナーあんまり弄ばんといて下さい』
「あら見られちゃったか。でもこれでアドレナリンが最高に出たわね。昨夜もムラムラしたんでしょ?可愛いんだから。それからこの前の話、ちゃんと頼むわよ」
『またしても胸が!これはスパイが使うハニートラップか!』
「ふふ、頼むわよー」
「司令、そろそろ……」
「膳場くん、よろしくね」
『マネージャーが俺に敵意むき出しの視線を!』
「細見、戦闘に集中しろ」
『むむ、正論!!だが本心はどうなのだ』
「力、ごちゃごちゃ言ってんと行くで!」
『お、おう!』
「力くん、聞こえる?」
『ジョン!ばっちり聞こえる!』
「恐らく相手の弱点は下半身だから、そこを重点的に頼むよ。SNSで見る感じではやっぱり脚のトレーニングをしていた形跡はないから」
『さすがTTT……上半身お化けってことか』
「ただ、中にはキャッチしきれていない情報もあるから油断は禁物。トレーニング自体は積んできている相手だからやっぱり手ごわいよ」
『分かった、しっかりやるよ』
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