第十二章 強くなくては

 翌日、俺は国防本部ナショナル軍担当局長室にいた。


 「君が細見くんか」

 『はっ!細見力と申します』

 「まぁまぁ、そんなにかしこまらなくてもよい、そこに座りたまえ」

 『そこって……アウトドア用の椅子!普通こういうところは高そうなソファでは!』

 「あはは、そう来ると思ってね。模様替えしたんだ」

 『高そうなソファに座りたかったんですが』

 「いいねぇ。でも座り心地は悪くない」

 『確かに……』

 「さて、何か飲むかね?タクシーで来たんだよな?」

 『いえ、お気遣いなく』

 「いいんだいいんだ、ビール?ハイボール?ワインは好きかね?」

 『居酒屋かい!』

 「いいねぇ!で、何呑む?」

 『ビールで』 

 「よしよし、冷蔵庫からテキトーに取ってくれ」

 『本当に呑んでいいんですか?』

 「呑まなきゃやってられんだろ」

 『そうでもないですけど、まぁ、いただきます』

 「よっ!いい飲みっぷり!」

 『むしろ呑みにくいわ!』

 「あはは!いや、気に入った。私のにらんだ通りだ」

 『何が!』

 「君はこの国を救うんだ」

 『出たよ、この展開』

 「ふふ、どうだった?戦闘の方は」

 『いや、正直全然分かってなかったんですよね。今でも何が何だかさっぱりですし』

 「最初はそうだろう。でも戦闘データを見た限り、君は素晴らしい活躍だった」

 『ありがとうございます、でもよく分からないです』

 「まぁこれから分かってくるだろう。いや、分かってもらわないと困る。そして君にはもっと活躍してもらわねばならんと考えているが、ちょっと今の状況ではなかなか大変でなぁ」

 『予算のことですか?』

 「噂通り、察しのいい男だ。その通り。君を採用したことで予算が底をつきそうなんだ」

 『底を突くほど!!!』

 「いやー見通しが甘かったね。奨学金がねぇ」

 『その件に関してはマジでありがとうございます!』

 「君のご実家へ支払った協力金。あれも莫大だった」

 『いや、本当にありがとうございます!』

 「だからもう金がない」

 『それはあなたがたの計画不足では!!』

 「どうしようかなと思っているんだが、まぁ一応追加で予算を通さねばならん」

 『一応ではダメでしょう』

 「ということで、今日がその予算会議でね、君も出席してくれ」 

 『嫌です。発言権とかないでしょう』

 「そう思うだろう?その通りだ」

 『その通り何かい!』

 「ただね、これは私なりの奇襲だ」

 『奇襲?』

 「国家予算を決める時、これは本当にクローズな世界の中で行われる。ハッキリ言って現状が見えていない者たちが、何となく雰囲気で決めているんだ」

 『そんなのでいいんですか?』

 「そう、よくないのだよ。でももうそういう世界観の中で物事が動いているんだ。そこには忖度だったり慣例だったりという呪縛しかなくてね。思い切ったことなんてやろうと思っている者はいたとしても諦めている。しかし私はそれではダメだと思っているのだ」

 『一気にまともなキャラに変貌しましたね』 

 「お、ビールがなくなっているじゃないか、今日は呑み放題だぞ」

 『くそ、マジで何考えてるのか掴めん』

 「話を続けよう。まず私はここで予算会議の在り方を変える。偉いさんだけで喋るなんて、もうやめにしようと思うのだ。そこで君の登場だ」

 『そんなこと、許されるのですか?』

 「知らん」

 『知らんのかい!』

 「ただやってみないと分からんだろう。しれっと私の後ろに付いてきなさい。もちろん君の椅子はないから会議中はスタンディングで頼むよ」

 『このアウトドア用の椅子持って行っていいですか』 

 「だめだめ、備品の移動は総務部の許可がないと」

 『なぜソファの撤去は許可されたんだ』

 「そして、会議では水が準備されるがそれも君の分はない。で、これをポケットに入れて持ち込みなさい」

 『これは?』

 「ワンカップ焼酎だ」

 『いや、ダメでしょ!』

 「君はなかなか呑める口だね?」 

 『まぁ、実は』

 「じゃあ大丈夫だ」

 『いや会議中でしょう!』

 「言っただろう?これは、奇襲だと」


 こうして局長が何を考えているのか全く分からないまま、予算会議が行われる部屋に連れて来られた俺は、指示通り局長の後ろで突っ立つこととなった。もちろん局長以外の参加者は「お前誰?」という視線を向けてくる。しかし何よりこの部屋の空気がめちゃくちゃ重たい。何だろうか、すごく空気が淀んでいる。

 そんな中、会議が始まったのだが、会議とはこんなにもつまらんものなのだろうか。ただ用意された紙を、予定通りの順で誰かが読み上げて、みんなうんうんと聞いているだけ。いやうんうん聞いていればまだマシで、寝てるやつもいる。ちなみに会議に出てくる専門用語に関して俺は全く分からんので、ナショナル軍の予算がどうなっているのかは全く分からん。もちろん俺に配布される資料なんてないので、ハッキリ言ってマジで意味不明な時間が流れている。


 「それではこの通り決定でよいでしょうか?異議や質問のあるものは挙手願います」

 

 議長の呼びかけだ。


 『って誰も挙手せんのかい!!!!!』


 しまった……ついいつもの癖で心の声が完全に漏れた。いやこれは完全に口にした。ざわついているな、そりゃそうだ。こりゃ局長も……


 「細見くん、よく言ってくれたな」 

 『局長!いや、そのこれは』

 「違う違う、よくやったという意味だ」

 『はい!?』

 「細見くん、ちょっとポケットに入っているあれ」

 『あ、焼酎…』

 「頂くよ、クイっとな」

 『ワンカップを一気呑み!!!』

 「うぃー。さて、皆様ここからは私が喋りましょう」

 「水口君、どういうことですか?」

 「こんな予算じゃダメだってことです、議長」

 「具体的な提言をするように」

 「具体的に、ね。分かりました。それでは説明しましょう。まず国防の予算です。こんな予算では国を守るどころか、国を守る部隊そのものを守れませんよ。」

 「しかし昨年は殆ど戦闘も起きておらんし、無駄は省くべきだろう」

 「戦闘が起きてないから国防予算をカットする?寝言は寝てから仰ってください。じゃあ今この瞬間に国難が訪れたらどうするおつもりですか?国防というのはそういう観点に立って議論せねばなりません。何もなかったらそれでOK。もし予算が余ったらその分でまた国を強くするように金を使えばよろしいでしょう?カットしてカットして、戦力が下がったところを敵に攻め込まれたらどうなると思いますか?なぜそんなことが分からんのですか?我々は予算をカットされてはならない部門なのです」

 「しかし、予算が不適切だという指摘が多い!そういう国民の声にも耳を貸さねばならんだろう!」

 「国民の声?国民は何を見て声を挙げているのでしょうかね?メディア?ネット?そんなところにまともな情報はないですよ。国民を馬鹿にするわけではありませんが、軍事や国防の専門家が考えている話と、一般国民が考えている話が同列で扱われてよいはずがありません。しかもこれが無駄だというのは単なるやっかみでしょう。ルサンチマンというやつです。国家予算を無駄遣いしているというレッテルを張って攻撃をする、メディアとその裏にある何かが組んで仕組んだ罠ですよ、こんなもの。事実戦闘は昨日も起こっています。しかし大きな戦闘にならずに国を守れたのは、そういう大きな戦闘にならない闘い方をしている部隊があるから、被害を大きくしない闘い方が出来ているからです。その戦い方に予算を投じること、その戦闘の準備に先行投資することの何が悪いのでしょうか?ことが起こってからでは惨事になるんです。それが国防。守る為に強くあらねばならんでしょう!」

 「……では具体的には?」

 「まず新人戦闘員細見力の戦闘機のグレードアップ。まずシートベルトは交換すべきでしょうな。それから昨日の戦闘で彼の働きが相当我が軍の水準を高めることが分かりました。以前より温めていた国防計画を実行に移す時が来たと言ってもいい。しかし何と言ってもまだ戦闘員としては新人、経験不足。戦闘機を実際に使った実地訓練の数を増やす必要があります。もちろんその為には他の戦闘員も含めた演習が必要になりますから、昨年比で二・五倍から四倍の予算が必要との計算です。こちらがそのデータ。事前に準備していたのに、やはり誰かの手によって今日の会議では配布されなかったデータです。どこの誰でしょうなぁ、そんな意地汚いことをする売国奴は!」

 「誰ですか?そんなことをしたのは?」

 「さぁ、誰と言うか、どの勢力か?ではないですか?国防の話をしているのに敵に忖度するような奴らがおるんでしょう。まぁ目星は付いていますが、議長は見たところ中立の立場におられるようですからお話が通じるとみてよいでしょうかな。本日の会議、全体として異議ありでございます」

 「他の皆様の意見は?」

 

 『ってまたしても誰も何も言わんのかい!』


 「そうだよ、細見くん。会議と言うのはこういうもんでね。事務方が準備した資料以外のことを喋れる人間なんてほとんどいない。何なら無理に仕事を増やしたくないと思っている輩の方が圧倒的に多い。この国を守ろうとか、よりよくしようと思ってこの世界に入っている奴なんてほとんどいないのだよ」

 『そんな……』

 「昨日の戦闘があったことを知っているのも全員ではないだろう。しかし反対意見も出ないということは私の異議に正当性があると認めたとも言える。」

 

 「水口くん、君の言い分は分かったが、今すぐに国防の予算を二・五倍から四倍と言うのはさすがに難しいだろう。なんといっても財政は真っ赤だからな」

 「議長、本当にそう思ってらっしゃるのですか?」

 「どういうことだね?」

 「だから、財政赤字、国が借金しているという話でしょう?」 

 「そうだ。それが我が国の課題と言ってもいい」

 「財政赤字なんてそれこそ真っ赤な嘘ですよ。自国通貨建ての国債の発行なんてただ貨幣を発行しているのと同じではありませんか。それで国民の財布が潤い、公共投資ができて国を豊かにそして強くする事が出来ることに何の問題があるのですか?」

 「ちょっと君の言っていることはよく分からんな」

 「残念です、議長。話になりませんな。今一度勉強しなおされた方がよろしい。国家観も貨幣観もズレている方が、国防会議で予算のことに言及されるとは、この国はもう滅びたと言ってもよいでしょうな。議長はこの国をどうされたいのですか?」

 「そりゃー、平和で安心して暮らせるようにだな……」

 「であるなら、どうやって平和を守り安心を生み出すのか!?その答えが国防費の削減ですか!?強くないものが何を守れるのですか!?攻め込まれない為に強くあらねばならぬ、攻め込まれたとしても圧倒的に勝たねばならぬ、この国を守るには強さがいるのですよ、議長!」

 「…………。明日、また話をしよう」

 「そうですな。議論が必要であるとしても今のままでは議論にもなりませんから。さて、他の皆様もそれでよろしいでしょうな?」

 

 『まぁ誰も何も言わんわな。』

 「細見くんは何も言うことはないのか?」

 『え?俺ですか?』

 「そうだ、なんでもいい、爪痕を残して帰ろう」

 『いや、その、よく分かんないですけど、もしかしてこの会議の意味が分かってない人って俺だけじゃないのかなと思いましたよ。なんか寝てる人もいるし、誰も挙手しないし、なんだろう、学級会よりレベルが低いと言うか、こんなところで国防予算が決められると思うとぞっとしますね、正直。それから、新人隊員のシートベルト、これだけはマジでお願いします。軽自動車タイプのシートベルトなんて乗ってて不安しかありませんし、もしちゃんとしたシートベルトだったら助かったのに……っていうシーンに出くわすかもしれないと思うと、全力で闘えないので。それから…………』

 「それから?」

 『戦闘員のこと、なめないでください。それだけです』

 「いいね、細見くん。それでは戻るとしよう。よろしいですな?議長」

 「構わん。今日はこれにて閉会だ」


 そのまま局長室へ戻ると、水口局長が口を開いた。


 「最後の一言、とてもよかった。奴らにそういう声を届けることが大切だからな」

 『いや、気付いたら口走ってしまっていて、すみません』

 「いいんだ。今日は助かったよ。明日から君はまた訓練に戻ってもらわねばならん。それと、戦闘員なんだから酒は控えねばならんよ」

 『いや、呑ましたの誰ですか!?』 

 「ははは、そう、その意気だ。これからも頼むよ。明日の会議は私一人でもう十分だ。今から別の根回しがあるから悪いが手配しているタクシーで帰ってくれたまえ。ご苦労だった」

 『はい、では失礼します』


 俺は局長室を後にした。本当に情けない会議だったが、局長の情熱は本物だ。酒を呑んだのは勢いを付ける為だろうが、それにしてもなかなか迫力のある主張だったな。しかし本当に予算が削減されまくっていたとは……。議長たちの頭はお花畑なんだろうか。

 でもよく考えてみれば俺はナショナル教育プログラムを受けたから、あの予算がおかしいということや局長の主張が正しいことに気が付けたが、今までのように腐った大学生活を過ごしていたら、そんなに軍費があるなら俺に小遣いをくれよなんて思ったかもしれない。それぐらい公務員とか公共事業とか軍事にかけるお金って、どちらかと言えば悪いものだと思っていたしな……。で、多分国民の半分以上がかつての俺と同じような価値観だと思う。そう考えると我が国が民主主義国家で半分以上が勘違いしているとしたら、それが民意、国の方向性を決める考えとなるわけであって……それって本当に危険だよな。俺の命にもかかわる話じゃないか。

 もしかしてこの国の危機って、TND教の恐怖よりももっと根深い、内部崩壊ということなのではないだろうか。TND教はその氷山の一角に過ぎない……。そうだ、あんな会議ばっかりだとして、あんなことで国の方向性が決まるとして……我が国は本当にもうおしまいなのかもしれない……。


 そうこう考えているうちにナショナルフィットネスへ戻ってきた。入隊以来こうした外出は初めてだったが……えっと、普通に入っていいのか?


「こんにちは!……って細見くんか」

『あ、別所さん、なんでここに?』

「なんでって、表向きはフィットネスクラブのフロントスタッフよ。人が来たらまず挨拶!もうすっかりクセづいちゃって」

『まぁでもそれっていいことですよね。挨拶』

「そうよ、挨拶して一礼する。こんなこともできない人が増えたわね。とりあえず目と目を合わせて挨拶すればその後のコミュニケーションだってスムースなのに、自分から不利な状況を作っているわ。さ、それはそうと帰還報告、司令がお待ちよ」


 俺はそのままスタッフルームに入り荷物を置いて、階段で総本部へ向かった。


 『細見力、ただいま戻りました』

 「ご苦労様、待ってたわよぉ」

 『あ、胸が……』

 「もう、相変わらずウブなんだから、可愛いわね。で、報告は?」

 『いや、もうギャップね。いや、とりあえず会議に出てきました』

 「どうだったかしら?」

 『いや、何て言うか酷かったです。とりあえず明日また会議だそうで』

 「なるほどね。先ほど局長からも連絡があったわ。なんとかなりそうだって」

 『あの会議が何とかなるとは思えないんですが……』

 「一応あの会議メンバーに私たちの仲間が局長以外に二人だけいるの」

 『少なっ!』

 「だから予算を通しにくいのよね。でも今回のことで目覚めかけた人もいるみたいで、局長を入れたその三人で今根回しをしに行っているところみたい」

 『めちゃくちゃ大変ですね……』

 「あの世界も準備が大切。いきなり乗り込んでいっても弾き返されるだけよ。だから局長はあなたを呼んだ。現役の戦闘員が何か言えばさすがに動かざるを得ないと思う人の心を利用したのよ。だからグッジョブ、かな?」

 『は、胸!』

 「ご褒美、志賀さんには内緒よ」

 『は、はひぃ』

 「じゃ、戻っていいわよ。報告書とかめんどくさいから書かなくていいからね。ああいう形式的なものって実は誰も目を通さずハンコ押してるだけだから。ここではそういう無駄なことはしないのよ。それから訓練は明日からね。今日は精神的に疲れただろうからゆっくり休みなさい」

 『は、はい。では失礼します』

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