第十五章 停滞とその感情

 約一か月後に迫ったTTTとの対戦に向けての準備は着々と進められている。個人でのトレーニングはもちろんのこと、ここ最近はチームメンバー揃っての合同演習が多く組まれるようになってきた。日に日に良くなっていると思うこともあれば、振出しに戻るような予感がすることもある。その浮き沈みに俺は少々疲弊していた。疲弊していると感じられるようになっただけでも前進と言えるのかも知れないが、こんなことで疲弊している様ではまだまだ前進とは言えない様にも思う。こんな状態で俺は闘えるのか……。


 「まだ無理だろうね、残念だけど……」

 『ジョン!やっぱり無理か』

 「大丈夫、僕が組んだプログラムの消化自体は順調だよ。順調すぎるぐらい」

 『これで順調?』

 「うん、順調。このデータを見て」

 『これは?』

 「力くんの体組成データ、それから体力測定結果だよ」

 『いつの間にこんなデータを!』 

 「人型戦闘機から送られてくるんだ。これは力くんだけじゃなくて他の皆も自動的にデータが収集されてるってわけ」

 『あれ、凄いんだな……』

 「このデータ解析に関わるプログラムだけで高級車は買えるぐらいだから」

 『なのに俺のシートベルトは軽自動車用だったのか』

 「まぁまぁ、それより本題。この伸び率を見て」

 『体重……え?こんなにあったっけ?』

 「気付いてなかった?BMIがもともと十八という超ホソミだったんだけど、今や二十一。よくこの短期間で増やせたね。まだホソミと言えばホソミだけどね」

 『くそ、そのネタも俺がここを離脱すれば使えなくなるのか』

 「あ、その話ももう聞いてたんだね」

 『俺が消される話』

 「大丈夫でしょ、で、もう一回本題に戻るね。ほんと、脱線するんだから」

 『そういう役回りなんでね』

 「はは。で、こんなに体重が順調に増えているのに、太ったって感じじゃないよね?」

 『たしかに……』

 「まぁガタイは良くなったと思うけど、それよりスタイルが良くなったって感じだね。適切な食事と適切な運動、そして睡眠、これさえ整える事が出来ればここまでデータを伸ばす事が出来るんだよ。TND教やTTTではこれは出来ないだろうね。食べないダイエットだったら痩せ細って終わるだけ。無茶な筋トレならこんなに続けることすら難しいから。それに短期間で結果を出そうなんて考えが間違ってる。ピリオダイゼーションの概念を完全に失っている」

 『ピリオダイゼーション?』 

 「簡単に言えばトレーニング計画ってところかな?目標とする期日にむかって綿密に計画を組むんだ。一年、いや四年という単位で組まれることもある。それなのに一か月で結果を出そうなんて馬鹿げてるよね」

 『俺も馬鹿げているぐらい短期間で追い込まれているんだが』

 「実はそこがかなりの問題なんだよ」

 『でもやるしかないか……』

 「我が国の為だから……キツイと思うけど……あまり自分を追い込まない様にね」

 『まぁ腹は括ったから大丈夫。でもこれ、筋量は増えてるけど筋力がいまいち伸びてない様な』

 「うーん、ここは確かに課題。」

 『最初の方は順調だったように思ったけど』

 「最初の方は誰だって伸びるよ。それは筋力がアップしたんじゃなくて筋肉と脳みそが仲良くなったってこと。神経と筋の促通というの、あったでしょ?」

 『あ、神経筋促通!運動神経の改善か!』

 「そうそう、最初は出来なかったことが出来るようになって当たり前なんだよね。まぁそれも適切な指導があってこそ。ナショナル教育プログラムはトレーニングの原理原則を重んじるからね。ただ、やっぱり誰にだって弱点はある。筋力に関しては大さんが何とかしてくれるはず。それより力くんの凄いところはこれ」

 『ん?これは……チャート?』

 「そう、総合得点をチャートで示した図だね。このオールラウンドな感じがまさに足りなかったピースなんだよ」

 『でもなんか特徴がないみたいで……』

 「そんなことないよ、例えば学さん。オールラウンダーだと思うでしょ?」

 『そりゃあれだけ器用に色々出来れば。しかも十種競技出身だし』

 「それでも苦手分野がある。筋力が課題」

 『確かに……』

 「そしてもうひとつ課題があって、それがこれ」

 『協調性!!それは体力要素ではないけど、なんか辛辣!』

 「そして協調性が欠落しているのは……」

 『ジョンと和美と俺意外全員!!』

 「力くんがにらんだ通りだね、ボケ組っていうのはそう言うこと」

 『くぅ、こりゃ大変だ』

 「で、最も協調性水準が高いのが……」

 『俺!?』

 「そういうこと」

 『さすが足りなかったピース』

 「自分で言ったよ。でも、力くんが言ったようにこれは体力要素じゃないから、これがあっただけじゃダメだからね」

 『精進しますよ。しかしクセが強いチームだな』

 「それが愛すべきポイントだと思うけどね。まぁ疲れてるみたいだからあんまり無理せずにギリギリの水準でプログラムを消化していってね」

 

 相変わらず無茶な注文だ。四年でトレーニング計画を組むことがあるって?そうかオリンピック選手とかそう言うことだよな。でも俺はまさに半年以内。しかも国防の為の闘いで……。オリンピックは祭典だが、国防は政ってことだから……やはり気が重いな。しかし成果が出ているのなら少し安心だ。伸び悩みも当たり前ってことか。そりゃそうだよな、最初の方は伸びて当然。もうここに来て半年近く経つ。最初と同じ水準で伸び続けるなんて冷静に考えたらあり得ないことだ。でもジョンみたいに冷静に説明してくれる人がいなかったらずっと悩んでいただろうな。話によるとTTTというのはこういう知見がまるで抜け落ちているらしい。つまり俺みたいな状況に陥った時にはトレーニング量を増やすことしか脳がないということだ。そして停滞はただの努力不足と罵られるんだとか。そんな指導者に教えられるなんてまっぴらごめんだが、世の中居にはそう言うヤツが大勢いるんだから、やっぱり世の中どうかしてるよな。というか、トレーニングに限らずそういう指導者というか教師というか先生と呼ばれる奴らはあまりにも多い。出来ないのは生徒の努力不足、いや能力不足と言わんばかりの態度。全くどうかしている。そりゃ能力値に個人差はあるだろうが、教えられていないヤツが悪いんじゃないのか?

 そう考えると俺は恵まれているよな。ナショナル教育プログラムのDVDも良く出来てるし、何より学ぶことや実践することが苦ではない。学校なんかとは大違いだ。学校ってなんだ?


 「学校かぁ」

 『和美!』

 「あ、また心の声漏れとったで」

 『もう本当にびっくりしなくなったよ、このことについては』

 「力、学校好きやった?」

 『うーん、どうかな。友達も別にいなかったし、成績もよくなかったし、あんまり思い入れがないっていうか』

 「それはそれでよかったんちゃう?」

 『和美はどうなんだ?』

 「うちは競泳一筋やったから、勉強は全然。しかも学校の部活と違ごてナショナルチームの方でやっとったから、学校にはうちも友達がほとんどおらんかった。勉強なんてせんでも進学できる制度やったしな」

 『ってことは……』

 「うーん、嫌いやったかな、学校は。大事なことは全部競泳とかここのみんなが教えてくれたさかい」

 『俺もナショナル教育プログラムを受けてそう思うようになったな』 

 「学校教育はどこかがおかしいんや。学校というのは必要やとは思うけど……」

 『まぁ俺らみたいにまともに勉強してないヤツらが偉そうに言えることじゃないがな』

 「それはそうやけど……そうや、力!ちょっとこの後泳ぎに行かん?」

 『泳ぎにって、どこに?』 

 「プールに決まってるやんか!今日はナショナルフィットネスの休館日!使い放題やで!」

 『え!おれ水着ないし!』 

 「レンタルのヤツ借りたらええやん!行こ!」

 『え、あ、おい……分かったよ。』


 和美と公認パートナーとなったとはいえ、こういった展開は初めてだった。当然と言えば当然、俺たちは俗にいうカップルだが置かれている状況がどう考えても俗じゃない。映画館、遊園地、ショッピング、ランチみたいな普通のデートが出来る環境じゃない。しかも俺は今次の戦闘に向けてまるで余裕がない。二人きりで何かをするなんて、そんなこと考える余地もなかったな。余裕のなさがこの停滞に繋がっているような気もする。いつも少し余力を残しておかないといけないのは戦闘でも同じだ。今日はちょっと肩の力を抜くとするか。

 和美が泳ぐ姿は美しい。さすが元ナショナル選手。人間ってこんなに速く泳げるんだ。何より動きが綺麗だ。自分のパートナーだから言うわけじゃないが、本当に綺麗だ。俺なんて犬かきぐらいしかできないのに……。まぁでもこうやって水の中に入るのも気持ちいいもんだな。和美みたいに泳げたらもっと気持ちいいんだろうけど、今は彼女を見ているだけでいい。それで十分だ。同じ時間を共有している。もしかしたらそれが一番大事なのかもしれない。いい時間だ。


 「力―!もう泳がへんの?」

 『和美こそ、よくそんなに長いこと泳いでられるな。』

 「長距離やったから、当たり前や。それより力、ちょっと……」

 『何だよ急に!』 

 「ほら、泳ぎ方教えてあげる!手持っといてあげるから」

 『そんな!できるから、自分で!』

 「犬かきではカッコつかんで!はい顔を水につけて!」

 『溺れ……』

 「ぶくぶくぱぁやでぇ」

 『ぐはっ!!死ぬ!!』

 「死なさへんよ」

 『え?』

 「あんたのことはうちが守る」

 『あ、あぁ……』

 「死なさへんから」


 世間一般ではこれはデートとは言えないだろう。ただ俺たちにとっては立派なそれだった。美しい彼女を見てぼぉっとするなんて、俺らしくもないが、これもまた俺だ。ジョンが見せてくれた生体データにこういったことも反映されているのだろうか。冷静に見てみれば気持ちの面では確かに成長した自分がいる。これが戦闘にどう役立つのかはまだ分からないが……。しかし和美が言った「死なさへんから」、これって本当は俺が言いたかった言葉なんだよな。でも今の俺にはまだ言えない。足りなかったピースと言われた俺は、俺自身がまだ足りないから。っていうか俺が和美にしてやれることってなんだ?和美は俺に食事と癒しを与えてくれているっていうのに、俺は何か与えているんだろうか?分からなくなってきた。別所さんは俺と和美は歳が近いから、それで和美は喜んでいるっていうことを言ってたけど、それだけだとしたら別に俺じゃなくてもいいわけだし……。和美にしたって細い身体が好みだとか言ってたけど、今俺そんなに細くないっぽいし……。分からん……。和美にとって俺って……。


 「そんなことで悩んでるのかよ!」

 『石山さん!』

 「ったく、見ちゃいられねぇから来ちまった」

 『それなら見ないでください』

 「馬鹿野郎!プール再度の掃除してたんだから嫌でも見えるんだよ!」

 『え?あの時近くに!?』

 「まったく、全部見えてたよ。会話も筒抜け、気を付けやがれ」

 『でも意識的に耳をそばだてていたのは想像に難くありませんが』

 「うるせぇ!とにかく!愛だとか恋だとかにごちゃごちゃ理屈こねてるんじゃねぇよ!いいか?言葉じゃ説明つかねぇことがあるんだよ!」 

 『出た!石山さんの熱い展開!』

 「ったく、もっと感情に問いかけてみろ!」

 『ちょっと分からんです』

 「だから、考えるんじゃねぇよ。俺だってよく分かんねぇ!」

 『いやホント分からん』

 「つまりだな、普段色んなことを考えてるだろ?で、色んなことを得てるわけだ。その結果が感情ってことだ。感情というのは思考の爆発だと思うぜ。まぁ感情的になるのは時として損をするが、人に迷惑を掛けない程度に感情をさらけ出すのは必要じゃねぇか。感情があるのはいいことだ。感情こそが身を奮い立たせるってもんよ。お前の弱点はそういうところかもな」

 『突っ込みにくい話をされますね』

 「当たり前だ!お前に足りないものを提供するようにマネージャーから言われてるんだから、仕事だよ!仕事!」

 『でも楽しんでますよね』

 「まぁな。こんな話聞いてくれるやつ、お前しかいねぇ」

 『え!?寂しがり屋さんですか!?』

 「まぁそう言われればそうかもな。ま、お前の協調性に甘えているのかもな。とにかく!お前はそういう役回りだ、だから……」

 『?』

 「和美にとってもそうなんじゃねぇのか?」

 『石山さん……』

 「なんだよ」

 『あなたも俺のこと好きなんですか?』

 「馬鹿、嫌いなわけねぇだろ」

 『どっちもいけるんですね』

 「馬鹿野郎!そういう意味じゃねぇ!寂しがり屋とか他のメンバーに言ったら消すからな!」 

 『最近どうもあまりにも物騒だ』

 「そうだよ、物騒だよ。来月の戦闘、相当ヤバイことになるだろうからな」

 『TTT!』

 「総力戦だぞ、ちゃんとしろよ」

 『……はい』 

 「とりあえず、お前はちゃんと和美の近くにいてやれ!いいな!?」 

 『はい!』

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