第八章 それぞれの想い

 とりあえず演習終了。スタッフルームに戻るには、このボロいはしごを登って戦闘機から脱出しなければならない。カッコよく戦闘機から降りたいものだが、この世界でそれは許されない。しかもヘトヘトになった身体ではしごを登るとか、どう考えても危ないんだが……。っていうかマジで疲れた……。皆あんなので闘ってるのか……スゲーな。しかもあの仮想空間……入ってしまえば現実と全く変わらない。マトリック……


 「こら!」

 「はっ!別所さん!」

 「大ヒットハリウッド映画の名前なんか出してみなさいよ?どうなるか分かるでしょ?」

 「は!金!」

 「今のはもうかなりギリギリよ。さ、とりあえず疲れたでしょ?お疲れのところ悪いけどちょっとこっちに来て」

 「彼女が出来立ての俺に対して、美女が誘惑をしてくるとは……やはりモテ期は続いていたか!」

 「馬鹿ね。誰がそんなこと言ったのよ。はい、これを見て。細見くんと戦闘機の同調率データよ。三十八%。これでは戦闘にはいけないわ」

 「そうでしょうね。コケまくってましたから。言われなくても分かります」

 「戦闘が可能となるのは安定して六十%を超えることよ」

 「大学と一緒ですね」

 「そう、つまりまともに戦うなら八十%以上、自信を持って勝ちに行くなら九十%越えが必要よ」

 「俺、大学ではだいたい六十点でした」

 「地方Fランで六十点って……なた本当に大学で何してたのよ?」

 「それ色々失礼!」

 「まぁいいわ。大学での成績はここでは関係ないしね。しかも大学の単位取得と違うのは、この数値は我が国を守ることに繋がるってことよ。留年なんて甘いことはないからね」

 「我が国……じゃあ百点を目指さないと……」

 「まったく……ちゃんとDVD見たの?満点なんてものはないのよ」

 「え?」

 「今まで繰り広げられたどれだけハイレベルな戦闘でも、同調率が九十九%を超えたことはないわ」

 「百はないと……」

 「厳密に言うと……あったわね……」

 「それはスゲー!やっぱり長浜さんですか!?」

 「……私よ」

 「え?別所さんが?……はっ!怪我……ってまさか……」

 「やっぱり、和美ちゃんから聞いていたのね」

 「いや……詳しく聞いたわけではないんですが……」

 「そう。私が何で事務員しているか、そしてみんなの体調管理をこれだけ気遣っているか……。全てはあのことがきっかけ」

 「別所さんが……戦闘機に乗っていたんですか?」

 「そう、私は元戦闘員なのよ。もう二年前かな。和美ちゃんが入隊した直後だったわ。ある闘いでちょっと熱くなりすぎちゃって……脚を痛めたのよ。最初はどうってことないって思ったんだけど、戦闘員としてはもう活動できないって医者に言われてね……。完全に引退しようと思ったわ。でもあの戦闘機にまた命が吹き込まれるところを見たくなったと言うか……魂は、やっぱりここにあったから……」

 「あの戦闘機?……ピンク……中古パーツ……思ったよりも早い納品……そして……コックピットのいい匂い……もしかしてあの戦闘機は別所さんのおさがり!?」

 「匂いから連想したのはちょっと気持ち悪いけど、そうよ。あれは私が以前使っていた戦闘機の改式。私の身体は戻らなかったけど、あの子はメカニックのお陰でちゃんと動くようになったのよ」

 『すみません!もう一回乗るだけ乗らせてください。深呼吸したくて」

 「ダーメ。ほんとに気持ち悪い」

 「黒髪ロング美女に罵倒されている!最高!」 

 「和美ちゃんにはどこから喋ればいい?」

 「あえて全て晒して頂ければ興奮します」

 「じゃあ黙っておくわ。話を戻すわよ。本当に脱線するんだから」

 「失礼しました」

 「今日、長浜くんが言っていた重心移動の話があるでしょ?私はあの動きがちょっと苦手だったのよ。それで無理に動いてしまっていた。医者にはその蓄積があったから怪我をした言われたわ。長浜くんが言っていた、変な動きを蓄積するな、っていうのはその教訓。彼はやっぱり覚えていたのね」

 「やっぱりって?」

 「女性戦闘員は男性戦闘員のサポートを受ける、知ってるわよね?」

 「じゃあ長浜さんは……」 

 「そう、私のパートナー……元、だけどね」

 「え!じゃあお二人はまさか!」

 「公認パートナー……」

 「がーん!」

 「でも肉体関係はなかったのよ」

 「ほっとしました!」

 「どういう感情なのよ。でね、長浜さんの私へのサポートは完璧に見えたわ。でも私の暴走を止められなかったことを今でも引きずってるみたい。責任感が強いというか、ちょっと優しすぎるんじゃないかって思っちゃうわね」

 「別所さん……」

 「あ、ごめんごめん、何でもないわ!細見くんにこんな話しても仕方ないのにね!」

 「あ、いや、大丈夫です」

 「今の話は忘れて!」

 「あなたの要求は時として、いや、かなりの頻度で無理がある!」

 「その素直さ、認めてるぞ!さ、ご飯食べてきなさい!」

 「あ、はい」


 まさか別所さんからあんな話を聞かされるとは……。いつも眩しいくらいに麗しく、そして花の様に明るい別所さんが怪我をしていた。なにより戦闘員であったとは驚いた。しかし戦闘員として再起できないほどの怪我とはどんなものなのだろうか。俺は怪我って言ってもしりもちついて打撲するぐらいだが、これでも十分痛い。こんな程度じゃないんとしたらそれは相当辛かったに違いない。

 そしてクールで自信満々に見えていた長浜さんだが、別所さんの言っていることが本当だとすれば相当熱い想いを秘めていることになる。最初は熱いのは石山さんだけだと思っていたが、とんでもないチームに入っちまったみたいだ。石山さんの恋人の話、ジョンさんの国を思う気持ち、和美の悪と戦う姿勢、別所さんの挫折、そして長浜さん……ここにいるのは皆訳アリだってことだな俺は……奨学金の返済と生活費の為……ちょっと周りの皆とは次元が違う様な気がするが訳アリだな。

 そういえば膳場さんや坂本司令はどうなんだろう。坂本司令はたまにお色気でいじってくるが、膳場さんなんて本当に喋ってないし……。


 「あら、私の色気が必要かしら?」

 「司令!館内放送!どこから見てるんですか!?」

 「…………」

 「もしかしてこの展開を気に入ってらっしゃる!」

 「…………」

 「やはり!」


 まぁいいか。とりあえず昼飯だ……。なんか心身ともにどっと疲れた。回復せねば。


 「おかえり、力!生姜焼きやで!」

 「和美!豚の生姜焼き!長浜さんが言ってた通りだ!いい匂いだぁ」

 「長浜さんは力のことを褒めとったで?よぉやってたからええもん食わしたれって」

 「長浜さんが俺のことを褒めてた?」

 「嘘ちゃうで。ほんで疲れとるやろからって。ホンマは長浜さんが食べたいだけかも知らんけどな」

 「疲れているのと豚の生姜焼きに関係があるのか?」

 「関係大有りや!豚肉は糖質の代謝をスムースにしてくれるビタミンB1っちゅう成分がいっぱい入っとる。糖質っちゅうのはエネルギー源やっちゅうのは前に言うたやろ?それが代謝されやすいっちゅうことは、元氣になる料理っちゅうこと!生姜もそういう効果があるんやで?よぉ出来た料理や。他にはニンニクとネギも一緒にしとる。この子らがビタミンB1の働きを助けるんや。しかも美味しくなるんやで」

 「本当だ、美味い!」

 「せやろせやろ?栄養学のことは大切やけど、何よりこの美味いっちゅう感性が大事やからな。ようさん作ってあるから好きなだけ召し上がれ!」

 「これはご飯が進むな!おかわり!」

 「嬉しいわぁ。ダーリンがうちの作ったご飯を幸せそうに食べてる姿を見れるなんて、うちは幸せや」

 「ちょ、ジロジロ見んなよ」

 「なに?照れとんの?さっきは別所さんとワンチャンあるかもとか思っとったくせに」

 「だ!!なんのことだよ」

 「ふん。まぁええわ。別所さんは鉄のパンツやから、何しても無駄やで」

 「鉄のパンツって。じゃあ和美は……」

 「うちはノーパンや!昨日そうやったやろ!……って何言わしてんの!サイテー!」

 「あはは、すまんすまん。さすが西の街出身だな。最高のノリツッコミだ」

 「……力……あんた……笑った……笑ったやんな?」

 「え?どういうこと?」

 「力、あんた、ここ来て初めて……笑ってくれた……!」

 「ちょ、泣くなよ……え?ってか泣いてんの?あはは!!!馬鹿じゃねぇの?」

 「馬鹿はあんたや!アホ!見んといて!」

 「あはは!こりゃ傑作!写メ!クソ!通信機器持っちゃダメだったんだ」

 「なんやねん!もう!」


 「安心……かな……」

 「麗花、あんまり覗くとバレますよ」

 「ま、学……」

 「いいコンビ、ですね」

 「ええ、私たちが思っていた以上の公認パートナーになるかもね」

 「麗花の怪我、私の管理不足のせいで私たちが越えられなかった壁……」

 「私たちには越えられなかったわよ……いずれにしても」

 「相変わらず強気なんですから」

 「……さっき、嘘、吐いちゃった」

 「いいんじゃないですか?必要な嘘もあります」

 「でも……」

 「そうですね。いずれバレます」

 「はぁ……やっちゃったかなぁ」

 「大丈夫でしょう。あの二人がもっと深い絆で繋がれば、きっと」

 「そうよね」

 「今まで通り、平常運転でいきましょう」

 「ごめんね、学……」


 俺はナショナル・フィットネスに来て三日間も笑っていなかったようだ。と言うかロクに友達もいない俺がこうして会話をしている。しかも彼女と呼ばれる存在がいて、そして心から笑ったのなんていつぶりだろうか?国防というシリアスなテーマを内包した空間で声出して笑うなんて、どうかしてる気もするが……きっといいことなんだろうな。

 でも笑えるポイントは今までもいくつかあった。特に石山さんのキャラクターはギャグ要素があるのに……笑ったら殺されると思ったのかな。


 「おい!殺さねぇよ!」

 「石山さんって都合のいい時ちゃんと登場しますね」

 「ちゃんと出ないとギャラ泥棒って言われるからな!」

 「相変わらずストイック!」


 今のだってちょっとした笑うポイントだよな。やっぱり俺は石山さんを恐れているのか。ところで石山さんの「殺さねぇ」って……そうだ!あの戦闘機は殺しの為じゃないって、和美が言っていたな。確かに今日長浜さんから学んだのは相手の殺し方じゃなくて、自分の身体の使い方だった。もしかしてこのことはナショナル・フィットネスの共通認識なんだろうか。よく分かんねぇけど、皆命を大事にしてるってことか。でもそれって当たり前だよな。


 「力くん、いる?」

 「ジョンさん!」

 「どうだった?初戦闘機」

 「いやもう自慢じゃないですけど全然動かなかったです。コケまくって身体痛いです

 「それは大した自慢だね」

 「あの、その、ジョンさんて……」

 「僕が最初に戦闘機に乗った時の話を聞きたいのかな?」

 「そうです。どんな感じでした?」

 「DVDを見ながら話すよ。昨日の続き、見よ」

 「あ、はい」


 昨晩同様、ジョンさんと恋人さながらの距離感でDVDを見ながら語り合うこととなった。


 「こうやって東に進んできたんだね。東に進む理由があったから」

 「我が国より東、太平洋へ……」

 「あの時は西へ進むべきだったんだ。進んではいけない方向というか、無茶な進み方をしたんだろうね。何らかの力が働いて進みたい方へ行けなかったんだ。そして誰かが望んだシナリオ通りになった。」

 「進みたい方向へ……行けなかった……」

 「進み方を間違えると、転んじゃうよね」

 「まさに今日の俺!」

 「そう。ちゃんと手順通りやらないと痛い目に遭う。というか、痛い目に遭うのには確固たる理由がある……」

 「理由……」

 「その動きが自分の目的を果たせる手段となっているか、ってところかな」

 「目的……手段……」

 「そう、これは僕たちの闘いにおいても重要な話。例えば力くんがもっと力をつけたいと思ったとして、じゃあ力をつける為にどんなトレーニングを選択するか?これが大事だということ。」

 「力をつけるという目的と、トレーニングという手段……」

 「そう。トレーニングと言うのはいつだって目的が先に立つ。速く走りたいならその為の適切な手段を、筋肉を大きくしたいならその為の……と、こんな風に考えていくんだ。TND教が間違っているのはそこだよ」

 「TND……食べ、ない、ダイエット……」

 「そう、ダイエットって、食事って意味でしょ?何で食べないの?それただの断食じゃん。断食とかファスティングが悪いとは言わない。でもそれってなんでやってるの?ってこと。概念が狂ってるんだよ。」

 「概念……と愛……」

 「そう。概念がないから愛のない食事制限に走る。それを強要するヤツらがいるんだから、馬鹿げてる。概念が崩壊し愛が失われると、手段が目的化するんだよね」

 「手段が……目的化……」

 「世界を救う為に西へ向くか東へ向くかを論じるのに、いかにして東に向くか、もう少し突っ込むと東に向かせるかが論点になっていた。目的ってなんだったんだろうっ思うよね……」

 「目的は、世界を救うこと……」

 「今でも色んなところで手段が目的化している。ダイエットが目的であれば、食事のコントロールは手段でしかない。なのに、これは食べてはいけないとか、あれは食べなきゃならないとか、それはもう話がおかしいんだよ」

 「ジョンさん……」

 「大義を失った行動は悲劇を生む。僕は絶対にそんなことは起こしたくない。次、TND教と闘う時は……絶対に……僕は伝えたいんだ、この想いを……。彼らにも分かってもらいたい……」

 「この前の戦闘って……じゃあ……」

 「そう、想いが伝わらなかった。伝える術を失っていたんだ。みんな熱かった。だけどその熱さが逆効果だったのかもしれないんだ。ここ最近の戦闘はそんなことが続いてる」

 「…………」

 「だから力くんの力が必要なんだ!」

 「さっきから気になっていたが、力くんの力とは!ややこしい!」

 「あはは。その素直な心が僕たちに必要なんだ。それから力くん、この一日で表情が豊かになったね。それはより心が伝わっていくと思う。和美のお陰で戦闘力アップだね」

 「あ、これは」

 「ごまかさなくていいよ」

 「あの、その!」

 「顔、赤いよ。司令なら、素直でよろしい、って言ってくれそうだね。じゃ、そろそろ僕は研究に戻るよ。ありがとう。今日も楽しかった」

 「ポーカーフェイスなんて絶対無理だなぁ……。こちらこそありがとうございます」

 「そうだ、お願いがあるんだ」

 「お願いですか?」

 「ジョン、って呼んでくれないかな。僕たちは友達だから」

 「そんな!恐れ多い……です!」

 「いいんだ。頼むよ。いいね?僕たちは友達、だから。もちろん、ため口で」

 「あ、はい……じゃなくて、うん、ジョン……」

 「ありがとう、じゃ、おやすみ」

 「お、おやすみ」

 「じゃあね」


 俺は唐突に和美の公認パートナーとなり、ジョンの友達となった。それから一週間が経過し、石山さんからは相変わらずしごかれるが、なんとか耐えられている。それと並行してずっと歩き方と走り方の指導を長浜さんから受けている。どちらもやっていること自体はかなり地味だが、お陰様で戦闘機はある程度自分の思うように動かせるようになってきた。

 司令は相変わらず色気ムンムンで、別所さんは細かいことを気にしないと言うが気にならないわけがないぐらい美しいしいい匂い。戦闘機では別所さんの残り香を担当出来て何よりだ。

 やっぱり問題は膳場さん。和美の件で色々と聞きたいこともあるが、どうもいつも忙しそうにしてるから声を掛けにくい。まぁ俺のナショナル教育プログラムの統括ってことになってるんだろうから、膳場さん直々に俺と喋ることがあるとすれば、相当重たい話になってしまうんだろうが……。


 「そろそろ、話をしようと思っていたところだよ、細見」 

 「わぉ!膳場さん!ご無沙汰しております!」

 「この一週間と少しでかなり成長したようだな」

 「皆さんのお陰です。そしてお言葉ですが距離が近いです」

 「これは失礼したな。そういうわけでそろそろ実戦でも一役買ってもらう」

 「実戦……って」

 「TND教だ。作戦はもう立ててある。机上では今のところ穴はない。明日が作戦会議、そして明後日には実行に移す」

 「そこに……俺も参加するんですか?」 

 「そう、志賀の後方支援だ。あんなものは実戦経験がないと何ともできん。今はお前が公認パートナーで、私が代理という形になっているがそれは名目上の話。しばらくは実質的には私がメインで、細見がサブとなる。いいな」

 「ええ、当たり前です。マジで助けて下さい」

 「ただ、展開によっては闘いの終盤辺りで細見をメインにすることも検討している」

 「展開次第で……?」

 「これも実戦の中でわかることだ。いいな、明後日には実戦だ。準備しておけ」

 「は、はい。あ、あのマネージャー」

 「なんだ?」

 「距離が近いです」

 「おっと」

 「それからひとつ聞きたいんですが……」

 「悪いなこの後また総本部で別の作戦を練らねばならん。分からないことは石山以下に聞いてくれ」

 「わ、わかりました……」


 やっぱり膳場さんは距離が近い。スポーツタイプの眼鏡の奥に光る瞳が不気味だ。しかしそれよりも不気味なのは、この程度の習熟度で実戦に放り投げだすその心。いくら実戦でしか分からないことがあるとは言え、さすがに時期尚早ではないか。準備しておけと言われても何が何だか分からん……。でもトレーニングしておくしかないよな。


 「おい、何処へ行く!?」

 「石山さん!いや、トレーニングに」

 「ほぉ、珍しいな。」

 「石山さんは明後日が実戦だって聞いてますか?」

 「おう、もちろんよ!腕が鳴るぜ!っていうかお前も知ってんのか。じゃあ……」

 「じゃあ……?」

 「じゃあトレーニングするったって、今から何が出来るってんだよ!今は筋トレしてる場合じゃねぇ!戦闘機だ戦闘機!戦闘機を扱う練習をするんだよ!」

 「え!そうなんですか?」

 「そうだよ。いいか?ジムでやってる筋トレ、まぁ正式にはストレングストレーニングと言うが、これは身体を強くしたり筋肉を大きくしたりするために行う。俺たちの場合、目的は怪我の予防や筋力の向上だ。しかし戦闘の二日前にセオリー通りのトレーニングをしたってその結果は戦闘には反映されない。上手くやれば刺激になるかも知れんが、お前はまだそんなに器用に負荷を扱えないだろう。それなら今持ってるポテンシャルをフルに発揮できるように、戦闘機の扱い方、つまり実戦に近い練習をする方が大事だ。ちなみに俺は実戦の二日前はオフにしている。そして一日前に戦闘機と自分の同調をチェックして本番に備えるんだ。ただこれはあくまでも俺のルーティン。これがお前に当てはまるかは分からんし、何よりお前はもっとあの戦闘機に触れておく必要がある。今回は付き合ってやるから、とりあえず戦闘機だ!行くぞ!」

 「ちょ、情報が多い!」

 「うるせー!時間が限られてんだ。分かんなかったら後で読み返しとけ!」

 「付箋貼っときますね」

 「ごちゃごちゃ言ってねぇで行くぞ!」


 そんなことで俺は石山さんと練習モードで仮想空間に入った。


 「おー、何となく動けてるじゃねぇか。立ち方も悪くねぇ」

 「長浜さんが一からたたき込んでくれたので」

 「馬鹿野郎、うまく出来たのはお前自身の力だよ」

 「俺自身の、力!クソ、細見力という名前が本当にややこしい!」

 「本当にややこしい名前だ。作者のセンスを疑うぜ。わざとか?」

 「わざとでしょう」

 「まぁいい、これだけはよく覚えとけ」

 「石山さんは、これだけと言いつついくつも情報を放り込んでくるから注意が必要、ということをここ最近で覚えました」

 「うるせーな。お前は今色んなヤツから教育を受けているだろ?それでもしちゃんと理解できて上手くやれたとしたら、それは教えたヤツの教え方が上手かったという事実はあるかも知れんが、もっと重要な事実はお前自身がちゃんと理解して上手くやったって言うことだ。出来た、は指導者のスキルじゃない。お前自身のスキルなんだよ」

 「俺自身の……」

 「そうだ。逆にお前がうまく出来なかったとするだろ?その場合は逆だ。教えたのにできなかった、ってのは教えた側の責任だ。教えられてないんだからな。そいつの能力を引き出す事が出来なかったのは指導者の力不足だ」

 「そんな……なんか受け手としては上手く出来なかったら申し訳ないというプレッシャーが生じますね」

 「まぁそう感じるのも無理はねぇ。だが、変に上手くやろうとすんな。実力以上の力は出ねぇからよ」

 「確かに……」

 「今みたいな話をどうも理解できない指導者も世の中には多いみたいだがな。あいつが成長したのは俺の指導のお陰、あいつが成長しなかったのはあいつの努力不足……とかな。どの口が言いやがるんだ。指導者ってのは常に謙虚でなきゃいけねぇ。人にものを教えるんだから人以上に勉強しなきゃなんないんだ」

 「謙虚とはまた石山さんに似つかわしくないワード」

 「へっ、色んなスタイルがあんのよ。でも、お前気付いてるか?」

 「石山さんが思ったよりまともだってことですか?」

 「馬鹿野郎、今こうして喋りながらでも歩けていることをだ」

 「はっ、確かに、無意識的に石山さんと喋れるだけの距離を保とうとしていただけで……」

 「そうだろうな。こうやって無意識下で動けるようなってるってことは、お前の頭と身体はこのピンクの戦闘機と同調できてるってことだ。考えて動いてるようじゃまだ何もできねぇ。多分総本部もそのデータを見たんだろうな。だからお前も出撃要員になれたんだ。やるな、細いクセに」

 「細さは関係あるのだろうか」

 「それ、別所さんのお下がりだろ?もともとレディスサイズってことだから、俺みたいにデカくなっちまったら乗れなくなっちまう代物だ。細くてラッキーだったんじゃねぇか?」

 「細さに感謝!」

 「そうだ、感謝の気持ち、忘れんなよ。よし!じゃあ俺は疲れを溜めたくないからここまでな。お前もほどほどでやめとけよ!じゃあな」

 「あ、ありがとうございました……』


 石山さんはそのまま現実世界へと戻っていった。石山さんのはしごはさぞ頑丈なんだろうな。俺のはしごだったら絶対に折れてる。

 仮想空間には俺一人か……練習モードだから他に誰か来るとしてもナショナルチームの仲間しか来ない状況。それなら現実世界で会ってる方がいいよな……。なんか同調率も俺にしてはいいみたいだし一旦帰るか。石山さんの言う通りちょっとゆっくりしよう。


 「ちょっと待った」

 「長浜さん!」

 「悪いね。石山さんからあなたがここにいると伺ったのでね。ちょっと見に来たのです」

 「なんか動きやすくなってます。」

 「悪くないですね、しかしATPが少し減って酸化物質が溜まってるな。連日の練習で疲れているんでしょう。引き留めて悪かったね、休んだほうがいい。現実世界に戻りましょう」

 「端からそのつもりでしたが」

 「ただひとつこれだけは伝えておきましょう。この前の疲労物質の話の続きというか、補足です。疲れが溜まるというのは非常に抽象的ですが、その原因は体内が酸性に偏ることです。だからこういう時はしっかり体内の空気を入れ替えること。これだけはお忘れなく」

 「深呼吸!吐いて、吸う……」

 「そう、吸って吐くと一ターンロスするからね。まずは吐き出すこと。実戦でもお忘れなきように」

 「はい」

 「では戻りましょう」


 長浜さんは何を考えてるのか本当によく分からないけど、喋った後はいつも腑に落ちている。本当に不思議な人だ。石山さんもそうだ。多分ジアタマは悪いんだけど、使える知識やスキルはさすがって感じ。


 「誰のジアタマが悪いんだよ!」

 「あなたです!」

 

 まぁでも二人の言う通り、疲労を溜めてもダメだな。やっぱりゆっくり休むとするか。



 「膳場くん、明後日の手筈は問題ないわね?」

 「明日のプランはこちらです、司令」

 「これは……膳場くんにしては珍しく……」

 「ええ、かけてみようと思いましてね」

 「細見くんの力に……ということよね、これは」

 「もちろんです。TND教との不毛な争いを終わらせます」

 「それは確かにそうなんだけど……細見くんがこんなに……」

 「細見だからですよ。細見ぐらいしかこんなに動けないでしょう。他のメンバーに対して今から大きく戦術を変更させるのは、それこそバクチですから」

 「じゃああなた……引退って……」

 「そうですね、少し先延ばしにしようと思います。私も細見と共にもう少し闘ってからでも遅くないでしょう」

 「そうね、あなたがそれでいいなら」

 「TND教との闘い、その次からが問題ですからね。まだまだ続きますから」

 「無理のないようにね」



 「長浜よぉ、どうだあの細いの?」

 「配属された日数を考えると上出来じゃないですか?石山さんもよくあそこまでフィジカルを仕上げましたね」

 「だよな!あれなら多分闘える!」

 「私たちは、いつも通りで行きますよね?」

 「当たり前よ!今から作戦変更なんて言われても俺はそんなに器用じゃねぇぜ!」

 「ですよね。それに関しては同意です」

 「ったく、相変わらず鼻につくぜ」

 「お互い様ということで」

 「まぁでも今回こそ、いいところ出し合おうな」

 「そうです。TND教なんて、早く始末しなくては……」



 「和美ちゃん、いよいよね。」

 「別所さん……やっぱりうち、戦闘の前は緊張するわ」

 「でもいつもよりも顔色はいいみたいよ。彼の力かしら?」

 「そんな、恥ずかしいこと言わんとってください」

 「いいんじゃない?素直になっても」

 「力……」

 「大丈夫よ、彼は必ず支援してくれるわ。衝撃のデビュー……になるかもね」

 「やっぱり緊張してきた!」


 

 「いよいよだね、力くん」

 「ジョン……」

 「作戦会議の時点から多分緊張すると思う。でもあんまり真面目に話を聞いちゃいけないよ。言われた通りにするんじゃなくて、作戦の概念を理解するんだ。マネージャーもいつも言ってるけど、机上の作戦でしかない。実戦はハッキリ言って意味の分からないことが起こる。急に調子を崩したり、逆に変に身体が動きすぎたり、思ったよりも相手が強かったり、逆に弱かったり……予定通りなんてことはないんだ。臨機応変にとは言うけど、それには概念が必要、そして……」

 「愛……か」

 「そう、もうそこまで理解できてるなら多分大丈夫。安心して。僕がちゃんと周りを見てるから。力くんは自分が出来ることに集中するんだ」

 「ありがとう」

 「不謹慎かもしれないけど、楽しみになってきた」

 「やっぱりここの人はみんな変だ!」

 「あはは、変じゃないと集わないよ。集いし変態だから、僕たちは」

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