第六章 オカミの気持ち

 結局消化できたDVDは一本だけ。ジョンさんとは二時間ぐらい喋ったか。なんか俺って大事なことを全然知らない気がしてきたぞ。しかもこの流れだと、地方Fラン大学出身だから知らないって言うより、義務教育の時点からおかしいってことになる。それなら石山さんみたいに学がない方がいいんじゃ……。


 「おら!聞こえてんぞ、もやしっ子!」

 「またしても駄々洩れマイハート!」


 ナショナル教育プログラム……ナショナルフィットネスの戦闘員としてやっていくには、いや我が国を守る為にきっと重要なことなんだろうな。そうでもなければこんなDVDが渡されるはずもないだろうし。そう言えば自己肯定感の低下……自己否定感……自殺……石山さんの……!ダイエット……?ん?ここが繋がってくるってか?神話……神話を焚書したことが自己肯定感低下の入り口だとしたら……水………そうか、洗い流すだけでなくその火を消さなくてはいけないんだ……。ようやくこの世界観が見えてきたぞ。でもその為に俺に何が出来るか……俺が本当に守らなければならないものって……水……龗……淤加美……女将……和美?いやなんで。唐突すぎるだろ。わけ分かんね。


 「ようやく気付いたみたいやな」

 「和美!もう心の声が聞こえていることには驚かないぜ!」

 「うち、西の街出身。喋り方で分かるやろ。西の街には高龗神を祭神とする神社があるんや。うちはその地域から出てきたんや」

 「でもそれって偶然なんじゃ」

 「偶然も必然。あんたがここに現れたのも、うちがここにいるのも偶然。でも必然やねん。でも……だからどうってこともないけど……」

 「和美……ちょっと今夜、いいか?」

 「何よ急に…………ええけど……シャワー浴びさせてな、先に」

 「なんで!?まぁご自由に」

 「じゃあ夜ご飯食べたら……って、夜ご飯も一緒に食べようや」

 「え、あ、うん、そうだな」

 「ホンマ?やったぁ!ほな食堂行こ!もう出来てんねん!」

 「お、おう、ちょっと落ち着けって」


 顔を赤らめた和美に手を引かれ、食道へ向かった。今日も家庭的な料理が美味い。そうか和美は西の街出身だから出汁を取るのが上手いのか。だから毎日味噌汁を食ってもしょっぱくないというか、味覚が、いや感性が研ぎ澄まされていく様な感じ。そういえば西の街って、修学旅行で行ったっけ?神社とか寺とかなんかそんなんばっかりだったような氣がする。氣がするっていうかそういう街だよな。歴史の舞台にもよくなってるし。さっきのDVDでもなんかそういう話が出てたような……。

 食事を終え自室で過ごす。……っていうか飯食ってからもう二時間以上経つのに和美、いつになったら来るんだ。どんだけ風呂長いんだよ。


 「いつもより入念に。パックもしててん、遅なって、堪忍やで」

 「おぉ、やっと来たか。ところで心の声は相変わらず届いているな。もはや便利な機能に思えて来たぜ」

 「じゃあ……お好きにどうぞ」

 「あぁ、じゃあまず手始めに……」

 「(どこから来るん?あ……電気……消し……)」

 「和美……」

 「(焦らされてる……!」

 「……なんでここにいるの?」

 「はぁ!!!??」

 「だから!何で和美はここにいるんだよ!?」

 「あんたが呼んだんやんか!」

 「は!?そうじゃなくてナショナルチームだよ。もともと競泳選手だったんだろ?」

 「……はぁーー、ドキドキして損したわ。その話かいな」

 「ん?」

 「ええよ、あんたにやったら話すわ。競泳……続けたかってんけどな……」

 「なんで辞めたの?」

 「うーん、色々限界やったって感じやな。高校からこっちに出てきて、ここの所属になって、それなりに頑張っとったんやけど……」

 「怪我したとか?」

 「ちゃうちゃう、それは別所さんやんか」

 「別所さんが、怪我?」

 「あ、これは……本人からまた聞いて。うちはちょっと色々あってん」

 「言いたくないこと……?」

 「思い出したくない……せやけど、あんたには言うとかなアカンな。あんたに隠し事はできひん。今日は全部晒すつもりでこの部屋来てるし」

 「晒すって……なんか意味が違うような。続けてくれ、話を」

 「盗撮っちゅうんかな?ほら、ちょくちょく問題になるやろ?女性アスリートの際どい写真みたいな」

 「あぁ……なんかあるな。ネットとかで出回ってるヤツか」

 「そう。うちも何回もその被害に遭って、出来るだけ氣にせんようにと思っとったんやけど、特集記事みたいなんまで雑誌で組まれてもうて。そんなつもりで競泳水着を着てるんちゃうし、真剣に競技に向き合ってただけやねんけどな。いつの間にか悔しく思えてきて……カメラが気になって気になって、こんな思いするぐらいなら辞めた方がええわって……そう思ってしもてな。いつの間にか競技への熱も冷めとったんや」

 「そんなことが……」

 「そんな深刻な顔せんといて!まぁうちは可愛いから写真撮りたなるんわ分かるんやけどな」

 「この性格が不幸中の幸いか」

 「あんたは全部見てええんやで?」

 「だから何で!」

 「ふん、童貞のくせにいきって。まぁそこも可愛いところやけど」

 「話を戻すぞ。で、そのこととこのチームに入ることは直結しないだろう」

 「うーん、うちの中では直結やったかな。それって結局スポーツ選手を見る目っちゅうか捉え方の歪みやろ?盗撮問題だけちゃう。女性アスリートはかなりの確率で何かしらの性的なトラウマを抱えてる。しかもそれが一般人の興味本位やったらまだマシやけど、監督とかコーチとか男性選手とか、理解してほしい立場の人に裏切られることがあるんや。うちも現役の時は気付かんかったけど、今思えばそうやと思うことは山ほどある。競技にのめり込みすぎるあまり、他の大事なことを全然分からんまま身体だけが大人になんねん。競泳は特にかも知らんけど、それでヤラシイ目つきで見てきよるヤツらが増えるんや。そらそれで注目度が上がって強化費が増えるとかやったらまだええで?でもそれが内部で起こるんや。内部崩壊なんて誰も得せぇへん。一時の快楽の為に、ホンマに大事なもんを失ってるんや。だからウチは闘うって決めた。今はまだ直接闘えてへんけど、いつかウチを苦しめたり、他の子もうちと同じような氣持ちにさせたりしたヤツらを、この手で……」

 「そうだったのか……」

 「あぁ、せっかくのムードが台無しやな、堪忍な」

 「俺はこういうムードになると踏んでいたがな」

 「まぁここまで喋ってもうたし、もう一個だけ。あんたには言うとくわ。」

 「もう一個?」

 「膳場コーチのこと」

 『膳場……コーチ……?』

 「膳場…マネージャーやな。ごめんごめん。でも、コーチって呼ばせて。うちのコーチやってん」

 「膳場さんが?」

 「そう、うちが世界選手権行けたんも、コーチのお陰。うちが盗撮被害に遭った時も支えてくれたんは膳場コーチ。せやからホンマに感謝してる。コーチはそういう性的な問題にもちゃんと闘ってくれてはった。ホンマに守ってもらってた。こっち来てから一人暮らしやったから、ここに来るとコーチに会える……なんかお父ちゃんみたいな存在やった。コーチはそんなに歳離れてへんって言っていつも怒らはるけど、うちからしたらこっちのお父ちゃんはコーチやねん」

 「そういうことだったのか」

 「で、コーチがなんか裏でコソコソ忙しそうにしてはんのも知ってた。それもこのチームに加入した理由のひとつ。今でもコーチはうちの戦闘をサポートしてくれはる。うちの居場所はここやって、直感で決めてん」

 「膳場さんと和美、いいコンビだよな」

 「うん、でもうちはまだ二十三歳。コーチはもう三十五歳や。コーチには悪いけどうちはまだまだレベルアップする。けどコーチはもう伸びしろがあらへんのよ」

 「だから戦闘の後半……」

 「そう、女やいうたかてうちも競泳選手や。持久力なら男並みやからな。着いてこられへんんのよ」

 「膳場さんは……じゃあ……」

 「そう、もちろん戦闘には必要不可欠やけど……引退も考えてはるみたい。マネジメントしながらプレイヤーでいるのは大変なんや」

 「ってことはみんなが言ってる“足りなかったピース”って……もしかして……」

 「せや、コーチの後継者」

 「余計に思うわ、なんで俺なの、と」

 「これにはうちの意見が大きく反映されとる」

 「和美の?」

 「そう。コーチは知っての通り後方支援もできるし、経歴も長いから各分野にそれぞれ精通してるホンマのプロや。その後継者を探すのだけでも大変。でもそれはチーム全体で乗り越えられるかもしれん。それより大事なことは、うちという偏屈者とペアを組めるか、うちを扱えるかどうかやっちゅうこと」

 「なおさら俺には無理そうだが」

 「ちゃうねん。うちはあんたのことやったら聞ける氣がすんねん」

 「なぜ!?」

 「……そう、感じたから。私の感性に響いたんよ」

 「感性!?」

 「うちのこと、オカミやって、なんかそんなこと言うてたやろ」

 「心の中でな」

 「うち、そういうの分かんねん。信じひんでもかまへんよ。でも……」

 「ホンマやねん、だろ?」

 「……そうや」

 「分かったよ。何が何だか分からんのはここに来てからもうsずっとだ。だがちょっと待ってくれ。俺はまだ戦闘機すら扱ったことがない。明日に届くらしいから、それ次第で色々と返事は待ってくれ。今の俺にはどうしてやれるとか、そんなことは言えねぇから』

 「あんた知らんやろ?戦闘機の秘密」

 「自慢じゃないが、知らないことだらけだ」

 「あの戦闘機はうちらの身体と心に連動して動く。ただ起動の条件がひとつだけあるんや。この条件をクリアしてへんかったら、何したってウンともスンとも言わんのや」

 「その……条件とは……」

 「……童貞、もしくは処女の卒業、やで」

 「なに!?」

 「つまり今のあんたでは動かへんってこと!さぁどうする?」

 「どうするって、いや、あの、エロビデオならだいぶ見てきたんですが」

 「あんなもんファンタジーや!」

 「っていうかふつうこの手の作品は少年少女向けで、大体乗るのは十四歳ぐらいの男女だからどっちかっていうと、こう、むしろ失うと乗れないというか、無垢じゃないとダメというか!」

 「もう!何言うてんのよ。ホンマに身体のこと分かってへんと扱えへんって聞いてるやろ?なんで童貞が身体のこと分かったって言えるんよ」

 「じゃ、どうすれば……」

 「ここにピチピチでムチムチの若くて可愛い女子がおるんやけどなぁ。あ、そうそう部屋は総本部付けの人しか外からは開けられへんし、さすがに寝室は完全防音やで!」

 「ちょ、あの……」

 「大丈夫、ゴムはうちが持ってる」

 「いや、そういう問題じゃ!」

 「さ!電気消してや」

 「いや、その……。はっ!そう言えばチームのみんな、やたらと和美のことを推してきてたっけ」

 「もう辛気臭いな!うちがリードせなあかんの?しゃーないなぁ…」

 「……そんな、R十八な世界線!?」

 「お色気シーンがあった方が視聴者増えるんやで」

 「その為にするのは違うだろ!」

 「背に腹は代えられへんのや。いくで!」

 「おーーーい!」

 「あーーーん!」


 こうして俺のナショナル教育プログラムノートに、消すことのできないイベントが刻まれたのであった。

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