第四章 守りたいもの
親から子へ、そして孫へこの縦の繋がりが家族をつくる。無論繋がりは家族という縦軸だけではない。横軸も奥行きも存在し三次元的に関わり合い共同体が作られる。それはただ単純に、人間は一人では生きていけないことの表れである。共同体意識が抜け落ち個人主義となればその個人の力も弱体化するに違いない。共同体を守るのだ。
朝か……なんか夢にも戦闘のこととかこのDVDのこととか出てきて、寝た気にはなれんな。っていうかこの布団で寝るのも初めてだし。さて、八時から朝礼。それまでに朝食食っとけって話だったな。
「あ、ジョンさん、おはようございます」
「力くん、おはようございます。じゃ、また朝礼で」
「あれ?朝食は?」
「いつも自室で食べるんだ。ごゆっくり」
「は、はぁ」
和美は気にしなくていいって言ってたけど、ジョンさんとは全然コミュニケーションが取れないな。まぁ仕方ないか。
朝食はだいたい前日の残り物。この辺はなんだか家庭的っていうか最新鋭の施設らしからぬ渋さがあるよな。冷蔵庫には卵がある。卵かけご飯でもするか。新しい布団と枕、それから最新鋭の洋式トイレは慣れないが、食事は意外といけるかもしれん。っていうかジョンさん以外は?みんな自室で食う感じ?もう七時十五分だしそろそろ皆出てきてもいい頃じゃ……
「あら、えらくゆっくりとしたご起床ね」
「べ、別所さん!こんな早朝なのにもうばっちりお美しい!」
「六時になっても起きて来ないなんて。もうみんな先にご飯食べちゃったわよ。」
「え、六時?早っ!」
「そうね、ジョンは結構夜に研究しているから遅いことが多いけど、大体みんな六時には起きて軽く身体を動かして、七時までには朝食を終えているわよ。きっと今はみんなそれぞれ勉強してたり心身のメンテナンスをしてたりするんじゃないかな。八時の朝礼には整えておきたいしね」
「めっちゃ健康的」
「当たり前じゃない。身体が資本なのよ。しかも私たちは地下シェルターに籠ることも多いから、朝日を浴びるようにしないと体内時計も狂うのよ」
「体内時計、俺のは狂ってると!」
「そうね。あんな時間にメッセージ送ってくるなんて、バグってるとしか思えないわ」
「それは確かに」
「いい?毎朝ちゃんと朝日を直接浴びなさい。日の出は季節によって違うけど、だいたい六時台には日が昇っているわ。朝日を浴びるとセロトニンっていうホルモンが分泌されるの。聞いたことあるでしょ?」
「幸せホルモン!」
「ピンポーン。セロトニンは分泌されて約半日、そうね十四時間後ぐらいにメラトニンという睡眠ホルモンの分泌に繋がっていくのよ」
「睡眠ホルモン……」
「そう、眠たくなるってこと。六時に朝陽を浴びたとしたら、二十時ぐらいには眠たくなってくるわ。もちろんそんな早くに寝なくてもいいんだけどね。ポイントは夜はなるべく穏やかに過ごすことよ。これが翌日のエネルギーにも関わってくるんだから」
「じゃあ今日の俺は」
「最悪ね」
「ストレート!しかし美人に罵倒されるのは悪くない!」
「どうせ言われた通りにあのDVDを見たんでしょ?別に見たっていいけど夜中にスクリーンなんて見たら体内時計狂いまくるからね。ブルーライトの見過ぎは自律神経を狂わすわ」
「自律神経……」
「理科で習わなかった?交感神経と副交感神経って」
「分かりません」
「大学行ったクセに知らないなんて、大学っていったいどうなっちゃってるのよ」
「地方Fランを舐めないでください。特にうちの学校は行かない方がマシです。学費の搾取。ただモラトリアムを延長したまでです」
「それはいろいろ失礼よ。あんたの過ごし方に問題があっただけでしょう。まぁいいわ。どうせ今日も戦闘機はまだ届かないし、朝礼が終わったら……うん、そうね。色々と済まして時間が余ったら私の部屋に来なさい。自律神経のこと、みっちり教えてあげる」
『みっちり!それは何が何でも必ず行きます。別所さんのお部屋ですね。シャワーを浴びて歯を磨き、靴下とパンツを履き替えて行きます。ありがとうございます』
「相変わらずね……」
黒髪ロング歳上美女、別所さんの部屋に合法的に行けるとは!やはりナショナルフィットネスは運が動き出す!これで筋肉痛も乗り越えられるってもんだ!……なんてことを考えながら朝食を済ますと朝礼の時間になっていた。
「おはようみんな。全員揃っているわね」
朝礼というのはどうも緊張感のあるものかと思っていたが……結構みんな自由な感じ。こう、気を付け!礼!みたいな……と思ったらジョンさんは多分あれは寝てるな。寝ぐせスゲーし。和美はなんか食ってる。これがあのムチムチボディの元か。別所さんはもうフィットネスクラブの受付で仕事してる。膳場さんは何か一応ちゃんとしてるけど脚組んでるし眠そう。いや、眼鏡の奥の瞳は閉じられている。寝てるな。石山さん…あれはプロテインか。マッチョってやっぱこんな感じなんだな。長浜さんは前髪チェックしつつ爪を磨いている?……うんやっぱり何考えているのか分からん。司令はこれでよいのか?これ学校だったら怒られるヤツ。
「全員揃ったのは久しぶりね。一応ジョンもいるじゃない。細見くんのおかげかな?」
「え?俺?っていうか全員揃うのが久しぶり?」
「ええ、それぞれ表向きの仕事があったり戦闘の準備だったりいろいろあるからね。朝礼は一応皆とのコミュニケーションタイムだけど、最優先事項ではないのよ。でも驚いたわ、昨日は戦闘があったから出てこないかと思ったけどこうして来てくれて。嬉しいわ、ありがとう」
「戦闘があったから、ですよ、司令」
「長浜さんが喋った!意外!ただし爪を磨きながら!」
「昨日の戦闘で感じたことは皆同じだったってこと、ですね。私も皆さんも」
「そう言うことなら嬉しい限りだわ。じゃあもう特に何も言わなくてもいいわね」
「あぁ!俺がそのほっそいのをちゃんと戦闘できるように仕上げてやるぜ!」
「頼んだわよ、石山くん。志賀さんは今日も食事の準備よろしくね」
「はぁい」
「え、また石山さんとトレーニング!?」
「当たり前だろ!お前まだBIG3全部やってねぇだろ!行くぞ!」
「BIG3!?お笑い!?」
「ばか、黙ってついてこい」
「ひえぇ!!ちょ、あの筋肉痛!」
「最初はそんなもんだよ!違う部位やるから気にすんな!」
「ちょ、あ、え!」
「行ってらっしゃい。さて、膳場くん、昨日の戦闘の総括を」
「はい、おはようございます。」
「あなた寝てたわね」
「いえ、マインドフルネスと言うヤツです。で?なんでしたっけ?」
「寝てたわね。昨日の総括よ」
「既にまとめております」
「これはやはり……何度やってもこのままじゃ同じことの繰り返しね」
「ええ、私と志賀の連携もこれ以上高めるのは難しいでしょう」
「石山くんと長浜くんも……」
「相変わらずですね。ひとりひとりならそれなりですが、連携となると力を打ち消し合っているようです」
「ジョンは?」
「相変わらずの洞察力ですよ。ただ……」
「そうね、やはりピースが足りないと……」
「ただ今日のうちに、少し埋まるかも知れません」
「今日?」
「考えてもみて下さい。わざわざジョンが朝礼に出てきたんですよ。まぁ寝てるんですが」
「寝てたのはあなたもでしょう」
「いいえ、マインドフルネスです。それはさておき、戦闘の翌日にジョンが朝礼に出るなんて、今日は嵐でしょうか」
「そうね。良いように荒れて欲しいわね」
「石山のしごき次第でことは大きく動きます」
「そうね。引き続き管理をよろしくね」
朝礼が終わったのかどうかも分からぬタイミングで俺はまたしても石山さんにジムエリアへ連れて来られた。
「おい細見!どうせ脚が筋肉痛だとか言うんだろ?まだバックスクワットもしてねぇのに、最近の若い奴はよ」
「いや、あんなに回数やったら筋肉痛になるでしょ!」
「まぁいい。今日は上半身だ。おい、BIG3を知らねぇとは言わせねぇよ」
「ビート……」
「やめとけ!怒られんぞ!」
「さんま……」
「しばかれてぇのか!」
「笑って……」
「いいともー!……じゃねぇよ!しかし若いクセにあのお昼十二時の生番組を知ってるとはな。ちょっと感心だ」
「夏休みとかはほぼ毎日見ていました」
「夏休みの朝はアニメを見て、昼はいいともだよな!……ってそんな話してる場合じゃねぇ。ウエイトトレーニングのBIG3だ。スクワット、デッドリフト、ベンチプレスだよ!デッドリフトは脚も使うから今日は勘弁してやる。そこでベンチプレスと行きたいところだが……」
「ベンチプレス!男のあこがれ!」
「お、その気になってきたか。男なら憧れるよな、俺様みたいな厚い胸板によぉ」
「はい、是非教えてください!」
「だがお前にはまだ早い。お前がやるのはプレスだ!」
「ベンチはどこへ!」
「いいツッコミじゃねぇか。」
「あなたといるとツッコミが上手くなります」
「ベンチプレスってのはな、ベンチに仰向けに寝転がってバーベルを胸のラインでコントロールする、大胸筋を鍛えることを主な目的としたトレーニングのことだ」
「急に教科書口調になりましたね」
「読者にも分かるように喋らねぇとな。昨日も少し触れたがこうして説明できるようになって一人前だ。最近のトレーナーかぶれ野郎はロクに説明もできねぇくせに人様にトレーニングを教えようとしやがる。見てらんねぇよ。その点安心しろ。俺は分かりやすい説明に定評がある」
「少し口が悪いとは思いますが、分かりやすい説明とあらばそこは目を瞑りましょう」
「おお、それは助かる。じゃあ続きな。ベンチプレスってのはベンチがないと基本的には成り立たない。ベンチがなかったころは床に寝転がってやってたらしいが今じゃそんな風にして大胸筋を鍛えるヤツなんて余程物好きだ。それをやるぐらいならプッシュアップ、おっと日本語で言うと腕立て伏せだな、それをやってる方がいい」
「では腕立て伏せを、師匠!胸板が欲しいです」
「バカ言え。昨日の戦闘見ただろう。大胸筋なんて殆ど使わねぇよ。そもそも倒れちまったら形勢が一気に危うくなる。まずは立ち続けられるか、これが大事なんだよ」
「では今日はこの辺で終わりにしましょう。ベンチできないなら帰ります」
「おいこら。よくいるフィットネスクラブ通いのおっさんみたいなこと言うな。マジでベンチしかしねぇヤツが多くてビビるぜ。何よりだな、お前のそのひょろっとして今にも倒れそうな身体を見てるとこっちまでヒヤヒヤする。だから今日はプレスだ。スタンディングプレス、もっと分かりやすく言うと、スタンディングオーバーヘッドプレスだ」
「どんどん言葉が増えてますけど」
「要はだな、立った状態で、手を頭の上、オーバーヘッドだよ。」
「あれ、説明下手ですか?」
「お前のツッコミの回数が多いからややこしいんだよ。万歳してみろ。」
「こう、ですか?」
「そうだ。お前はまだ若いから肩が挙がんねぇなんてこともないから問題ないな。バーベルを持って万歳するんだよ。こんな風にな」
「最初から見せて下さいよ」
「お、よく気付いたな。メラビアンの法則って知ってるか?」
「地方Fランを舐めないでください。知るわけないじゃないですか。魔女の名前ですか?」
「研究者のおっさんの名前だよ。それからな、おい、俺は高卒だ。地方Fランとはいえ大卒のお前を舐めちゃいねぇよ」
「ようやくあなたへの勝機を見出せた気がします」
「しかし学歴なんてここじゃ関係ねぇからな。舐めた真似すんじゃねぇぞ。殴るからな」
「失礼しました。それはマジで勘弁」
「で、メラビアンの法則な。人は情報を取得する時、概ね五十五%を視覚情報から得ていると言われている。そして三十八%を聴覚、残りのわずかな部分を言語情報から取得するんだ。だからお前が言ったように、言葉だけで物事を理解するというのはハッキリ言って無理がある。見て覚えるんだよ。言葉はその動きの補足に過ぎねぇんだ。メディアの都合上俺はこうしてやたらと喋っているが、もし実写化したらこんなに喋ることはないだろうよ」
「実写化、狙ってるんですね」
「夢はデカくだ!俺を演じるのは誰だろうな」
「知らんがな」
「おい、てめぇ……」
「あ……」
「関西弁、うつってるぞ。和美か」
「え、いや、ちゃいまんがな」
「和美のやつ、昨日も豚汁作ってたし、やはりな」
「え、なんのこと!」
「ニブチンめ。まぁそれぐらいの方が好感度も上がるか」
「いや、なんか昨日は母性をくすぐられたとか言ってたけど、そんなまだ二日目。なんで!」
「ちょうどいい展開だな。メラビアンの法則の誤用例について説明してやる」
「はい?」
「人は見た目に左右されるってやつだ。第一印象が大事とか言うヤツよ。恋に落ちるのもまずは見た目とか言うだろ?あれはメラビアンの法則を誤って解釈したヤツがテキトーに流したそれっぽい話だ。確かに第一印象は大事だが見た目だけで判断するわけじゃねぇ。聴覚情報と言語情報は合わせて四十五%もあるんだからな。まぁ一目惚れも悪くないが、一目惚れなんて損するだけだぜ?めっちゃいいと思ったのにこんな悪いところがある!なんて見た目のせいでハードル上がってるじゃねぇか。現にイケメンは、イケメンのクセに……なんて言われて悩むこともあるそうだ。俺には分からんがな。最初は嫌なヤツだと思ってたけど気付いたら好きになってた!って方がラブコメとしても見ごたえあんだろ?」
「もう相変わらず喋りすぎだし、この作品はラブコメなんですか?』
「若くて可愛いムチムチボディの和美、黒髪ロング美人の世話役別所さん、ミステリアスな魅力の巨乳司令!さぁ細見の心を射止めるのは誰!?」
「誰でもないでしょ!この国の危機に関する話どこへ?」
「馬鹿野郎。愛ってのがあったろ?愛の前には恋があんだよ。」
「ちょっとそのムキムキで言われても」
「俺はな、細見……」
「え?」
「俺は、昔愛した人を亡くしたんだよ。突発的だったんじゃないかって言われる」
「それってまさか……」
「あぁ、自殺だったよ。俺が見つけた時にはもう息がなかった。もう五年前になるかな」
「そうだったんですか……」
「高卒のどうしようもない俺を優しく包んでくれた。いい女だったよ。飲み屋で出逢ってな。未成年で飲み屋ってのは目を瞑れよ?そのまま彼女の家に転がり込んだ。でもある時から急にダイエットってのを始めてなぁ。いつしか俺が食べるものと彼女の食べるものは別々。なんか寂しかったよ。到底、おかわり、なんて言い出せる空気じゃなかった。飲み屋で出逢った二人が一緒に飲みに行くこともなくなって、家にはよく分かんねぇサプリの山。テレビや雑誌を見ては、もっと痩せなきゃって、言ってたな。何に絶望したのかは分かんねぇけど、過度なダイエットが彼女の人格まで痩せ衰えさせたのは間違いねぇ。無理してでも飯を食わしとくんだったよ。何より、彼女の異常行動をちゃんと止められなかった俺にも責任はある。だから俺はトレーナーになって、そうやって傷つく人を一人でも減らしたいと思ったんだ。それで当時求人募集していたナショナルフィットネスへ面接に来た。当時は今の司令がマネージャーだった。当時司令だった人は今や政府のお偉いさんだ。坂本司令が唯一コンタクトをとれる政府側の人物だ。水口さんって言ってな、今は国防の長官をされている。俺はその水口さんに面接してもらって、その時に今の話をしたんだ。そうしたら、共に闘おうって言ってくれてよ。そこからだ、俺が強さにこだわるようになったのは。強くねぇと守れねぇんだよ。弱かった俺は、一人も守れなかった。いつでも攻められるようになって初めて守れるんだ。そして守りたいものがあるから強くなれるんだよ。俺は一人失ってから気付いたが、こんな思いをするのはもう俺意外に必要ねぇ。分かるか?恋だとか、愛だとか、柄にもねぇ俺が言ってる理由がよ。」
「石山さん……」
「なぁ細見、お前、守りたいもの、なんだ?」
「俺が……守りたいもの……」
「ふ、まだ早かったか。よし、いずれ見つけろよ。いや見つかるかもな!意外とその辺に転がってるもんらしいぞ!テキトーに拾ってお守りにしろ!」
「急にいつもの石山さんに戻った!めっちゃ雑!二重人格!」
「馬鹿野郎!続きだ!っていうかお前まだ自分でやってねぇじゃねぇか!口動かさずに身体動かせ!」
「いや、ずっと喋ってたのは石山さん!」
「うるせぇ!時間ロスしてんぞ!」
「あぁ……えっと……どうやるんでしたっけ?」
「だぁ!見てろ!もう一回だけ見せてやる!」
こうして今日も強くなる為のトレーニングは続くのであった。
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