6. 侵入者(4)



 文字通り決死の覚悟を決めたハルトの声が、暗夜の森に響き渡った。構えた直剣の切っ先、その震えは既に止まっている。



 たとえ自分では敵わない相手でも、後ろにレンがいる以上、背を向けて逃げることはできない。それに、もしも自分がここで死んでも、相手に手傷を負わせられれば、後はレンが皆を守ってくれる。ハルトはそう確信していた。


 柄を握る手に更に力を込め、己を奮い立たせる。



「へぇ。中々肝が据わってんじゃねーか」



 シキの顔から、すっと薄ら笑みが消えた。その漆黒の瞳は、目の前の獲物ハルト以外を映していない。



「……んじゃ、こんなのはどうだ?」



 シキは刀を構え直した。先程までとは異なり、今度は両手で柄を握っている。何か仕掛けてくるか、とハルトが警戒を強めた瞬間。全身にぴりっと電気が流れたような感覚が走る。この感覚には、覚えがあった。



「まさか、魔法……っ!?」


「上手く避けろよ……死にたくなきゃな」



 シキによって練り上げられた魔力が空を震わせているかのような、高く鋭い音がした。その手に持つ白銀の刀が、白く眩い輝きを帯びると───



「ふッ!!」



 シキの刀が空中を一閃した─────違う、それだけでは無い。彼が放った斬撃の軌道を辿って、白銀に輝く何かがこちらに迫ってくる。



 かなりの高速ではあったが、先程身をもって味わったシキ本人の速さに比べればまだ遅かった。右手側に軌道が逸れるのを見切ったハルトは反対側、左方向へ飛び退いてそれ・・を回避する。



「……っ、何なんだあれ……!?」



 振り返ったハルトは、途端に驚愕した。


 直径数十センチはあろう、比較的大きな大木が、飛来したモノと同じ形、水平方向に大きく抉られていたからだ。



 斬撃が・・・飛んできた・・・・・のである。



 普段であれば見たことの無い魔法に心躍るところだが、それが自分に向けられている状況ではしゃげるほど、ハルトは間抜けではなかった。


 冗談じゃない。自分の身体の何倍も太い大木がああ・・なのだ。あんなものをまともに受けて、無事で済むとは到底思えない。



「当たると痛いじゃ済まねぇぞ。 そら、次だッ!!」



 シキはハルトが自分の方に向き直るのを見るや、再び刀に魔力を溜め更に二発、先程と同じ『飛ぶ斬撃』を放つ。



「くっ……!」



 両脚に込めた力で地を蹴り出し、右へ跳躍して一発目を、そのまま転がって二発目を回避する。ハルトは常にシキから視線を逸らさず、次々と飛来する斬撃を躱し続けた。


 息が上がって、身体が酸素を求めるのを感じる。対して、眼前で銀色の刀身を閃かせる彼は、やはり平然としていた。


 シキはあの身体能力に加えて、魔法の方もかなりの使い手であるとハルトは判断した。魔力の枯渇には期待できない。

 なんとか躱せないこともない速度と攻撃範囲ではあるが、このまま逃げ回っていてはこちらの体力が先に尽き、やがてハルトの身体は二つになってしまうことだろう。



「なんだ、もうバテたのかっ!?」


「くそっ、このままじゃ……っ!!」



 なおも斬撃を放ち続けるシキに、後手に回らざるを得ないハルト。だが全く打つ手がない、という訳ではなかった。



 手があるとすれば、ハルトが先程大猪に向けて放った『光魔法』だ。


 この魔法は、吸収したエーテルを魔力に変換するプロセスに干渉し、魔法の行使を封じ、また付随する効果として、身体の動きもある程度制限する効果がある……と、ミツキに教わった。



 端的に言えば、光魔法は「当たるとしばらくの間、魔法の発動と身体の動きを封じる」、というものである。


 これを命中させさえすれば、ハルトにも正気が訪れる筈だ。


 恐ろしく速い彼を相手に・・・・・・・・・・・魔法を・・・当てる・・・ことが・・・出来れば・・・・、だが。



 しかし。飛ぶ斬撃を回避し続ける中で、ハルトは気づいていた。


 ハルトと同様、シキの魔法にも『後隙』が存在するのだ。連続して放てるのは見たところ五発で、その直後には僅かな時間ではあるが、斬撃を飛ばして来ない時間がある。



 どうにかしてこの猛攻を掻い潜り、魔法行使の後隙を突いて、絶対に躱されない至近距離で光魔法を当てる。……針の穴に糸を通すような話だが、これ以外に突破口はないとハルトは判断した。



(とにかく隙を見て、間合いを詰める……!)



 シキの刀から次々と生み出されてはこちらに飛来する白銀の斬撃を、ハルトはギリギリのところで避け続ける。


 どうにかして形勢逆転のチャンスを掴まなければ。つけ入る隙を見つけなければ。



 ───その思考に、ハルトの集中力は過剰に割かれた。



「そこっ!!」


「ぐっ!?」



 白銀の閃きはハルトの上腕をわずかに掠め、鋭い痛みを置いて去っていった。紅い鮮血がじわりと、服に滲む。



 痛みによって冷静さを取り戻し、ハルトは腹を決めた。


 待っているだけで隙を晒してくれるような相手ではない。自らチャンスを作り出さなければ勝つことはできないと、そう悟った。



「……やるしか、ないッ!!」

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