6. 侵入者(3)
臨戦態勢に入ったシキからはもう、先程までの小生意気な少年といった印象は一切感じられなかった。
放つ鬼気から形容するならば、彼は修羅のようで、ハルトは生唾を飲んだ。戦いを避けることは出来ないと、本能で理解した。
「いくぞ」
シキが短く呟いた瞬間、先程の猪の突進にも似た轟音が辺りに響き渡る。
そして
猪などとは比較にならないその速度は、まさに『吹っ飛んできた』とでも形容すべきものであった。
(速……ッ!?)
いつの間に抜いたのか、気づいた時には既にとてつもない速さで眼前に迫っていた刀を、ハルトは両手で構えた猟剣で辛くも防いだ───しかし。
「なっ!?」
ギィィィン、と甲高い金属音が鳴った。小柄なシキの放つ斬撃はその外見からは想像もできないほどに重く、ガードなど物ともせず、その身体ごと後方へと吹っ飛ばした。
「かはっ……!!」
飛ばされた先、大木の幹に受け止められ、背中を鈍い痛みが襲う。この瞬間ハルトは、轟音の正体がシキの踏み込みの音だったことに気が付いた。
(あの小さな身体で、なんて
ハルトが驚いている間にもシキは距離を詰め、再び刀を構えて飛んできた。
「ふッ!」
咄嗟に斜め方向へ前転し、振るわれた刀を
なんとか反応しきったハルトだったが、僅か二手で身体が、頭が、細胞の一つ一つに至るまでが理解した。
強すぎる。只者ではない。自分とは、いや、おそらくレンとも比較にならない。
まともに戦っては絶対に勝てないと、ハルトがそう判断を下すのには十分すぎる数秒間だった。
「はぁッ!!」
「く……っ!」
立ち上がったハルトに向かって、再び突っ込んでくる白い影。迫りくる斬り上げを迎撃するも、シキの攻撃の手は止まらない。
横薙ぎ、突き、斬り下ろし。素早い身のこなしから次々と繰り出される
シキが手にしている獲物の大きさは一般的な刀のそれであるはずなのに、その斬撃の一つ一つはまるで鉄塊に打たれているかのように重く、それでいてナイフでも振るっているかのような速さだった。
鳴り止まない金属音が響くたび、ハルトの身体は芯から軋む。
「せいッ!」
「ぐぅッ……っ!」
そして、剣戟の度に感じる違和感。僅かな隙を見て繰り出したハルトの反撃は、避けられるでも止められるでもなく、刀身を滑るように受け流されるのだ。
手応えを感じられずに翻弄されていると、すぐさまあの重い斬撃が迫ってくる。
ハルトは攻撃を受け流されている分、余計な動きが増えて、普段以上に息を切らした。対するシキは、一切呼吸を乱していない。
暫しの、綱渡りのような攻防の後、ハルトはたまらず後退する。今度はシキは距離を詰めては来ないようだった。
「へぇ、結構動けるじゃねぇか」
シキはすぐに動き出す気配はなく、挑発するような声音で言った。怒り混じりの疑問が、口を衝いて出る。
「どうしてっ……何のために、こんなことするんだ!?」
「随分余裕だな。質問の時間じゃねーぞ」
「答えてくださいッ!! あなた達の目的は何なんだ!?」
必死で声を上げるハルト。その神経を
「さっきも言っただろ、調査だよ。話した感じじゃ、お前は俺の
この期に及んで目的が調査など、ハルトには信用できるわけがなかった。
彼らは大樹や村に関して何かしらの秘密を探ろうとしており、情報は持っていないが関係者となってしまったハルトを始末しようとしている。自分がここで殺された後、村の皆がどうなるかは想像に難くなかった。
ハルトは、はじめに彼らを警戒しなかった事と、情報を与えてしまった事を深く深く悔いた。
「そんなこと、させない……!」
「へぇ。ならどうする? 今ので分かったと思うが、お前じゃ俺には勝てねぇぞ」
白髪から覗く黒い瞳が、真っすぐハルトを見据えて言った。
ハルトは自惚れるタイプではない。言われた通り、彼我の実力差はとっくにわかっている。圧倒的強者に命を握られる恐怖も当然ある。助かるためには、なんとかして隙を作って森へと逃げ込む以外に方法はないだろう。
しかし。おそらく彼はミツキを、ハルトにたった一人残された家族をその手にかけた。これ以上失う訳にはいかないのだ。村の皆を、故郷を、親友を。
そして何より。
「……勝てなくても、いい」
「あ?」
親友ならば、レンならば、きっとこうする筈だ。
自分のためでは無く、ハルトや村のために戦う筈だ。
「僕がやられても、村にいる僕の友達が絶対にお前を止める……だから僕は逃げない。どうせ死ぬんなら、腕の一本でも取ってから死んでやるッ!!」
得物の柄を握りしめ、力強く、ハルトは叫びを上げた。
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