6. 侵入者(2)



「本っ当に、ごめんなさい……」


「まぁ、分かればいい」



 重ね重ね頭を下げるハルトに、まだ機嫌の悪そうなシキが鼻を鳴らす。



「んで、ここに出る魔物ってのは白くて・・・ウネウネ・・・してる・・・キモいアレ・・・・・のことか?」


「白っ!?」


「お、おぉ……何だ、急に」



 聞き覚えのない魔物の特徴に好奇心をくすぐられ、思わず声を上げてしまったハルトだったが、先程ものすごい失礼をかましたのを咄嗟に思い出し、何とか自重した。



「……あぁっ、すみません。この森に出る魔物は猪とか狼とかで……そんなのは聞いたことありません」


「そうか。……あと最後に一つ、『大樹』ってのは何だ?」



 ハルトの反応に若干引いた様子のシキが尋ねる。


 外から来たのであればその目で見えた筈だが、と少々疑問に思ったが、彼らは調査で来ているという話なので、具体的に知る必要があるのだろう。そう思って、ハルトは『大樹アルヴ』について二人に教えることにした。



「えぇと……大樹っていうのは、大昔にここに生えてた物凄く大きな木のことです。神様に切り倒されて、その切り株を開拓して作られたのがこの森……なんていう昔話があるんです」


「へぇ、神様ねぇ……」



 胡散臭い物を見るような目で、シキは相槌を打った。



「まぁ、昔話なので。……それで、僕たちの言う『大樹』はあの壁も含めて、今僕たちのいる場所を指してます」


「大樹……そうか……」



 話し続けるハルトと、その指が指し示す大樹の壁を交互に見やり、シキは何か考え込んでいた。彼が何に対して思考を巡らせているのかはハルトにはわからなかったが、大方、彼らの調査内容に関係するのだろう。



 シキが頭を回転させている中、チアキは何をするでもなく彼を眺めたり、空に浮かぶ三日月をぼーっと見上げたりしていた。


 それでも常に彼の一歩後ろに立っていることから、もしかしたらシキの方が研究職で、チアキの方が付き添い……なんて可能性もあるとハルトは思った。なにせ人は見かけによらないと、先程知ったばかりである。




「よし、大体わかった」



 そうしてハルトが二人を観察していると、しばらくの間ひたいを指で叩いたり唸ったりしていたシキがやっと、何かに納得したようだった。


 調査の内容に関してはハルトも興味があるので是非聞きたいと思っていたが、今はそれ以上に優先して聞かなければならないことがあった。



「……あの。お二人が外から来たなら、途中で女の人とすれ違いませんでしたか? 紺色の長髪で、背の高い人なんですけど」



 一段落ついた様子のシキに、ハルトは自分がこんな時間に外へ出ている理由でもある、ミツキの行方を尋ねた。もしかすると、村に入る前に彼らが見かけているかもしれない。



「その人なら───」



 思い当たるところがあるのか、ハルトの問いに何か答えようとしたチアキ。それをシキが手で遮った。



「あぁ、見たぜ」


「本当ですか!? どこで!?」



 待ち望んでいた返答を得て、ハルトは顔を輝かせた。彼らがミツキと村の外ですれ違っているのであれば、特に何事もなく外に出ている筈───



「さぁな」


「……え?」



 ハルトはシキの発言の意図を理解できず、一瞬思考を止めざるを得なかった。


 その思考が状況に追い付くのを待たず、シキは続けて言う。



「それにしても、お前は襲って来ねぇんだな。……丁度疲れてたとこだ、話が通じて助かったぜ」


お前は・・・、って……どういうことですか?」



 シキはハルトを見据えるだけで、質問には答えない。両者の間を、夜風が通り抜けた。


 風はハルトの不安を撫で、シキの上着の長い裾を揺らした。その拍子に、彼の腰に携えられたものを、ハルトは見てしまった。


 以前ミツキに貰った本で見た覚えがある。『刀』だ。獣を狩るためのハルトの得物とは、存在意義が異なる。


 

 あれは、人を殺めるための武器・・・・・・・・・・だ。



 つまり、彼らは人間との・・・・戦闘ないし・・・・・殺戮を・・・想定・・している・・・・────!!



 そう意識した瞬間。シキの刀から放たれる、怨念のような、おぞましい何かが自分の周囲に纏わりついているような気配を、ハルトは感じ取った。


 それは家を出る前に一瞬感じた悪寒とは別物だったが、感じた不気味さの度合いで言えばそれに匹敵する程だった。



 この時、ようやくハルトは、眼前の男が『危険』であることを悟った。



「答えてくださいッ!! ……僕の家族に、何をした!?」



 激昂寸前の頭を理性でなんとか押さえつけながら、ハルトは後方へ飛び退いて距離を取りつつ、鞘から剣を引き抜く。震える剣先をシキに向け、構えを取った。


 対するシキは、チアキへ小声で何か言って後方へ下がらせ、刀に手をかける。小さく金属音を鳴らして鯉口を切ると、彼はニタリと笑って言った。



「聞きたきゃ、腕ずくで吐かせてみろ」

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