6. 侵入者(1)


 深夜の森に居る筈の無い、自分以外の誰かの声。落ち着き払った雰囲気の、若い男の声だった。


 アルヴの村にはハルトとレン以外に若い男性は住んでいない。それ以前に、そもそもこの時間に外を出歩く者なんてハルト以外に居ないのだ。



 恐る恐る背後を振り返ると、そこには見知らぬ二人組が立っていた。


 一人は小柄な少年、もう一人は背の高い女性で、当然村の住人ではない。魔物との戦闘に集中していたあまり、ハルトは彼らの接近に気が付かなかった。



「……おい大丈夫か? 聞こえてんのか?」



 少し吊った目を細めてハルトの反応をうかがう少年は、ハルトより頭一つ小さく、声音に反さず幼い顔立ちだった。クリーム色の肌に、柔らかそうな髪は灰を被ったように白い。前髪の隙間から見え隠れする瞳は、深い黒色だ。


 その体躯に見合わないサイズのダークグレーの上着をぶかぶかと羽織り、中には襟の着いた、育ちの良さそうな服を着てはいるのだが、首元のボタンは留めず裾も出しっぱなしだった。



「困った顔、してるよ」



 口を開いた女性は、ゆったりした独特のリズムで話しだした。ハルトよりも少々高い背丈に、腰まである長い髪は夜空のように黒い。透き通った白い肌の上には、まるで絵画の中から出てきたように整った顔が乗っていた。


 彼女も少年と同じ意匠の上着を身に着けていて、少年と違ってこちらは自身の豊満なスタイルにしっかり合ったサイズ感だ。細いリボンのついたブラウスに、スカートから覗くタイツに引き締められた脚が、上品な印象を感じさせる。



「あぁ、えっと……あなたたちは、『外』から来た人ですか?」



 初めて出会う外の世界の人間にいきなり声をかけられて、どう返事していいかわからないままでいるハルトだったが、戸惑いつつも訪ねてみた。



「あぁ、そんな身構えなくていい。俺達は……そう、この辺りの調査に来ただけだ」


「調査!? やっぱり外の人なんですねっ!」



 少年の言葉を聞いて、ハルトは目を見開いた。


 もしかしたらこの人たちもミツキのように、何かの研究のために大樹の調査に来たのかもしれない。そう考えるとなんだか親近感が沸いてきて、疲労は遠くへ吹き飛んだ。



「まぁそうだな。……っていうと、お前はこの壁の中に住んでんのか?」


「そうだよ。この先の村の、もうちょっと奥の方に」



 平静を装いつつも、興味を隠せない様子で二人を交互に見るハルト。その発言に、怪訝な表情の少年は続けて言う。



「村があんのか……ここじゃあ、外から誰か来るのは珍しい事なのか?」


「うん。僕、外の世界の人と会うのは初めてなんだ。……だけど君、どうやってこの大樹の中に入ったの?」


「んぁ?」



 白髪の少年は先程までとは少し違う、明らかに機嫌の悪そうな表情で唸った。それを意に介さず、ハルトは続けて長身の女性に話しかける。



「あの、この子のお姉さんですか? ……差し出がましいですけど、こんな夜中に子供を連れ歩いたら危ないですよ。この森はあまり道もよくないし、魔物も出ますから」



 と、ハルトがお節介を焼いていると、



「あのな、俺は二十一だ」



 額に青筋をくっきり浮かべた少年がそこへ張って入り、強めの語気で、衝撃の一言を放った。



「いやいや、流石に無理があるよ……ですよね?」


「お姉さん……ふふ」


「おいチアキ、笑ってねぇで何とか言え!」



 何故か嬉しそうに笑っている女性に声をかけてハルトは確認したが、どうやら聞こえていない様子だった。少年はそれに怒ったのか、女性の方に向き直って言う。



「あっ……うん。シキは、私と同い年」


「……え、えぇ!?」



 自分の目測で、というか誰がどう見ても絶対に年上には見えないのだが、出会ったばかりの見ず知らずの相手に大変な失礼をかましてしまったことにようやく気付いたハルトだった。春の夜風とはまた別の寒さが、背中を伝う。



「えっと、あの、す、すみませんでしたっ!」


「大丈夫。よくあること」


「お前が言うな! ……ったく、人を見かけで判断すんなっての」



 申し訳無さからとにかく平謝りするハルト。そこにチアキと呼ばれた長身の女性が(形を成しているとは言い難いものの)フォローを入れ、シキと呼ばれた白髪の男はそれに文句を垂れた。

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