6. 侵入者(5)


 直剣を持つ右腕に力を込めて腰を落とし、ハルトはシキを見据える。


 二人の距離は約十数メートル。あの飛ぶ斬撃を回避して懐に潜り込むのは容易ではない。

 しかし、逆に言えば突破に成功した時、動きが鈍った状態の彼に対して至近距離で光魔法を撃ちこむことができる。



「……行くぞッ!」



 ハルトは被弾を覚悟した最短距離の一点突破が最善策だと咄嗟に判断し、連戦による疲労を訴える体に鞭打って走り出した。



 加速、加速、加速、加速、加速。次の瞬間には飛んできそうな斬撃への恐怖を、走りに集中することで振り切る。



「はっ、やる気か……抜けれるもんなら、抜けてみろッ!!」



 捨て身の姿勢を取ったハルトに向け、シキはその得物を振るう。


 刀の閃きが数度、視界を舞った。直後、白銀色の刃がハルト目掛けて飛んでくる。放たれた斬撃は左右からの斬り下ろしが二つに、水平方向の横薙ぎが三つ。



「うおぉぉぉッ!!」



 腕を掠めつつ、一つ目を前方斜めに飛んで抜け、二つ目はそのまま前転して回避。勢いを殺さず立ち上がり、そのまま滑り込んで三、四つ目を凌ぐと、高く跳躍して最後の横薙ぎを突破した。



「───ッ!」



 シキは三日月を、それを背後にして跳び上がった亜麻色の影を仰ぎ見る。


 ハルトの眼下のシキは、斬撃の魔法を連続で放った直後だ。


 魔法とは、『体内に蓄積した魔力を放出する』という、人体が進化の過程で獲得した能動的な行動だ。その直後には、所謂『冷却時間』、つまり後隙が発生する。



 今まさに魔法のクールタイムを迎えたシキだが、これから彼に向け全力で魔法を放つハルトにも同様のことが言えた。


 つまり、これを外せば、無防備な状態の身体を目の前にさらすことになる。



(今この一瞬以外に、彼を倒すことは出来ない!!)



 身体中の全ての魔力を、左の掌に集約させる。白く、神々しくも感じられる輝きを解き放ち、その全てを眼前へと放った。



「『光よ』ッ!!!」



 白い光の帯が、視界の全てを埋め尽くしていく。その中心にいたシキも例外なく、光に飲み込まれた。光に包まれたシキは、立っていられなくなる──────






(……っ、しまった!?)



 その思惑が間違いだったとハルトが気づくのは、魔法を放った直後。

 悠久とすら感じられる、一瞬の時間であった。



 光に飲まれる寸前に見えた、シキの顔。冷汗一滴すら垂らさず、眉一つすら微動だにしないその表情は、ハルトを「脅威」だと認識している者が浮かべるものでは無かった。



「っ……らぁッッ!!」


「なっ───!?」



 その手に握る刃で光の帯を斬り裂いた白い鬼神が、ハルトの目の前に現れた。



 魔法を・・・斬られた・・・・



 何が起こったかを頭が理解した時にはもう遅く、地に足を着けた瞬間、シキの掌底がハルトの鳩尾を捉えた。ハルトは膝から倒れこみ、その場に倒れ伏す。



「が、はッ……!」



 腹部に鈍い痛みが走る。魔法行使による精神疲労にも同時に襲われ、呼吸が上手くできない。じわりじわりと、身体が意識を手放そうとしているのを感じた。



 シキは刀を鞘へ収め、地に伏したハルトを見下ろして呟いた。



「『光』の魔法か。遠目に見た時、まさかとは思ったが……」


「ぐっ……」



 嵌められた。最初に魔法を撃った時か。



 先程のアルヴボアとの戦闘。おそらくあの時、既にシキはハルトの魔法を見ていた。つまり立ち合った瞬間からハルトの奥の手は見切られており、相手は勝ちを確信していたのだ。



 五発間隔で生じる後隙も、恐らくはハルトを乗せるための演出だった。それにまんまと嵌り、敵の思惑を見抜けなかった。完敗であった。



「度胸は買ってやる。悪い手じゃ無かったぜ……相手が俺じゃなければな」


「く、そ……」



 何が腕の一本だ。薄皮一枚にすら、届かなかった。


 朦朧としていく意識の中で、ハルトは親友の無事だけをただ祈っていた。

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