5. 夜の森(2)


 過ぎた季節が残していった爪痕のような、ほんのりとした肌寒さに包まれた、夜更けの森。どこからか聞こえる、昼を寝て過ごした鳥の鳴き声は、擦り合う草葉の音と歌っているようだった。


 ハルトは、通い慣れた村への往路を走っていた。ある程度体力を残しつつ、そのうえで出し得る最速を保っている。背に負う鞘に収められた得物の重みと、この後暫く付き合わなければならないためだ。


 輝く三日月を覆うものは何もなく、そのお陰で視界は比較的良好だった。

 ミツキが向かった大樹の出入り口まで、今のペースで走ればそう時間はかからない。それでも、無事であるならば彼女には追い付けないだろうが、ハルトとしてはその方が良かった。



「っ、はぁ、はぁ……」



 緩やかな坂を駆け下りると、程なくして、アルヴの村へ辿り着いた。


 乱れた息を整えるべく、ゆっくり歩きながら胸に手をやり落ち着かせ、自分の身体を労うように深く呼吸をした。


 粘膜の貼りついた喉が、冷えた空気では無く水を寄越せと喚いているが、水筒を持って出てくるような心のゆとりは無かったので、我慢してもらう他ない。



「やっぱり、誰も起きてないか……」



 道に沿って並ぶ家々を、首を振って見回す。そのどれにも灯りはついていない。まるで人一人・・・居ない・・・廃墟の・・・ごとく・・・村は静まり返っていて、夜の森の声がより大きく聞こえた。


 この村の住民は『決まり事』である朝・夕・夜の刻限を、それはもう恐ろしいほどに遵守する。誰もが朝の刻限で起床し、夕の刻限で仕事を終え、夜の刻限以降は家から一切出ない。


 だから夜の刻限を過ぎた今この時間では皆漏れなく夢の中だろうし、仮に起きていたとしても絶対に出歩かない。



 しかし、それはハルトを除いての話だった。


 過去に何度か、ハルトは刻限を破ってこっそり外へ出たことがあった。星を見たり、昼間に仕掛けておいた罠にかかった虫を獲りに行ったりするのである。迷って帰れなくなることもあったが。


 そんなハルトに言わせれば(規則を破っている側が言うのはおこがましい事この上ないのだが)、『村の外へ出るな』ならともかくとして、魔物が村に入って来たことなどこれまで一度だって無かったのだから、『家を出るな』というのは果たして守る必要があるのかよくわからない決まりだった。



 と、整息しながら昔のことを思い出す間も、村はいたって静かだった。


 やはり刻限遵守に努めているのか、先程の不気味な気配を感じても誰も起きては来ないらしい。または、そもそも気づかず寝ているだけか。


 どちらにしても誰かが起きていたら刻限破りを問い詰められてしまうので、ハルトには都合が良かったが。



「……よし、急ごう」



 村の状況を概ね確認し終えると同時、落ち着きを取り戻した心臓に再びむち打ち、ハルトは走り出した。

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