3. 家族の時間(3)
その後も外の世界について語らい、二人の夕餉は終わる。やはりシチューは食べきれずに残ってしまった。
「ご馳走様でした!」
「美味かったか?」
満足そうに手を合わせるハルトを見て、ミツキはまた笑顔になった。
「うん、世界で一番!」
「ふふ、大袈裟だな」
外の世界に数多く存在する未知の食べ物の中にもミツキの手料理以上に美味しいものは無いだろう、というのがハルトの心からの感想だった。
心地よい満腹感に襲われつつも、すぐに食後の片付けに取りかかろうと思った。早く終わらせて、この後もミツキの話を聞きたいのだ。
しかし、目に映ったミツキの、ほんの僅かに悲しそうな顔に、ハルトは覚えがあった。それはミツキが仕事に戻るとき、いつも去り際に見せる顔だ。
「……それでミツキさん、今度はいつ出発するの?」
「……すまないがこの後、ハルが寝るころにはまた出なければならない」
口を衝いた質問に、思った通りの答えが返ってきた。
そう珍しいことではない。しかし、ミツキが家に帰ってきたのは半年ぶりなのだ。レンも明日挨拶しに来ると言っていたし、せめて明日の朝出発すればいいのに。仕方のない事だと分かってはいたが、ハルトはそう思った。
「……刻限のあとは、外へ出ちゃダメなのに」
そうして出てきたのはこんな、普段は良く思っていない村の『決まり事』を盾にした言葉だった。言ってすぐ、ハルトは子供の我儘のような己の発言を内心で責め立てた。
「なんだ、拗ねてるのか? ふふ……よく聞けハル」
口の周りにシチューを付けたままわかりやすく肩を落とすハルト。ミツキは優しく微笑んでテーブルにその身を乗り出すと、ハルトの口元を拭い、語り掛けるように言った。
「遠くにいても、会えずとも、私とお前は家族だ。覚えておいてくれ」
「……うん、わかってるよ」
思わず頬が緩む。気持ちを見透かされ、十六歳にもなって口元の汚れを拭いてもらった恥ずかしさも混ざって、およそ人には見せられない表情が出来上がっていた。
ミツキから顔を背けて、ハルトはそそくさと食器を片付け始める。ミツキはその後ろ姿を、我が子の成長を見た親のような、嬉しくも寂しそうな面持ちで見つめた。
○
その後も二人は話に花を咲かせて、時間は瞬く間に過ぎた。
残り少ない家族の時間を惜しむハルトは中々風呂に入ろうとしなかったが、見かねたミツキに「寂しいなら、昔のように一緒に入ってやろうか?」と冗談交じりに言われると、それは流石にお断りして素早く入浴を済ませた。
そしてハルトが上がる頃には、ミツキはもう出発の準備を終えていた。
「それじゃあ、良い子にな」
毎度ハルトの胸を最も締め付ける、彼女の出発を見送る時間が来てしまった。
春の夜風が、湯上りの火照った肌を撫でる。家の窓から漏れる灯りが、白く端麗なミツキの顔を照らす。
「うん……次は、いつ帰ってくるの?」
「そう遠くないうちに、ハルに会いに戻るよ」
「……そっか、わかった。待ってる」
心配させてはいけないと、ハルトは精一杯の笑顔を作った。そのぎこちない笑みを見たミツキは小さく息を漏らし、亜麻色の頭へ手をやった。
「あぁ。次はもっとゆっくり話そう」
「うんっ」
白く細い指と、暖かい掌の感触が惜しく感じて、今度は自分から退けたりはしなかった。
「……それじゃあ、そろそろ行くよ。暖かくして寝るんだぞ」
「うん。行ってらっしゃい、気を付けてね」
最後にもう一度、名残惜しそうにハルトの頭をぽんぽん叩くと、ミツキは月明かりに照らされた夜道を歩きだす。時折振り返る彼女の背中が見えなくなるまで、ハルトは小さく手を振り続けていた。
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