2. アルヴの村(1)

 二人の『いつもの場所』は、森の中の道から外れてしばらく歩いたところにある。


 わざと伸ばし放題にしてある草を避け、木の根を跨いで道へと戻り、それに沿ってしばらく歩けば『アルヴの村』の入り口である小さな門が見えてくる。


 四方を森に囲まれたアルヴは小さな村で、更にその面積の三分の一くらいは、村の南側に広がる野菜と果物の畑が占めている。


 人口は五十人いたかどうか、という程度で、その大半は年長者であり、子供はレンとハルトの二人だけだ。



 村に入って少し進んで左手、周りのものより比較的大きな木造の民家。二人は狩りや採集など、その日の仕事を終えて森から帰ると、まず真っ先にこの家へ寄る。アルヴの村長と、その息子であるレンが住む家である。



「戻ったぞ、親父」


「おぉ、今日もご苦労だったな」



 簡素な造りのドアを開けると、壮年の男性の落ち着いた声が二人を出迎えた。若干白んだ髪、やや角張った顔に薄い顎髭。彼がアルヴの村長である。



「ただいま、村長さん」


「うむ、よく戻ってきた」



 アルヴの村には、件の御伽噺の頃から伝わるとされる決まり事が多い。村を出て森に出入りする際は村長へ報告をしなければならないし、夕方の『刻限』までには必ず、村へ戻らなければならない。



「……それでハルトよ、今日はどうだった?」



 ハードカバーの本を読んでいた手を止めた村長が、半ば条件反射的にハルトに尋ねる。



「勝ててれば開口一番言うだろうよ」


「うっ……」



 レンの尤もな意見に何も言い返せず肩を落とすハルトに、村長は穏やかに笑いかけた。



「そうだったか……なに、焦ることは無い。いつか必ずその日は来る」



 大樹の外の世界、とりわけ周囲の深い森には、壁によって内部への侵入を阻まれている『魔物』がいる。

 それらに対抗する実力があることを村長に示さなければ、村の外へ出ることはできない。


 これも古くからある、村の決まり事の一つだった。



 ハルトの実力を計るため、村長から与えられた村を出るための課題は『剣の勝負でレンに勝つ』という、極めて分かりやすいものだった。


 しかし結果は先にハルト自ら口にした通り、これまで一度として白星をあげたことは無い。それでもなお諦めずに毎日挑んでくるハルトを、彼の親友は『外の世界の事は知らないけど、しつこさと諦めの悪さでお前に勝てるヤツは多分いないだろうな』と評している。



「はい。絶対勝って、外の世界へ行きます」


「……そうか。今日の結果に引っ張られず、明日も頑張りなさい」



 きっぱりと言い放ったハルトの肩を、村長は軽く叩いて励ました。



「はい!」


「いくらでも付き合ってやるけど、爺さんになってまで毎日チャンバラやるのは流石にキツそうだなぁ」


「なんだとっ……!」



 話が終わるのを隣で待っていた幼馴染が、意地の悪い顔を向けてハルトに言った。



「どうした? もう一戦付き合ってやろうか?」


「よしわかった、受けて立つ……!」


「なんて、冗談だよ。一日一戦の約束だろ、また明日な」


「なっ……見とけよ、明日こそ泣かせてやるっ」



 ムキになるハルトをひとしきり笑った後、レンは足元に置いてあったカゴを軽々と背負い上げ、扉に手をかけた。



「さて……んじゃ、収穫分けに行ってくるよ」


「それじゃあ村長さん、また明日!」



 木製の扉を開けてレンが外に出ると、同じくカゴを背負ったハルトは村長にぺこりと四十五度のお辞儀をし、その後に続いた。



「うむ、気をつけてな」



 慣れたやり取りをしながら家を出ていく息子とその幼馴染。向けられた二人の背中に視線をやることなく言葉だけかけて、村長は机上の本を再び手に取った。

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