木星
「やぁ! 木星くん、こんにちは! 久しぶりだね」
「…………」
「木星さん、はじめまして。えっと……なぜずっとだまっているの?」
「…………」
キラキラがあいさつをしても、女性が話かけても木星は黙して語らなかった。かわりに周りにいた衛星たちが口々に話はじめた。
「一番目の妹のイオです。申し訳ありません。兄はあまり誰かとお話をするのが得意ではないのです」
「二番目の妹のエウロパだよ! 兄貴は顔のシミがコンプレックスで誰とも会いたくないんだってさ!」
「三番目の妹のガニメデなの。でもお兄ちゃんは身体が大きいからどこにもかくれることができないの。だから代わりに心をふさいでしまったの」
「カリストしってるー、にーにほんとはどせーさんのことがしゅきなのー」
四番目の妹のときだけピクっと反応した気がしたが、言われ放題でも木星は沈黙したままだった。
「まぁ、ようはそういうことなんだ。木星くんは大きなコンプレックスがあって自分に自信がないんだよ」
キラキラがやれやれと言った顔で振り向いた。
「こんなに立派で堂々としているのに? 悩みなんて他人からはわからないものね」
女性は少しあきれたような、少し信じられないといった感じで答えた。
「ねぇ、木星さん」
そして木星に優しく語りかけた。
「自分が好きになれなくなる前に自分の心に聞いてほしいの『本当はどうしたい?』って。あなたの心の奥底にある大切な思いに問いかけてみてほしいの」
「…………」
「自分を不幸にするのは簡単よ。
できない理由を探すのは簡単だから。
自分を幸せにするのは大変だわ。
できる理由を探すことは大変だから。
でもね……、
本当に大切なものに気づいて夢中になれたら大変かどうかなんて関係ないのよ」
「…………」
しかしそれでも木星は黙ったままだった。
「もういこう。……木星くん、急にはむずかしいだろうけど彼女が言ったこと、ゆっくり考えてみてね。バイバイ!」
キラキラがそう言い女性をつれて離れようと後ろを向いたとき、背中のほうから
「シンパイシテクレテ……アリガトウ……」
聞いたこともないような声が響いた。
◇◇◇
「いやー、妹さんたち大はしゃぎだったねー。『お兄ちゃんがしゃべったー!』って」
それからしばらくして女性とキラキラはまた星の海に戻った。キラキラが少し興奮ぎみにさっきまでのできごとを振りかえっていた。
「でも良かったわ。昔かじった、ただの理屈が少しは役にたって」
女性もまた高揚が残っているように少し頬がうっすらと赤らんでいた。
「ただの理屈?」
「そうよ、ただの理屈。自分の心をいやすために本を読んだり調べたりして、いろいろ勉強したの。でも人の心は理屈を理解する理性の内側に、理屈ではどうにもならない本能があるってことに気がついたわ。だからけっきょく無駄だった……」
話をしながら落ち着きを取り戻していく女性の言葉をキラキラは無言で聞いていた。やがて前を向いたままポツリとつぶやいた。
「でもね、その本能の内側にまだもう一つあるんだよ」
「何があるの?」
するとキラキラは思わせぶりにほほ笑んで、そして少しはにかみながら言った。
「良心さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます