伝説と都市伝説




 “魔法少女”達による大規模な魔女狩りは、終息を迎えつつある。大規模と言っても、地域毎に魔女専門に“魔法少女”を派遣して日本国内をランダムに回っていくモノで、完璧に全ての“魔女”を潰せたとは認められないだろう。

 しかし、魔女狩りを行ったという事、次に向かう地域を絞らせない事で“魔女”達の警戒心を高め、活動を抑制することには繋がっている。それに全てには届かずとも、魔女狩りにて総数が減ったのも事実。特に新参の有象無象の“魔女”が減ったのは地味に嬉しい。

 “魔女”は扱える魔法を抑えることなく心のままに振りかざす事が殆どであり、周囲への被害は考えていない。むしろ被害を増やして逃げやすくしようとする場合が多く、一般人からすれば下手したら“怪物”よりも余程迷惑で恐ろしい存在だ。有象無象の雑魚だとしても、その存在は“怪物”よりも身近な脅威である。


 さて、そんな“魔女”の脅威も減り、“怪物”への対応にも慣れてきた“魔法少女”達。

 未だ見つかっていない【悪意ある災害】の欠片だが、すぐには現れないだろうと有識者白饅頭は言う。



 束の間。かどうかはさて置き、今は平和と言っても差し支えない無いだろう。連日どこかしらで“怪物”が現れて“魔法少女”との戦闘行為があったとの報道は続くが、それ以上の問題が無いとも言える。



『敵が味方か!?上空を飛ぶ“龍”!

        〜その正体に迫る〜』



 そんな見出しと共に始まったテレビ番組を眺めていた、暇そうな3人。下らない理由で【あの伝説の魔女】等と呼ばれ始めたが、本当に能力が高かったせいで近頃は本当の伝説になりかけている。


 

「あぁ〜…とうとう見つかってしまいましたね」


「まあ、目立つもんね。ボク達側に来てくれれば良かったんだけど」


「本人が望んでないのさ、仕方ないねぇ。まあ近くにシエちゃんも居るし、なんとかなるさ」



 呑気に話している3人だが、実は既に手を出している。空飛ぶ龍が目撃され始める前からその存在を認知しており、度々接触を図ってきた。

 

 それは、空飛ぶ龍の正体が“魔法少女”だから。しかもとんでもなく稀有な存在で、一時期は白饅頭が直接傍に着いていたらしい。3人が興味を持つのも当然である。

 その龍は主に東京周辺の上空にて目撃されることが多く、あちらの“魔法少女”達は捜索に力を注ぎ始めている様だ。同時に、正統派の東洋龍と呼べる姿は人々の感心を集める。こうしてメディアに載せられたのがいい例だ。人の目も中々侮れない、暫くは注意しておかなくては。



「ん〜そういえば、龍の子にもシエという“魔女”にも、私は会ったことありませんね。はねるさんは?」


「ボクも無いよ。龍の子の話だけは聴いてるけど、そのシエって子は知らない。」



 龍の近くにもコチラ側の“魔女”が居るらしいが、淀しか知らない子の様だ。実は[魔女会]には何人か、淀しか知らない子が居るらしい。これは淀が特別な訳ではなく、[魔女会]設立以前。もっと言えば[魔法院]の創立より前からの知り合いだからである。

 意外にも[魔法院]創立初期から居る“魔法少女”は少なくないのだ。確かに、創立した時から所属している“魔法少女”は少ない。だが、暫く様子を見てから[魔法院]に所属した後発組はそれなりの数が居た。

 

 さて、この3人の中でも1年程先に活動をしていた淀は、その期間に知り合った“魔法少女”や“魔女”をこの2人に紹介していない。理由は単純に、紹介してくれと言われなかったからである。それに一部の子は、割と洒落にならない人間不信だったりもする。



「物語の中盤辺りから出てきて、主人公の手助けをしてくれるけど味方とは言い難い、一匹狼的な子…かな?見た目は軍服着た天使って感じだねぇ、多分見たら『コレだ!』って思うぐらいの」


「聞く感じ目立ちそうな子ですけど、よく今まで隠れきってましたね」


「ずぅぅっと空飛んでて滅多に地上に降りてこないのさ。殆ど“怪物”とも戦わないし、雲の中に入ってまで“魔女”を探す“魔法少女”も居ないし、本人も隠密系の魔法を使うしで、空に“魔女”が居るって知らなきゃ見つからないだろうよ」



 そんな話をしながら、面白おかしくナレーションを加えながら謎の龍についてアレコレ調べた情報を聞いている。核心に迫りそうなモノからまるで見当外れなモノまで、そりゃあ知らなきゃ知らないわなぁ…と思いながら聞いていた。


 この番組を見たせいか、それに影響されて話題にしたせいか、折角だから1度会っていみたいと言い出した千歳と はねる。



「紹介ねぇ…ちょっと時間をもらえるかい?あの子達はまぁまぁの人嫌いだからね、先に紹介していいか聞いてくるよ」


「淀さんは良いんだ。人嫌いなんでしょ?1番嫌われそうじゃん」



 はねるの、突然の言葉の暴力が淀を襲う。

 別に本心というわけでもなく、冗談半分なのは皆分かっているが、嫌われそうな性格だとも皆思っている。



「んん"っ、言葉の暴力ぅ!正確には自分と相手を守る為に遠ざけてるんだとさ。龍の子は、人間と人外の狭間でグルグルしてるからねぇ。身体と思考が人外に寄り始めてるけど、心はまだ人間って所かな?どっちにしても、悪い方には転がらないってのだけは分かってるから安心しておくれ。で、シエちゃんだけど、二重人格なんだよねぇどっちの人格が表に出てるかで対応が変わるから気をつけておくれ」


「何故そんな子達を今まで黙ってたんですか!?」


「あの子達の悩みや不安に、本気で立ち向かうのなら協力するさ。興味本位ってなら、紹介しない。この中に多重人格は居ないだろう?あの子は別に、共感や同情を求めてる訳じゃぁないからねぇ…」



 普段の言動のせいで忘れていたが、淀の中身というか“魔法少女”への対応は割と良識と常識を持って、配慮も気配りも出来ている。一部あえてしていないだけで、出来ない訳ではないのだ。だから、訳アリの子とはかなり慎重に付き合っているらしい。このような対人感覚は、千歳には真似できないだろう。はねるは意外とその辺りの感覚が鋭いようで、案外上手く行きそうだと淀は思っている。

 ちなみに、千歳は他人の気持ちが分からないのではなく、理解して共感してしまうのだ。人の気持ちが分かりすぎてしまうせいで、勝手に自爆する。


 思い立ったが吉日。

 淀はそのまま直ぐ、アポ取ってくると言い残して出かけていった。ちなみに、向かう場所は東京都の西側の県境辺り。でもその前に1度新宿区にある施設に寄っていくらしい。

 万が一、東海のヤバい“魔女”があちらで見つかったら、中々面倒な部隊が組まれてしまうだろう。特に、東京を中心に活動する魔女の組織、蓮華協会と呼ばれる非公認“魔法少女”達と淀ことハックルベリーは絶妙に仲がよろしくない。

 でも大丈夫。悪くはない。険悪でもない。しいて言うのなら、向こうの組織のトップが淀と刑部の2人に遠慮しているから距離を感じているだけだ。



「淀さん、行っちゃったね~」


「無いに等しいとは言え、私達の予定は完全に考えていませんよ、アレ」


「まあ実際、予定なんて無いからね」


「今日はありますけどね」



 残された2人は予定なんて無いと話しているが、今日に限って言えば珍しく予定がある。見た目の割に中身は年を喰っている2人は、何処か行きたいと思えば勝手に1人で出掛けていく事が殆どだ。それぞれ、淀を引き連れて出掛ける事は時々あるが、この2人が一緒に出掛ける事は珍しい。

 


「ボク達も行こっか」



 で、何処へ行くかと。

 目的地は金物屋、新しい包丁を買いに行くのだ。あと良さげな調理器具や食器があればそれも欲しい。それと、新しい服と靴と日用品を買い足しに行きたい。そうそう、最近美術館のテーマが変わったんだっけ、寄っていきたい。

 

 色々欲しい物、寄りたい場所がある。

 でも、はねるの見た目で包丁を売ってくれるお店は殆ど無い。しかも、夕方近くなると優しい大人達が心配して声を掛けてくれるのだ。食材の買い出しに行く程度なら問題ないが、今回は大人に見える同行者が必要だ。

 どうせ誰か連れて行かなければいけないのなら、暇そうな奴を連れて行けば良い。千歳は今日暇だった。それに買い物は嫌いじゃない。むしろお店を見て回っている時間が楽しいと思うタイプだ、無駄に多趣味なおかげで大抵のお店は楽しく見て回れる。

 淀が広く浅く様々な知識を持っているのに対して、千歳は趣味の範囲内であれば造詣が深い。ポイントを絞ればアドバイザーとしては十分である。


 こうして2人は、のんびり買い物に出掛けた。


 その頃、淀は最寄りの駅へ歩いていて向かっていた。荷物は最低限の貴重品だけだ。最近では自動二輪車の免許を取得したし、普通車の免許も持っている。なんなら自前の魔法で東京までの転移門を設置出来るし、はねるに頼めばもっと精密な転移門を用意してくれる。なのに、電車を使う。

 本人の言い分としては、バイクはまだ自分のを買っていない。車は1台しか無く、今日2人が使うと聞いている。別に急ぎでもないのなら、転移門は要らないだろう。

 寄り道しながら観光しようとか、道中の旅行気分楽しもうとかはこれっぽっちしか考えていない。


 それに、急げば片道2時間程度だ。のんびり行っても到着は昼過ぎだろう。なにせまだ午前10時にもなっていないのだから、そのまま帰りは一泊か二泊くらいしてきても良い。





















「ぁー……安…定は、してない」


「いーよぉ、もう1つの意識よりもぉ前に出るイメージでぇ~。映画館の最前列に座ってぇ」


「そん…な、余裕、ない…から!」



 東京の西多摩郡、奥多摩にある日原の渓谷から更に進んだ人が来ない山の陰に、辛うじて人型と言える様なシルエットを浮かべた2人が居る。これから淀が会いに行こうとしている“魔女”と、話題の龍である。


 1人は、はねると千歳に話した通り軍服に着た天使といった風貌だ。まぁその軍服だが、正装と言うよりも衣装と呼んだ方が自然な、ヒラヒラした実用性は低そうな格好ではある。見た目は良い、かわいい。


 もう片方なのだが、人型ではある。

 胴体の上に頭が1つ付き、すぐ下辺りの肩からは2対の腕が生え、それらを支える様に胴体の下には真っ直ぐに2本の脚が生えている。それだけなら人間と同じ配分である。しかし、頭は大きな角が生えているし、掌は大きく指先からは鋭い爪がのびている。脚にも同様に爪が生えている。腰のからは腕よりも太く、体長と同じくらいの長さを持つ尻尾が伸びている。そして全身には翡翠色をした、鎧の様な鱗が覆ってい。

 極めつけには、その顔がとても人間には見えず、縦に割れる瞳孔に穴が空いただけの鼻腔、大きく裂けた口からは真っ赤な舌が覗いている。爬虫類を彷彿とさせるその姿は、まるで怪人の様だ。


 ヒーローとヴィランを模したかのような2人…1人と1体は、この山の奥地でひっそりと隠れ住んでいる。住んでいると言っても、どちらも空を飛び続ける事が出来る魔法を持っている為、普段は上空に居るらしい。

 


「それじゃ〜今日1日はぁこのままでぇ~」


「は、はい!」



 格好良く言えば龍人なその異形は、小さく蹲ってプルプルしていた。間延びした口調で話す綺麗な天使さんは、腕を組んでそれを見ている。

 見た目は確かに物騒だが、流れている雰囲気はゆったり平和なものだ。



「やあやあ、久し振りだねぇ。元気してたかい?」



 不意に聞こえる能天気な声。橙と灰色のメイドがヒラヒラと手を振って歩いて来た。そう、奴はハックルベリー。どうやってかこの場所を突き止めたらしい。



「おや、ソレは…おっ!?おおぉぉ!まさかクロガネちゃんかい!?」


「やほ〜ひさしぶりぃ〜、そぉだよぉ~クロちゃんだよぉ~」



 ご機嫌に周りをクルクル回ってその怪人を観察するハックルベリーと、それを気にする余裕のない怪人は見ないように目を瞑って集中しようとするが、邪魔なのは1人だけではなかった。



「いい感じだよぉ~クロちゃんいいよぉ〜、主導権を譲らないよぉ~に!体を動かすのは自分だぁ〜って、ほらクロちゃんも一緒にぃ〜…体を動かすのはぁ、自分だぁ〜!ほらクロちゃんも言ってぇ~」


「クロガネちゃ〜ん、久し振りだねぇ。2ヶ月ぶりくらいだねぇ。頑張ったねぇ偉いねぇ、おぉヨシヨシヨシヨシ」



 呑気に手を握って振り上げようとする天使の様な見た目の“魔女”と、大型犬の様にワシャワシャと頭を撫でるメイドの様な“魔女”の妨害行為を必死にやり過ごそうと更に固く目を瞑って縮こまる怪人。

 ブレーキをかけるツッコミ役である子が、喋る余裕を失っているのだ、混沌具合は加速していく。


 それが数分は続いた。もしかしたら数十分かも知れない。



「うる…さぁぁああああい!!」



 過負荷トレーニングは、龍の子を成長させたのだ。

 我慢の限界値迎え、自身の精神と向き合うとか、意識の主導権を握るとか、周囲の状況に関わらず集中するとか、そんな事を考える余裕を失ったのだ。

 ただただ目障りな、耳障りな、集中を掻き乱すコイツ等に文句が言いたい。


 邪魔すんな、と。


 それだけが言いたい。

 今滅茶苦茶集中してんだぞ、本当に邪魔すんな。



「シエ!ベリー!今忙しいの、集中してるの!邪魔しないで」



 ヴィランの様な恐ろしい姿で凄んで言い迫る。

 わたし、今、怒ってますと言わんばかりの形相だ。


 が、それが通用する相手ではなかった。



「またまたぁ~主導になればぁ、結構よゆーでしょぉ〜?」


「うんうん、偉いねぇ」



 とうとう本格的に鬱陶しく思い始めたらしい。なんかもう、自分ばっかり頑張ってるのが馬鹿らしい。堪忍袋の緒が切れた龍の子の“魔女”クロガネは、クワッ!と目を見開き2人を追い回し始めた。



「んああああ!邪魔しないでって、言ってんでしょうがぁぁ!」


「あはぁ〜」


「にゃっははは!」


















「はぁ…はぁ…ふぅー、言いたい事はいっぱいあるけど、ベリー、久し振り。見ての通りなんとか人型になれたよ」


 

 気の済むまで追いかけっこをした3人は、ハックルベリーが持ってきていたお土産のお菓子をつまみながら休憩していた。クロガネは、怒りが長続きしないタイプなのだ。追いかけているうちに冷静になり、馬鹿らしくなってしまったらしい。

 

 それで少し気が緩んでしまったのだろう。

 龍“人”に見える姿が見る間に変わっていってしまった。胴が伸びて足を飲み込み、尻尾まで一直線になり、全長が約5m程の龍へと変化した。それは文字通り、龍の様な見た目であり、ハックルベリー達が見た番組で映っていた姿そのものである。ただなんか全体的に小さい。



「お、小型化も出来るようになったんだね」


「クロちゃんのぉ意識だけの時はねぇ~、なんかぁちっちゃくなるんだってぇ~」


「…て事は、もう暴走したりはしないのかい?」


「んん~多分?私と違ってぇ〜『話し合い』がぁ、出来ないみたいだからぁ」




 人型になった事で目標に一気近づいた。この場には自分達しか居ない事もあり、気が緩んでしまった様だ。

 仮にここで暴走しても、ハックルベリーとシエが居ればすぐに鎮圧してくれるだろう。と考えてしまった事が原因か。クロガネにとって、最も恐れている事態が暴走したあと、誰も止められない状態になる事だ。シエだけでは難しいが、明らかな格上だと思っているハックルベリーの存在は、とても心強い。


 それを見ていた2人は、顔を見合わせると同じような表情でクロガネに振り向いた。



「まだぁ片方を押さえつける訓練がぁ要るかなぁ〜」


「姿を変える魔法も、精度が低いねぇ」



 方やポヤポヤ、方やチャランポラン。だが、どちらも訓練や修行には一切の妥協が無い。むしろ、実戦でないのだからと更に厳しく鍛えようとするスパルタっぷりだ。ただし、無茶は言っても無謀な事は言わないし、休むときはきちんと休ませてくれるし、それを行う理由の説明もしてくれるし、なんならやって見せてくれる。

 そのお陰で、たった2年で人外の化物から、人間性を取り戻して人型にも成れたのだから文句など言えるはずもない。ソレが早いか遅いかは分からないが、確実に理想へと近付いている。


 そう、出来ない事は、言わないのだ。


 クロガネは、この失敗を激しく後悔していた。

 そりゃあ出来ない事が出来るようになるのは嬉しいし、新しい事を覚えるのは楽しいと思う。だが、その過程が楽しかったかと言えば、正直…苦痛でしかない。必要な事とは言え、進んでやりたくはない。出来れば逃げ出したいぐらいだ。


 クロガネは、この失敗を、激しく後悔していた。



「ところで、2人に会いたいって人が居るんだけど、今度連れてきても良いかい?今日はそれを聞きに来たんだよねぇ」

 

「いーよぉ。クロちゃんはぁ?」



 話を振られたクロガネだが、今ちょっと聞いてなかった。もう一度人化するために集中していたからだ。先の光景を逆再生するように、龍から人型の化物に変わっていく。



「ごめん。何だって?」


「君達に会いたいって人が居る話さ。連れて来ても良いかな?」


「え、ダメだけど?」


「そりゃそうだよねぇ…」



 ノータイムの却下。議論の余地も無い。

 クロガネが独りになってから、かれこれ2年と少し。顔を合わせた相手はこの場の3人・・だけだし、会話した相手も同じだけ。

 そもそも、龍の姿では会話が出来ないし、ペンを持っても文字が書けないし、爪ではタブレット端末の画面に反応しなくて操作が出来ない。五十音表で会話しようにも手間が掛かりすぎる。

 まともに会話が出来るようになったのはおよそ半年前、部分的に龍の姿を変化させられる様になってからだ。それまでは、YESとNOを気合で伝えるだけだった。


 つまり、クロガネは自身の対人スキルが死んでいると思っているし、それはあながち間違っていない。試していないから分からないが、多分コイツ等以外の人間とは話が出来ないと思う。


 ただまぁ、それらを克服したとしても、クロガネが会うとは言わないだろう。本来であれば、ハックルベリーともシエとも会うつもりは無かった。

 仲間達から離れ、化物に成り下がり誰かを傷付ける前に…と覚悟を決めていたのだから。

 

 確かに出鼻から挫かれたが、その心は今も折れていない。

 2人の指導で人間性は維持出来ているが、それでもそれらを失わない保証が無い。



「んじゃ、相手方には諦めて貰うとするさ」


「わたしはぁ、会っても良いんだけどなぁ〜」


「そうは言ってもねぇ、主人格ちゃんはなんて言ってるんだい?」


「『絶対ムリ!』って言ってるよぉ~」


「じゃあ駄目だねぇ」


「そっかぁ〜」



 シエという“魔女”は、2つの人格を有している。

 初めからそうだった訳ではなく、後天的に新たな人格を生み出したとハックルベリーは聞いている。そして、今表に出て2人と話しているのは後から生まれた新しい人格だ。元から居る方を主人格とするのなら、この場に居るシエは副人格なのだろう。

 何故か表に出ている頻度は副人格に当たるこちらの方が多く、主人格ちゃんはこの副人格のシエが本当のシエだと言い張っている。それでも主人格と副人格を分けているのは、物心付いた時からの記憶を全て主人格ちゃんは持っており、副人格のシエの行動も見ようとすれば見られるのに対して、今のシエは、気付いた時には既にこの状態であり、主人格のシエが表に出ている時の出来事を見ることが出来ないからだ。


 これらの事から、今表に出ているシエは自分が後から付け足された存在だと考えている。クロガネの訓練や修行に付き合っているうちに、多少無理をすれば引き籠もっている主人格ちゃんを引き摺り出せる事に気付いたのだ。

 偽物である自分の役割は既に終わっていると考え、可能であれば自分が消えるべきだと思っているらしい。

 

 ハックルベリーとクロガネは、そのどちらの言い分も聞いている。意見を求められれば応えているが、どちらが正しいだの消えるだのと言う返答はしていない。それは本人達が決めるべき事だ。他人では答え様がないし、2人にとってはどちらもシエ・・という人間である為、答えられないのが正直な所だ。



「ありがとねぇ。今日は帰るけど、欲しい物とかあるかい?」


「服!服買ってきて!あとはお任せ」



 そろそろ一旦帰ろうとするハックルベリーは、2人の要望を聞いて行こうといつも通り聞いた途端、クロガネが食い付いた。今まではずっと龍の姿のままだった。それはつまり、変身を解いていない状態であり、本人の意志でそれを解く事も出来なかったのだ。それが部分変化、人化と少しずつ人間っぽくなってきている。

 うまく行けば、近いうちに人間の姿になれるかも知れない。そしたら1つ疑問が出てきたのだ、元の服ってどうなったのだろう、と。2年と少しから、クロガネはずっと変身している。ついでに、そこのシエも変身したままだ。


 変身を解いたとき、着ていた服が駄目になっていたらどうしよう。


 更に言えば、今でこそ世捨て人みたいに隠れ住むクロガネだが、こうなる前は普通に学生だったのだ。希望が見えてきたら、少し欲が出てきたらしい。



「じゃあ今から服を探そうか。服が届いたらまた持ってくるよ」


「よろしく。…あ、お金無いんだけど」


「いいさいいさ、気にせず奢られてなさいな。シエちゃんの物も一緒に買っちゃおうか」


「いやぁ〜、わたしはぁ要らないかなぁ~。変身を解かないからぁ~」


「まあまあ、一緒に買っちゃうよ~」



 結局、太陽が沈んで、ただでさえ薄暗い山の中が真っ暗になるまで買い物は続いた。商品が揃ったらまた会いに来ると約束して、真っ黒な深い闇の中を平気な顔で歩いて帰って行った。


 残ったクロガネとシエは、ゆったりとした空気感のまま空を眺めて話していた。



「あのさシエ。本当に人間に戻れるのかな?」



 喋れる様にもなり、人型にもなれた。それは間違いなく良い事であるのだが、ここが打ち止めなのではないかと常に不安に取り憑かれている。そんな事をハックルベリーに言おうものなら限界を超えるぞと修行が厳しくなりそうだから言わないが、シエには言える。

 さっき無理やり引っ張り出されていたから、まだ表に出ている。



「へっ?あの、えっと…断言は、その、出来ません…ごめんなさい。でも、ベリーさんが何も言わないってことは…その、きっとだ、大丈夫…だと思います」


「ん…」


「で、でも!わたしも!…わたしも、大丈夫だと思います。2つある意識を、ちゃんとコントロールできてます。だ、だから…このまま訓練を続ければ、絶対に大丈夫です!……ぁぁ分かったみたいに言ってすみません」


「あっはは!弱気じゃあ駄目だね、ありがとう」



 2人はそのまま眠るまで、空に映る星空を眺めながら静かな沈黙を過ごしていた。

 




 






 






 

 

 















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