伝説は褒められ慣れていない
「歯痒い。とても歯痒い」
「同感です」
こちらモニタールーム、2人の“魔女”が覗きをしている。
クライペイントと呼ばれる“魔女”の魔法に、此方と彼方を黄色の円で繋ぐ転移門がある。それの応用で、小さな円を多数展開して多方を覗き込んでいる。
この2人に出来る事は限りなく少ない。出来る事と言えば戦場を覗き見て、危険なポイントをハックルベリーに伝える程度だ。この小さな窓越しにフォローをすることも出来ない訳ではないのだが、飛び散るインク、便利だが攻撃を受けなければ使えないカウンター、どちらも見られれば即座に第三者の介入がバレてしまう。
それに比べてハックルベリーは、撃ち出す弾丸は着弾してすぐに消える。それに細工次第では音も気配も消すことが出来る。誰にも真似できない圧倒的な適応力で陰ながらサポートに回っている。
「怪我する子を見続けるって、胸糞悪いよね」
「クライさんが居なかったら、間違いなく飛び出してますよ。お目付け役ですよね?」
「それもある。ボクも同じ気持ちだけどね。仕事じゃなけりゃ一緒に飛び出してるよ」
「約束もルールも無視する割に仕事には忠実な所、嫌いじゃありませんよ」
クライペイントは、ぼちぼち約束事を無視したり破ったりする。基本的に支障の出ない細かなものだが、積み重ねた信用は薄い。それでも、仕事はする。仕事だと言えば絶対に決まりを守るのも、積み重ねた信用である。
そんな微妙な信頼性ではあるが、基本的に善人である事も事実。不信と呼ぶほどの事ではない。
さて“魔法少女”達を守る盾になるためここに居るのに、何も出来ず見守るだけの現状は辛い。何も出来ない2人の中でも特にすることのないグーフアップは、落ち着いて居られない。
あっちの窓を覗き、こっちの窓を覗き、そっちに戻って覗き込む。そして逐一ハックルベリーへ連絡を入れている。
「グーさん落ち着きなよ。あのベリーさんが任せろって言ったんだ、きっと大丈夫だよ。それに、ボク達の出番なんてない方が良いし、見た感じ危ない場面もないでしょ?」
「それは、分かっているんですけど…」
「今ボク達が飛び出でたら、もっと酷いことになるからね。あれだけ刑部さんに釘を刺されたんだから、多分あの人本気だよ」
落ち着こうにも落ち着けないグーフアップを宥めながら、その時が来ないことを祈って向こう側を覗き込む。
見たとしても出来る事はないが、見ずには居られない。知らないなら仕方がないが、知れるなら知っておきたいと思うのは、2人が“魔法少女”達を大切に思っているから。
その心だけは皆同じだと、現場のハックルベリーを信じて待つだけだ。
私“魔女”、今貴女達の後ろにいるの。
ハックルベリーは、現在の最前線で1人ゲリラってた。幸いにもハックルベリーは、何も終わっちゃいない!なんて言い出す帰還兵でもなければ、まだまだ戦いの只中に飛び込んだままである。ハックルベリーの戦場は、ハックルベリーであろうとする限り続くものだからだ。
そんなハックルベリーは何時もの橙と灰色のメイド服から、黒を基調としたミリタリーなメイド風衣装に変わっている。普段と同じくリボルバーも持って入るが、今構えている武器はスリングショット。聞き馴染みのある言い方ならパチンコとも呼ばれ、伸縮素材を用いて弾を射出する機構を持つ物だ。
サイレンサーを付けた銃でも良いが、野外で至近距離なら大した意味がない。火薬ではなく魔法で撃ち出しているので、見た目通りの音が出る訳でもないのだが、それでもそこそこの発砲音は発生してしまう。そういう仕様なのである。
本人の趣味的には
取り回しやすいY字のスリングショットと、スリングライフルと呼ばれる見た目は殆ど銃と変わらない物の2つ。私物である。
それぞれ、銃の発砲音に比べれば静かなものだ。全く無音ではないが、多少の違和感を覚えられたとしてもすぐに移動すれば気の所為で済むだろう。
持ち前の人間性能で巧みに扱い、陰ながら“魔法少女”のフォローをこなしていく。
周囲に誰も居なければ使い慣れた銃を、“魔法少女”が居ればスリングショットと使い分け、“怪物”を倒したり弱らせたり。他にも倒壊しかけた建屋に補強を掛けたり壊してしまったり。
今まさに死を覚悟して体を強張らせた“魔法少女”は、来るはずの衝撃がやって来なくて恐る恐る目を開けた。
どうやら敵の攻撃が、運良く外れたらしい。
直撃の寸前で、不自然に“怪物”の凶撃が進路を変えた事は、誰も見ていない。
武器を弾かれ“怪物”に囲まれた“魔法少女”は覚悟を決めた、死なば諸共自爆の準備に入る時。
どこからともなく自身の得物が飛んでくる。丁度その辺りで小さな爆破があった様だ、その衝撃で運良くこちらに弾かれたのだろう。
武器を持ち直した“魔法少女”は、多少苦戦はするものの、無事にこの場を乗り切った。
小さな爆破があった場所では弾丸が消えた事を、誰も気付かない。
“怪物”は数量重視の粗悪品。ふと周りを見渡せば、前に出過ぎて孤立してしまっていた。“魔法少女”は進む事も戻ることも出来ず、消耗を抑え隙を伺っていた。
すると、自身の近くで増援要請の信号が発生する。自分ではない。信号機が破損して使えなくなっているからだ、どうやら近くにも仲間が居たらしい。
少しだけ気力が回復した“魔法少女”は、仲間の到着まで持ち堪える事が出来たらしい。
信号の発信箇所には発信機だけが置いてあり、誰も居なかった。
こうしてハックルベリーは次々戦場を駆け回り、遂には誰にも悟られることなく暗躍する。
「だいぶ余裕が出てきたねぇ…はぁ〜よかったよかった」
各地の“魔法少女”も集まり始めて、入れ替わり増加する。
普段とは少し勝手の違う仕事にお疲れの様子で、それはそれは疲弊したハックルベリーが1人、座り込んでいる。
外傷なし、武器破損、消耗はすぐに回復するだろう。精神的に、もう疲れた。コレが俗に言う燃え尽きた状態である。
「いやほんとさぁ、向いてないんだよねぇ…裏方とはいえ、人助けなんてぇぇ〜」
当然、返事はない。
ハックルベリーの独り言は寂しく溶ける。この場には、彼女しか居ない。だって、誰にも見つかってはいけないから。
それはそれとして、“魔法少女”の無線連絡は傍聴している。戦況は好転していると、増援は来ていると、“怪物”の数は減っていると、随時更新される情報は確実に良いものに変わってきている。
「そんじゃそろそろ、お
これでハックルベリーの山場は超えたはずだ。なんてったって、まだ“怪物”の討伐作戦はまだ始まっていないのだ。今は始めるまでの時間稼ぎで、多分これから2番目に大変な時間だろう。1番は間違いなく“怪物”の母船になっているピンクの芋虫、【悪意ある災害】の分体の1つ。それの討伐になる。
何度も釘を差されたが、直接の手出しは禁止されている。なんとしてでも、今回は“魔法少女”だけで対処する。まぁ、分かってる事だ。
これ以上の長居はリスクでしかない。それにもう、ハックルベリーの仕事は要らないだろう。
疲れた足取りで、最後の一周りだけして帰るつもりだ。
もう一度、最後に気を引き締めて、ハックルベリーは立ち上がる。トラブルやそれに伴う問題は、気を抜いた時に限って現れるのだ。やるなら最後まで、徹底的に。
ぐるりと全体を見て回る。簡単にやろうとしているが、その範囲はかなり広い。けれどもやらない訳にもいかないからやるしかないのだ。気持ちの問題である。
サクッと、本当に見て回るだけなら1〜2時間程。
そしてその足で仲間の2人が居る建物に入っていく。今日はもうお休みにする。
「ただいまぁ〜」
「お疲れ」
「おかえりなさい」
「寝る前に被害報告を聴かせておくれ」
精神と頭を酷使したハックルベリーは、変身を解いて横たわる。少しで良い、眠りたい。でもその前に、聞くだけ聞いておかなくては。
ハックルベリーは“魔法少女”の連絡無線を傍聴していたが、あくまでも連絡用でしかない。端末は置いていったので、集められる情報には限りがあるのだ。そこの2人は戦いを覗いて、それでいてこまめに情報を確認していた事だろう。
「確認出来てるだけで重症者16名、軽傷者は多数で集計は出来てないみたい。死亡者は2名、行方不明は無し。ベリーさんが入ってからは誰も死んでないよ、頑張ったね」
「
がんばっててえらい。と淀の頭をよしよしと撫でるクライペイント。優しくされ慣れていない淀は気恥かしそうに頭を振っているが、クライペイントに止める気が無いと気付き抵抗を辞めた。
このまま眠ってしまったほうが、気が楽だろう。
「…あの、クライさん?何時まで撫でてるんですか?」
「ん、グーさんも撫でてみれば分かるよ。スゴい気持ちいいから」
「そうなんですか?どれどれ、ああ本当ですね。これは癖になりますね」
「…(寝れないんだけど…)」
どこか長毛種の猫を思わせる撫で心地の良さを、2人して堪能する。そして撫でられる淀は、気付けば眠っていたらしい。眠れないと思っていたが、思ったよりも疲れていたみたいだ。
「この人、黙ってれば美人さんだよね」
「そうですね。でも普段の淀さんの方が好きなんですよね。可愛くて」
「かわい、くは無いでしょ。この性格だよ」
「人をからかうのが趣味なだけで、それ以外はとても優良だと思いますよ?それにからかうと言っても、踏み込まないラインは弁えてますし」
「それはまぁ、うん。そうだね。確かに。考えてみれば別に淀さんの事が嫌いな訳じゃないしね、むしろ好きで付いてきてたよ。……眠ってはいるけどさ、そろそろ離してあげたら?」
「へ?あ、そうですよね。つい心地良くて」
「何かご飯作ってあげようかな。淀さん頑張ったもんね。寝顔の動画も撮ったし」
ずっと淀を撫で回していた。頭を自分の太腿に乗せ、髪や耳、頬をずぅっっっと撫でていた。くすぐったいのか、小さく声を出したり首を振ったりしている。もし淀が起きていたら絶対に触らせないだろう。途中で目を覚まそうものなら、きっと悲鳴を上げて飛び起きるだろう。
クライペイントはこの光景をずっと動画に収めていた。後で本人に見せるためだ、淀をおちょくるネタが増えてご満悦である。
それはそれとして、淀の
それを見送ったグーフアップ。
今後の予定を、何も考えていなかった。やることが無いのは変わらない。戦況を覗き見ようにも窓は閉じてしまったし、開けるクライペイントはたった今帰ってしまった。
端末に集まる情報に目を通せば、順調に作戦開始時刻が迫っている。
こうなったら、もう、適当に暇を潰すしかない。クライペイントが戻ってくるの待ち、淀の目覚めを待つ。ぼんやりと、適当に時間を浪費する。
止めていた、淀を撫でていた手は再び動き出す。完全に無意識である。グーフアップの脳内では今、最悪の事態のシュミレーションを行っている。舞台になるであろう場所の地形から、周囲の建物を思い出している。右手では淀の髪を掬い上げ、左手で抱き締めるように撫でている。“怪物”の上陸から予想される危険ポイントを思い浮かべ、何処からなら最短で駆け付けることが出来るのか、どの位置に陣取れば多く守れるのかをイメージする。指が耳に触れているのか、こそばゆそうに身動ぎをする淀には気付かない。万が一自分達が戦闘を行うのであれば何に注意すべきか、予想地点から1つずつ考えている。両手で髪を梳きながら撫で、指を抜ける髪の感触を楽しんでいる。脳内が散らかってきたのか、一度深呼吸をして整理する。やるべきことは変わらないし出番も無い方が良いに決まっている。最悪の場面よりも、無事帰って来た時の事を考えよう。
数十分後、淀が起きるまで続いたらしい。
「淀さん起きてる?お昼ごはん作ってきたよ…何してんの?」
「膝枕が恥ずかしかったみたいです」
戻ってきたクライペイントはお弁当を持っていた。毎日は作りたくないが、たまに作る分には良い気分転換になる。
そして戻って早々に目にしたのは、クッションに顔を埋めて丸くなっている淀の姿。
「よ〜どさ~ん」
全てを察した。
ニタァ…と幼女がしてはいけない悪い笑みを浮かべ、先程撮った動画を再生しながら近付いていく。何かを再生している事には気付いたが、画面を見ていない淀はまだ内容までは分からない。機嫌が悪いのではなく、羞恥で顔を見せられない淀の興味を引くには十分だ。チラリと顔を上げ、クライペイントの持つ端末に視線を移して…絶叫しながらのたうち回った。
割と淀のイメージ通りではあるが、本人は認めていない。自分は人をからかう側で、頭を撫でる側である。他人の膝枕で眠りこけるなんてありえないのだ。これはイメ損である。誠に遺憾である。
「なあああぁぁ!消してぇぇ!」
「クッハハハハァお断りだぁー!」
今はこんな事をしている場合ではないが、こんな事でもして現実逃避をするくらい許されるだろう。こうでもしなければ不安で仕方がない。今も“魔法少女”達が戦っていると思うと心配で落ち着かない。
「いいだろういいだろう。何が望みなんだい?言ってみなさいな」
「望みなんてないよ〜。でもそうだな、じゃあしばらく淀さんには水着で生活してもらおっかな」
「え、やだ」
「じゃあこの動画は谺ちゃんに送っちゃおうかな」
「明日1日」
「んんーダメ。来週1週間」
「3日」
「2週間にしようか」
「…頼むよ~」
「では、私達の選んだ服で2日ずつ。4日間にしましょう。お腹空いたのでご飯にしませんか?」
一切有利にならない交渉は決まった。今更になって、いっそのこと動画削除を諦めた方がマシだったかも知れない。と思い始めた淀だが、もはや逃げられない。今後の4日間は家に引き籠もると固く決意した。
そして、冷静になればなるほど自分のミスではない事に納得がいかない。この2人が勝手に人の頭を撫でて、勝手に膝枕をして、勝手に動画を撮られたのだ。疲れてそれを拒否する元気が無かったのが悪いのか?そんなわけない。むしろ労われて然るべきである。もっと優しくされて良いだろう……いや、労われてた。なんならこれ以上ないぐらい優しくされていたな。
という事はつまり、自爆か…?
優しくされ慣れてないから恥しくなって勝手に自爆したのか。これは恥ずかしい。
淀は、考えるのを辞めた。
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