伝説は見てるだけ



 今から数週間前、某所にて



「あ」


「はねる、どうかなさいましたの?」


「なんでもないよ。次は何する?」


「あれ!あれやりたいですわ!着いてきて下さいまし」



 同時に、別所でも



「モーーン!」


「どうした?電池切れか?」


「いや、大丈夫モン。急ぎじゃないモン」



 異変を誰よりも早く察知した“魔女”と白饅頭だったが、致命的なミスを犯したのも同時であった。



((今忙しいし、アッチで何とかするだろう))



 互いが互いに問題を押し付け、相手が何とかするだろうと祈ってしまったのだ。










 これが発端。責任放棄も後回しもよろしくない。今この2人は大いに反省している。



「ごめんなさい」


「マジごめんモン…」



 “魔法少女代表”の刑部 はいる、『最強』の“魔法少女”コダマ[魔女会]トップの淀と千歳。この4人を前にして、額を大地に擦り付けている。そう土下座である。日本における伝統的で最上級の謝罪表明方法だ。


 幼女と白饅頭の土下座。

 見た目は最悪だ。謝罪を受けているのに、何故か自分が悪い事をしているみたいだ。



「顔を上げたまえ。白饅頭の言葉を鵜呑みにした私にも非はあるだろう。起きてしまった事実を悔やむのは時間の無駄だよ。それより、今の状況の解決を優先すべきだろう」


「まあ、私達は手出ししないんですけどね」


「聞いてませんが!?」


「谺君…何故“魔女”の助力を期待しているんだい?」



 今起こっている問題の解決をしたいが、魔女達は手伝わないそうだ。正直、谺は協力してくれるものだと思っていた。だって、戦力が少しでも多く欲しい。

 そもそも、コイツ等3人がいれば“魔法少女”数十人分は働いてくれる。滅茶苦茶当てにしていた。


 

「だって刑部さん。彼女達なら、まず負けないじゃないですか」


「だろうね、でも駄目だ。敵は万全ではない。この程度は“魔法少女”だけで対処しなければ、今後…我々は死ぬぞ?」



 呆れ気味に告げると、少し佇まいを直す。これからが本題だ。今回【あの魔女】達は大事な大事な“魔法少女”が怪我しても、逃げ出しても、死んでしまったとしても手出しはしない。

 完全な敗北が決定した場合のみ、その後始末をするため動く事になっている。その確認だ。


 

「先ずは、この地図を見てほしい。見ての通り近畿地方だ。“怪物”は琵琶湖の中心付近から琵琶湖大橋、比叡山にかけて出現している。同一個体の目撃からそれらは京都、もしくは大阪に向けて移動している事が予想されている。…まあこれだけならこうして君達に話すこともないが、問題はその数と、それらを生み出す母体の存在だ。もう知っているだろう?ニュースで大々的に報道しているのだから」


「あのパステルピンクのバカデカい芋虫ですね、琵琶湖に浮かんでると言っていました」


「そうだ。白饅頭曰く、そいつが【悪意ある災害】の分体である可能性が高い。そして、今回の目的はその討伐・・だ」



 それに真っ先に疑問を持つのは はねるだ、面倒な思いをしてまで態々封印したのに、何故今回は討伐なのか。討伐は出来ないのではなかったか?

 その疑問を口にするより先に、はいるは話を続ける。



「私は“魔女”増加の原因を、危機感の欠如だと考えている」


「あえて分体を見逃して、定期的強い“怪物”が生まれる様にするつもりですか。危険過ぎませんか?」


「その懸念は尤もだ。一時的な敗北も視野に入れている。白饅頭の解析と予想から、野放しにしたとしても現在と危険度は変わらないと判断した。封印している他の分体と合流しなければ、問題ないだろうとのことだ。まあ今回のような事件は起こるだろうがね」


「まったくもって納得出来ませんね」


「今、余裕ある内に“魔法少女”達を纏めたい。【悪意ある災害】が完全に復活する前に、全ての“魔法少女”達の目標を統一したいのだよ。多少の犠牲を出してでもね。君達が居なくなったとき、誰が【悪意ある災害】の本体と戦うというのだ。それは本来、全ての“魔法少女”に求められた役割だ」   


「そのためなら“魔法少女”を…子供を見殺しにすると?」


「1人の犠牲で、これから生まれる100人を救えるのなら、私はその子を殺すだろう。それが私の役割だ。だから君達への指示も変わらない。『何もするな』。今回に限っては正式に命令がされている[魔法少女対策課]として、日本という国として人類の為にね。違反した場合は契約通りの罰を執行しなければいけない。最悪、君達の監視にコダマやカガリ等の重要な戦力を置いていかなければいけなくなる。意味は分かるな?」



 “魔法少女”を守るために、彼女達を危険に晒さなければいけない。特に千歳は意識が高く、とても納得のいっている表情ではないが命令には従うらしい。

 同様に はねるも嫌そうな顔をしている。それでも何も言わないのは、淀がそれを受け入れているからだ。そして“魔法少女”達を守りたいと、誰よりも強く思っているのはこれを告げる刑部 はいるだと知っているからである。


 未来云々まで考える話は終わり。ともあれ今を乗り越えなければ意味がないからだ。この話は後日に送るとして、はいるは話題を戻す。


 支援の願いが断たれた谺はさておき、“魔女”組は最悪を想定した作戦の確認に移る。



「諸君等への命令は『何もするな』と『敗北した場合、最速で敵を殲滅する』の2つだ。いいね?」


「…分かりました」


「了解」


「はいよ」


「今作戦は、“怪物”から京都を守ると決めている。現在、比叡山までの“怪物”目撃情報があるものの、麓付近、まあほぼ琵琶湖の尻尾までは戦線を押し戻せている。幸い、“怪物”を産みながら進む【悪意ある災害】の分体の速度は極めて遅い。各地の“魔法少女”を集め、総力戦を仕掛けたとしてもまだ湖から出てこないだろうと予想している」



 地図上を指差しながら今の状況と“怪物”の移動について話す。



「今までの経験から、この手の“怪物”は間違いなく変態を行う。それも山や川、目立つ大きな建物の傍だ。この比叡山は実に怪しい。ここを超えられ、“怪物”に異変を感じたら即時撤退も考えている。京都とは言ったが、実際のリミットはこの辺りだろう」


「ねえ、その話はボク達にはあんまり必要無いでしょ?結局、どうしたら良いの?」


「赤と紫の狼煙花火が合図だ。この2つが同時に上がるか、実働命令があれば全ての“怪物”を倒してくれ」


「赤と紫だね、わかった」


「気になるようなら私に連絡をしてくれて構わない。もし出なければ、それを合図だと思ってくれ」



 緊急時の連絡手段についてアレコレ質問していく淀とはねる。判断が出来ませんでした、なんてことは絶対に避けたいからだ。



「赤と紫の狼煙を上げて、刑部さんを取り押さえれば貴女達に任せることが…?」


「やってもいいですが、谺さんへの信用は地に落ちますよ?」


「じ、冗談ですよ」



 止められなければ、もしかして実行していたかも知れない慌てぶり。この場だからそれなりに気を緩めているが、事態は非常に深刻だ。取れる手段なら取っている。谺がここに来たのも、コイツ等の助力を乞うためである。それがまさか何もするなの確認だったとは予想外もいいところだ。

 

 正直、谺が話す事など何もない。

 はいるについて来ただけだ。大人しくオーディエンスに徹する事にしよう。



「それでだが、君達が2つ目の命令を確実に実行するためには現地近くに居なければいけないだろう?“怪物”の分布や被害状況から優先度を決定するためにね。その観察中に、たまたま“怪物”と遭遇することもあるだろうし、たまたま“魔法少女”の戦闘を目にする事もあるだろうな」


「それはつまり…」


「分体の“怪物”だけは“魔法少女”が担当するが、それ以外場面では好きにすればいい。バレなきゃ何してもいいってことだ。見つけ次第“魔女”への警戒と君達への罰を実行するが、誰にも見つからなければ、君達の存在が報告されなければ何をしていても構わない」



 むしろ、話の本題はこれである。


 何もするな、だと?

 そんなの無理に決まっている。


 はいるは兎も角、こっちの3人は国とか人類とか未来とかどうでもいい。目の前の子供を助けたい。その結果が悪いものならば、まとめて全部ぶっ潰してやろうではないか。

 

 それを知っている。理解している。

 どうせ命令を無視して現地入りするのは目に見えているのなら、バレなきゃOKと言っておく。そうすればコイツ等も少しは気を使ってくれるだろう。

 

 

「やっぱり皆さん来てくれるんですね!」


「当てにするなと言っただろう…少なくとも谺君の近くには居ない筈だ。自分の事は自分で対処するようにな」


「構いません。これで少し安心できます」


「君は何時からこんなにユルくなったんだかな。もっとお固い真面目君だったじゃないか…」


「人は変わる生き物です」



 かつては“怪物”を殺すと息巻いたキラーマシン。今では高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変な対応も出来るだけの器量をもったキラーマシンだ。 

 しかも、現在谺の調子は最高と言って良い。先日、谺の師匠である火狩とのコンビを組むことが叶ったのだ。このためだけに今まで努力してきたのだから、気合は十分。決して無様は晒さない事だろう。


 

「作戦決行は明日の正午だ。重ねて言うが、見つからない様に行動してくれ。バレなきゃ何をしても問題ない」


「では、皆さんの出番が無いように頑張ってきます。サポートお願いします」


「矛盾してるよ。でもまぁ、負けても良いけど死んじゃ駄目だからね?」


「はい!」



 “魔法少女”組2人はこれから戦場へ向かうのだ。本来であればここで話している時間など存在しない程に切羽詰まっている、本当に余裕がないのである。

 現に“怪物”が多く、現場付近の町は殆ど壊滅状態であり、現地の“魔法少女”達も前線を押し返した消耗が大きい。今は到着した“魔法少女”から戦闘に入ってもらっているが、余裕の無さからくる情報の伝達不足で足並みが揃っていない。そもそもそれら情報を連絡、統括をする者が足りていない。

 各現場には共通して明日の正午まで持ち堪えろ、と通達はされている筈なので、きっとそれに従っているだろう。


 深追いはせず、防衛だけに留まれば作戦開始までの時間は十分に稼げると判断している。

 

 はいると谺を見送って、残った3人は顔を見合わせる。打ち合わせも何も必要ない。やることは決まっているのだから。

 一斉に姿が変わって戦闘準備が終わる。今すぐ現地へ出発だ。だがその前に、言っておくことがある。



「それじゃ今から繋げるけど、ボクとグーさんは隠密とか出来ないから、殆ど全部ベリーさんに任せるけど大丈夫?」


「私達が目立つばかりに…お願いします」


「しょうがないさ。何でも出来る、がこのハックルベリーの持ち味だからねぇ。むしろ、君達も出来たら強みがなくなっちまう。…2人は、最悪に備えておいておくれ」



 この意気込みが、全て無駄になることを祈って。


 こっそりと“魔女”達は行動を始めた。

 ただし実際に働くのは1人だけ。それも誰にも見つからない様に、活躍を誰にも悟られないように。









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