伝説と共闘作戦 下


 戦闘は始まっていた。

 息を整える名目でそれを眺めていたハックルベリーは、感心したように、嬉しそうに表情を変えて笑っていた。


 コダマが空中を跳ねる事は知っていたが、他の2人が空中戦が出来るのは意外だ。あの様子では長時間は難しいだろうが、空中に留まる事が出来るだけでも使える手札である。


 それに加え、通常よりも手強いであろう“怪物”を1人で数体ずつさばいている。昨今の“魔法少女”はレベルが高い、実に頼もしい。


 その中でもやはりコダマは強かった。的確に反撃を重ねながら、全体の指揮まで取っている。視野が広く、常に考える事が出来るのが彼女の強みだ。性格は置いておいて、その戦闘スタイルはハックルベリーと通ずるモノがある。



「スプラッシュ! 少し下がって、前に出過ぎないで下さい。囲まれても知りませんよ!」


「わわ、ごめん」



 例のブートキャンプに参加していたナガレも、流石の実力者だ。自身が落下する速度を冷気に変換して空中に留まり、その冷気を氷に変えて戦っている。しかも敵の速度を奪うデバフも撒いている、敵からしたら厄介な相手である。

 

 スプラッシュはまあまあの善戦をしていた。ハックルベリーが想定していた通り、彼女の魔法は効果が薄い。水場で産まれる“怪物”なのだから、それに適応した能力を持っていて当然だ。それでも彼女の担当は海岸や河川などが殆どだ。

 相性が悪いなど、スプラッシュにとっては日常であり前提条件だ。彼女はいつだってそれを乗り越えてきた、魔法の相性程度で負けるのならば初めから港の担当から抜けている。

 長物のトライデントを巧みに使い、魔法で小さな妨害を繰り返し、“怪物”の間合いから外れつつ自分の間合いを保ち続けている。才能というよりも、経験から導かれる動作だ。安定した立ち回りが出来ているが、決め手に欠けている。



「ナガレさん、私はスプラッシュの援護に向かいます。ベリーさんと2人でこちらをお願いします」


「分かりましたわ。お気をつけて」



 “魔法少女”は現場に配属される前、〔魔法院〕での教育を受ける半人前の半人前時代。相手が初対面であろうと最低限の連携が取れるように指導されている、ナガレもスプラッシュも当然その訓練課程を修了しているし、現在コダマはそれを指導する側だ。そこの“魔女”がしっかりしていれば足を引っ張ることはないだろう。


 

「ベリーさん! 聞こえてましたよね、任せます」


「あいよ」



 少し休憩して戦線に復帰したハックルベリーは、迫る“怪物”を倒さない程度に加減した弾丸でぶっ飛ばしてナガレの隣に立つ。



「寒い!」


「それが私の魔法ですわ」


「知ってるよ。前衛は任せておくれ」



 玩具みたいな銃に、お土産屋さんに置いてそうな刃を取り付けた。子供の工作じみた銃剣武装のハックルベリーが前に立ち“怪物”を引き付ける。元々ハックルベリーを狙って追ってきた“怪物”達だ、瞬く間にヘイトを集めている。何せコイツを倒さなければ、黒色の弾丸が飛んでくるのだから。

 

 後ろにも目が付いている動きで“怪物”を捌くハックルベリー、それを援護するナガレは気分が高揚していた。


 

「とても戦いやすいですわ…」



 自分がデバフを掛けようとすれば、その個体を孤立させる。攻撃をすれば敵の動きが止まるし、そもそも全ての“怪物”への射線が重ならない。いつでもどの個体でも狙うことが出来る。

 


「ソイツよろ〜」



 しかも毎回標的の指定までしてくれる。カラーボールみたいな弾丸で着色された“怪物”に、適当な魔法を撃つだけの作業。

 普段のナガレは3人のチームを組んで活動する“魔法少女”で、中距離遊撃兼司令塔の役割を担っている。戦闘内容は今とあまり変わらないが、前衛の撃ち漏らしや流れ弾への対処、他の仲間へのフォロー等考える事が多い。


 仕事量が少ない上に、指示に従うだけで能動的に動く必要もない。完全に固定砲台になるだけで良い。なんなら外しても当たる。撃った魔法に向かって“怪物”が飛ばされて来るのだから慎重に狙う意味もない。

 


「…なんだか、介護されてる気分ですわね」


「そっちに攻撃してちょうだいな」


「はい」



 “怪物”は6体、全てハックルベリーが抑えている。いつもより広く戦況を捉えられる余裕がある。ナガレが攻撃だけに集中すれば、“怪物”を仕留められる威力を出す事が可能だ。


 一瞬だけ振り返り、ナガレの姿を確認したハックルベリーは立ち回りを変えた。



「ナガレちゃん、合わせてね」



 ただ適当にいなしているだけの立ち回りから、ナガレが止めを刺せるように心核が露出する程度の欠損を与える攻撃を加える。

 “怪物”の姿は様々だが、共通して本体は心核である。それがダメージを負わなければ多少のダメージなど無いも同然だ。再生にエネルギーを当てる為、無限では無いがそれでも削り切るのは現実的に不可能である。


 幸いにも心核の耐久性は、アスファルトに叩きつけても割れないが、金槌で思いっ切り叩けば割れる程度しかない。やろうと思えばそこらの一般人でも破壊は可能だ。

 それを補うため、大抵の“怪物”は身体が鎧のように硬かったり、巨大化して心核の場所を隠したり、体内を移動させたりして対抗している。


 今回の“怪物”は体表の鱗が頑丈な盾になっている。それを物ともせずに消し飛ばすのがハックルベリーだ、やろうと思えばいつでも倒せる手札を持っているのだから、これくらい造作もない。



「まずは、1体ですわ!」


「ナイッスゥ!」



 心核の露出に合わせて飛来する氷の刃が1体目を撃ち抜いた。

 全く手を抜かない全力の戦いをしている様に見える様に全力で頑張るハックルベリーの明るい声が聞こえる。実際面倒な戦いを続けているのだから、早く終わらせる分には大歓迎だ。早く終わらせて帰りたい。

 そして手持ちの作業が減るのなら、余裕が増える。



「続けて!」


「了解ですわ」



 コダマとスプラッシュの戦いを覗き見ながら、あちらの戦闘が終わるのと同時に最後の1体を倒せるように、順番に“怪物”の始末を付けていく。


 ナガレは特別苦労もなく、6体居た“怪物”に止めを刺した。実に楽な作業だった。今回の“怪物”は、数で勝負をするタイプで、単体ではあまり能力が高くないのだろう。と思うナガレだったが、すぐに合流したスプラッシュの様子を見るに、相方の能力が高かったのだと思い知る。



「お疲れ様でした。一度戻りましょう」


「むり…えらい…」


「そうですね、よく頑張りましたね」



 満身創痍も満身創痍。コダマに担がれて、ダウン寸前である。何とか変身はしているが、多分防衛本能的に解けないだけである。


 あれ、この2人は“怪物”を4体、こっちは6体。そして自分は全くの無傷で相方も割と余裕そうだ。ん?

 都合良く自分達に弱い“怪物”が偏るとは思えない。戦闘経験や実力で言うならば、スプラッシュが1番下になるからこの差は分からなくはないが、それにしても余裕だった。

 そのスプラッシュでも、ソロで活動出来る程度には強いし周りも見えている。1人じゃ何も出来ない様な子でもない、ちゃんと強い“魔法少女”である。それに『最強』の“魔法少女”もあちらに居る。


 だったらもう、そこの“魔女”の差しか思い浮かばない。

 引き攣った笑みを浮かべたナガレも港へ戻る。



「ハックルベリーさん。貴女いったい、何者なんですの?」



 ニヨニヨと後方で“魔法少女”を眺めていたハックルベリーに、静かに問い掛ける。少なくとも突然暴れたりはしない事は理解した、割と話は通じるし良識も持ち合わせていた事も今日知った。

 ナガレはそれなりに信頼感を抱いていた。


 聴かれたハックルベリーはと言うと、スゥーっと目の笑わない笑顔に変貌し数秒の間ナガレの目を見つめて黙る。



「――そうさね~…まぁ“魔女”さぁ。取るに足らない路端の石ころとおんなじだよ」


「ぃ、石ころ…?」



 いまいち納得のいかない返答に、よく分からない例えで首を傾げて諦める。ああコイツ、まともに話を取り合う気が無いなと。

 ハックルベリーはハックルベリーとして、割と色々考えての発言だ。何者かと問われれば“魔女”だが、何してるか答えるなら人々の害になるモノを排除している。“怪物”は勿論だが、その人間だろうが“魔法少女”であろうが害悪だと判断されれば消している。


 良く言えばダークヒーロー。見方を変えれば殺し屋、しかもいつでも切れる蜥蜴の尻尾である。

 まぁそんな事は口が裂けても言えはしないので、適当に受け流した訳である。あまり詮索してほしくない。



「それより、君達はまだ仕事が残っているだろう?」


「ええ、残っていますわね」


「頑張りたまえ」



 港へ向かって前進していたハックルベリーの目の前に、突如黄色の輪が現れた。タイミングを狙っていたクライペイントの転移魔法だ。そのままハックルベリーを呑み込み、消えてしまった。

 前方を進んでいたコダマとスプラッシュが振り返る頃にはもう居ない。隣りにいたナガレでも止められない早業だ。


 してやられた。


 港に着く直前くらいで捕縛に移ろうと考えていたコダマは頭を抱え、ナガレは最後まで付き合ってくれるものだと信じていた。スプラッシュはもう体力が限界だ、どうなるにしろ下がって見守るしかない。


 

「すみません。私が一声掛けておくべきでした」


「いえ、わたくしも彼女が逃げる可能性を考えておくべきでしたわ」



 顔を見合わせて溜め息を溢す2人と、申し訳無さそうな1人は諦めて港に戻る。何せまだ仕事が残ってる。

 何故“魔法少女”が諸々の後始末までやらねばならぬのだ、スプラッシュの嫌いな仕事が待っている。そこのコダマとナガレは特に気にして居ないのがまた納得いかない。“怪物”と戦うのが“魔法少女”だろう?なんでそれが終わった後の被害確認やら損害確認やら終了報告やらをせねばならんのだ。

 “魔法少女”といえどまだ子供、そこまで難しい内容でもないのだが、所謂勉強が嫌いな子は大抵嫌がる類の事務系の作業だ。特に嫌がる子が多いのは“怪物”の報告で、専用のフォーマットがあるにはあるが一言で片付けるのなら作文である。嫌いな子はとことん嫌いな仕事である。


 さて、今回のリーダーはスプラッシュだ。その仕事が嫌いな1人である。



「あの〜2人にお願いがあるんだけど…報告書書くの手伝って下さい!」


「構いませんよ」


「分かりました」



 快く、と言えるほどでもないが、しょうがないなぁと言った感じで了承を得ることが出来た。

 因みにだが、コダマは意外とこの手の報告書を書く機会が少ない。何せ普段は緊急事態になったか、なりそうな現場への応援として駆けつけることが多く、自分がメインで“怪物”退治を行う事が少ないからだ。殆どの場合は、その“怪物”と一番最初から戦って居た“魔法少女”の仕事になる。勿論“怪物”の情報の共有は行うし作業の手伝いもしている。


 でも先ずは、戦闘終了の報告をしなければ。

 

 桟橋に立っている代表が視界に入る。あの人は、心配で心配でたまらないらしい。落ち着かない様子で“魔法少女”3人を待っていた。



「先に無事だと伝えないといけませんね」



 こちらに気付いて大きく手を振っている姿に苦笑して、桟橋に降りる。

 ここからはゆっくりしても許される。


 疲労はあるが、出立からまだ1時間も経っていない。体感では殆ど蜻蛉返りだ。しかし、待たされる側の体感時間はめいいっぱいに引き伸ばされている。やっと帰ってきたと思えば怪我をしているではないか。今すぐにでも病院へ連れて行かなければ!



「大丈夫だよ。疲れてはいるけど、傷は浅いからね。“怪物”はちゃんとやっつけたよ!」



 怪我の手当と体力の回復に、一旦拠点へ戻る3人。特に休みが必要なのはスプラッシュとコダマの2人。対してあまり疲れていないナガレが関係各所への連絡を取っている。何となく罪悪間があるらしい。



「これで全部終わりですね。お疲れ様でした」


「そうですわね、お疲れ様でした」


「うん、おつかれ。ありがとね、本当に助かったよ」



 休みながらも報告書の作成を終わらせると、コダマとナガレは帰っていく。

 

 非常にあっさりした別れだが、“魔法少女”界隈ではこれが当たり前だったりする。祝勝会だの打ち上げだのは滅多に開かれない。何せ“怪物”はいつ現れるか分からないのだ、応援として呼ばれる“魔法少女”は基本的にその地域でトップの実力派であることが多い。そのような子は、共通して休みが無い。


 “魔法少女”はブラック企業である。


 割とそう言われる事が多いのは確かだ。実際、活躍する“魔法少女”の多くは決まった休みなど存在しない。世間一般で呼ぶところの休日祝日祭日なんて都市伝説である。“怪物”が出現すれば何時でも何処でも駆けつけ討伐するのが彼女達の仕事で、その中の何割かは“魔女”の捕縛にも向い、さらに何割かは警察と連携して様々な犯罪の捜査強力も行っている。

 実力があればあるだけ仕事が増えるのは、どの業界でも同じ事らしい。


 まだ若い、幼いとも言える彼女達を酷使するのは大きな問題だが、そんな彼女達だからこそ、若いからこそ無理が利く。働けてしまうのも悩み所である。

 しかし頼らなければいけないのも事実な為、関係各所は常に頭を抱えている。


 

「あっ!お弁当渡しておきますね。今日の戦闘が長くなるかも知れないと、友人が用意してくれた物です」



 帰り支度の途中、置いておいた弁当箱に気づいた谺が2人にそれぞれ配る。折角作ってくれたのだから、食べない訳にはいかない。それに、あの小さく愛らしい“魔女”は滅茶苦茶料理が上手い。

 それを知っている谺の機嫌はとても良い。無事“怪物”を倒して、今の所はこれ以上の仕事無い。しかもまだ昼前だ、待機所に戻ってゆっくり食べようと思う。


 “魔法少女”達活動中の食事事情は、結構自由だったりする。食堂が併設されている事務所があれば、お弁当屋さんと提携している場所もある。事前でも事後でも申請すれば上限はあれど食事代は負担してくれる。なにせまだ子供だ、せめてバランスの良い食事をしてくれと強く推奨されている。


 普段から近くで適当に済ませてしまうナガレと、好きな物しか食べないやや偏食寄りのスプラッシュはありがたくお弁当を受け取った。

 実は自分のお弁当を持っていたスプラッシュだったが、中身を覗いて普通に喜んでいた。だってとても美味しそうだったもの。


 こうして、若干1名にモヤッとを植え付けた“魔法少女”と“魔女”の共闘が終わった。後日数日は【あの“魔女”】について詳しく知ろうと調べていたらしいが、結局よく分からないという結論に落ち着き、気にするのを辞めたようだ。

 


 


 

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