伝説と共闘作戦 中


 『ごめん』と、ただ一言だけ書かれた紙切れを握った谺は淀の居る場所へ向う。

 自分達は宿を取っているしスプラッシュも自宅へ帰る。流石に“魔女”を魔法少女の事務所へ連れて行く訳にはいかないし、事前の連絡無しでスプラッシュの自宅へ泊めさせるのも悪い。

 仕方ないので漁港の管理事務所の休憩所を借りて、そちらへ移動させた。



「おはようございます。そろそろ集合で、す…」


「アタシのターン、ドロー! ワルドーを召喚、デッキからドルドーを手札に加えたい」


「んー、却下だ!」


「まだ、魔法発動! ワルドーの攻撃力以下のモンスターを墓地から特殊召喚!」


「にゃはぁ〜罠発動!そいつは無効だぁ」



 スプラッシュとハックルベリーは既に変身しており準備万端だ。女の子1人で事務所に放置は出来ないと考えたスプラッシュはひと足早く様子を見に来ていた。そしてカードゲームで盛り上がっていた。


 朝早くに起きていた淀は、軽く身支度を済ませてしまうと休憩所内を物色していた。そのへんの戸棚を開けたり、冷蔵庫を開けたり、引き出しを開けたりしていたら見付けたゲームの数々。

 テーブルゲームにコンシューマーゲーム、PCゲームが大量に入った引き出しを発見した。


 かつて遊んだ物からからまったく知らない物まで多種多様に入っているそれらを取り出して眺めていたところで、スプラッシュがやって来たらしい。

 ここの事務員さんは極度のゲーム狂が居るんだとか、スプラッシュは休み時間に一緒に遊んでいるとか聞いている内に、成り行きで一緒に遊んでいた。


 だってそのゲーム狂はスプラッシュ本人だもの、ここにあるゲームは全部私物だ。休み時間にはゲーム好きな事務員さんを捕まえて一緒に遊んでもらっているのがこの少女である。遊んでもらっている相手の事を自分と同類だと、ほんの少し勘違いをしているみたいだ。世間一般と言う括りで見るならば、職場にゲームを持ってきてまで遊びたい人は多分普通じゃない。気付いて!

 


「おや、谺ちゃんおはようさん」


「おはようございます!」


「…おはようございます。とても楽しそうですね」



 だいぶノリノリで遊んでいたのが分かる程に部屋が散らかっており、朝っぱらから何をやっているんだ…と思うと同時に、ハックルベリーと仲良さげに遊んでいる姿にモヤっとして言葉に少し棘が乗る。

 付き合いの長い自分を差し置いて、こんなに気安く接するのかと。


 それよりも、相手は“魔女”だぞ忘れていないか?

 彼女達の実態を知っている自分は兎も角、貴女はソレを捕まえなければいけないのだぞ。今更な話ではあるが。

 

 

「そろそろ時間です。行きますよ」



 まだ勝負はついていないが、仕事だから仕方ない。さっさと片付けて集合場所へ向う3人。

 まず最初に、ハックルベリーから敵の情報を聞き出さなければ話は進まない。昨日と同じくスプラッシュ、コダマ、ナガレにハックルベリーを加えた4人は改めて意識を切り替える



「んじゃ、何から話そうか…まずは敵の場所だねぇ、ココに拠点があるっぽいよ」



 タブレット端末に表示したマップにピンを立てて見せると、そのまま話を進めていく。



「昨日撃ち込んだマーカーは近くに寄ると勝手に分裂して取り憑くモノでねぇ、多分大半の“怪物”にはマーカーが取り付いてるはずだよ」


「数はどれほどですか?に」


「たくさん! 悪いね、精度はそんなに高くないんだ。多く見積って300は居ないかな」



 何時も通りヘラヘラしてとんでもないことをかすハックルベリー。1人で戦う時、相手にする“怪物”は1〜2体が限界だというのに?

 群れを作っているだけで厄介だというのに、数が尋常では無い。コレは1度持ち帰って“魔法少女”を総動員すべき内容ではないか。


 流石に今すぐ突撃したいスプラッシュも、この数を聞いて考えを改めたみたいだ。


 

「グーちゃんが居れば楽なんだけど、居ないなら仕方ない。サクッと殲滅しちゃおうか」



 何事も無いかのごとく話を進めていくハックルベリーだ。まるで敵の数など障害にすらなりえないと平気な顔して敵の行動予測を並べ立てている。



「どうしたんだい? そんな暗い顔して。この取るに足らない魔女がここに居て、珍しくヤル気を出したんだ。怖いなら待っていればいい、吉報を持って帰ってこようじゃないか」


「は? 何言ってるんですか、私も行くに決まってるじゃないですか」



 軽い挑発に速攻で返答するコダマ。それはもはや条件反射である。コダマは意外と煽り耐性が低い。

 それに続いてスプラッシュもナガレも答えるが、ハックルベリーは一切合切否定する。



「煽ったとは言え、1人で十分だからね」


「1人で戦うつもりなの!? それは無茶だって」


「そうです! いくら貴女がお強いとしても、無謀が過ぎますわ。自殺願望でもお持ですの?」


「んー…、足手まといは要らないんだよ。ただでさえ君達の魔法と“怪物”は相性が悪そうだし、大人しく待っていればいいよ。コダマちゃんくらい強ければ、それほど問題無いんだけどね」



 戦力外通告に言葉を失う2人。

 これでも一人前と呼べる実力者である。ナガレに至っては、地方の“魔法少女”と馬鹿にできない全国屈指の戦闘能力を誇る最上位勢だ。ただ悲しい事に頂点に立つコダマと、コダマの1つ下には隔たりがある。

 その差が、今回では殊更大きく影響するのだ。


 最低でも、敵に囲まれた時に対応出来るだけの能力を求められている。

 スプラッシュでは魔法の相性が最悪だろう。いくら水流を操ったところで、敵はその中を自在に動くかそもそも効かない可能性が高い。それでも1体や2体であればなんら問題も無いだろう。しかし今回は文字通り桁が違う、対応しきれるとは思えなかった。

 ナガレも似た理由だ、たしかに速度を奪って冷気に変える魔法は強力ではある。だがそれは対象と範囲を絞る事で効果を高めるモノで、多数かつ広範囲を指定すればその効果は薄まってしまう。相性の悪さで言えばこの中で1番悪いだろう。



「でもまぁ、君達はどう言ったところで着いて来るつもりだろう? 大人しくしているのなら別にかまやしないよ」

 


 そして輪を離れて海へと向うハックルベリー。早速“怪物”退治に行くつもりだ。

 

 

「ああそうだ、君達は君達にしか出来ない…“魔法少女”だから出来る仕事を頼むよ。まあそれが終わる頃には、こっちも片付いてるかもね」



 振り返り、優しく微笑んで告げる姿はまるで映画のワンシーンだ。これから死ににゆくサブヒロインの様相を醸し出している。

 こうして露骨なフラグだけ残して“魔法少女”と“魔女”は分かれて行動を開始した。


 “魔法少女”の仕事は、港や近隣エリアの代表者達への挨拶と説明からだ。今日は戦闘になる、興味本位で近付かれたら巻き添えになってしまう。現在の進捗状況と再度の避難勧告をするのだ。

 場所や人によっては、避難勧告や立ち入り禁止を無視した挙句怪我をして逆ギレする様な輩もいる。建物や道具等が戦闘の被害を受けて壊れてしまう事だってある。だから事前に動かせる物はどかして逃すように連絡するし、繰り返し立ち入り禁止を通告するのだ。


 ただ今回、近隣住民が1番逃がしたい大切なものはスプラッシュ本人だった。

 なにせ彼女はこの港のマスコットだ。明るく快活な性格で親しみやすく、小さなトラブルでも全力で解決しようと動いてくれる少女。彼女がこの場所を好いて守りたい様に、ここに居る人達も彼女が大切で守りたい存在であった。


 だからか、この港の代表者は最低限立場上必要な事を話すだけ話して、あとはもうスプラッシュ達の心配しかしていなかった。なにせこの地区の“魔法少女”はスプラッシュが2人目、最初の1人は“怪物”に殺されている。そしてその1人目は代表者の娘だったのだ。

 それを知っているスプラッシュは無理に話を止めさせる事が出来なかった。




 


「さぁ〜て! やったりますか!」



 空高く、昨日と同じく様装をして雲の隙間を歩くハックルベリーは気合を入れていた。正直言って、今回の相手に油断も慢心も無い。なにせ規模が違う、普通なら“魔法少女”を集めてから大規模作戦を決行するレベルだ。少数で立ち向かったところで多勢に無勢では意味がない。

 3人を置いてきたのは足手まといである事もそうだが、何よりたった3人では戦況は何も変わらないと考えたからだ。無駄に傷付くくらいなら、初めから連れてこない方が良い。


 どれだけ巫山戯ていたとしても、どれだけ苦労を背負ったとしても、ハックルベリーの“魔法少女”を守りたい気持ちは揺らがない。

 そのために命を掛けて“魔女”をやっているのだから。



「[追加武装オーダー金華欲龍きんかよくりゅう]――さて、終わりの時間だ」



 

 置いてきた“魔法少女”達が合流するまでに、すべてを終わらせる気でいる。のんびりしている暇など無い。


 青一色だった和風の給仕服は手足に向かって赤く変色し、四肢の裾口には白や赤、桃や紫の色をしたフワフワした小さな花が咲き誇る。さらに手に持った安っぽい玩具みたいな赤色の銃は、龍の意匠が施された高級感のある玩具に変化した。

 随分と可愛らしい姿になったハックルベリーの、もう1つ新たな装飾。それは懐中時計。左回りに時を刻む鈍色のそれは、12時と9時と6時の位置の3点だけが簡単に印されている。9時の印を目指して周る針を確認して帯にぶら下げる。



「…せーのっ! 〚砲閃華ほうせんか〛ぁ!」



 大きく手を振り下ろして放たれたそれは、袖口の花と共に降り注ぐ。花吹雪に紛れる弾丸が、増える。1つが3つに、3つが8つに分裂を繰り返す。気付けば弾丸が花弁を覆い隠していた。


 海面に着弾して飛沫を上げて、白波が視界を覆い隠しても止まない弾丸の雨。海中にコロニーを作っていた“怪物”共への奇襲は成功を納めた。しかし、やはり気中と違い抵抗も大きく威力の減衰が激しい。予想よりもマーカーの残りが多いことに眉を顰める。



「分かっちゃいたけどねぇ…こりゃあ厄介だ」



 奇襲により一定数の討伐は果たしたものの、全体数から見れば微々たるものだ。水柱は立ち上げて空中へ躍り出る“怪物”の群れを見つめて独り言ちる。



「まさか空中も泳げるとはね。うん、大問題」



 たった1人の襲撃犯を確認した“怪物”は反撃に移る。

 群れを作る“怪物”は、マーカーのおおよそ半数がハックルベリーへ殺到した。未だ空に舞う花弁はただの飾りなどではない。無駄を愛するお巫山戯の化身である彼女だが、無意味な事はしない。

 

 風も無いのに舞い続ける花弁は刃となって“怪物”を切り刻む。ハックルベリーを中心に広がる花吹雪、刃の攻性防壁が一気に広がる。

 甘い蜜の香りが通り過ぎた時、“怪物”の心核は尽く破壊されていた。



「…さぁ、お掃除だぁ」 



 役目を終えた花柄は塵になり、ハックルベリーの下へ再度集結する。でしゃばりな小さな花達は、形を変えて己を誇示している。

 黒い塵の軌跡を引いて、ハックルベリーはとうとう“怪物”のコロニーへの突入を開始した。


 トプン…――、と速度とは不釣り合いに小さな波を立てて侵入。


 眼下に広がる“怪物”の住処。ただ整列し、出番をまつ“怪物”の生産工場だ。社会性はなく食事もしない、生活の必要が無い奴等は均等に万遍なく辺りに並んでいた。

 ある程度区分けされているのかマーカーの移動範囲外にいる“怪物”も多く、想定を遥かに上回る数を目にしたハックルベリーは、目の色を消した。


 既に捕捉されている。手近な場所の“怪物”から襲い掛かろうと接近する。流石海中産というべきか、空中にいた個体とは比べ物にならない機動力で敵を翻弄するだろう。相手が、ハックルベリーではなければ。


 ピンポン玉程の銃口が空いた、龍の意匠の玩具みたいな銃から次々放たれる真っ赤な弾丸が、寸分の狂いなく“怪物”の心核を貫いていく。

 迫りくる敵よりも、逃げ出そうと距離をとる“怪物”を優先して撃ち抜く。学習する“怪物”にはよく効く手だ、逃走は無駄であると学習させるのだ。


 会敵、30秒と経たない出来事だ。画面の中のプログラムを彷彿とさせる精密射撃で“怪物”を撃ち抜いて回るハックルベリーは、隙をみて懐中時計に視線を移す。左回りの針は、6時の印を超えた。


 大量に打ち出した赤色の弾丸。当然、それだけで終わるモノではない。“怪物”を貫いて勢いを失った弾丸は、適当な位置で静止している。

 鳳仙花の名を冠した弾丸は、種子を吐き出す様に大きく爆ぜた。

 元と同じ真っ赤な弾丸が周囲の“怪物”を出鱈目に穿って四散する。その弾丸がさらに破裂し、その中の弾丸がまた破裂する。


 逃げ場なく、“怪物”の群れを覆い隠して真っ赤な弾丸の乱れ飛ぶ。当たれば自分もタダでは済まないが、ハックルベリーは縫うようにその中を移動し、何かを探していた。


 

「っぷはぁ! はぁはぁはぁ〜…」



 水中呼吸の術を持たないハックルベリーは1度浮上する。

 呼吸を整えながら、少しずつ赤が引いて青を取り戻す海を見下ろしていた。


 自前の時計と左回りの懐中時計をそれぞれ確認すると、ハックルベリーは再び海へ飛び込んだ。

 懐中時計の針はもうじき12時の印を迎えようとしている。


 ハックルベリーが探していたのは中枢個体だ。すべての“怪物”が思考するのならば別だろうが、綺麗に整列して待機している姿を見て確信している。何処かに司令塔がいるのだろう。それを弾丸の嵐の中、必死になって潜り抜け発見していた。


 一直線に目的地へ向うハックルベリーを追う黒い軌跡が、ついに追い付いた。鬱陶しいくらいに身体に纏わり付いて、四肢に咲く花を枯らしていく。

 華やかに鮮やかな花々は終わりを迎え、萎れて朽ちて消えていく。美しかった当時を思い欲を張る。

 四肢に残るは絶望と怨嗟、小さな髑髏が呻きを上げる。


 爛漫だった装衣は見る影もなく、青と赤は混ざり合い紫へ変えた。

 そう、これはどう見ても悪の大将である。


 袖口の髑髏達が揺れている。あいも変わらず光の映らない真っ暗な瞳には、他とは少し気色の違う“怪物”が反射していた。


 先の攻撃で殆どが殲滅できた。残るは運の良かった個体と、それを乗り越えた噛みごたえのある個体だ。これが普段であれば、高笑いと共に特攻を仕掛ける所ではある。だが今回は時間制限が付いている。

 何より、コイツ等を逃がしてまたコロニーを作られては不味いのだ。自分1人で壊滅させることが出来るのは、恐らく今回限り。奴等はマーカーを消す事、部隊を分散させて待機させる事、一部を逃がす事等を学習して次は行動するだろう。

 経験上、1度取り逃がした“怪物”は学習し格段に能力を上げて帰ってくる。“魔法少女”が犠牲になるレベルの“怪物”の多くは、こういった個体が殆どである。


 対象の下へ辿り着くと、玩具みたいな銃を突き付けた。周囲に居た取り巻きの“怪物”など物の数ではない。ハックルベリーにとって通常個体など動く的でしかなく、1発の弾丸で済む程度であれば芥同然である。

 だから、面倒な奴から消して行く。


 さすが司令塔、特殊個体と言うべきか。ハックルベリーの弾丸を躱して反撃が出来るのは大したものだ。


 しかし、所詮は想定内の出来事。

 【読全の魔女】と呼ばれているのは伊達や酔狂ではない、それに相応しい能力を持ち合わせている。ただでさえ高い基礎スペックに加え、未来予知でもしているのかと疑うほどの観察と予測。


 “怪物”の元締めラスボスでもない、たかだか特殊なだけの個体に遅れを取る筈が無い。

 

 四肢の髑髏がケタケタと不気味な笑い声を上げれば、ハックルベリーを中心に黒い波紋が広がった。波紋に触れた“怪物”達は、例の特殊個体とそれと同等の能力を持つ“個体以外は尽くが消滅する。


 己の前に立つ資格すら無いと言わんばかりの選別である。出来れば初めから使いたいが、強力な魔法にはデメリットも多く付く。

 今回であればあの懐中時計だ。時間経過で魔法の種類と数が変化し続け、使いたい魔法を使いたいタイミングで使えない制約が付いている。その代わり、使える魔法はどれも強力なモノばかりだ。


 広がった黒い波紋は、雑魚狩りだけでは終わらない。ある程度広がった所で、ハックルベリーが手をかざす。薄く広がっていた黒は収束し、真っ黒な弾丸を生成した。

 これこそが、ハックルベリーがこの追加武装を選んだ理由だ。


 手早くその弾丸を装填し、無造作にそれを撃ち放った。

 

 放たれた弾丸は近くの個体へ向かって飛んでいく。そこに銃口の向きも、水中の抵抗も、咄嗟に心核を守ろうとする“怪物”の防御すら関係無い。“怪物”の心核を撃ち砕いた弾丸は、次の目標へ向かう。黒の線を引きながら、一体ずつ確実に“怪物”を消滅させていく。

 放つは黒い波紋に触れていた対象全てを貫く魔法。言ってしまえばただ追尾するだけの魔法だ、通常のスタイルでも出来なくはない。わざわざ武装を追加してまで使うのは、その弾丸の執拗さが強力だからだ。1度対象を指定すれば、それが消えるまで何度でも何度でも貫き続け、複数であっても例外無く全て消滅するまで貫き続ける。

 ハックルベリーが魔法を解かない限り、この弾丸は何処までも敵を追い掛け消滅させる。


 残り全ての“怪物”は黒い波紋に触れた筈だ。念の為今まで撃った弾丸全てにマーカーの役割を持たせているし、白饅頭を通して“怪物”の居場所も詳しく聞いている。

 これでもう、“怪物”に残された道はハックルベリーの打倒のみ。余裕を持って浮上して、“怪物”の襲撃を待つことにしたようだ。



「数、減少確認。残りは…パフォーマンス用に使うか」


 

 懐中時計を取り出して、12時まで時間を進めて針を止る。もう必要無い、見た目だけで過剰な不安を誘うこの姿を晒し続ける趣味はない。

 戦闘開始から5分と少し経った今、もうじき“魔法少女”が到着するだろう。


 あとは彼女達に任せれば良い。


 襲い来る“怪物”を適当にいなしながら時間を潰していた。

 

 少し待った。減らしたとはいえ数は多い、集中を切らす事は出来ない



 10分待った。そろそろ誰か来るだろう。


 20分待った。ヤバい、集中力が切れてきた。

 ハックルベリーの防御力と持久力は並より高い。それでも、他の仲間2人の様に特化はしていないのだ、当たらなければどうということは無い。が、攻撃が避けきれなくなってきた。

 

 30分待った。とうとう一撃、良いのを貰ってしまった。

 それでもハックルベリーは頑張った。珍しく傷を負い、珍しく汗を掻きながら頑張った。


 60分待った。 限 界 だ !


 ハックルベリーは逃げ出した!



 これでも恐ろしく強い“魔女”である。余力はまだ残しているが、だからといって別に疲れていない訳ではない。だいたい、昨日からの疲れが取れていないのだ。若干無理してテンション上げて元気を出している。


 それだけなら我慢も出来ただろう。

 ハックルベリーは割と気が長い。待ちあわせに1時間以上遅刻され、ひたすら待ちぼうけだって気にしない。


 今回、耐えられないのは迫りくる“怪物”の数々だ。

 特別個体達は全部で30体くらい居たハズだ。だが気付けば残り10体に減っている。

 例の黒い弾丸の魔法はまだ続いている。


 

「もーやだぁー!」



 ハックルベリーは港へ向かって逃げ出した。

 そこまで行けば“魔法少女”が出てくるだろう。いい加減疲れたのだ、休ませろ。


 “怪物”をトレインしてハックルベリーは宙を飛ぶ。いざ、みんなのところへ。




 “魔法少女”達は急いでいた。

 流石に1時間待たせるのは悪いと思ったのか、かなり真剣に急いでいた。

 あれやこれやと理由を付けて3人を引き留めていた港の代表者だったが、1時間も経てばその理由も無くなってしまう。10分経った辺りから漂い始めた、コダマの不機嫌オーラにも屈せずに散々縫い留めたがネタが無いならどうもできない。

 如何せんその心配と不安が本気なだけに、“魔法少女”側としても無理矢理に話を切るのも憚られる。それに、此度のリーダーはスプラッシュだ。彼女が指示出来ていればそれを理由に抜け出すことも出来ただろうが、大人びていようが子供にそこまでの機転を期待は出来ない。


 結局抜け出す理由を作れずに、話を終わらせる事出来ないまま時間だけが過ぎていったのだ。



「ごめん! アタシが何も言わなかったせいでこんなになって…」


「まぁあの様子の人を置き去りには出来ませんからね、仕方ないと思います。あまり気に病まないでください」


「それより、先ずはハックルベリーの下へ向かいませんと。急ぎますわよ」 


 

 して、やっと仕事に移れる“魔法少女”達にも不安がよぎる。すぐに合流するつもりで別れ、先に戦闘を始めたであろう“魔女”を思う。彼女は無事だろうか。

 何となくだが、無事だろうなと考える3人。定着したイメージと、乱立させた死亡フラグがかえって生存の旗印になっていた。

 心配もしているし急いでもいるが、心の何処かで余裕を感じたままの3人の前方からハックルベリーがやって来た。

 まだ人影が見えただけなのだが、空中を飛んで移動する人型なんて自分達ぐらいのものだろう。やはり無事だったかと一安心したのも束の間、ハックルベリーは傷だらけだった。


 

「やっと来たぁ! 雑魚は倒したから後はコイツ等をだけ!」



 すれ違うようにして後方へ退避するハックルベリーは、所謂『致命傷だけ避けた』様相だ。付き合いの長いコダマでさえも見たことが無いほど消耗している。何せ本人も“怪物”相手にここまでの怪我をするのは初めての事だ、これ程のダメージを受けるのは訓練の時ぐらいのものである。


 “魔法少女”達はコイツから色々聞きたいところだが、目先の“怪物”を始末しなければ。

 ハックルベリーの後を追う、10体の“怪物”を迎え撃とうと3人はそれぞれ体勢を整える。



「ベリーさん、“怪物”の情報を!」



 “怪物”の飛ばす水弾をはじき返してコダマが問う。この場の“魔法少女”は皆、敵の情報を集めてその対策をしながら戦うタイプだ。既にその情報があるなら是が非でも聴いておきたい。



「一言で言えば液体操作って感じだね。水量は程々だけど、共通して海水を使った攻撃をしてくるよ。今みたいな水弾は当たると滅茶苦茶痛いし、あの中の何体かは酸性の粘液みたいなのを一緒に飛ばしてくるから気を付けておくれ。人体程度なら余裕で溶けるだろうからね、当たったらダメだよ」


「そんな恐ろしい事は早く言って下さい!」


「だって弾けてたし? それと、あの10体それぞれ固有の能力があるからそれも注意してね」



 既に戦い始めていた3人に助言するハックルベリーは、見た目のダメージの割に結構余裕そうだ。もうニッコニコである。

 これより、散々お膳立てした共闘を始めたい。長かった、やっと帰れる。






 



  

 

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