伝説と共闘作戦 上


 空は曇り模様、場所は海。

 荒れた波では船も出せない春先の早朝。


 3人の少女が集まっていて、1人が一緒に連行されていた。


 その中の1人、青くつややかな質感のドレスを身に纏い、矛先が3つに分かれた槍トライデントを担いだ少女が前に立つ。



「やあ皆、おはよう! 大時化に時化ってて清々しくはない朝だね。大体話は通ってると思うけど、改めて今日の予定を説明します!」



 よく通るハリのある声で音頭を取る彼女は、周辺の海岸沿いを担当している“魔法少女”スプラッシュだ。そして、今回他の地域の“魔法少女”達に応援を頼んだ本人でもある。


 

「今日は“怪物”の発見を目標として、可能ならその対策を立てる所まで行きたいと思っています。明日以降の海の様子を見ながら、出来るだけ早く“怪物”の討伐をしたいです。1週間という時間は貰っていますが、そんなに漁港を閉鎖し続ける訳にはいかないので協力をお願いします! …ところで、そちらの方は誰ですか?」



 今回の助っ人の条件は、水上か水中、もしくは空中で活動出来る事。海の上で“怪物”と戦う可能性が高いので、最低でも水面に立つぐらいは出来ないと話にならない。

 短時間であれば出来たとしても、長時間を地上以外活動出来る“魔法少女”は意外と少ないのだ。そしてその能力があったとしても、実戦で使えるレベルかどうかは別の話である。


 そうして見繕った助っ人は2人、空中戦が可能かつ持久力の高い“魔法少女”コダマ。そして、スプラッシュと同様に水場が活動地域の“魔法少女”ナガレ。彼女は『最強』監修の強化訓練に参加していたし、割と活動地域も近いので面識はそこそこあるらしい。因みに、どうしてもクライペイントを攻撃出来なかった心優しい“魔法少女”とは彼女の事である。


 その2人に連れられて、襟首を掴まれて無理矢理引き摺られて来られたもう1人、淀である。

 無性に魚が食べたくなって夜通し釣りをしていた彼女は、日が昇る頃にウッキウキで魚を捌いて刺身と塩焼きを用意していたところを2人に捕捉されたとのことだ。まだ釣具も調理器具も片付けていない。火は止めてきたが塩焼きは生焼け、きっと既に冷めきっている。


 おさかなたべたい…と悲しげに空を見つめる姿に憐憫の情が湧くスプラッシュだったが、それを無視したコダマが指差して答える。



「コレは“魔女”ハックルベリーです。たまたま見付けたので連れてきました、“怪物”退治ならとても役に立ちますよ」


「実力は間違いありませんわ。あまり信用は出来ませんが…」


「おさしみ、乾いちゃう…」



 完全にオフモードかつ、空腹も眠気も限界な淀のテンションは現在、最底辺で這いつくばっている。

 とっ捕まった手を振り解く気力も湧かない。


 全力で無気力を体現している淀を見るスプラッシュは、不安気にコダマとナガレに視線を移す。


 ナガレは淀の性格がいまいち掴めていないので、一緒にコダマを見ている。こんなで本当に大丈夫か? と。



「ほら淀さん、シャキッとして下さい。後で私も片付けを手伝いますから、先ずは協力をお願いします」


「おなかすいた…」



 お腹は空いたし喉は乾いたし、楽しみにしてたお刺身は食べてないし徹夜して眠いしで、いつもの戯けた軽い口が開かない淀。精神的にツライ。


 

「淀ちゃん、…ハックルベリーちゃん? コレ、いる?」

 

「もらうぅ~」



 用意していた荷物から今朝買ってきた携行食とお茶を差し出すトライデントの少女。この辺りは滅多に“魔女”が現れない事もあり、ハックルベリーがどんな奴なのかをよく知らない。

 交流の深いコダマは、何やってんだコイツと冷めた目で淀を見つめている。


 因みに、淀は本気で眠いし空腹である。先日まで身内2人が1週間の旅行に行っており、昼夜問わず現れる“怪物”と“魔女”の相手をしていたのだ。やっとの休みと限界手前の変なテンションでここまで来たが、冗談でもオーバーリアクションでも無くもう限界だ。


 緩慢な動きでそれらを受け取り、ゆっくり咀嚼してお茶で流し込む。



「ご馳走様、ありがとね。…コダマちゃんさぁ、ちょっと強引過ぎやしないかい?」

 

 ほんの少しだけ元気がでた淀は、恨めしそうにコダマに抗議する。が、コダマはいつもの様に適当に言っているだけだと判断して軽く聞き流している。


 これが日頃の行いである。



「ああもういいさやってやるさ![変身チェンジコマンド:凪魚なぎうお]――さぁ、終わらせよう。まずは今の状況を教えておくれ」



 ほんの少しだけ元気がでたせいか、過ぎ去った筈のハイテンションが戻ってきた様だ。もうこうなったらさっさと終わらせて帰って寝る!


 前のめりになった意識は、長くは続かない。


 フォームチェンジの出し惜しみも無しだ。

 今回は主に空中戦に適正のあるスタイルらしい。濃い青色の給仕服を着ている。そしてその手には統一感の無い、ピンポン玉程の銃口が開いた玩具みたいな赤色の銃を持っていた。大正ロマンとも言える格好だ。

 中身は置いといて、見た目だけなら大人しい清楚系だ。ナガレは見惚れていた。


 

「初めて見る姿ですね。ところで、知っていてここに来たのではないのですか?」


「本当に偶然なんだよ、ただ新鮮なお魚が食べたかっただけで…大人しく買えば良かったと非常に後悔してる」



 ハックルベリーはあまり自分についてを話さない。他人の事やどうでもいい事はペラペラ喋るが、自分の事になると途端に話の情報量が減る。意図的に絞っているのか、単純に自分の事を話すのが苦手なのかは誰も知らない。そもそも、聞かれていないから話さないだけなのかも知れないし、面倒なだけなのかも知れない。


 まぁとりあえず、はじめましてが1人いる。



「えっと〜…なんで2人とも知ってて“魔女”を見逃してるかは置いといて、はじめまして! この辺の海一帯を担当してるスプラッシュです。早速ですが“魔女”の手も借りたいのでお手伝いをお願いします」


「おっけ、詳細を詳しく!」



 少しでも気を緩めたら電源が落ちそうなハックルベリーは、極めて元気よく了承して話の続きを促す。話は何も聴いていない、何をすれば良いのかを聴いておきたい。 

 まあどうせ、海中に“怪物”が出たんだろう?



「ありがとうございます! 目的は海に出た“怪物”の討伐です。既に被害は出てて、昨日までで2隻の漁船が沈められています。まだ死傷者は居ませんが、被害が広がる前に討伐です」


「なるほどね~、予定は?」


「今日明日中に発見、マーキング。姿の確認が出来ていないから、それも見ておきたいです。その後作戦を立てて討伐します」



 フムフムと頷くハックルベリーは、動きが止まった。あれ? 別に今日は自分が居なくても良くない?

 


「ねぇ、今日は見つけるだけなんだよね?」


「その予定です。もちろん、倒せるなら倒したいけど…」


「明日から参加するから、今日は休ませてくんない? 索敵は得意じゃないし」



 珍しく後ろ向きな発言をするハックルベリー。だどうにも、索敵はあまり得意では無いようだ。普段は白饅頭が出現ポイントを特定して、クライペイントに送ってもらっているらしい。

 しかしそんなことを知らない“魔法少女”サイド、特に獲物の横取られ回数の多いコダマは、頻繁に“怪物”の下へ先回りしているコイツは索敵も出来ると思っていた。まだ疑っている。



「スプラッシュ、この人はサボりたいだけです。気にしないで下さい」


「えっ? うん分かった」


「分からないで欲しいなぁ…」



 いくら本人の証言とは言え、流石に信じる人と言葉にだって優先順位がある。信頼も信用も出来る味方と、見ず知らずのましてや“魔女”の言葉は信じるに値しない。

 …でも、顔色はあんまり良くない気もする。


 結局、休まずに働かされる事に決定したみたいだ。


 “魔女”に手の内を晒す訳にはいかない為、ざっくりと戦いになった際の打ち合わせを済ませて4人はそれぞれ海へ繰り出した。


 スプラッシュは足元に渦を作り、波乗りをするように移動する。

 ナガレは海面を凍らせて、スケートを滑るみたいに移動する。

 コダマは空中に膜を貼り、飛び跳ねて移動する。

 そしてハックルベリーは、階段を上がる様に空中を昇って歩いていった。


 

「この辺りが“怪物”の出現場所です! ここからは打ち合わせ通りにお願いします!」



 最悪“怪物”は既に太平洋沖へ移動しているかもしれないが、大抵の“怪物”は発生場所から1番近い人口密集地へ向かう為、今も近くにいると言う前提で行動している。


 スプラッシュの合図で、海上のナガレとは二手に分かれて“怪物”を探す。上空のコダマとハックルベリーは更に上昇してから分かれた。

 4人はおおよそ4方向へ移動し、ある程度距離が出来たところで各々索敵を始め出す。


 他の魔法と干渉しないよう、4人が別れるまではスプラッシュが海中を索敵し続けていたらしい。



「へぇ、意外と器用じゃないか」



 “魔法少女”が敵を察知する方法はいくつかあり、周囲にある魔法力を探って発見する事が多い。訓練さえ積めば余程センスが無い限り誰でも習得可能な、所謂【気配】を感じ取るものだ。

 その他にも、広範囲を対象とした魔法を持つ子はその範囲内の情報を詳細に知ることが出来たり、操作可能な魔法を走らせてぶつかったモノを感知したり、視界や意識を別の場所へ飛ばしたりする子もいる。

 今回で言えば、スプラッシュとナガレは海中に広範囲の魔法を展開することでレーダーの様に活用している。


 

「んじゃ、気合入れて頑張ってやろうかね」



 ハックルベリーは玩具の様な赤色の銃を眼下に向かって構え、適当に海中へ撃ち放つ。



「なぁ〜るほど〜、これが被害跡ねぇ…」



 今撃った弾丸は、ハックルベリーの視界を半分飛ばすモノだ。右目を手で隠して海中の様子を見ている。“怪物”の被害で船が沈んでいると聞いた為、その沈み方を見ておきたかったらしい。

 結構な距離で視界が飛ばせるみたいだが、弾丸の効果が持続する時間は凡そ1分。テンポ良く次を撃ち込んでいく。


 関係無いが、ハックルベリーはウインクが出来ない。


 そしてコダマは、索敵らしい索敵の魔法は持っていない。上空、高い位置から双眼鏡を片手に海を見下ろして探している。

 

 ひたすらに地味な作業が続く。昼食を挟んでも続けて気付けば夕方、そろそろ今日は引き上げようかとスプラッシュが撤収の合図を出す。

 轟音とともに高く伸びる水の柱が目印だ、各々が索敵にキリを付けて港に戻る。



「もう時間か、ふぁぁ~ぁ…眠い…」



 横になるか座ればすぐにでも眠れる程度には眠いが、まだあと少しだけ寝る訳にはいかないのだ。大きな欠伸をしながらフワフワと移動をし始めたとき。


 ドオォォン! と更なる水柱。1つや2つどころではなく、4人を囲む様に幾つも続けて立ち上がる。


 スプラッシュの演出かと思い、景気がいいなぁと呑気に眺めていたら、借りている無線に怒号が響いた。



「何ボサッとしてるんですか!? “怪物”です、戦って下さい!」


「うぇぁぁあい!」 


 

 普通に油断していたし、もう帰る事で頭がいっぱいだったハックルベリーは大いに驚いた。

 だって合図を出すとは聞いていたけれど、どんな合図かは聞いていない。なら見付からない鬱憤晴らしに派手にやってると思うだろう、自分は悪くない。


 それはともかく“怪物”倒すべし。

 意識のスイッチを切り替えて状況を確認する。


 最上空にはコダマ。全体を見渡せる位置かつ遠距離攻撃持ち、反射膜の生成も視界内ならどこでも可能な優秀な後衛だ。

 海上にはスプラッシュとナガレ。スプラッシュの詳細は知らないが、水を操る類の魔法だと思う。それと、槍も使うのだろう。

 ナガレはまだ覚えている。物体の速度を奪って冷気に変える魔法を持っていた、そして奪った速度を自分に上乗せ出来たはず。厄介なデバッファーである。


 

「セオリーに添うなら、盾役タンクが要るねぇ」



 呟くや1つの水柱へ向かって弾かれた様に飛んでいく。勢いそのままに水柱の中へ突っ込んだハックルベリーは、大人の人間程の大きさをしたナニかを抱えて反対側から抜け出した。



「“怪物”獲った!」



 集合する“魔法少女”達に向かって大きく叫ぶと、“怪物”に何かの弾丸を撃ち込んで手放した。

 逃げ出して行く“怪物”を後目に、落着いた様子で追跡に向かおうとする“魔法少女”を止めた。



「待ちなよ3人とも、マーキングはした。一旦戻ろうか」


「何で!? 追い付けるよ!」


「スプラッシュ、落ち着いて下さい。理由は説明してくれますね?」


「当然さぁ」



 疲れているのか真剣なのかは分からないが、何時もみたくヘラヘラしていないハックルベリーの言葉を信じたコダマと、そのコダマを信じてそれに従う2人。不承不承とした様子のスプラッシュだが、1人突っ走る事は無いみたいだ。

 

 さて、なんとか当初の予定通りに“怪物”を発見してマーキングを付けることが出来た訳だ。

 港に戻ったスプラッシュは我慢できずにハックルベリーに詰め寄っていた。



「まあまあスプラッシュさん、焦っても仕方ありませんわ。発見は出来たんですもの、計画通りに進んでいるのですから落ち着いて下さいな」


「そうだけどさ! アタシ達なら追い付けたハズだよ」



 見かねたナガレに宥められたが、目が今すぐ理由を話せと物語っている。

 普段ならここで必要以上に勿体振ってから話し出すハックルベリーだが、意外にもすんなりと口を開く。



「君達を止めた理由はね、“怪物”は1体だけじゃなかったからさ。あの水柱に突っ込む前に確認した。少なくともさっきの水柱の数以上は居るだろうね。それと捕まえる時に、近くの“怪物”がそれを阻止しようとしてきたんだよね。マーキングした個体はソイツに指示を出していたよ、あれは共通意識型の群体じゃない、1体1体が思考する個の群れさ」


「つまりは“怪物”が複数体居て、集団戦を仕掛けてくると?」


「多分ね。あの囲む様に立ち上がった水柱からそれぞれ攻撃して、分断してから各個撃破を狙ってたんじゃないかな。今回はたまたまスプラッシュちゃんの合図と被って全員が集合し始めたタイミングだから良かったけどねぇ…それに、あれだけの索敵を掻い潜る能力がある敵は厄介極まりない」


「じゃあどうするの! ここの人達の生活が掛かってるんだよ」


「なんのためにマーキングしたと思ってるんだい? そりゃぁ敵の本陣を叩くさ。でも先ずは、休もうじゃないか。もう眠いんだ」



 そう言ってハックルベリーは変身を解くと“魔法少女”達の送迎車に乗り込み、慣れた手付きで仮眠用の毛布を取り出して眠ってしまった。


 絶好の捕縛チャンスだが、今回の“怪物”の居場所を突き止めるにはアイツが必須だ。連れて帰ったとしても、どうせ1度はここで放流しなければいけないだろう。

 “怪物”を野放しにするより、この“魔女”を逃した方が遥かにマシだ。


 …と、コダマが2人と付き添い兼運転手を説得してこの場を収めた。だってもう寝ちゃってるからね。ようやく、本気で疲れている事に気付いたらしい。



「色々把握出来てる人が黙ってしまいましたし、今日はもう休みませんか? 明日、万全の状態で頑張りましょう」



 一応この集まりのリーダーはスプラッシュなのたが、放っておくと1人で動き出しそうなのでコダマが終わりを提案する。


 漁港周辺の仕事を止め続ける事は出来ないし、生活にも支障が出てしまう。短期間であれば生活支援が受けられるが、所詮は支援でしかない。

 そのことを理解しているが故に焦るスプラッシュだが、それと同時に焦っても慌てても事態は好転しないのも事実だ。


 1人突っ走って死にかけて、多方面に迷惑を掛けた実績を持つコダマの言葉は重たい。



「私はベリーさんの荷物を回収してから休みますので、2人は戻って休んで下さい」


「いやそれくらいならアタシも手伝うよ、無理矢理連れてきたのはコッチなんだし」


「まさか本当に疲れていたとは思いませんでしたわ。無理をさせてしまったみたいですから、これくらいは負担して差し上げませんと」

 

「そうですか、ありがとうございます。でも彼女への気遣いは要りませんよ、優しくすると調子に乗りますから」



 ハックルベリーに厳しいコダマ。こんな態度だから、アイツも気兼ねなく巫山戯倒しているのだ。互い様だろう。当然、おちょくってからかう方が悪いのは間違いないが、その後の対応を失敗したのはコダマなのかも知れないが、もう今さらな話である。


 3人で釣具や調理器具を片付けようと現場に戻ったところ、丁度いい人材が転がっていた。



「遅いから呼びに来てみれば…散らかしっぱなしじゃないかまったくもう! 料理もそのままだし…常識だけじゃくてマナーも無くしたんかぁ…あ、違うかも」

 


 ばっちり目があってしまった。

 ブツクサ文句を言いながら淀の荷物を片付けていたところで、まだ変身したままの“魔法少女”3人を発見した。


 一瞬で巡った思考は既に結論が出てきていた。

 


「淀さん、逃げたね」



 大きくため息を吐いてから、何事も無かった様に片付けに戻る。


 コダマはともかく、スプラッシュとナガレは悩んでいた。“魔法少女”はご都合的な理由により変身前と後が結び付かない様に保護されている。目の前で変身したり解いたり、変身中に本人からのカミングアウトを貰わなければ分からないのだ。


 今回で言えば、2人は目の前にいる子が誰なのか分からない。


 

「こんばんは、はねるさん。私も手伝います」



 そんな2人を置いておいてコダマが手伝いに向かう。慌てて追い掛け、それに参加する。

 元々1人用の荷物しかない、ゴミを集めてしまえば片付けはすぐに終わる。


 

「ありがとね~、じゃあボク帰るから。暗いから皆も気を付けてね~」


「待ちなさい。見逃す変わりに協力していただけますか、クライペイントさん?」



 纏めた荷物を抱えてその場を離れようとする はねるの肩を、ガッと掴んで止めるコダマ。変身中につき握力も強化されている、結構痛い。


 ハックルベリーの、“魔女”の関係者だろうとは薄々思っていたが確証が無く動けなかった2人とは違い、内情を知っているコダマは遠慮などしない。

 使えるものは“魔女”でも使う。それが知り合いなら寝てても叩き起こしてこき使うのが『最強』のやり方だ。



「やだ、ボクもう帰る! 助けて! かどわかされる! 知ってるもん、ひどい事するんでしょ!」



 捕まった はねるは、全身全霊で被害者ぶって嫌がっているが、手を振りほどこうとはしていない。ハックルベリーもそうだったが、【あの魔女】達は頼めば割と色々協力してくれるのだ。


 そのあまりの迫真の姿に、段々と本当に悪い事をしているのでは? と思い始めた頃、ピタッと抵抗をやめてくるりと向き直る。



「あのさ、コダマちゃん。今からじゃないと駄目なの?」


「いいえ、明日の予定です」


「じゃあボク一旦帰るよ、まだ洗い物も洗濯も残ってるからさ。明日の何時にここに来ればいい?」


「7時半頃に此処で待っていますね」



 はねるは軽く頷くと振り返る事もせず、幻でも見ていたかの如く姿を消した。


 そして次の日の朝、約束の時間に来なかった。

 代わりにあったのは、まだ暖かい弁当箱と『ごめん』と書かれた紙切れが1枚。その後の谺の鬼電凸は、繋がらなかったらしい。





 

 

  

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る