伝説は振り返る
街からは遠く離れ、電車は通らないがバスを乗り継げば来れる程度には人が来る。
小さな駐車場を通り過ぎてやって来たのは、とある墓地。そこを迷いなく歩き進むのは千歳、もう何度も通った場所だ。
「久しぶり。現状、私は結構元気でやってるよ」
並んだ墓石のちょうど真ん中辺り、この場所には千歳の大切な人達が眠っている。
テキパキと掃除をしながら、千歳は墓石に語りかけている。それは目の前に聞き手が居る事を前提に、優しく穏やかに話し掛けていた。
「今回は長めのお休みが貰えたからね、お花は暫く置いておくよ。この花を昔、コウさんが好きだと言っていたよね。それと、リナが好きそうなお菓子を持って来たんだ。皆で一緒に食べよう」
花を飾った墓石に写真を立掛けて、半紙にお菓子と飲み物を並べたものを2組用意する。千歳も同じものを用意して、それを食べながら最近の様子を話し出す。
ここが墓地でなく、リビングであればごく自然な光景だったのだろう。墓石に話し掛ける女性が1人、非常に痛々しい姿に見える。
大方、言いたい事は言えたのだろう。
広げたお菓子やお茶の片付けを終えた千歳は、じっと墓石を見つめていた。
「今日はもう帰りますね。これ以上長居したら、また泣いてしまいそうですから。数日したらお花を回収に来ます」
最後に、立て掛けた写真を仕舞ってその場を離れる。
故人に声は聞こえない、故人の声は聞こえない。
それでも、魔法なんてモノがある世界になってしまったのだ。起こるはずの無い『もしも』に期待して、千歳は何度もここにやって来る。
きっと、千歳の心の空洞は塞がる事は無いのだろう。
・ ・ ・ ・ ・
小柄な体躯に、山盛りの紙袋を抱えた少女が道を征く。
両腕にぶら下がる袋は揺れる余裕も無く、高く積み上がって抱えた袋越しにどうやって前を見ているのか。
その割に一切に全くふらつかない、強靭な体幹を持っている事が伺える。
時々スレ違う人々がギョッとして振り返る程度には無理のある光景だ、持っている荷物がどれだけ軽かろうがコレは無理がある。
そんなはねるの背後から、1人の男性が近付いて荷物を取り上げた。
「ん?」
「ようガキンチョ。久しぶりだな」
「えっと…山部さんだ、久しぶりだね」
「佐藤な? こんなメジャーな名字を間違えんな」
180cmを優に超えた恵体のスキンヘッドの男は、刺青の目立つ腕で荷物を抱えてはねると並ぶ。日本人離れ、と言うかそもそも日本人ではない彼は生粋の米国人である。ニホンゴ、チョットデキル。
何かの映画で知ったであろう『極道』に憧れて日本にやって来た彼は、現在見事に極道の仲間入りを果たしている。
今時珍しいのかも知れない『極道』らしい極道が根付いているこの地域、その本拠地のすぐ側だ。見渡せば強面のお兄さんやおじさんがチラホラ、お巡りさんもほどほどに居る。
お人形さんみたいな小柄の美少女が、どうにも堅気には見えない外国人のおじさんと歩いている。それはどうしても人目を引くし、当然目立つ。
そしてそこに集まって来るのはおじさんの仲間達だ、見る間に囲まれてしまった。
一部始終を目撃てしまったお巡りさん。慌てつつも冷静に少女の安否を確認しに向かう。
「皆ありがとね~。それじゃ、オヤジさんに挨拶しに行こう」
危なそうなおじさんやお兄さんの壁を割って出てきたはねるは、先頭を切って歩き始める。大量の荷物は後ろにいる若いお兄ちゃん達に預けたみたいだ。
なんだ、関係者か。
お巡りさんは、安堵と不安が入り交じる複雑な気持ちで見送った。
だって彼等、まだ何も悪い事してないもの。
先頭を歩むはねると、律儀にその歩幅に合わせる人達が暫く進み、目的の場所にやって来た。
立派な一軒家の風貌をした事務所である。
表札の位置に掛けられている看板の文字を検索すれば、多分候補の1番上に『指定暴力団』とか出てくるハズだ。
そこの大きな玄関を周りのおじさんに開けてもらい、慣れた様子で上がり込む。
「よう来たな、嬢ちゃん」
「あっ、オヤジさん。お久しぶりです」
客間に通されたはねるを待ち受けていたのは、いかにもと言わんばかりの迫力をもった初老の男性。椅子から立ち上がり、はねると目線を合わせしゃがんで笑う。
はねるにしては珍しく、しっかりと頭を下げて挨拶をした。
「話より先に、仏間に行くか」
「はい。ありがとうございます」
この場所で1番偉い人に案内をしてもらい辿り着いたのは仏間、文字通り仏壇が置いてある部屋だ。
所謂ヤクザ者は家族との縁が切れている者も多く、死んでも入る墓が無い事もザラにある。そもそも死んだ事すら残らない場合だってあるらしい。
せめてこの組の中でくらい、手を合わせてやりたいと用意されたのがこの仏壇だ。写真も生前の品も何もないが、この仏壇にはかつてからの家族達の思い出が宿っている。
「先に客間に戻ってるぞ。線香だけ立ててやってくれ」
「分かりました。でも直ぐに出るので大丈夫です。風間さんは、しみったれた空気が嫌いな人でしたからね」
「あぁ、確かにそんなヤツだったな」
はねるは線香を3本立て、軽く手を合わせたら直ぐに立ち上がり仏壇を離れる。
1分かそこらで用事を済ませてしまうのは、本当にただ顔を出しに来ただけだからだ。はねるが手を合わせたかった人物は、そういう人らしい。
客間に戻った2人は、さて、と気分を入れ替える。元々、深く感傷に浸るタイプでもなければ既に時間が解決した類の問題だ。
「ところで嬢ちゃん、今回も…?」
「もちろん。いざ」
「「甘味パラダイス!」」
並べられている大量のお菓子達を前にはしゃぐ2人。各地方のお土産の品々、王道のお土産から奇を衒ったお土産スイーツが広げられている。
“魔法少女”になり、その魔法も相まって各地方を簡単に行き来できる様になったはねるは、ここに来るまでの間に日本をほぼ一周してお土産を買ってきている。
この恐い組織の組長との面識はまだ浅い。今の人間モドキになる前の姿であればそれなりに親しかったのだが、流石にその話を持ち出す訳にはいかない。少しでも気に入られておきたいのだ。
はねるは恩人の墓の場所を知らない。あるのかすら分からない。だから、手を合わせる場所は縁のあるここしか無い。出入り禁止とかになったら悲しいではないか。
ある程度の好みなら知っている、賄賂だ賄賂。気に入られてなんぼである。
まぁその恐い組長には、死んだ家族の為に手を合わせてくれるこの少女を嫌う理由がない。むしろ孫か何かだと思って猫可愛がりしているくらいだ。
「はぁ〜食ったな、ご馳走さん。晩飯も一緒に食うかい?」
「お気持ちだけで充分です。ありがとうございます。ボクはそろそろお暇させてもらいますね、人を待たせているので」
一通りを軽く摘んだ組長は、満足気に息を吐く。
甘党だからと言って、この量は食べられないし流石にくどい。美味しく食べられる量には限度が存在する。
流れで晩御飯の誘いを出すが、はねるはもう帰るみたいだ。
「そうか、気ぃ使わんで良いんだぞ? 送ってやろうか」
「ううん、歩きたい気分なんだ。送りも要らないよ。オヤジさんは顔が恐いからね、待ち人がびっくりしちゃう。そうだ、そのお土産。ちゃんと皆で分ないと駄目ですよ。目録を預けてありますからね?」
「こりゃ手厳しいなぁ。気を付けて帰れよ」
見送りは玄関まで。
手を振って別れた後は、少し離れた場所にある喫茶店に向かう。そこで人を待たせているようだ。
人間モドキの選ばれた“魔法少女”は、背後から組の監視が着いてきていることに気付いていた。あの組長は、人を信用しても信頼まではしないだろう。敵対組織と繋がっている可能性だってある。
少なくとも監視が離れるまで、変な行動は取れない事を自覚する。
実際は、しっかりしているが簡単に誘拐されそうな少女1人で歩かせる訳にはいかない。見送りは要らない、と断られたからこっそり安全に帰れるか確認しているだけだったりする。
はねるは、自分で思っている以上に好かれていた。
「おまたせ〜。ごめんなさい、だいぶ待たせちゃったね」
「いいわよ~、お土産はちゃんと渡せたかしら?」
はねるは自分の容姿を理解している。
また1人旅でもしようものなら瞬く間に迷子と間違われてしまう。邪な変な奴に絡まれた回数は1回や2回ではない。
次の目的地は、はねるが板前をやっていた旅館なのだが、この姿で関係者は名乗れない。せめて、様子だけは見たいから数泊するつもりだ。ただ間違い無く、宿に泊まろうとすれば『保護者は?』となって面倒な事になるのが目に見えている(2敗)。
だから、呼んだ助っ人は保護者に見えなければ意味がない。【あの魔女】達の家の管理人兼生活指導講師、早乙女・スティーブ・貴虎…の奥さんだ。旦那である貴虎の体質のせいで現在別居中、夫婦仲は極めて良好だから安心してほしい。
兄妹の母で、お兄ちゃんはもうじき成人するらしい。妹ちゃんは海外留学に行っている。
そんな彼女なら、どう見ても保護者足り得るだろう。それに普段から家事の手伝いもしてくれている。感謝の慰労も兼ねて一泊旅行を誘ったらしい。
2人は駅に向かい、電車旅を再開する。
魔法は使わない。だって折角の旅行だ、旅路へ楽しまなくてどうする。
監視は3駅ほど過ぎた辺りで居なくなっていた。
・ ・ ・ ・ ・
千歳とはねるは、思い思いの休日を過ごしていった。
千歳は墓地で“魔法少女”と遭遇したり、“怪物”相手に共闘したり、かつての知り合いと出会ったりしていたが、それはまた別の話だ。
はねるは、何事も無く1週間マルっと旅行を楽しんでいたらしい。
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