伝説は勝ち取りたい
「硬いなぁ! もぅ!」
燃え盛る火炎が足元を覆い尽くし、それら足場ごと抉り取る黒色の濁流が押し寄せる。“魔女”クライペイントが筆先を染め一振りするたびに撒き起こる超常の数々。
ただその中で、手に持つ大盾を構える事すらせず堂々と歩む“魔女”グーフアップ。降り注ぐ数々の必殺などまるで意に介さない、鬱陶しい小雨程度にしか思っていない様だ。
悠然と歩みクライペイントとの距離を縮めて行く。
「これなら…どうだッ!」
紫に染めた大筆を上段に構えて振り下ろす。その軌跡は紫の斬撃として放たれ、周囲に飛び散るインクも散弾として同時に殺到する。
「もしかして私の事、舐めてますか?」
初めて大盾を構えたグーフアップは、紫の斬撃を軽々と弾き飛ばした。
ようやく盾を使わせたが、今の攻撃力が無ければ防ぐ必要すら無いと言う事だ。限りなく渾身の力を込めた攻撃で、辛うじてダメージを与えられる最低威力。全力を出しきらなければ勝ち目が無いのは明白であった。
「まさか、そんな訳ないよ。楽に倒れてくれれば良いなとは思ってたけどさ。グーさんこそ反撃しないね?」
「近付いて一回触れば終わる事ですから、必要ありません」
「それはボクに触れればの話はでしょ? 出来ない事は言わない方がいいと思うよ」
クライペイントは周囲に大小形様々な筆を浮かべ、筆先を黄色に染めた小筆を数本を走らせる。それらは細い黄色の線を虚空に描き、大きく二人を囲む様にして帰ってきた。
おもむろに、大筆半分くらいの長さの筆を両手に持ち変える。右手の筆は紫に染まり、柄と同じ長さの刃となった。左手の筆はまだ何色にも染めていない。
「ここからが本番だから…ねっ!」
辺りに引いた黄色の線。その上を滑る様に移動し、時折姿を消してその延長線上に出現する。
普段は2つの円を描き、それを行き来する魔法だ。しかしそれは他者と共に長距離を移動するからであって、今回やっている1人で短距離であれば円を描く必要はない。線路上なら好きに瞬間移動が可能だ。
いくつかの線が交わり別れた線路上に偏在するクライペイントは、各方向から多種多様な攻撃を繰り出し続ける。離れた位置に現れ左手の筆を赤く染め、標的に向かってインクを流す。近くに現れれば紫に染まる刃の筆が急所を狙い振るわれる。
「まだまだ足りませんね。手数に追われて集中出来て居ないのでは?」
だが、当然の如く全てを受け止めて無傷のグーフアップ。流石に首や心臓などの即死級の攻撃だけは盾で防ぐが避けはしない。
そして次に取る行動はクライペイントの妨害、その機動力だけは厄介だ。
辺りを走る黄色の線に大盾を当て、圧し切る。
元より互いに手の内を知り、その特性を熟知している。当然、対策は完成させてある。
黄色の線は千切れるとその魔法の性質を消失させる。ただし、その線の前後で交わったり枝分かれしていればその間だけだ。今は幾重にも交わった線が描かれているが、不利になりそうな場所を潰すだけで十分だ。
暫くクライペイントが攻め続けていたが、その手が徐々に弛くなっていく。
スタミナ切れである。これまでの全てが全力の攻撃だ、普通の“魔法少女”や“怪物”なら必殺に足り得る火力を出していたのだから必然の事。短期で決め切れなかったのは痛手だ。
「おや、息切れですか? なら次は私の番ですね」
ここに来てようやく反撃を開始するグーフアップ。いくら防御力が高いとは言え、高火力攻撃を受け続けただけあってそれなりにはダメージが通っていた。まぁ『それなり』にしかダメージを負っていないとも言えるが。
「うわぁ…やらかしたぁ…」
体力の回復に努めるクライペイントはすぐさま距離を取り、苦々しく呟く。
グーフアップの持つ大盾の影から、宝石の様に透き通った身体を持つ動物が次々と現れたからだ。
色取り取りに透き通った動物モドキ達が散らばり、周囲に残っていた黄色の線を破壊していく。数が数なだけに瞬く間に消され、完全に消失してしまった。
その動物モドキ達の次の目標はクライペイントだ、近くにいた紫結晶の鳥型が迫って来ている。
「うわっ! …とと、あっぶなぁ」
大袈裟なまでに大きく飛び退いて避けたクライペイントを掠める細かい結晶の破片、避け切れずに全身に切り傷を追ってしまった。
元居た場所に着弾した鳥型は粉々に砕け散ってしまっており、その周辺はミキサーをかけたの様に切り刻まれた跡だけが残っていた。
グーフアップの数少ない攻撃手段の1つであり、応用幅の広い優秀な魔法だ。受けた攻撃と同じ系統の性質を持った、結晶で出来た動物を召喚する。それらはある程度自分の意思にそった行動を取り、命令を与えればそれを実行する。
また結晶動物が破壊された場合、もしくは任意のタイミングで自壊させる事で内蔵された魔法を起動できる。その魔法は受けた威力分に加え、元々あるグーフアップの攻撃力が上乗せされている。
内蔵できる魔法には特に制限は無く、自身が扱えないモノであっても『同じ系統』と言う自由度の高い変換先を指定して選択ができ、今回であれば『大きな斬撃を放つ魔法』を『細かな刃で斬り刻む魔法』として発動させている。
ついでに、グーフアップと言う“魔女”は魔法を用いた攻撃手段こそ少ないが、攻撃力自体は低くない。防御力と持久力が抜きん出ているだけで、攻撃力だって十分に高い。
これらの事から、グーフアップの相手をする場合は耐え切れない程の高火力で短期決戦を仕掛ける事が好ましい。時間を掛けて、いくつもの魔法攻撃を使い耐えられてしまうと強烈なカウンターが待っているからだ。
「私の勝ちですね。何で負けたか、明日までに考えていおいて下さい。それではトドメです」
「ヤダなぁ〜、ボクがそう簡単に負ける訳がないじゃないか」
結晶の動物に前後左右、上空を囲まれたクライペイントに逃げ場は無い。
余裕そうに勝利を告げるグーフアップ、未だヘラヘラと笑うクライペイント。何となく、その笑い方が人の神経を逆撫でする味方の“魔女”と似ている。
よく見てみればクライペイントは既に回復を終えている。魔法を使う為のエネルギーも充分だろう。
クライペイントの強みは高い回復力だ、所謂魔法力が並々ならぬ速度で回復し続ける。あくまでも回復である為、保持出来る総量を超えての回復はしない。自身の持つ魔法力の殆どを使ったとしても、数拍置けば元の万全の状態まで回復するのだ。
だからこそ燃費の悪い高火力魔法をバカスカと連発出来たのだが、耐えられた。
ならば手を変えるまでだ。
「ボクは何度でも立ち上がる。何度でも、何度でも何度でも! さぁ、超持久戦といこうじゃないか!」
「では私も、本気で相手をしてあげましょう」
今度は流れを変えて、グーフアップが攻める。結晶の動物を次々に生み出し、それに乗り高速移動を行ったり足場にして飛び上がったり。ただ平面上を歩くだけだった機動力が、立体的になった事で極端に逃げ場が減ってしまう。
空中に留まっていたクライペイントのアドバンテージは少なくなってしまった。それでも、純粋な速さであれば負けていない。
持久力はあれど、回復や再生が得意ではないグーフアップ。持久力は並だが、回復力が高いクライペイントの高いは激化する。
逃げ続ければいつかは勝てるクライペイントは回避に専念し、隙があれば最低限削れる程度の攻撃を行う。
対して消耗に限界があるグーフアップは、嫌でも攻めなければならない。機動力をカバー出来たとしても、逃げる相手を追い詰める速度には足りていない。少ない攻め手で逃げられる前に倒さなければ、ジリ貧になり負けてしまう。
「あれっ? もしかしなくても焦ってるよね、グーさん追い込まれてるの?」
「それこそまさかですね。貴女に合わせて接戦を演出してるだけですよ」
挑発と軽口と攻撃が乱れ飛び、戦いはまだまだ続く。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
そんな“魔女”の戦いを眺めている人物が2人と、その2人を眺めている1人が居た。
自称、取るに足らない“魔女”ハックルベリーと『魔法少女代表』の刑部 はいる。
その少し離れた位置で2人を冷めた目で眺めているのが『最強』の“魔法少女”コダマだ。
戦闘の余波が普通に届くこの場所で、優雅にコーヒーを楽しんでいた。
「なぁ淀。私には何がどうなっているのか分からないのだが、簡単に説明してくれないかな」
「ん〜…クライちゃんが回復力に任せて逃げ回ってるよ、いくらグーちゃんが硬くても体力には限界があるからねぇ。んで、グーちゃんは必死こいて追っかけてるよ。あのカウンターは実に便利で羨ましいね」
飛んでくる火の粉を全て撃ち落としながら話す淀は、呑気におかわりを用意しようとして固まった。
「アレ?」
「撃ち漏らしが当たって飛んで行きましたよ。どうぞ、取ってきました」
背後から、ステンレスのポットのような物を持ったコダマがやって来てそれを渡す。
誰も取りに行かないので自分で回収に向ったらしい、ついでにぶち撒けた中身の掃除も済ませてきた様だ。
「このパーコレーター、結構気に入ってたのになぁ…」
「ならなんで持って来たんですか」
大きく凹み穴が空いてしまったのでは、もう使えない。かなしい。だいたい、こんな危険な場所に持ってくる方がおかしいのでコダマの指摘は全面的に正しいだろう。
でもお気に入りの道具を使った方が気分が乗るのは間違いない。どうせなら良い気分で道具を使いたいし、気持ち良く楽しみたいのだ。
心なしか苦味の増したコーヒーを啜って、淀は深く椅子に座り直した。
今回この“魔女”達が集まっている理由は、ただの訓練である。自分達に敵う“魔法少女”は未だ存在しておらず、“怪物”もまだまだ余裕だ。ならば、能力向上の戦闘訓練の相手は身内しか居ないだろう。
だからと言ってここまで本気になるか、と問われれば返答は難しい。恐らく寸止めは行うつもりだろうが、だってアレは本気で殺しに掛かってる。
あそこまで本気になる理由は、勝者にはご褒美があるからだ。
1週間の完全休暇
これを確保する為に、2人は死に物狂いで勝ちを狙う。
普段から遊んでる様でそこそこ忙しい“怪物”に“魔女”退治、何なら地方へ“魔法少女”の様子見にも行っている。
『魔法少女代表』はあまり身内を信じていない為、外部から見える様子を交えて情報を整理している。
地方支部の中には“魔法少女”のメンタルケアを蔑ろにして、心が悲鳴を上げる子も居るのだ。そしてその多くは、その支部の怠慢や隠蔽である。
さて、今戦っているあの2人。どちらも休みを取ってまで行きたい場所があり、絶対に譲りたくないほどに真剣だ。
「あれ本当に大丈夫なんですか? そろそろ止めた方が…」
見ていて心配になるレベルまで過熱した戦いに、谺が問う。そりゃ全身血塗れになってまで行う訓練など正気ではない。弱めのブーメランだが、流石に弁えている。
「止めたらダメだよ」
「何でですか? 訓練の度を超えてます」
「もっと弱らせないと漁夫の利が取れないじゃないか」
「最っ低ですね! 止めてきます!」
このクズには人の心が無いのか!
休みが欲しいのは2人だけじゃないのか。
「冗談、だったんだけどなぁ…」
戦いを止めるべく変身しながら走り出した後ろ姿を、ぼんやりと呟いた淀。
何を隠そう結果がどうあれ、2人には1週間の休みが決まっている。勝てば休みとは言ったが、負けたら休み無しとは言っていない。
そして、2人が抜けた穴は全て淀が埋める事も決まっている。
折角だから勝敗が完全見えてから止めようと思い、今はのんびり眺めていたのだ。
因みに、はいるはただの興味で、谺はたまたま近くに居たから連れてきた。普段から訓練は3人だけで行っているらしい。
「所謂ヤムチャ視点と言うのを体験した、実に面白い経験だ。礼を言うよ」
「何故変身しなかったのか、これが分からない」
「君達に負けた気になるからだね。谺くんの前では格好付けたいじゃないか」
生身なら平均以上だが、変身しても強化が小さいクソ雑魚“魔法少女”にはよく分からなかったらしい。よく分からなかったと言う事実に満足したようだ。彼女の喜びのツボがよく分からない。
そうこうしていると、コダマが2人の間に割って入って行った。
「『そこまで! いくら訓練とは言え限度があります。私情を挟んでいるのなら私が立ち会います』とか言ってるのかな」
「はいるちゃんってモノマネ上手いよね、そして言ってそう」
戦闘が完全に終了した事を確認した2人は、残りのコーヒーを飲み干して席を立つ。
ちょっとしたアテレコをしながらのんびりと、別に焦る必要など無い。強いて言うなら休日の種明かしをするくらいか、放置でも良いが怒られるのは面倒だ。
「にしても、難儀な性格してるよね~」
「自己紹介かな? そうでなくても、君程割り切れる人間も少ないだろうさ」
「背負っても、抱えない主義だからねぇ。まぁあの2人くらいなら見ておくよ」
普段からメンバーを纏め上げるのはあっちの2人だが、グループの面倒をみるボスはこっちの2人だ。
部下のケアは上司の努め。
“魔女”だってたまには休みたい。
「「淀さん!
そんな事はつゆ知らず、どっちが勝ったかを言い争う2人が淀に詰め寄る。
こうなるから、淀はまだ止めなかったのだ。そもそも、互いに本気で殺す気など無いのだから心配も必要無い。ただちょっと過激なだけである。
「はいはいお疲れ、頑張ったねぇ。勝敗は微妙な所だよね~、んん~…今回はクライちゃんの勝ちかなぁ」
「クハハハッ! ボクの勝ちだってさ! やぁーいやぁーいざぁ〜こざぁ〜こ、休みは貰ったぁ!」
「そんな勝者には来週まるっとお休みをプレゼント!」
淀が手にしている銃で緑色の弾丸を撃ち込み、クライペイントはここぞとばかりに煽り散らかしている。
休日争奪戦に敗れたと思っているグーフアップは膝をついて打ち拉がれていた。
コダマは淀が変身をせずに魔法を使っている事に違和感を覚えていたが、本部からの連絡が入った為にすぐ忘れてしまった。
「さて敗者には頑張ったで賞として1週間のお休みをあげましょう。2人とも、墓参りに行ってきな」
「いいんですか!?」
「いいとも。そこまで鬼畜じゃないさ。ゆっくり休んで、感傷に浸って来ればいい」
「淀さんって、たまに大人だよね」
「それが大人の努めなのさ」
定期的に墓参りに行く2人は、早速日程を確認している。
それと、コダマはこの会話の途中で帰って行った。“怪物”が現れたらしい。
さて、次は淀の番だ。
「ところで、どっちが相手してくれるんだい?」
「グーさんやってよ」
「淀さん。すみませんが私達は消耗しすぎましたので、後は1人でお願いします」
そう言い残しグーフアップとクライペイント、それとはねるの3人も帰って行った。
実際、連戦するには厳しい程の消耗具合であり、集中力も途切れてしまっていた為これ以上は実にならない。判断自体は間違えていないだろう。
「えぇ…」
その場にポツンと残された淀は、仕方なく1人で基礎訓練を続けていたらしい。
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