伝説は旅行中
長距離を無視して移動可能な魔法をもつ【色飾の魔女】、そんな便利な魔法を使わずにやって来たのは北海道だ。
何故手間とお金と時間を掛けて移動したのか、ただただ旅行気分を味わう為に他ならない。
本拠地である愛知県ではそろそろ桜が蕾を膨らませる頃、油断した3人は北海道で凍えながら服を買い足していた。
「んじゃ、ブレイブシスターズの様子見がてら観光と洒落込もうじゃないか」
「「おおー」」
北海道で活動する“魔女”集団、ブレイブシスターズの様子見に来ているらしい。
ブレイブシスターズとは[魔法院]や[外敵対策課]が出来る前から存在した“魔法少女”の互助会で、“怪物”を倒す為に集まった“魔法少女”の組合だ。
おおよそ全てが[魔法省]と合併したが、一部はそれを拒否して“魔女”の枠組みに入れられてしまった。
元々[魔法省]よりも長く、それでいて活動内容もほぼ同じ。しかも広大な北海道の土地で広い勢力を持っている為、公式の非公認“魔法少女”の様な扱いになっている。
ブレイブシスターズは“魔女”ではあるが、その活動を[魔法省]から認められ互いに協力関係を築いた組織の事である。
このように表立って認められている“魔女”は、ここ北海道と東京にだけ存在している。
認められているが、それでも“魔女”である事には変わらない。[魔法省]と相互連絡協力体制こそあるものの、ブレイブシスターズへの直接的な支援はされていない。“魔女”の扱いに例外を作る事は好ましくないからだ。今更な気もしなくはないが、あくまでも協力的な“魔女”だと言うだけなのだ。
そこで[魔女会]だ。
[魔女会]は頑張っている子を応援している。
ただし、北海道全域に展開する彼女達全員は難しい。ブレイブシスターズの代表者と各地のリーダー達に連絡し、必要な物や足りない物をそこへ支援する事になっている。
今回は普段より要望が少なかった為、不審に思った3人が様子を確認しに来たわけだ。
それに、今が旬の魚介を楽しみたい。
頭の中は食べ物で一杯だ。完璧に旅行気分である。
「どこから巡ろうねぇ、千歳ちゃんどうする?」
「では彼処のお店にしましょう。オススメにも口コミにもありません、運試しにはもってこいですね」
「2人とも、先ずはブレシスの子の所に行くよ」
「そうは言ってもはねるちゃんや、ワシらのご飯はまだかいな?」
「ばあさんや、さっき食べたでしょう」
遊ぶ気しか感じられないので結局、幼女が年長2人を引き摺って行った。
3人がやって来たのは北海道庁、の近くにある茶色の外観をしたオフィスビル。その3階だ。ブレイブシスターズの情報拠点である。なお、4階と5階にはそれぞれ[魔法省]が入っている。
“魔法少女”には『中身を知らなければ、変身前と後が結び付かない』と言うご都合主義の保護が掛かっているため、私服で当り前な雰囲気でいればまず止められない。それに受付でブレイブシスターズのメンバー証を見せているので、仮に呼び止められても問題無い。
何せこのビルにはしょっちゅう“魔法少女”が出入りするし、新しい子も頻繁にやって来る。いちいち全員の顔まで覚えられないのだ。
「邪魔するよ」
元気良く扉を開けて事務所に上がり込む淀と、それに続かずに少し離れて立ち止まる2人。
「邪魔するなら帰って〜」
「あいよ~」
お決まりの挨拶だ、新喜劇が好きらしい。
そして本当に帰って行く3人。ビルから出た辺りで淀に電話が掛かってきた。
『何で本当に帰ろうとするのさ!? お土産は置いてってよね! カムバーック!』
無言で通話を切ると、3人は今日泊まるホテルに向かって歩いて行く。完全に無視を決め込んだみたいだ、それに今日じゃなくても良いし。
帰れと言われたから帰りました、何か問題でもあるのだろうか。いや、無いはずだ。相手の言い分に従っただけで文句などつけようがない。
のんびり歩いていると、後ろから誰かが走って追ってくるではないか。3人は顔を見合わせると、示し合わせたかの如く3方向へ散って逃げ出した。
これはブレイブシスターズ訪問のお決まり、お土産を賭けた鬼ごっこである。元々は新喜劇よろしくやり取りをしていたのだが、段々とマンネリ化してきたので淀が本当に帰ったのが始まりだ。追いかけられたら逃げずには居られないだろう、楽しくなってしまった。
1対3だが、お土産は千歳が持っている。
ならば追い掛けるのは決まりだ、千歳をロックオンして追い掛け回す。
「あぁ、お土産の場所バレてたかぁ〜」
「ところがどっこい。淀さん、これ見てごらん」
「あっはぁ〜やるねぇ」
追われていない事に気付いた2人は直ぐに合流をはたし、高所に陣取って鬼ごっこを眺めていた。
最終的にお土産はきちんと渡すつもりではあるがそれはそれ、人をからかうのは楽しいではないか。お土産の袋と自分の鞄の中身を入れ替えていたらしい、ドヤ顔ではねるは胸を張っていた。
貴重品も移してしまった事に、まだ気付いていない。
普通の“魔法少女”である彼女では普通ではない千歳には追い付けないだろう。生身で魔法でも使えれば別だろう、変身もしていないのであれば『ぼくの考えたさい強のまほう少女』の1人に勝てる道理など存在しない。
追い詰めたつもりでも、当り前の様に壁を駆け上がる千歳を悲しげに見送っていた。
それでも、人は学び考えて行動する!
「ワタシは、勝算もなく追い掛ける様なケモノじゃない!」
「ぁやッ!?」
だが勝てないのは肉体スペックによるものだ、我々人類には知恵があるじゃぁないか!
誰が自分1人しか居ないと言ったか、追い掛けたのは1人だが仲間が居ない等とは言っていない!
なんて事だ、誘導されていたのだった。
外壁を駆けていた千歳の足首を、窓から伸びる手が捉えた。まさか建物の内側から、ましてや適当に逃げていたその場所で捕まるとは欠片も思っていない。
突然の行動阻害に対応出来なかった千歳は、落ちた。
10階建前後のビルが立ち並ぶこの場所、中央付近の高さから落ちた。地上から15m程だ、怪我は免れないだろう。
バランスを崩し自由落下を始めた、このままではコンクリートに叩き付けられてしまう。
記録では、47階およそ230mから落下して生存した人も居る。しかし『1mは一命を取る』とも言われる事もあり、打ち所次第でしかない。
追い掛けていた子も、足首を掴んだ子も大慌てで変身し受け止めようと走り出す。
残念な事に、無駄に鬼を突き放していた為に追い付かない。窓口の子も、既に落下を始めていた千歳に追い付けなかった。
落下まで2秒弱、落下最高速度は凡そ時速60Km、叩き付けられた衝撃はざっくり390t程。立体駐車場から落ちてくる普通車の下敷きになるくらいの衝撃だろう。普通に考えれば、まず無事ではない。
千歳は、普通じゃない“魔法少女”である。普通なら無事ではないが、普通ではないから無事である。
「チーちゃん!」
「無事ですか!?」
“魔法少女”に変身さえしていれば、この程度痛いで済む。悪くても骨折ぐらいだろう。だが、今回の千歳は変身していない。生身でこの落下は大事件だ。
まさに血相を変えて駆け寄る2人。
「いったぁぁ…」
そんな2人を余所に、頭を擦りながら起き上がる千歳。パッと見では傷一つ無いが、頭を強く打ったのは間違いないだろう。
“怪物”討伐がメインではあるが、人命救助も当然行っているのが“魔法少女”だ。まぁ“魔女”だが。
「チーちゃん、目眩とか吐き気はある? 視界がぼやけたりしない? 今日の日付は分かる?」
「不調はありません。今日は4月22日ですね」
頭を強く打った際は意識確認、体調の確認、それと認知の確認を欠かしては行けない。可能であれば直ぐに診療機関に連れていきたい。
心配そうに瞳孔の確認をしていが、本人はケラケラしている。
「心配要りませんよ。この程度、生身でもなんて事ありませんから」
「ホント? 頭大丈夫?」
「貴女よりは大丈夫です。ちゃんと進学できましたか?」
そんな軽口を叩いていると、散っていた2人の“魔女”が帰ってきた。安心して変身を解いた。
「やあやあ、
「ヨッちゃんとハネちゃんも久しぶり! お土産は貰った!」
「千歳さん、あの辺りから落ちたんだけど…」
イェーイとハイタッチしてる淀と追い掛けていた“魔女”こと英里。それを余所目にちょっと深刻そうに話しているのが恵留だ、この面子では1番まともだと思っているはねるに相談する。
「あぁ見てたよ。千歳さんなら大丈夫でしょ、あの人頑丈だから」
心配事を切って捨てるはねる。身内には辛辣になるタイプだ、どうせ無事である。
集まった5人は場所を変えて話をするらしい。
ホテルでチェックインを済ませて、近くの喫茶店に入ったようだ。外で話してもいいが、いかんせん寒いのだ。何故か地元組2人は平気そうだが、暖かい室内に入る事には賛成である。
「んじゃ、よく来たね。てっきりいつも通りはねるちゃんが直接来ると思ってたよ~、揃って飛行機なのは珍しいね」
「実は私達、北海道観光っあんまりしてなかったんですよね。だから旅行も兼ねてます」
「ワタシ達からしたら、ただの地元なんだけどね〜」
そこに住んでいる人からすれば当たり前の風景だが、別の場所から見れば物珍しい非日常だ。地元が観光地なのは理解しているし、それなりに名物も揃っているとは思う。それでも、そこまでして見たいものなんてあるのかと思ってしまう。
「で、何か用があったんですよね。旅行だけじゃないでしょう?」
「そうとも。今回君達から送ってもらった要望を確認してたんだけど、いつもに比べて少なかったからね。本当にそれで良いのか確認に来たんだよ。本当にこれで良いの?」
「そうそれ! ワタシも相談するつもりだったんだよ。すっかり忘れてたわ」
「いや、英里が『どうせこっち来るからその時で良いや』って言ってました。私はちゃんと言おうって言いました」
仲間の告発にあたふたして言い訳したり、千歳とはねるに怒られたりしていた。因みに、淀は静かに暖かいコーヒーを楽しんでいる。話だけなら聴いているから問題無い。
「さて、ちゃんと話して貰おうか。ボク達、結構心配して来てるからね」
「はい。えっと…[魔法省]の北海道支部長が代わったのと、[魔法少女支援会]がブレイブシスターズも支援してくれる事になりました」
「支援会は聞いてるよ、東京の方も活動支援を発表してたよね。支部長ってのは何かあったの?」
「あの人、ワタシ達に[魔法省]設備の使用許可出してくれたよ。流石に個人端末は無理でも、連絡無線を共有出来るだけでスムーズに“怪物”の対応が出来るからね。何より、近ければ迎えの車を出してくれるのは助かってるよ」
「マジ? 淀さん、北海道支部長って誰だっけ?」
「小高 三春、本部で“魔法少女”の情報管理してた人。推薦があって、東京支部で仕事を教わってたらしい。後、更生させた“魔女”配属先を作った人。まだ
目を閉じコーヒーの香りを楽しみながら、淀みなく口から情報が流れ出る。
1番身近であろう2人も知らない内容が飛び出している、どこでここまでピンポイントな情報を仕入れているのか。いつもの事なので、いまさら誰も突っ込まない。
そして再び黙り込む淀。この店のコーヒーをいたく気に入ったらしい、穏やかな表情でコーヒーを味わっている。こうして黙っていると普段のチャランポランさが無くなり、元々持っていた大人びた魅力がより引き立つ。実に勿体ないが、このギャップも淀の魅力なのだろう。
「って訳で、ワタシ達からの要望が減ったんだよ」
「なるほど。ブレイブシスターズのメンバーが減った訳では無いんですね、安心しました」
「んまぁ…ワタシ達も、“魔法少女”達も減ってない訳じゃ無いけどね…」
「すみません。失言でしたね」
「いいよ、覚悟はしてるからさ」
“魔法少女”が減るのは引退だけではない、“怪物”と戦う以上命を落とてしまう事もある。それが自分が率いているブレイブシスターズのメンバーであれば、自身の責任だと考えている。
それはそれとして、既に覚悟は終えているし自分なりに受け止め方も完成している。いまさら何か言われたところで揺らぐ事も無い。
ここまで話せば、3人の用事は終了だ。
支援の要求が普段よりも少なかった事が訪問の理由であり、その原因が判明した。用事はもう無い。
「さて、お土産は渡したし話は聞けたし、観光を楽しもうじゃないか!」
7泊8日、自分達の代理の“魔女”が疲労で倒れる寸前まで酷使して、観光名所を巡り、旬の幸に舌鼓を打ち、各地のブレイブシスターズと交流しながら“魔法少女”をおちょくって遊んでいた。
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