伝説は、真面目に遊んでる
【あの伝説の!】伝説は遊んでいる
広い広い運動場。かつて世界大運動会の為に用意されたが、その後の費用対効果が釣り合わずに長期間凍結され放置されていた。現在、建屋の多くは取り壊されたが、残った広大な敷地は“魔法少女”の訓練場として活用されている。
“魔法少女”の魔法にもよるが、その辺でおいそれと
扱えるモノではない。それこそ、体育館を借りて使うなんて事はもってのほかだ。そのため“魔法少女”達の訓練は広い私有地や、許可を得た郊外の人がいない土地でしか行えない。
それが都心部近く、大音響を鳴らしてもそこまでの迷惑にはならないこの場所は訓練にうってつけだった。
「にゃッははは! 遅い遅い遅いなぁぁ! こんなもんなのかい! 君達の攻撃は軽すぎるなぁぁッ! こんなんじゃ『最強』の土台にすら上がれないねぇ!」
爆音と共に響く橙と灰色のメイドの笑い声。対して向かう少女が2人、細かな傷を全身に負いながら魔法攻撃を続けている。それらを余裕で躱し、撃ち落として高笑いするメイド、“魔女”ハックルベリーは手加減だけはしている弾幕を2人に敷き、その動きを観察している。
そして、近くでは火炎柱が立ち昇っている。
「うーん…派手ですが、威力は無いですね。牽制や範囲攻撃として使うなら悪くはありません。ですが、今回の様に単体の敵に使うのなら、圧縮して密度を上げましょう。余りにも無駄が多すぎます。私達レベルであれば…ほらこの通り、無傷で抜け出し反撃に向かいます」
火炎柱から悠々と抜け出し、それを放った“魔法少女”の首を締めて持ち上げる悪役ムーブ。美しい容姿に闇落ち風ドレス、優しげな目で諭すように語る姿はラスボスと言っても過言ではない。持ち上げられている“魔法少女”は今にも泣きそうだ。
さらにその向こう側では、水色の和装をした少女が駆け回っていた。
「はいは~い、ちょっと待ってね~。タオルどうぞ、ドリンクもね。チョイ失礼…治癒の魔法オッケー。少し休んだら続きだね、頑張って! 次の人ー、今行くよ」
タオルとスポーツドリンクを持って、死屍累々となった休憩場所を駆け回る“魔女”クライペイント。完全にマネージャーである。怪我をした“魔法少女”には治癒の魔法を施し、疲れ切っている子達に激励を送る。
「――とった!」
「はい残念、手加減はいらないよ。ドリンクどうぞ」
それでも“魔女”。隙を見て“魔法少女”の攻撃が飛んで来る。が、それを軽くいなして“魔法少女”を押さえ付ける。すぐに離れてドリンクを渡す。完璧に舐めプだ。休憩中の“魔法少女”の多くは死んだ目をしてる。
「皆さん、いつまで休んでるつもりですか? 折角あの“魔女”達が訓練を手伝いに来て下さっているんです。さっさとしないと逃げられてしまいますよ」
「あの…コダマさん…あの3人って本当に【あの】“魔女”何ですか? て言うか、何で“魔女”が私達の訓練に参加してるんですか!?」
休憩場所に現れた『最強』の“魔法少女”コダマ。心が折れかかっている“魔法少女”達に叱咤を飛ばす。近くに居た子が今までの疑問をぶつける。そりゃそうだろう、何故か訓練中にあの3人の“魔女”が現れて教官役をやりだしたのだ。何故?
「呼んだんですよ? 彼女達に“魔法少女”を鍛えてもらおうと思って…あぁ! “魔女”だからですか。勿論、捕まえられるのなら捕まえて下さい。しばらくしたら私も本気で捕縛に向かいます。手加減なんて必要ありません、持てる力すべてを出して彼女達をひっ捕らえて下さい」
この子は何を言っているのだろう…。互いに首を傾げている。おかしいのは、コダマの方だ。何を気迷ったら“魔法少女”の訓練に“魔女”を連れてくるのだろう。
なお、本人は至って真面目だ。ふざけてもボケてもいない。“魔法少女”の全体レベルの底上げとして、最も効果的だと考えている。
そんな所で、訓練場に立っていた最後の“魔法少女”が膝をついた。
「ハーイ、ちゅーもく! みんな聞いてね~!」
目立つ中央の空中に陣取って目線を集める“魔女”ハックルベリー。どこからか拡声器を手にしている。
「やぁやぁごきげんよう。我々の事は知っているかい? まぁ名乗りはしないさ、何せ“魔女”だからねぇ」
そこまで言って突如、飽きた。
ポイッと近くのグーフアップに拡声器されて投げ渡し、飲み物を取りに行った。
「え〜私ですか…はぁ…私達は貴女方の訓練相手として、そこの『最強』さんに呼ばれました。安心して下さい、そこまでの大怪我はさせません。あぁ貴女達は殺す気で掛かってきて下さいね、私達を“怪物”だとでも思って。どうせ傷1つ付きませんから」
「グーさん煽るねぇ」
涼しい顔で掛かってこいと言うが、既に一通り潰した後だ。しかも、ウォーミングアップを終えてほぼ万全の“魔法少女”十数名を相手取り無傷。全力で戦い負けた“魔法少女”達へ本気でやれ、これ以上ない説得力と煽り力である。
あんまりな言い草に言葉を失う“魔法少女”達、それを眺めていたハックルベリーは何か企んでいる様だ。
だが、先に口を開いたのは『最強』の“魔法少女”コダマだ。
「ほらほら皆さん、言われっぱなしで良いんですか! 立って戦いなさい! 己の限界を知りなさい! 弱さを知りなさい! そして、考えなさい! 知恵を絞りなさい! 全力で敵を、“怪物”を殺しなさい! 強くなりたくば死地を越えなさい! 手札を増やして全てに対応しなさい! 今なら殺されません、絶好の機会です。あの“魔女”を打倒すれば『最強』の座へ、手が届きますよ」
今日ここに集まっている“魔法少女”は、皆『最強』を目指している。数ヶ月前、全国の“魔法少女”へ告げられた合同訓練のお知らせは、強さを求める“魔法少女”達を多く呼び寄せた。主催は『最強』の“魔法少女”コダマだ。
『最強』に憧れる者、自分こそが『最強』に相応しいと思う者、ただただ強さを求める者。1人1人に思想や信念があり覚悟を決めている“魔法少女”だ。
現在、最も強いと言われている“魔法少女”に稽古をつけてもらえる機会など早々無い。少しでも自身の糧になるように気を引き締めて来ていたのだが、サプライズゲストに“魔女”が用意されていたなんて聞いていない。
それでも、強くなる為に此処に集まった“魔法少女”達は、コダマの言葉に従って立ち上がる。この合同訓練は10日間の合宿だ。初日の集合から『最強』に不意打ちされてボコボコにされた。こうして、各自の想像を超えるブートキャンプが始まった。
コダマの訓練は苛烈だった。
何せコダマの師匠が崖から叩き落す類いの鍛え方で、その後も死線を潜り抜ける形で強くなっていったのだ。本人的にはまだ優しい方らしいが、それでも限界を迎えてからが本番になる訓練はツライ。
それがどうしたかと言えば、あっという間に染み付いた条件反射。立て!と言われれば、無理矢理にでも立ち上がる。圧倒的な実力差で上下関係を叩き込まれていた。実にパブロフしている。
「タイミングとられた…」
一方で、悪巫山戯のタイミングを取られたハックルベリーは悲しげにため息を吐いていた。
「いいですか皆さん。何も遠慮する必要の無いスパーリング相手がいるんです、ソロでもグループでも何でも良いんです。そこの“魔女”3人と、私が相手になります! 今日ここで、己の限界を超えなさい!」
「「「はい!」」」
やぶれかぶれとも呼ぶ空元気を振り絞り、疲労した“魔法少女”達を奮い立つ。いざ“魔女”討伐!
「ソロでもグループでも良いよ。君達が自信のあるやり方でかかっておいで」
“魔女”達に立ち向かう“魔法少女”達を、クライペイントが整列させている。このまま再び全員をダウンさせるのは簡単だ、だが目的はこの“魔法少女”達の能力向上だからそれをしない。問題点を見つけ出し、改善案と共にアドバイスを送らなければいけないからだ。
先程のは、“魔女”の討伐捕縛の為に行った戦闘に分類されるので訓練としてはノーカンである。ハックルベリーが馬鹿みたいに悪役ムーブをしなければ、それで良かっただけの話である。個人個人の性格や傾向を確認したかったとはハックルベリーの談。そんなものは話し合いで解決出来る。つまりは無駄な労力だった。
そして始まる“魔女”のブートキャンプ。順番に“魔女”に挑みかかりボコボコにされ、その評価を受ける。怪我すれば、緑の弾丸と緑のインクが飛んで来る。
休憩中はひたすらに見学、今戦っている“魔法少女”の良い点と悪い点を見つけ出して報告しなければならない。体は休んでも頭は休まないし、思考停止で“魔女”に挑めば、考えろ!と『最強』に怒られる。
「あ~あ~あぁ~~!駄目だな君ィ〜。ラントちゃんだっけ? 魔法の割に戦い方がおざなりじゃないかぁ、勿体無いなぁもぉ! 大地を操るなんて良い魔法持ってるんだから、もっと考えなよ~。何で攻撃一辺倒なのかなぁ~、攻撃を当てたいのは分かるよ? 当てる方法は見てないんだね、馬鹿だねぇ~。オツムがないのかなぁ?君ィ~、んん?」
言いながら、無駄に煽りながら、変な動きをしながらハックルベリーはニヤニヤと笑っていた。地に伏した“魔法少女”、ラントちゃんは悔しそうに休みに戻った。
「ふむ…攻撃力、判断力共に現状では問題ありません。スタミナにやや難はありますが、これは許容範囲でしょう。追い込まれてからの粘りは十分に貴女の強みになるでしょう、次は周囲の動きにも気を配って見てくださいね。詳細は後程纏めておくので、今はもう休んでも良いですよ」
無傷無消耗で相手を称えるグーフアップと、何か言いたげな“魔法少女”。言ってる事は正しく、“魔法少女”も自信のある分野である。だが、それらの尽くを正面から打ち破った“魔女”に言われるのは、何となく納得いかない。少し自信は付いたが、それ以上にあの“魔女”への恐怖を覚えて休憩場所へ歩いて行った。
「だーかーらー! 手加減しないの!」
「だって、子供相手に…ちょっと…」
「ボクだって“魔女”やってんだよ!? 君達よりもよっぽど強いんだよ!? あっちの2人と同類だよ! 掛かってきなよ!」
「うぅ…心が痛い…」
クライペイントの見た目が見た目なだけに、優しげな“魔法少女”は身が入っていない。いくら“魔女”とは言え、流石にあんな小さな子に攻撃は出来ない。こればっかりは、コダマも何も言わなかった。この“魔法少女”の判断は、きっと正しいハズだ。
「コダマさん…すみませんでした。私には出来ませんでした…」
「ナガレさん、貴女は間違えていませんよ。後でやり直しましょうね」
非常に不満げなクライペイントだが、さっきまでハックルベリーと同じ様に高笑いをしながら煽っていたのである。それを見ていたさっきの“魔法少女”は、本当に心優しい子だったのだろう。見た目はこうでも、中身は割とクズ野郎なクライペイントだ。
次の子からは当たり前の様にボコボコにした後で、ざぁこざぁこ、と煽りながらも確りとしたアドバイスを送っていた。
この“魔女”達が、何故こんなにも必要以上に煽って笑って要るのかと言うと、そういう指示があるからだ。
勿論、“魔法少女”達のリアクションが面白くて可愛らしいのも理由で、他人をからかう事が好きなのも理由である。
しかし、それ以上はしない。例えば、出鱈目に暴れまわり一般人や“魔法少女”達を傷付けたり、その力を振り翳して他者から搾取したり等、所謂犯罪行為はしない。何故なら、この“魔女”3人は“魔法少女”の味方だからである。それでも自分達へのヘイトを集める為に、『仕方無く』こうして立ち回っているのだ。うん、仕方無くである。
改めて一通りの“魔法少女”をダウンさせ、“魔女”達も休憩だ。間違いなく消耗はしているハズだが、限りなく無傷の3人は談笑しながら引っ込んで行った。昼食後に戻ってくるらしい。
「皆さん、これで午前の部を終わります。午後からも引き続き訓練ですので、開始時刻までには集合して下さい。あっ、シャワー室は控室から出て左側へ進めば見える場所にありますので、自由に使って下さいね」
そう言ってコダマは“魔女”を追い掛けて行った。
残された“魔法少女”達は、直前まで戦っていた子もそれなりに体力が回復したところである。先程の反省点を相談しながら控室に戻って行った。何故“魔女”がここに来ているのかと言う疑問は、最早どうでも良くなっている。
さて、“魔法少女”とは別の控室に居た“魔女”。こちらはこちらで、何やら忙しそうに作業をしていた。
『ニャハハハハ! 幾ら攻撃力が高かろうと、当たらなければどうということはないのだよ! ニャハハハハ!』
「あぁ~~あったわ、この子に言ったわこれ」
3人はそれぞれ、担当した“魔法少女”の戦いぶりを見直している。こっそり録画していたのだ。いくら人間スペックの高い彼女達でも、全てを詳細に記憶する事は不可能である。
さらにこれは個人のモチベーションに関わる内容だ、良い所を褒める事も忘れてはいけない。悪い所の指摘は慎重に、具体的な改善案を示す事も重要である。指摘するだけして、後は自分で考えろ等と吐かせばたちまちヤル気は削がれてしまうだろう。
教育には、互いが歩み寄る心掛けが必要なのだ。ただし、今更な話ではある。“魔女”だし、散々煽り倒しているのだから。
途中でコダマがやって来て、“魔法少女”の性格等、もう少し詳しく話を聞きながら作業を進めていった。
楽しくなって熱中し過ぎたハックルベリーは、昼食を食べ損ねた。食べ損ねた昼食は、他の“魔女”と『最強』の“魔法少女”が食べ切ったらしい。
「それでは、皆さんに渡した資料を読んで下さい。それぞれの問題点とその改善案が書いてあるハズです。午後からはそれらを踏まえて、短所を潰す事に注力して下さい。その後、問題点を更新したモノを端末に送っておきます」
明らかな格上から弱点を指摘され、それを克服する事。これが今日の趣旨である。
長所を伸ばすだけなら自分だけでも出来る。“魔法少女”には強みとなる魔法があり、それを倣う様に得意分野がある。つまりは自分の武器は簡単に理解が出来る。
しかし、弱点は難しい。苦手なだけで弱くはないが、苦手だからそれが弱点だと思っている者。出来ているつもりで、出来ていない者。弱点を弱点だと理解していない者。長所にも言えるが、短所の多くは他者から見た指摘でないと気付けないものだ。
ただし、それが適当な人選ではいけない。自分達が認めた相手かそれ以上の実力者でないと素直に言う事を聞いてくれない。
ここに集っている“魔法少女”達は、全国各地のエースと呼ぶに相応しい活躍をしている。あまりにも簡単に負かされているが、それでも地区代表を張るだけの実力を持っているのだ。
「それでは、ゆっくりと読み込んでおいて下さい。折角なので私も組み手に行ってきます。ハックルベリーさん、相手をお願いします」
「ドーモ、コダマ=サン。ハックルベリーです。ヨロシク、オネガイシマス」
両手を合わせてお辞儀をするハックルベリー。遊んでいる事に気が付いた一部の“魔法少女”がクスクス笑っている。彼女とは気が合いそうだ。
何か巫山戯ている事は分かるが、何をしているのか分からないコダマは見なかった事にした。
一人一人、結構確りと纏められている資料を読ませ、コダマとハックルベリーは組み手を開始した。
しれっと用意していた長机とパイプ椅子に着席し、残された“魔女”が楽しそうに話しだした。
「さぁ始まりました第n回『vs【読全の魔女】ハックルベリー戦』実況は私、グーフアップ。解説にはクライペイントさんを呼んでいます。よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
「これまで多くの戦闘を繰り返して来た私達ですが、こうして真面目に対峙するのは始めてかも知れませんね。勝敗は分かり切っていますが、戦いの内容はどうなるでしょうか?」
「結構良い戦いになるんじゃないかって思うよ。コダマちゃんの戦い方は把握してるし、今のベリーさんのスタイルならコダマちゃんも分かってるハズ。コダマちゃんがベリーさんをメタって立ち回れば、ほんの少しの可能性はあるのかも知れないね」
集中出来ない!
貰った資料を読むのは当然だが、『最強』の戦いを見学するチャンスだ。見て学ぼう、少しでも自分の糧にしようと真剣な“魔法少女”達の思考を擽る実況解説が垂れ流されている。
「なるほど。コダマさん頑張れ、と言う事ですね。まだお互いに様子見と言ったところでしょうか、余り戦闘は進展していません。今のうちに世論の評価を聞いて見ましょう。この組み手、何処が注目のポイントになるでしょうか?」
しかもグーフアップは立ち上がり、1番近くの“魔法少女”にマイクを向けて質問する。
「ぇっ…あの、ええと…相手のペースに呑まれずに、自分の動きをする事、です…か?」
「自分の実力を出し切る事は重要ですからね。相手を調子着かせない事も気を付けなければいけません。ありがとう御座いました」
集中出来ない!
勝手に喋っているだけなら無視できるが、自分達まで巻き込んで来るのならばそうは行かない。何故ここに居るのかはどうでも良いが、“魔女”を警戒しない理由にはならないのだから。
実際、グーフアップが近付いた時、コイツにやられた“魔法少女”は観戦している余裕が無かった。何せ“魔女”の実力が身に沁みているのだ、怖いのなんのって。
席に戻ったグーフアップは、再び楽しそうに喋り続けている。落ち着いた態度に冷静な判断を下すこの“魔女”ではあるが、中身はそれなりにハジケているのだ。伊達に身内からポンコツと呼ばれていない。
運動場の中央で、戦闘は激しさを増していく。
魔法による遠距離攻撃が主軸になるコダマだが、組み手と言うだけあって中〜近距離を維持して立ち回る。
“魔法少女”の身体能力は、変身中であれば大きく向上する。上がり幅に差はあれど、それでも素手で大岩を砕くぐらいは可能だ。
当たれば無傷では居られないだろう体術を駆使してハックルベリーを追い掛ける。更に魔法も併用している。射程が広く距離減衰が小さいのが強みである遠距離攻撃だが、それが近距離で使えない訳では無いのだ。
コダマの周囲には、6つの音撃が常に増幅反射をさせながら待機している。完全に反射方向を操作している様で、反射している空間が歪んで見えるものの、全くの無音だ。
手にしているハープの音色を響かせて牽制をし、蹴りが主体の体術を繰り出している。そして隙を見付ければ必殺の増幅させた音撃を撃ち込む。
対するハックルベリーだが、それら全てを最小の動きで躱し続けている。
自身に向けられる攻撃の強弱や方向、リズム。コダマの視線の動きに身体の運び方、相手の行動全てを観察する。そこから次の動きを予測し、満足に動かせない様に先出しで妨害する。
ただでさて高い基礎スペック、長所を伸ばして短所を補えるフォームチェンジ、それらに目が行きがちだが、“魔女”ハックルベリーの厄介な所は別の所にあるのだ。
鋭い観察眼と、それを処理する思考速度。相手の全てを見通して、動きを読んで対応する“魔女”。それが【読全の魔女】と呼ばれる所以である。
その結果が、コダマがワザと攻撃を外していると思うほどに当たらない。
接近して動きの範囲を絞り、ハープを搔き鳴らした音撃の弾幕攻撃。その先に展開した反射膜からの跳弾の嵐。
その中でも悠然と佇むハックルベリー、改めてこの“魔女”の能力の高さを見け付けられた。
「流石ですね。この程度ではかすりもしませんか」
「何度もヒヤッとしたさ、危うく被弾するところだったからね。コダマちゃんの成長が嬉しいねぇ〜、続けるかい?」
「いいえ、続けても無駄でしょう。出直して来ます。ありがとうございました」
「呼んでくれれば何時でも相手になるよ、お疲れさん」
何も出来ずに負けていた過去を思い出していたコダマは、満足気に休憩場所を戻る。自分の努力が認められた事が嬉しい。自身の成長を実感していた。
が、それは本人だけだ。
観戦していた“魔法少女”達は戦慄していた。絶対の『最強』だと思っていた“魔法少女”が、“魔女”に負けたのだ。掛ける言葉が見つからない。
そんな彼女達を余所に、コダマが上機嫌に戻ってきた。
「あはは、負けてしまいました。今回は上手く出来たつもりだったんですけど…まだまだ精進が足りないですね」
「コダマさん! “魔女”に負けたって、それ…大丈夫なんですか!?」
世間的に、『最強』の“魔法少女”コダマは負け無しだ。追っている“魔女”達も、逃げ足が速いだけだと言われている。
こうもアッサリと“魔女”に負かされている姿なんて、欠片も想像していなかった。それも1対1で正面から負けている。“魔法少女”の敵は“怪物”であり、今回は実戦ではないとは言え、信じられなかった。
だがコダマは、特に気にした様子は無い。コダマ本人に『最強』と言う肩書への執着が無いのだから当然だろう。コダマは未だに自分の師匠に勝てないと思っており、普段からこの“魔女”達に負けている。
『最強』と呼ばれる割に、自分がそこまで強いと思っていないのだ。誰だって死にかけながら生き延びる為に戦えば、強くなって当たり前だと考えている。
「大丈夫ではないでしょう、“魔女”に負けるのは問題です。でもまあ…彼女達なら大丈夫です、“魔女”ですが悪人ではないですし。知っていましたか? 実は私、かれこれ2年ほど負け続けていますから。連敗記録の更新中です」
「えっ…」
『最強』を目指す“魔法少女”達に衝撃が走る。
あの『最強』が負け続けているなんて、蒼天の霹靂といい所である。信じたくは無いが、あの“魔女”達にボコされた後なだけに納得出来てしまう事が悔しい。
それに加え、こうも簡単に連敗を認められると異議も唱え難い。
本人が良いと言っているのだから、きっと良いのだろう。あまり深くは聞かないことにしたらしい。
「さて、次は皆さんの番ですよ。気合入れて頑張って下さい」
訓練に関して精神論と根性論の気合と死ぬ気で解決しようとするコダマと、必死になって追い縋る“魔法少女”達は、日が暮れるまで精根尽き果てるまで“魔女”に負かされ続けた。
なお、3人の“魔女”は最後まで余裕で遊んでいた。
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