傍話『最強』が弱かった時の事





 柔らかな黄緑色のドレスを身に纏い、小脇にハープを抱えて市街地を駆け回る少女がいた。


 今相手にしている“怪物”は姿を消すように風景と同化し、素早い動きで死角から攻撃を繰り返してはすぐに距離を置く。実に嫌らしい戦い方だ。


 太陽は既に沈みかけ、真っ赤に染まる街並みが少女の瞳を焼いている。



「はぁはぁ…っ居た! 〚山彦〛!」



 街灯の影に潜んでいた“怪物”を見つけ、反射的に攻撃をする少女。長時間の戦闘で集中力が途切れてしまったのかはたまた“怪物”の反応が早いのか、彼女の攻撃はかすりもしなかった。


 少女の額には汗が滲んでいる。それに無くなったのは集中力だけではない、肩で息をしている様からも分かるが体力も限界。そして魔法を使うための力、魔法力も底を突いている。



「…痛っ」



 努めて冷静に、乱れた息を整えようとした瞬間を狙って“怪物”は攻撃を仕掛ける。左の太腿を切り裂く様な一撃だ、刃の様に変形した“怪物”の尻尾が鋭く走る。

 弱った“魔法少女”は動けず、それを受け入れるしかない。


 連撃。

 急所を避け、確実に当たる牽制を繰り返す“怪物”の追撃。

 みるみる間に黄緑色のドレスに血色の染みを増やし、終いには大振りの一撃を受けてアスファルトに叩きつけられてしまった少女。

 それでも、ユラリと立ちあがる。  



「…間に合いましたか、私の勝ちです」



 傷だらけの身体絞り出した細い声は、力強い確信を持って“怪物”に届いた。



「――…るぅぁぁああ!」


 

 赤から黒へ巨大なグラデーションを描いた空の隙間から、夕日を奪った真っ赤な装いの少女が降ってくる。

 一振の刀を両手で逆手に持ち、自由落下だけではない足り得ない加速を乗せて落ちてきた彼女は、寸分違わず“怪物”の真上に着地。勢いをそのままに心核コアへ刃を突き立てた。



「コダマ、無事か!? ちゃんと生きてっか?」


「当然、です……誰の、師事を、受け…てるとアゥ!」


「いやもう限界じゃねぇか! 応援を呼べ、応援を!」



 心核を無くし体が崩れていく“怪物”を余所目に、納刀ついでにその鞘で黄緑色の少女を小突いく。コツコツと何度も。



「まぁでも、頑張ったな。よく耐えた」



 そう言って今度は、乱雑にコダマの頭を撫でる。

 ひとしきり満足すると、真っ赤な彼女は踵を返すてその場から立ち去って行く。

 次の現場へ向かう前に、心配で様子を見に来ただけのようだ。彼女達が身に付けている無線には『早く次へ』と命令が下っている。

 

 既に限界、向かった所で足手纏いだ。拠点に戻る為、コダマは送迎の合流地点へ歩いて行った。





 同日夜。


 拠点で手当を受け休んで居たコダマは、先程の真っ赤な少女の帰還を聞き付けて礼を伝えに向う。

 彼女は変身を解き、何時もの様に待機所1番端の椅子に座り、壁に寄り掛かって休んで居た。



火狩かがり先輩! 先程はどうもありがとうございました」


「…んぁあ…谺か、次からは一旦引くかすぐに応援を呼べよ」


「先輩?」



 普段から力強い態度と言葉で話す彼女、火狩だが、何時も以上に覇気が無い。心なしか高い位置で結った髪も萎れて見える。

 繕うように笑って答えて見せても、谺は騙せない。



「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」


「私が弱いからですか?」


「っ違、!」


「私が関係してますね?」



 谺は自分の弱さを自覚している。嫌でもそれを認めるしかなかった。自分を拾って、こうして戦い方まで教えてくれている火狩を間近で見ているのだ。どうしても、自分と比較してしまう。

 ただでさえ“怪物”を相手にするだけでも恐ろしくて足が竦むのに、ある日突然この力だけが身に付いた。戦える訳がない、逃げたい。

 

 痛いのは嫌いだ。

 苦しいのも嫌いだ。

 辛い事なんて少ない方が良いに決まってる。


 それでも谺は、戦いに向かう。

 自分が弱い事を自覚して、少しでも勝てる可能性を模索して、考えて考えて考えて。それでも駄目なら火狩を待つのだ。彼女は『無敵』だ、絶対に負けたりしないから、きっと助けに来てくれるから。


 信じて居るから、認めて居るから、言い辛い事だって言ってほしい。

 貴方と並ぶことが出来るぐらいに、強くなってみせるから。



「谺は悪くない」


「私なら大丈夫です。話して下さい」



 真っ直ぐに火狩の瞳を覗いて告げる。

 長く、ゆっくりと溜息を吐くと振り絞る様に話し出した。



「あの後さ、間に合わなかったんだ。現場に着いて“怪物”を確認した瞬間に、最後の生き残りが殺された。…また、間に合わなかったんだ。アタシが遅いから、もっともっと速くならないとダメなんだ。もうイヤなんだ、目の前で人が死ぬのは。見たく無いんだ。なんで誰もアタシの事をを責めないんだよ、アタシが遅いせいで死んだのに、なんで皆アタシを慰めるんだよ。悪いのはアタシなのにさ…」

 


 全国各地で“怪物”が現れ、それに対抗出来る“魔法少女”も増えてきた。だが、その“魔法少女”の全員が戦えるかと問えばそんな訳は無い。そして下手をすれば死んでしまう様な現場へ、まだ若い彼女達を強制する事も出来ない。それは、各所の大人達の意地だ。辛かろうが、苦しかろうが、現存の武装が多少でも通用する以上は子供には頼れない。頼ってはいけないのだ。何故なら、子供は等しく守り導かねばならない存在だからである。


 強制された訳でもなく、名前も顔も知らない誰かの為に戦う“魔法少女”達を責める事なんて出来やしない。強い責任感を持ち、優しい正義を目指して命懸けで戦う姿を知っているのなら尚更だ。


 しかしそれは大人の事情だ。

 彼女の様に“魔法少女”だって考えている。ましてやこれだけ清廉に、純粋に誰かの為に戦っている彼女の事だ、『間に合ったかも知れない』と言う事実があるだけに自分を責めてしまっているのだろう。


 それでも、彼女は戦う事を止めはしない。この後悔すらも背負い、同じ過ちは犯さないと決めて立ちあがる。



「んん! ありがとな、聴いてくれて。けど情けない所見せちまったなぁ〜」


「そんな事無いですよ。火狩先輩は何時だって私のヒーローです」


「そうかいそうかい。ならもっと頑張んねぇとな!」



 大きな深呼吸と伸びをして、少しだけ気が軽くなって、少しだけ何時もの調子が帰って来た。

 この弱っちぃ魔法少女に心配はかけられない、優しくて聡明な彼女は今の自分の心の支えだ。彼女を守って、少しでも強く育てる事が今の目標だ。


 『こんな事』とは言えないが、立ち止まっている暇なんて無いのだ。

 ただでさえ、今は時間が惜しい状況にある。今尚各地で“怪物”の被害が出続けている、もっと頑張らなければ。


 それはそれとして、最近の悩みはこの子の精神だ。


 どうにも、自分に頼り過ぎている。いや、自惚れていなければ依存していると言っても良いかも知れない。

 確かに、今の彼女が頼れる人間は自分しか居ない。天涯孤独になってしまったこの子に手を差し伸べたし、“魔法少女”としても世話を焼いている。


 実に良くない傾向だ。

 特に自分がだ。


 谺が全てをやってくれる。掃除洗濯食事に買い出し、着替の準備にスケジュール管理もやってくれる。喉が乾いたと思えば飲み物を持ってやって来る、調べたい事を聞けば纏めて教えてくれる。

 このままでは、ダメ人間になってしまう。


 と、谺が持ってきたペットボトルのお茶を飲み、髪を結い直してもらいながら考えている。


 性根は兎も角、元々ズボラな性格の火狩である。一度浸かってしまったぬるま湯から出るのは、簡単ではない。

 最早、自分の着替が何処に仕舞われているのかすら把握していないのだから相当である。


 2人が身に付けている無線から、出動要請が入る。全く何時だって突然だ。時刻はもう深夜、日付ならとっくに跨いでいる。“怪物”も、夜くらい休んだって良いだろうに。



「谺も来るか?」


「足手まといになるので、火狩先輩だけでどうぞ」


「つれないなぁ、温かい夜食を頼むよ」




 火狩は何時も、谺の髪をワシャワシャと撫でてから別れている。今回も、乱れた髪を直しながら谺は見送った。




 






 ・・・・・・・・・・・・





 ・・・・・・・




 ・・・


 



 太陽が頭を持ち上げ始める早朝、朝露を蹴飛ばして駆ける2人の少女が居た。


 鞘を投げ捨て一振の刀を構える真っ赤な装いの少女と、小型のハープを抱き抱えてロックに掻き鳴らす黄緑色の少女だ。


 2人が見据えるのは、細長い手足と肥え太った腹が対照的な人型の“化物”だ。あくまで人型、顔のパーツは出鱈目で、目の位置に口が在り耳の位置には鼻が在る。手足に左右の違いは無く、関節の角度は人体の限界を超えている。

 狂ったデザインの操り人形みたいな風貌だ。


 這う様に四肢をバタバタと動かして少女達に迫る“怪物”と、それを迎え撃つ“魔法少女”2人組。



「コダマ、合わせろ!」


「了解です」



 真っ赤な“魔法少女”カガリは、“怪物”を中心に大きく円を描くように旋回して駆ける。“怪物”はそれを無視して、動いていないもう1人の“魔法少女”コダマへ向かう。

 

 “怪物”は目の位置にある口を開くと、人の指の様なモノを吐き出しコダマを狙う。

 ここまでにもう見た攻撃だ。コダマは動じる事なくその物体の射線を観察する。手に持つハープの1番短い弦を弾けば、自身に命中するハズだった指が纏めて叩き返されて地に落ち爆ぜた。


 そんな事に構い無く、突進を止めることない“怪物”の背後を取ったカガリから合図が届く。



「コダマァ!」


 

 その言葉に含まれ、望まれる行動を読む。もう、幾度と繰り返した合わせ技だ。

 目前に迫る“怪物”の、その背後に居るであろうカガリを信じてその場を動かない。



「[山彦]」


「喰らえ! からの…もっかい!」



 カガリが上段から振り下ろした刀は、後方から“怪物”を切り裂いた。そして下りた刀の真下には、淡い緑の膜が在る。勢いを落とさず其処へ叩きつけると、下へ向う運動が反転する。

 コダマの魔法[山彦]だ。一定以下のエネルギーであれば、任意の方向へ反射する事が出来る。


 下から上へ、向きの変わった運動に対応するカガリ。すぐに刃の向きを変え、篭める力を無理矢理反転させる。


 本来であれば、切り返す際に必要な方向転換の隙を無理矢理に無す合わせ技。一太刀目で切り裂き、心核を露出させ、再生の間を与えず心核を破壊する。

 若干のズレ程度なら、反射後にカガリが軌道を修整するから問題無い。


 今回も、見事に“怪物”の心核を切り裂き破壊した。


 心核の破壊と共に、“怪物”は自身の肉体を維持出来ずに崩壊を始める。が、直ぐには終わらない。突進の運動エネルギーはまだ残っている。


 コダマに向かって倒れ込む“怪物”ッ!

 ハッとし、回避に移るコダマ!


 間 に 合 わ な い ☆


 肉体を崩壊させる怪物だったモノに押し倒されるコダマを見るカガリ。笑いを堪えきれない様だ。



「ハハハッ! ダッサ、ウケる」


「笑ってないで退かして下さい。重い…」


「直ぐ消えるって、写真撮って良い?」


「止めて下さい!」



 幸い、カガリはカメラを持ってきていないので写真は免れた。持っていたら間違い無く撮られ、仲間達にからかわれてしまう。


 それから一分もしないで怪物だったモノは消滅し、その場に残ったのは2人の“魔法少女”だけだ。

 時刻は早朝、ここから先の時間は別の“魔法少女”に引き継いで今日はお休みだ。いくら“魔法少女”と言えど人間、ましてやまだまだ子供。休息や睡眠は必須項目である。それらを疎かにしようものなら、大人達から説教を受けてしまう。

 休むのは大事、古事記にもそう書いてある。


 無線でこのまま歩いて戻ると勝手に伝えたカガリは、少し真剣にコダマに話を切り出した。



「なぁコダマ、真面目な話だ。アタシはソロの活動に戻る」



 カガリは、元々1人で“怪物”退治を行うソロの“魔法少女”だ。コダマに教えた事も1人で活動する為の技術や知恵ばかりである。

 そして、コダマはだいぶ強くなった。少なくとも、勝てない相手から逃げ切れるだけの能力は身に付いた。ならばカガリが教えられる事など、もう無いのだ。


 突然の事にコダマはフリーズしている。

 コダマは、この先もカガリと2人で活動するのだと思って居たのだろう。



「理由はある。1つ目に、お前に教えてやれる事が無くなった。アタシはソロだから、連携なんて最低限しか知らないし出来ない。現に、今回お前を囮にするしか方法が思い付かなかったぐらいだ。このままだと、何時かお前を犠牲にするかもしれない」


「大丈夫です! 私は頑丈な方です。それにもっと頑張って、カガリ先輩が心配しないぐらい強くなりますから!」



 言葉が頭でグルグルと反芻している。コダマは慌てて、縋り付く様にカガリに詰め寄った。

 それを優しく引き剥がし、ゆっくりと言い聞かす様にカガリは続ける。



「まぁ聞け、落ち着け。2つ目の理由だ。“魔法少女”の数が足りない、足りてなさ過ぎる。お前はもう1人で戦える、手分けして活動した方が多くの人を助けられるんだ」



 告げられた理由に言葉が詰まる。

 確かに組んで活動したいが、1人でも多く救いたいカガリの言い分には同意する。そして、そのカガリに救われた1人であるコダマはそれを否定する事は出来ない。

 


「それにだな……正直言って、アタシとお前の戦い方は相性が悪い! アタシは速度重視の威力優先で、相手に何もさせないスタイルだが、お前は反射と牽制で相手を観察してから攻めるだろ。どっちが良いとか言わねぇが、根本的に戦い方が違い過ぎる。アタシに合わせればお前は置き去りか囮だし、アタシのスタミナと防御力じゃあ長期戦は出来ない。分かってんだろ?」

 

「うぐっ、正論は時に人を傷つけるんですよ…?」



 全体的に、真っ当過ぎる理由だった。

 コダマはカガリに追い付けないが、カガリにコダマは長過ぎる。気付かない様に目を背けていたが、こうして突き付けられると反論の余地が無い。


 このままではいけない事は理解した。

 ならばと、コダマは1つの決心をする。


 自分が、カガリに追い付けば良い。

 単純明快、遅いなら速くなれば良い。

 


「分かりました。でも、魔法少女が増えて余裕が出来て、私が先輩に追い付ける様になったら、また一緒に組んでくれますか?」



 コダマの事だから、不承不承でも納得するとは思っていた。それは想定通りだったが、まさか己を鍛える方向に向かうとは思っていなかった。


 自分に並ぼうと努力してくれていたのも知っている。それを1番近くで見ていたのだから。同時に、戦いが嫌いな事も知っている。谺から全てを奪った元凶を前に戦うのだから、一歩でも違えば自身の命すらも容赦無く奪おうとする恐ろしい殺し合いだ。そして何よりも、優しい彼女は争いそのものを苦手としている事を知っている。

 

 そんなコダマが、それでも自分に続こうとしてくれている。カガリは嬉しそうに頷いた。



「そうだな、余裕が出来たらそれも良いな。ま〜ぁ、お前みたいな弱っちぃ奴がアタシの隣に並ぶなんて百年早いけどな~」

 

「えーそーですねー、どうせ私は先輩より弱っちぃですよー。でも、約束ですよ? 頑張りますから」



 新たな目標を立てたコダマなら、もう大丈夫だろう。そう確信したカガリは、用事があると言ってコダマを先に帰らせた。

 早朝だ、夜中から戦い続けだったこともあり、素直に休む事にしたらしくさっさと戻って行った。


 カガリの側で、橙と灰色のメイドが控えていた事に気付くことは無かった。




 


 

 

 ・・・・・・・・・・・・





 ・・・・・・・




 ・・・






「とどめです! 〚大連響〛」



 穏やかに奏でられるハープの音色とは裏腹に、音撃とも呼べる衝撃波が絶え間なく“怪物”を包みその心核を破壊する。

 柔らかな若草色のドレスを纏う少女は、“怪物”の崩壊を確認して次の現場へ。


 彼女の周囲では、パチパチと弾ける様に先と同様の音撃が展開されている。

 彼女の魔法である[山彦]の応用で、先に音撃を発生させて、それを周囲で常に増幅反射させ続ける事で、“怪物”に速攻で最大火力を叩き込む事を目的としているらしい。

 増幅反射の限界になると、上空に打ち上げて開放する、彼女の勝利と生存が判明する花火だと、巷ではちょっとした縁起物になっている。

 


 火狩と別れ、新たにソロで活動を始めたコダマの成長は著しかった。

 素早く“怪物”を倒し、颯爽と次へ向かう姿は目標の“魔法少女”カガリとよく似ている。元々継戦能力が高いコダマだ、すぐにバテるカガリよりも長く“怪物”退治を行える。移動速度には劣る分、結果的には同等である。

 最初期こそ、ピンチになって増援を頼んだり意地を張って死にかけたり、限界を超えて逃げ帰ったりもした。が、それも半年と過ぎれば立派な1人前だ。


 自身の安全なんて考えず、一心不乱に“怪物”を倒す為だけに駆け回るその姿は異様の1言に尽きる。どれだけの傷を負おうが立ち上がり、曇った眼で“怪物”へ攻撃を続けるのだ。少し前まで戦う事に否定的で、および腰で現場へ向かっていた彼女はもう居ない。

 うわ言の様に『もっと強く』『もっと速く』と呟きながら、休息すら時間の無駄と言い切ってひたすらに“怪物”を倒すのだ。

 

 今の彼女はどこか、近づき難い雰囲気を醸し出している。ただし本人は全く自覚がなく、むしろ現在は実に好調だとすら思ってるのだから周囲の指摘も通用しないのだ。

 

 最近になり、カガリと同等だと言われる様になった。そして、カガリは全国で見ても上位に入る実力と“怪物”の討伐実績を持っている。

 まだまだ全く“魔法少女”は足りていないが、確実に増えている。それに自分の様に弱かった子も、それなりに実力を付け始めたのだ。


 この調子なら、火狩とのコンビが再結成できると、谺は浮かれていた。

 その日も調子良く“怪物”を倒して次の現場へ着いた時、コダマは初めて“魔女”と対面した。



「…ん? んん~…はっ! キミィ〜、キミあれだ、ユズリちゃんと一緒に居た子だ! やぁやぁ元気してる? おっきくなったねぇ〜」


「ぇ? あの…えっ? 誰ですか?」



 橙と灰色のメイドっぽい少女が、まさに今手にした銃で“怪物”の心核を撃ち抜いたところだった。そしてその見知らぬ“魔法少女”がグリンッ!と振り向いて、ニッコニコな笑顔でコダマに声をかける。

 

 いや、知らない。

 コダマには、メイドっぽい格好をした“魔法少女”の心当たりがまるで無い。


 怖い。

 まって、すごくこわい。

 今“怪物”の心核を打ち砕く瞬間まで、完全に表情無かったじゃん! 流れ作業を無心で熟す熟練者の目をしてたじゃん! 

 いきなりそんなにも屈託の無い笑顔を作れるのが怖い。貴女の表情は0と100しか無いのですか!?


 そんなコダマを他所に、そう言えばと自己紹介を始めるメイドっぽい人。確かに助かるが、今は放っておいてほしいコダマである。



「久しぶりな気もするけど、キミとは始めましてだねぇ。ハックルベリーさ。別に覚えておく程出来た人間じゃぁない、好きに呼んどくれ」


「あ、はい。私はコダマと言います」



 挨拶は大事だ、取り敢えず名乗っておく。

 この人は少し怖いが、いきなり襲ってくる事はなさそうだ。気付けば手に持っていた銃も消えている。少々安堵したコダマだが、メイドっぽい人の勢いはまだまだ止まらない。



「おけおけコダマちゃんね、覚えたよ~。そうそう、鬼気迫る勢いで“怪物”を倒して回ってる子が居るらしいって噂になってるよ? はいるちゃんが心配しててねぇ、代わりに探して様子を見ようと思って来たんだ。見た感じ元気そうだね、少し疲れてるかい? ついさっきまで戦ってたね? 分かるよぉ~魔法力の消費が移動だけの量じゃないからさあ。にしても安心したよ、本当に安心した! 未来ある若人が心と命を削ってるんじゃないかと焦って来たけど、いやぁ〜無駄な努力で助かったね~。でも聞いてるよ? キミ、ここ最近殆ど休んでないみたいだね? 4時間程度の睡眠を休息と言い張るんならベッドに縛り付けてやろうかと思うんだけど、キミはどうしたい? 今日からちゃんと休むかい? それとも、ここで強制的に眠らされたいかい? まあいきなり言われても困っちゃうよねぇ、だからそんなキミに伝言とお手紙を預かって来てるよ。はいこれ手紙達ね、伝言はユズリちゃんからキミへ、『頑張るのも良いが、ちゃんと休め』だってさ、あの子も何だかんだ言ってキミとまた組めるのを楽しみにしてるからねぇ。移動してきて直ぐの時なんて、キミの援護前提で動き出すものだから見事に調子を狂わせて自爆してたぐらいだよ。横から見てたけど思ったね、態々引き抜いてまで連れてきた“魔法少女”がこの程度なのかと。あぁ、そうだそうだ! キミには伝えなきゃいけない事があったんだ。この地区の“魔法少女”もだいぶ増えて強くなってきたでしょ? どうだい、キミもユズリちゃんと同じ地区へ移動しないかい? 強制はしないよ、キミの意思を尊重する様に言われてる。それにユズリちゃんと同じ地区と言っても多分担当区域は違うから、ペアを組むのは難しいと思うよ。それでもいいなら、手紙と一緒に渡した書類があるから、戻って休んで書いて電話してね。じゃあね、今“魔法少女”に追っかけられてるからこの辺で、バイバーイ」



 手紙とファイルと追い付けて、突風の様に去って行ったメイドっぽい人ことハックルベリー。そして取り残され、まくし立てられて頭の中が混乱しているコダマは立ち尽くしている。

 数秒程、ハックルベリーが立ち去った方向を見つめていたが、落ち着いて来たので言っていた内容を思い出す。



「あの人が言っていた“ユズリちゃん”って、火狩先輩ことですよね…」



 渡された手紙の差出人は“火狩 柚李”と書かれているし、その字体にも見覚えがある。少なくともあの“魔法少女”と火狩は面識があるのだろう。それと、チラリと名前が出た“はいるちゃん”とやら、もしかしたら“刑部 はいる”だろうか? 火狩が出て行く時に一緒に居た人だ。確か、魔法少女を保護する組織を作ろうと活動しているんだったか。詳しくは知らない、ほんの少し言葉を交わした程度の間柄だ。

 どちらにせよ、ハックルベリーと名乗る“魔法少女”が言っていた事は事実なのだろう。


 と、考えた所でコダマは気配を感じて顔を上げた。


 黄に緑のあしらいを施した衣装の少女と、緑に黄のあしらいを施した衣装の少女の2人が走ってやって来た。



「はぁはぁ、はぁ〜…ごめんね、ちょっと聞きたいんだけど良いかな?」



 息を切らして問うのは黄色の方、緑色の方は出し切ったとばかりに仰向けに倒れ込んでいる。

 “怪物”の発生や他の魔法少女からの応援要請も無い、コダマは2人に向き直り了承を告げる。



「ありがとう。この辺りで、オレンジとグレーのメイドっぽい魔法少女を見たりしたかな?」


「えぇ、今の今まで此処で話していました。彼女が何か?」


「あ"ぁーまた逃げられたぁぁ!」


 そう言えば、最後追われているとか何とか言っていた事を思い出す。あの『魔法少女』への不信感が一気に湧いてくる。


 コダマの返答に安心したような悔しそうな、微妙な表情をする黄色の少女。そして寝転がったまま、外聞なんて投げ捨てて全身で不満を表す緑色の少女。

 これはこれであまり関わり合いになりたくないな、と思いながらも相手の返事を待つ。



「彼女は魔法少女ではなく“魔女”なんですよ。連盟に加入していない“魔法少女”で、見つけ出して捕まえろって指示されてて…」


「また逃げられたぁぁぁあ! ぐやじいぃぃ」


「“魔女”だったのですか!? でも“怪物”を退治していましたよ?」



 “魔女”ならば、捕まえなければいけない。

 自分達“魔法少女”は危険だ。人々を守る為に“怪物”と戦うとは言うが、道具ではなく一人ひとりが自我を持つ人間である。何かの拍子にその力が一般人に向いてしまえば、想像を超えて甚大な被害が出るだろう。


 『連盟』に加入している“魔法少女”はその危険性の教育や魔法の制御訓練等を行い危険を抑えることで、世間一般から安全だと認識されている。

 しかしそれに加入しておらず、教育も訓練も受けていないであろう“魔法少女”を“魔女”と呼び、犯罪等事件を起こしやすい存在として速やかに捕まえる保護する必要がある。

 因みに、この『連盟』は後の『魔法院』の雛形である。


 さて、その犯罪者予備軍の“魔女”と初めて出会ったコダマだが、あまりピンと来ていない。それもそのハズ、コダマの脳内にあった“魔女”とは、好き勝手に暴れて周囲に被害を撒き散らし、窃盗や暴行などを行う終末戦士だったからだ。

 話が通じるかどうかは分からないが、“怪物”を倒して他人を心配していた彼女が“魔女”であったとは思いもしなかった。


 そんなコダマを見てか、黄色の少女は疑問に答える。



「そうなの! あの“魔女”は別に悪事らしい悪事は働いてないの! むしろ何度か助けられたぐらいで…って、それはいいか。とにかく、あの“魔女”は悪人でも犯罪者でも無いんだよね。ただ…」



 言い淀む黄色。それに続いて息を整えた緑色が話を続ける。ただし、寝転がったままだ。



「めっちゃんこウザい! 毎度まいどギリギリで逃げられるし、その度ものっっっそい煽ってくる! あのニヤケ面に一泡吹かせたいっ!」


「あぁ〜…そう言う…」



 何となく察した。つまりは私怨か、ちょうど良く捕縛対象だから鬱憤を込めて追い掛けているのか。それで今回も逃げられた、と。


 先程のは、“魔女”ではあったが悪人ではないと。


 ある程度納得したコダマ。

 この2人、どことなく見覚えはあるが確信が無い。なので質問を投げ掛ける。



「ところで、貴女方は?」


「あっごめん、自己紹介がまだだったね。私は相羽 空、ショットレモンって名前で活動してるよ」


「わたしがヒットライム。渡辺 真依だよ、よろしく。そーいう君は?」


「三上 谺です。そのままコダマと呼んで下さい」



 よく似ている2人だが、双子でも姉妹でも無いらしい。事情がある訳でもなく、本当にただ似ているだけの他人同士の様だ。たまたま出会って、たまたま仲良くなって、たまたま互いが“魔法少女”だったと言う奇跡的な2人組である。


 そして思い出した。

 道理で見覚えがある筈だ、最近よく話題に上がっていた話だ。この2人、SNSで炎上していた。

 確か“怪物”から逃げただったか、負けたみたいな内容を投稿して批難を浴びたんだったか。一応誤解だったみたいで鎮火したようだが、SNSで投稿をする際は気を付ける様にと通達があった。


 少しスッキリしたが、それを態々本人達に言う必要は無い。コダマは何食わぬ顔で会話を続ける事にした。



「お二人はこの辺りでは見かけませんが、何処の地区の担当でしょうか。時間に余裕があれば情報交換をしませんか?」


「いーよ。レモンも良いよね」


「うん。私も別の地区の“怪物”を知っておきたいし」



 こうして連絡先を交換した3人は、今後もそこそこ良好な関係で親交を深めて行く事となった。




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