伝説は静かに続いている



 


「よくないねぇ、これはよくない」


「うむ、準備を急ぎ進めなければな」


「だぁ~めだこりゃ…みんな頑張ろうね」


「まあ想定内ですし、覚悟なら出来ていますよ」


「そう言えば、私これ見るの初めてです。にしても限界っぽいですね」



 淀、はいる、はねる、千歳、谺の5人が集まっていた。大きめの炬燵に足を入れ、ぬくぬくと暖まりながら雑煮を食べつつ真面目に話をしている。


 炬燵の中央に置かれているのは、くしゃくしゃになったトランプ、数字の配置がズレた6面ダイス、折れ曲がったコイン。これらが並々ならぬ存在感を放ち鎮座している。

 これらには、一昨年だったかその前だったかぐらいに封印したラスボスが入っている。


 そして此度の議題は、その封印がそろそろ破られそうだという事。もって5年と想定していたが、まだ2年と少し。想定内中の想定外である。


 もっきゅもっきゅもっちーんと雑煮のお餅を伸ばして食べながら、真剣な目をして炬燵を囲む彼女はどこかシュールな間抜けな光景だ。



「んで、どーすんのさ。もっかい封印するのかい?」


「私はかまいませんよ。今回は焦ってやらかすおっちょこちょいさんも落ち着いていますから、あの時以上の強さでも問題ありません」


「う"っ、ケホッケホッ…」



 一同の視線が谺に向いて、思わず咽る。お餅を食べているのだから気を付けてほしい。

 実際、当時はコダマが無駄に刺激したが故に相手に必要以上の強化が入ってしまったのだ。相手は常に学び対策をしてくるタイプの敵だ、その前に倒すか封印をしなければならない。難易度だけが永遠に上昇していくゲームはクソゲーだと呼ばざるをえない。


 が、その対策する敵の対策もしている。

 学習すると言ってもその速度は早くはない、1度見たら次は効かないなんて事が無いのは救いだ。それに弱点も把握しているのだから、そうやすやすと負けはしない。

 既に何度も話し合い、シュミレーションを繰り返して来ている。今更彼女達の計画は変わらない。変わるとすれば、周囲の環境だろう。例えば、前回の様に1人の“魔法少女”が暴走して突っ込んで行くような事が無ければ何も問題は無い。



「まぁどれだけ話した所で、ボク達の計画は変わらないんでしょ?」


「そうだとも。この封印を1つずつ解いて個別に再封印をする。ただそれだけだよ。白饅頭が言うには分割しているだけに弱体幅は大きいらしい、少なくとも前回と同等かそれ以下らしい」



 白饅頭とはねるを抱き締め語る。どちらも小さいく暖かい、白饅頭はツヤモフしていて手触りが良い。はねるが白饅頭を離さないのでどちらも持っていったらしい。

 3連戦になるのかぁ…と考えている谺と、嫌な思い出が蘇る千歳。



「なるほど。淀さん、今回は私を的にしないで下さいね? 滅茶苦茶痛いんですから」


「アタリマエジャナイカ! ナカマヲマトニスルナンテ、ソンナノニンゲンノスルコトジャネェ! ユルセネェ!」



 フガフガ憤慨して見せる淀、冷めた目で見つめ続ける千歳。あの時から、時々コイツは自分も纏めて攻撃をしてくる。

 そりゃあの程度では死なないし、魔法で治せるレベルではある。けれども、非常に遺憾てある。当たり前だろう、お前なら自分を避けて攻撃出来るのだから。確かに自分ごと攻撃した方が確実に攻撃は当たる、間違い無い。自分が“怪物”を押し留めているのだ。それにしても躊躇が無さすぎやしないか? 何がオッケー助かるだふざけんな、せめて謝れ、申し訳無さそうにしろ!

 しかも最近、はねるも谺も自分ごと攻撃してくる。コイツから悪い所を学んで来やがった、止めてくれ。確かに耐えるが、痛いものは痛い。



「諸君ラスボス2週目の算段なのだが、来月辺りに長野県の山中で考えている。ほら、この前紅葉狩りに行った所だ。荒す許可は得ている」


「早くない?」


「早いに越した事は無いだろう。今此処で封印が解かれても可笑しくない状況なのだ、戦力なら君達だけで事足りている」



 実際その通りである。はいるは、専用のケースに仕舞うついでに手で弄びながらのうのうと答える。此処で封印が解かれれば、真っ先に殺られてしまうと言うのに。


 だったら、と淀はそのケースとはねるをひったくって立ち上がる。



「ちょっくら行ってくる」


「お雑煮のおかわりはキッチンにあるから温めて食べてね」


 

 判断が速い!

 はねるが黄色の円を描くと淀と共に飛び込み消える。慌てて追い掛けようとする谺だが、既に黄色の円は無くなっている。



「刑部さん!」


「まぁ慌てなるな、淀が居る。彼女ならなんとかなるさ。一応、応援に行ける様に準備だけはしておいてくれ」


「千歳さんも! 良いんですか!?」


「えっ、だって外寒いですし…」



 極めて個人的理由で2人を見送った千歳。このメンバーでは1番話が通じると思っていたのに、裏切られた谺の焦りはまだ止まらない。

 今から自力で追い掛けても間に合わないだろう、かと言って何もしないなんて出来ない。アワアワと荷物を纏め、2人と連絡を取ろうとしている。



「谺さん、落ち着いて下さい。あの2人がそう簡単に負けると思いますか? あのハックルベリーですよ」


「それは、そうですが…」


「大変なら無理矢理にでも迎えが来ます。それに、年越し蕎麦が残っていますから、それまでには終わらせて帰って来るはずです」



 蕎麦楽しみですね~と呑気に炬燵へ吸い寄せられる千歳と、とうとうミカンの山へ手を伸ばすはいる。その緊張感の無さといったら仲間が死地へ向かったとは思えない程だ。

 その光景を見て気が緩んだのか、谺も炬燵へ戻る。あの2人なら大丈夫だ、自分も信じて待つ事にした。



(あっぶなぁぁ…あれに巻き込まれたら簡単に死んでまうわ! あの馬鹿共なんでこう無駄にアクティブなんだよ。来月って言ったじゃん!)


(普通に置いて行かれたんですが!? なんで? え、私って役立たずなんですか!?)



 涼しい顔で座っている年長組2人だったが、内心はドッキドキである。単純に、谺に対して見栄を張っているだけである。

 それをおくびにもださないでゆるりと寛ぐ姿は落ち着いた大人そのもの。


 そう! 自分は大人だから!

 この程度で慌てふためくなんて醜態は晒さないのだ!


 



 場所は変わって淀とはねる。変身を終えていざ戦闘開始。の前に、何か忘れた気がして辺りをキョロキョロしている。



「妖怪1足りない」


「はい!先生! グーフアップちゃんが居ません!」


「むむっ、今から戻るのは格好悪いのでこのまま続行します」


「ボクは再封印の準備するから、ベリーさんが全部やって下さいね」


「ういうい、ラウゥゥンドワァン」



 後方に引っ込み、紫のインクで筆先を染め上げて封印の魔法を描き始めるクライペイントを確認した。戦闘は面倒なのでポジションを交代したいところだが、ハックルベリーにとって封印の魔法はもっと面倒臭い。


 まずは1つ目、シワシワのトランプを投げ捨てて、手に持つにリボルバーで撃ち抜いた。


 綺麗に穴の空いたカードは、その穴から吹き出すように真っ黒な影を放出する。やがてそれは止み、影は蠢く様に姿を変える。かつて対峙した時と同じ、四足獣の“怪物”だ。違うのは、蘭蘭と赫く瞳以外は真っ黒である事。


 先手必勝。

 黄の弾丸を撃ち出せば、稲妻が走り抜けて“怪物”の身体を削り取っていく。

 しかしこれだけでは心核には届かない様だ、失った体積を埋めるように影が盛り上がり元の姿に戻ってしまう。



「ありゃりゃ、これはブッパの方が効きそうだ[変身チェンジコマンド:虚烏うろがらす]――まだ、認めない」



 彼女の十八番のクセに、素がオールラウンダーで強過ぎる為に出番の少ないフォームチェンジだ。鮮やかだった橙の彩度が落ちていき、黒と灰になる。ややコスプレ感の強かった装衣は鳴りを潜め、クラシカルに穏やかな姿を見せる。ただし、メイドからは逃れられなかった。


 いつからか手にしたウィンチェスターライフルを、くるりと回しそのまま照準を定めると引き金を引く。

 放たれたと同時に響き渡る雷轟。大気を引き裂いて迸る眩い一閃が“怪物”を穿つ。2発3発と畳み掛ければ、“怪物”の心核は罅割れて崩壊寸前である。



「一丁上がりっと、クライちゃんふーいんー!」


「いつでもいけます!」



 尚も再生を試みる“怪物”に近付いて、ハックルベリーは露出した心核を打ち飛ばす様にライフルを振りかぶった。


 

「一振入魂! 狙えホールインッワン!」



 ソイヤッ! と心核をブッ飛ばす。

 見事、クライペイントの用意した封印の魔法に心核が着地する。ゴルフクラブの様に扱ったライフルの頭身は曲がってしまった。悲しい。全部“怪物”のせいだと、ハックルベリーは思い込む事にした。


 前回の封印が鳥籠ならば、今回は牢獄だ。紫の描き込みが多過ぎて、内部を見る事は叶わない。分かるのは、その牢獄が喰らう様に“怪物”の心核を受け入れ、そのまま閉じてしまった事だけ。

 一連を確認したクライペイントは、角行と香車の駒を牢獄へ放る。これが今回の封印の核になるらしい。


 ただでさえ3分割されて弱った“怪物”を更に2つに分けて封印を行う。これでかなりの時間が稼げる見積もりである。



「ホイ次」


「アイアイサー!」



 面の狂ったサイコロを取り出して、何時でも解放出来る状態にする。

 ハックルベリーのやる事は変わらない。が、クライペイントは忙しい。この“怪物”は学習するタイプの敵だ、同じ封印では効果が薄いかもしれない。急いで魔法を描くが、もう少し待ってほしい。


 知った事か!

 ハックルベリーは構わずサイコロを撃ち抜いた。


 なんの捻りもなく同じエフェクトで現れた“怪物”。パステルカラーが目に痛い、ドロドロと流れる不定形だ。



「テケリ・リ……関係無いか。スライムは凍らせて砕くのが定石ィ!」



 後ろでクライペイントがちょっと待って!と叫んで居るが、聴こえない事にして華麗に無視を決めている。

 

 青色の線条が“怪物”に当たる。瞬く間にその流動体を凍らせていくが、生憎表面にしか効果が無いようだ。凝固した体表は剥がれ落ち、裏から増えていく粘体で元に戻ってしまう。


 仕方無しに先と同じ雷轟が響くが、これも多少の体積を削るだけで心核には届かない。


 ハックルベリーの攻撃が通じていない事を横目で確認したクライペイントは、これなら間に合いそうだと安堵していた。


 

「うーわ、面倒くさ…」



 5発の弾を撃ち切り、弾倉に弾を込めながらボヤク。

 改めてゲル状の“怪物”に照準を合わせ引き金を引く。5発撃ち、装填。そしてまた引き金を引いていく。何度も何度も、見せつける様に5発ずつ打ち続ける。


 時折、流動体のくせして鞭のようにしならせた触手が伸びるが、見向きもせずに避ける。当たってもダメージにならないが、あんなネトネト触りたくもない。


 そして、クライペイントの魔法が完成した。

 

 待っていました! 

 ハックルベリーは一旦全ての弾丸を排出させ、一発だけ装填。“怪物”に向かって発砲、その弾丸に続いて疾走する。弾丸は周囲の空間ごと“怪物”の身体に大きな穴を空け、その中をハックルベリーが翔け抜ける。途中、視えている心核を捕まえて。


 

「ソォォォイ!」



 気の抜けた掛け声で心核を放り投げる。特別弱っている訳でも無い“怪物”は、粘体の身体を心核に引き寄せている。しかし、それが届くより先に赤色のインクが心核に塗りたくられた。


 魔法を描き上げたクライペイントは、心核の放物線上にインクを乗せていた。赤色に染まった心核は、万力に締め付けられたかの如く嫌な音を立てて砕け散っていく。破片として散らばる心核だった物は、そのまま封印の魔法の中へ溶けていった。

 そしてその封印の魔法は収縮し、既に用意されていたポーンとビショップの駒に姿を変えた。



「はい次!」


「待ってぇ!」



 流れる様に最後のコインを撃ち抜こうとするハックルベリーに、クライペイントのダイレクトアタックがキマる。後頭部に向かって思いっ切り投げられた、筆の硬い部分が直撃したみたいだ。



「待ってベリーさん。休ませて、封印が描けない」


「3分間だけ待ってやる」


「もっと待って!」


「しょうがないな~、寒いから早く帰ろうぜ〜」



 自分で来たのに早く帰ろうとかほざいているが、これでも真剣に“怪物”退治に勤しんでいる。言動は巫山戯ているが、やるべき事は手を抜かないのがコイツのスタイルである。そのあたりはきちんと理解しているクライペイントは、一息ついで休んでいる。


 せめて飲み物くらいもって来ていれば良かった。なんて後悔をしながら残ったコインを眺めていると、独りでにコインが割れ、影が這い出るように“怪物”が湧いてきた。

 きっと今し方の戦いに触発されたのだろう、準備も無しに最終ラウンドが始まってしまった。



「ん? クライちゃん」


「これヤバくないですか?」


「心核が無ぇ…」



 湧いてきたのは羽虫の様な細かい“怪物”共だ。如何にも『自分、特別ッス!』と主張するカラフルな羽虫を捉えたハックルベリーは、速攻で撃ち抜き“怪物”は爆散する。しかし何も変わらない、実は色が違うだけなのかもしれない。

 すると今度は『オデ、オマエクウ』と言っていそうな大きな“怪物”が現れる。すぐにクライペイントが赤いインクで締め付けて捩じ切るがこれもハズレだ。

 “怪物”の波は収まらない。


 立て続けに今度は、発光するゲーミング“怪物”が現れる。イライラし始めたハックルベリーが必要以上に弾丸を撃ち込んで消滅させた。これもハズレ。


 よく目を凝らして観察すれば、“怪物”の湧く源泉はあのコインだ。恐らくこれらの“怪物”は末端、使い捨ての飛び道具と行ったところか。大元を叩かなければ止まらないのだろう。


 数体であればハックルベリーは問題なく立ち回ることが出来る。いや、この程度の敵であれば現状一人でも対応可能だ。

 銃と弾の魔法である関係上、範囲攻撃は限られている。だがそれでも方法はいくらでもあるのだ、何せハックルベリーは戦況に応じたフォームチェンジが強みなのだから。ただし、今回はフォームチェンジをしないものとする。



「クライちゃんは封印の用意を頼む。こっちはやっとくよ」


「お願いします。すぐ戻ってきます」


「さて。縛りプレイも嫌いじゃないぜ」



 ハックルベリーへ殺到する“怪物”のパレード。勢いはとどまる事なく、寧ろ徐々に加速していく。


 クライペイントに封印の魔法を任せ、回転率の悪いこのスタイルで立ち向かう事にしたハックルベリー。無駄な拘りを発揮している。素直に別のスタイルになれば良いのに。

 

 手数が足りないなら、一撃でぼったくれば良いじゃない。無数に湧き出てくる“怪物”を一撃で大量に消し去る。そして少しずつ、源泉たるコインとの距離を縮めていく。

 当然、近付けば近付く程に“怪物”の密度が高くなっているが気にしない。


 現在のハックルベリーのスタイルは、遠距離魔法火力特化と呼んでも良いだろう。しかしコイツの場合、基盤となるスペックが高過ぎる。ステータスを偏らせて振り分けたとして、減らした能力が弱点となるかと言われれば悩ましいところだ。

 つまりどういう事か、今の一撃の魔法に特化していようが、弱くなっている筈の近接でも十分に強いのだ。



「オラオラオラァ!ラスボスってのはこんなもんかぁ?根性みせろや!」


「うわ、こっわぁ…」



 弾が足りないなら拳で殴れ、手が空いてないなら蹴飛ばし踏み潰せ。ついでに生成した弾丸は、別に撃たなくても魔法は発動出来る。銃は魔法の射出と増幅用でしかない。

 エプロンのポケットを探り適当に握って取り出した弾丸を、周囲に撒いて魔法を起動させる。撃った時よりは威力が落ちるが露払いには十分だ。


 ついにコインへ辿り着くと、新しい弾丸を掌に生成してそのまま押し付ける。


 中途半端に封印が解けているから本体が出て来ない、もしくは出られないのだろう。だったらその封印を解いてやる。ハックルベリーの仮説は正しかったらしい。


 封印用のコインは砕けて消えた。

 煙の様に影が昇り一点に集合を始める。撃ち漏らしの“怪物”も、吸い寄せられる様にそこへ集い吸収されていく。

 やがてそれは真っ黒な球体になり、空中に静止した。


 ここからだ、その球体を心核として肉体を生み出していく“怪物”だったが、生憎悠長に待ってやるほど暇じゃない。

 ハックルベリーはお約束をガン無視して心核を撃ち抜く。1発じゃあ心配だ、もう1発。


 初撃で心核は3つに砕け、肉体の崩壊が始まったのにまだ撃つか。1番大きい欠片にオーバーキルを喰らわせた。


 苦しげに、悲しみに満ちた咆哮が聴こえた気がする。


 ハックルベリーは地に落ちた欠片を拾い集めて、クライペイントの下へ向かう。



「もーいーかーい」


「まーだだよー」



 今のハックルベリーのスタイルと相手の相性が悪い事が心配だったクライペイントは、何時でもフォローに行ける様に構えていた。思考が分断されていたせいか、封印の魔法はまだ完成していなかった。


 それもすぐに終わる。何せ1度描いた魔法だ。牢獄、迷宮の次は初心に帰って鳥籠である。勿論、籠の網目は前回よりも綿密に複雑に力を込めてある。

 なんてったって先の2つは封印が分厚すぎて中の状態が確認し辛いのだ、この“怪物”こと【悪意ある災害】は常に状態を確認しつづけていないと、突然無傷で復活してしまう恐れがあるらしい。


 それを知らないハックルベリーは、なんとなく見覚えのある封印に首を傾げるが、まあ良いかとそれをスルーした。クライペイントを信じて居るからね、大丈夫だと思ったんだろうね。



「これで最後!」



 総仕上げで気合を入れ直すクライペイント。その背後では、イタズラを必死に我慢してプルプルしてるハックルベリーが欠片を握って佇んでいる。


 完成した鳥籠に、そっと優しく欠片をしまう。


 封印の蓋に使う最後の駒は何だ?ハックルベリーが見守っている中取り出したのは、カメラ用のフィルムが2つ。今時まず見かけない、存在を知らない人がいてもおかしくはない代物である。

 何でだ、違うだろ! と1人でツッコんでいるハックルベリーを放置して、鳥籠はカメラ用のフィルムに納まってしまう。因みに、ポジとネガのフィルムが1つずつである。


 将棋とチェスの駒が2つずつ、カメラのフィルムが2つ。それらを丁寧に抱えたハックルベリーは、とても悩ましげな表情で訴えていた。



「ねぇクライちゃん。流石にこれ全部持ってるの、怖いんだけど…半分持ってくれない?」


「ボク、帰る為の魔法を使うからムリ。ベリーさんが持っててください。重くはないですよね?」


「確かに重量はね! なんて言うか籠ってるモノと心が重い…」



 許容範囲内ではあるが、実はそれなりに消耗しているハックルベリー。まだ数回は同様の戦いを続けられるが、それでも疲れたものは疲れたのだ。いくら余裕で捌けるレベルだとは言え、もしも失敗しようものならもれなく世界崩壊のバッドエンドが待っている。これで緊張するなとは無理な話だ。


 珍しく大人しくしおらしいハックルベリーの姿をニヤニヤと眺める。普段他人をからかって遊んでいるのだ、たまには弄ばれる側になれば良い。

 クライペイントは日頃の行いを思い描きながら、いつもよりゆっくり黄色の円を描く。まだだ、円は描いたが向こう側にはまだ繋いでいない。



「ベリーさん。先にこの辺りの修繕をしましょう」


「いや先に白饅頭にコレ預かってもらおうよ!?」


「そぉれ灰色〜!」


「分かったよーぉもー!」

 


 

 クライペイントは筆先を灰色に染め、筆を振り回して周囲にを染めあげる。近所で投げやりに魔法の弾丸を生成している“魔女”が抉った地面やボロボロの木々、それらの損傷を埋めるようにインクが染みて修復が始まる。


 濃い緑色の弾丸を4つ、四角い弾丸を1発生成したハックルベリーはライフルに装填して発砲した。濃い緑色の弾丸は木々に着弾し、灰色のインクでは足りなかった生命力を補完する。円形の銃口から、何故か四角い弾丸が射出されて上空で弾けた。無数に散らばった弾丸のブロックは、膨張しながらインクでは足りない体積の破損箇所に取り付いて修復の補助をしている。


 灰色のインクは、修復は速いが欠損にな限界がある。それを補うのが四角い弾丸である。

 まあハックルベリーも修復の魔法を使えるし、クライペイントも欠損の穴埋めは出来る。今回は、先に灰色のインクで修復を始めたので、それに合わせてハックルベリーが四角い弾丸を使っただけの様だ。


 見た感じ6〜7割程の修復は完了しただろうか。

 あまり長居はしたくない。もしかしたら、騒ぎを聞きつけた“魔法少女”がやって来るかもしれない。2人は“魔女”である。

 やっと向こう側と繋がった黄色の円を、そそくさとくぐって姿を消した。



 



 帰って来た!


 変身を解きもせずに2人が向かうのは炬燵、寒い。雪は降っていない…だからどうした!寒いものは寒い!雪降っていないから寒くない?巫山戯るのも大概にしろ、降ってないだけだ寒いものは寒いのだ!


 2人は、寒いのが苦手なのだ。



「おかえり、2人とも。どうだい、きちんと封印はしてきたかい?」


「ボクが描くのに失敗してなければ完璧」


「一応確認した。不備は無いだろうよ」


「うむ。よくやった。…ところではねる君、お雑煮のおかわりを頼む」



 自分でおかわりを用意する手間より、快適な炬燵から出る事の方が嫌だったはいる。空になった器を差し出して真剣な表情で頼んでいる。



「あっ、私もお願いします」


「右に同じです」


「温かいお茶がほしい」



 そして谺、千歳が便乗する。どうせキッチンに行くならと、淀もお茶を頼む。

 なんだお前ら、今炬燵に入ったばかりだぞ。それくらい自分でやってくれ。実に嫌そうに器を受け取るはねる。しかしどうせ言ったところで誰も手伝ってはくれないのだろう、不満げにキッチンへ向かう。


 まあそもそも、基本的にキッチンははねると淀以外は侵入禁止の聖域である。ケトルをコンロにかけた実績を持つはいる、いつか何かやらかすかも知れないポンコツ不発弾の千歳。だが、どちらも人間としての機能に問題はないので、ちょっとした事くらいなら大丈夫だ。だからお餅を焼いてお雑煮を温め直すくらい自分でやってくれ。


 因みに、はねるは料亭で並べられるレベルの1人前の板前さんだ。そして淀は家庭料理以上飲食店以下と言ったレベル、普通に料理上手だった。コイツに出来ない事なんて無いんじゃないか?



 




 さて、今日は大晦日。


 “怪物”さえ出て来なければ年末休みだ。労働基準法の範囲外で三六協定なんて無い“魔法少女代表”刑部 はいる。基本的に休日返上で1日15時間以上は仕事に追われている。

 そんな彼女が寝る間を惜しんで仕事を進めて今日明日を休みにした。


 折角だから。と谺を誘って年越しを迎えようとしたのだが、ちょっと気が早かった。まだ朝10時にもなっていない。

 何なら昨晩から一緒に遊んでいる。


 正直、今はもう遊び疲れてしまった。

 ほぼ徹夜で資産を増やす鉄道の双六ゲームをして、深夜テンションになる少し手前。仮眠は挟んだが、今はゆったり寛ぎモード。


 未だにやや不機嫌そうにお雑煮を準備しながら、お茶を淹れているはねる。それを眺めながら、先の戦闘と封印の話を聞いて時間を過ごしていった辺り

 

 

 

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