第25話 武蔵の訓練
「こらっ! 目をつぶるな! 何も見えないではないか!!」
テントの中に鮒田の声が響く。いや、外にも響いているだろう。迷惑な大声だが、その気持ちは分からなくもない。それぐらい、武蔵の戦い方は酷かった。
何せ相手の攻撃を受け止めるタイミングで目をつぶってしまうのだ。そのくせ、自分が攻撃する時は嗜虐性丸出しでかなり激しい。ゴ治郎と戦っていた時はこちらの面が出ていたのだろう。
小一時間、武蔵の戦い方を見ているとその性質がよーく分かった。武蔵は他者を攻撃するのは大好きだけど、自分が攻撃されるのは大嫌いなタイプだ。ついでに言うと結構なレベルのかまってちゃんで寂しがり屋。あれ? もしかして誰かに似ている?
「晴臣! どうしたらいい? 武蔵は守りが全く駄目だ」
「よし。ここは一旦、ハンマーで受けるのはやめよう」
「……どういうことだ?」
「オークは頑強さがウリのモンスターだろ? コボルトの攻撃ぐらいなら、生身で受けても全く平気な筈だ。だからハンマーで受けるのはナシ。生身で受け止めて、痛みに慣れてもらう。過剰な怖がりを克服するにはこれぐらいしないと無理だ」
「そ、それは余りにも酷ではないか!?」
「今、目をつぶる癖を直さないといずれ大惨事に繋がるぞ! 下手すると命を落とす! それとも、鮒田は武蔵を売って別の召喚石でも買うつもりか?」
「……分かった。説得しよう」
「頑張れ」
#
長かったー。本当に長かった。スマホの時計は14時を示している。何が長かったって? 武器を置くよう武蔵を説得するのにかかった時間だ。あまりの待ち時間の長さに、ゴ治郎が武蔵を置いて第2階層に向かおうとしたぐらいだ。
「よし、ゴ治郎。コボルトを釣ってこい」
「ギギッ!」
動きの遅い武蔵を連れてダンジョンを歩き回るより、ゴ治郎がコボルトを釣る方が遥かに効率的なことに気が付いたのは先程だ。
ゴ治郎が走り回っていると、すぐにコボルトが引っ掛かった。うっかり振り切ってしまわないように何度もコボルトの姿を確認する。大丈夫だ。ちゃんと付いてきている。
ゴ治郎の視界に武蔵が見えて来た。こちらを見て露骨に嫌な顔をする。
「よし、ゴ治郎! コボルトを武蔵に擦り付けろ!」
「ギギッ!」
ゴ治郎がスピードを上げると一瞬でコボルトは突き放され、ちょうどいい塩梅で武蔵と対峙した。
「ウォン!」
「ブィィ……」
ゴ治郎にコケにされてコボルトはお怒りだ。邪魔だと言わんばかりに棍棒を振り上げ、武蔵に向かって振り下ろす。
「武蔵! 受けろ!!」
鮒田の声が響き──。
「ヒッ! プギィィィィ!! ブイ? ブイイブブイイブイ……」
訳するときっとこうだ。「ヒッ! やめろォォォ!! あれ? そんなに痛くない……」
コボルトは何度も棍棒を振り下ろすが、武蔵は徐々に余裕を持って受けられるようになってきた。ちゃんと見て対処している。
「よし! やれ!」
「ブイ!」
武蔵が大きな拳で殴打するとコボルトは程なくして魔石になった。
「武蔵! 良くやった!!」
「ブイイイ!!」
ゴ治郎の視界には小躍りするオークの姿。目を開いてテントの中を見渡すと、小躍りする鮒田の姿があったのだった。
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